第20話『対決、へティーケリー』
「……これはどういうことかな」
怒りのあまり、ラマイカさんのこめかみに血管が浮いている。
【僕 / 私】とタラプール男爵の――正確にはその代理人であるティアンジュさんとの――決闘はサッカー・スタジアムを貸し切って行われた。およそ3万人を収容できる観客席にはちらほらとマスコミの影が点在している。
それがラマイカさんには我慢ならない。
「あんな連中、呼んだおぼえないぞ! 誰だ、どこからかぎつけた!?」
まあいいではないですか、とタラプール男爵が言った。
「決闘を見世物にしてしまう平民達の俗悪さには吐き気をおぼえますが、貴族の栄光を世界に示すいい機会です。彼の惨めな負けっぷりも全世界に広めてもらいましょう」
男爵の右手にはギプスが巻かれている。その怪我がティアンジュさんを代理に立てた表向きの理由だ。だが実際は形だけで、本当は怪我などしていないことを【僕 / 私】は姉の声から聞いて知っている。だが今その欺瞞を暴いたって手遅れだ。
「いいではないですか【坊ちゃま / お嬢様】。取材と引き替えにスタジアムの借用料を一部もってもらえたのですから」
ナローラさんの言葉にようやくラマイカさんは気を取り直した。
「そろそろ刻限です。決闘者は機体に乗り込んでください」
「カリヴァ、手加減はしなくてよ」
ティアンジュさんがグラウンド上に膝をつく『へティーケリー』に向かって颯爽と歩き出す。【僕 / 私】も反対側にある『蒼穹の頂』に向かう。
『蒼穹の頂』は首から下をマントで覆っていた。この機体にはREDジェネレーターを含め、実験中の機構が多く使用されている。その隠蔽のためだ。
武器はG・ヴァヨネットが一挺。両腕の内部にアームピック。あの得体の知れない武装は入っていない。
「刈羽昴、『蒼穹の頂』!」
「ティアンジュ・パクシュ、へティーケリー!」
2機のWGが立ち上がる。【僕 / 私】をはじめここにいる雑食人のために、フィールドはライトで照らされていた。おかげで、前回はよく見えなかったへティーケリーの姿がよく見える。両肩と腰のアーマーが大きく広がった、踊り子のようなその機体はタンポポのような黄色に塗られていた。
「――見えます?」
へティーケリーが右肩を指し示す。カメラの映像を拡大すると、7つの星マークがそこにあるのが見えた。
「あなたもここに加えてあげますわ」
お互いの顔は見えないが、ティアンジュさんの挑戦的な笑みが目に浮かぶようだった。
「はじめ!」
ラマイカさんが叫んだ。【僕 / 私】達は機体を前進させる。
靴底には芝生用にスパイクが着けられていたはずだが、それでも巨人達が走れば盛大に土が舞った。
プレミア・リーグが始まる前に再舗装が間に合うかなぁ、とロルフが呟くのが通信機から聞こえた。
『余計なことを言うなです、博士! スヴァル様、特訓を思い出すのです!』
『頑張ってください』
セコンド席のワカバとモミジが檄を飛ばす。
タラプール達の雑食人に対する目は、妖怪の彼女達にはもっと過酷なものだろう。あの子達のためにも勝たなければいけない。
そうだ、これは、勝たなくてはいけない戦いなんだ。
余裕の表れか、へティーケリーは銃を持っていなかった。持っているのは長い柄のついたハンマーだ。ケンダマのような先端にはトゲのついた鉄球がくっついている。
カウンターを狙うつもりか、へティーケリーは先に足を止めた。ハンマーを構えて【僕 / 私】の接近を待つ。
――すーちゃん!
「わかってる!」
まだ『蒼穹の頂』との距離が開いているにもかかわらず、へティーケリーがハンマーを振る。ハンマーの先端にあったトゲ鉄球が鎖で撃ち出された。つくづくこの手の武器が好きな人だ。
だが、そこにもう【僕 / 私】はいない。
「なんですって!? ――上!? あんなところまで跳ぶの!?」
『蒼穹の頂』はへティーケリーの上空に飛び上がっていた。
へティーケリーのメインカメラはこっちを見ているが、動きはない。呆気にとられてしまっても仕方のないことだ。WGが10メートル以上もジャンプして、驚かない方がおかしい。
だが即座に気を取り直し、腕のヨーヨーで【僕 / 私】の銃撃を防いでみせたのは流石だった。
「ちっ!」
着地し、すかさず突進。ティアンジュさんはハンマーの柄でG・ヴァヨネットのブレードを受け止めた。
「妖声というのは、相手の心を読むわけではないのですわね」
「え?」
「あなたの妖声にどうやって対抗するかは悩みましたのよ? ギリギリまでハンマーの射出ギミックを忘れてみましたけど、そういう問題ではなさそうね。困ったわ」
G・ヴァヨネットのブレードを受け止めていたハンマーの柄に亀裂が生じた。ずず、とピッチを削りながらへティーケリーが少しずつ後方に押し出されていく。
「あら、華奢な割に馬鹿力ですわね!」
彼女の言うとおり、『蒼穹の頂』の単純なパワーはへティーケリーを凌駕していた。
「乗っているのは雑食人でしょう!? このわたくしがパワーで圧されるなんて……!」
へティーケリーの右足が大きく後退する。『蒼穹の頂』のパワーに負けて? いや、わざとだ。
「フッ!」
気合一閃、大きく蹴り出された右足からアイアンヨーヨーが飛ぶ。既に予測済みだ。後ろへ跳びすさって回避。
「妖声も厄介ならそのWGの性能も驚異的……だけど1つ、大きな弱点がありますわ」
「……【僕 / 私】ですね」
「そうです。たとえ妖声が未来を見通そうと、その機体がどれだけ早く動けようと、それを操るあなたが対応できなければ無意味!」
ティアンジュさんは両腕のアイアンヨーヨーを射出した。上と横、2方向からヨーヨーが迫る。
――すーちゃん!
姉の指示に従って、【僕 / 私】は回避する。その鼻先に3つ目のアイアンヨーヨーが迫ってきた。遅れて発射された足のヨーヨーだ。
避けることはできなかった。左腕でガード。火花が上がり、腕が切断されていく。ヨーヨーの外周部には鮫の歯のような形の小さなブレードが無数に並んでいて、チェーンソーのように高速回転していたのだった。
「やはり連続攻撃となればあなたの方が対応できませんわね!」
「…………!」
腕が完全に寸断される前に【僕 / 私】はヨーヨーを振り落とした。間髪入れず、再度射出された腕のヨーヨーが【僕 / 私】を襲う。【僕 / 私】は全力で後方にジャンプ、ヨーヨーの射程範囲から逃れる。
『駄目です、後ろに下がったら……!』
ワカバの声が届いたときにはもう遅かった。手首を軸に唸りを上げて回転する両腕のアイアンヨーヨーは、鉄壁の城門として【僕 / 私】の前に立ちふさがってしまっていた。
パイルガンを撃つ。弾丸はヨーヨーに弾かれて明後日の方向へ飛んでいった。
「無駄ですわ、そんな豆鉄砲」
「…………」
柄の折れたハンマーを捨て、ティアンジュさんはヨーヨーの操作に全力を注ぐ。片手のヨーヨーで攻撃、それを避けようとすればそこへもう一方のヨーヨーが飛んでくる。
だがもっとも厄介なのは足のヨーヨーだ。【僕 / 私】が妖声の導きに従って2つのヨーヨーをかわした直後の、その一瞬に生まれる無防備な状態を狙って待ち構えている。【僕 / 私】の動きを見てから放たれるので、発射する寸前までは姉も予知できない。そして予知された時には遅すぎる。
「ギブアップならどうぞ。その青空色の美しい機体、壊したくありませんわ」
「それはできない。これはただの個人的な決闘じゃない――弱い人達の未来を背負った戦いなんだ!」
「はあ?」
「――姉さん、頼むよ!」
【僕 / 私】は『蒼穹の頂』を前進させる。させじとばかりに右のヨーヨーがまっすぐ向かってくる。
初撃が回避されることをあらかじめ見越して、既にティアンジュさんは左腕のヨーヨーをも繰り出していた。腰からやや下の高さを、横殴りに襲いかかってくる。
【僕 / 私】は『蒼穹の頂』を全力でジャンプさせた。さっきまでいた位置でヨーヨーが交差した時には、【僕 / 私】はへティーケリーの斜め上に浮かんでいた。上昇していた機体が一瞬の無重力感ののち、自由落下に転ずる。
「愚かな!」
ティアンジュさんは怒ったような、嘲笑うような声をあげた。中空に浮かんだままの【僕 / 私】に向かって、回し蹴りの要領で右足のヨーヨーを打ち出す。
今だ。【僕 / 私】は叫ぶ。
「オーダー、ブースト!」
その瞬間、肩の後ろにあったポッドが開いた。ただしそこから吹き出してきたのはあの得体の知れない黒い霧ではなく、オレンジ色の炎だった。
「――ロケットブースター!?」
そう、使用を禁じられた黒い霧の代わりに、ロルフは両肩部背面のポッドを小型のロケットブースターに換装してくれていたのだった。
放物線を描いて落ちるだけだった『蒼穹の頂』が、全く別の方向へ、砲弾のような速度で飛ぶ。ヨーヨーはそれを追尾できない。
グラウンドを大きく削りながら着地。観客席前の広告看板にかかとがぶつかる寸前でようやく止まった。
元々戦闘機用の――広い大空をマッハで飛ぶためのロケットだ。サッカースタジアムで使うものではない。普通はグラウンドか観客席に激突死するのがオチだろう。でもなんとかなると思った。姉の声が止めなかったからだ。
欠点はもう1つある。燃料消費が激しすぎるのだ。WGに載せられるだけの燃料では長く使えない。コクピットに追加された燃料計を見れば、後2回の噴射が限度だった。だがそれで充分だ。
へティーケリーに目をやる。
とどめを刺せるという油断、そしてロケットブースターへの驚愕――本来、WGに載せるようなものではない――がティアンジュさんに大きな隙を作ってしまっていた。腕のヨーヨーは巻き戻されずに落ちていて、右足のヨーヨーも力なく自由落下を始めていた。
一応、まだ左足のヨーヨーが残っている。だけど地上に立っていなければならない以上、左足を振るわけにはいかない。
攻めるなら今をおいて他になかった。
「オーダー、ブースト!」
ポッドから再びジェット噴流が吹き出し、稲妻のように【僕 / 私】を撃ち出す。人形のように見えたへティーケリーが一瞬で大きくなる。
「なめるな、50年も生きていない青二才!」
両腕のヨーヨーを巻き戻して再発射。絶対に間に合わない。
あるいは振り回して飛んでくる【僕 / 私】を叩き落とす。間に合わない。
右足のヨーヨー。同じことだ。
ティアンジュさんの選択はそのどれでもなかった。彼女は後ろに倒れ込みながら、大きく左足を蹴り上げる。
最後のヨーヨーがまっすぐに、【僕 / 私】に向かって射出される。
「ブースターで一直線に押し出されているだけで、自由自在に飛べるわけではないと見ましたわ! 避けられないでしょう?」
ロケットブースターで加速された勢いのまま鋼鉄のヨーヨーにぶつかれば、こっちだってただでは済まない。
ぶつかればの話だが。
「えっ……」
ヨーヨーは【僕 / 私】の真下を通過していく。
「外した!? いや、違う!?」
『蒼穹の頂』はへティーケリーの上空に舞い上がっていた。
「【僕 / 私】が妖声憑きってことは御存知でしょう? あなたの反撃はお見通しなんですよ!」
だからまっすぐティアンジュさんの元に突っ込むのではなく、斜め上方へ向かうようにブースターを噴かした。焦っていた彼女はそれに気づかなかったのだ。
今、【僕 / 私】の眼下には全てのヨーヨーを投げ出した状態で大地に横たわるへティーケリーがある。
このままG・ヴァヨネットを構えて自由落下するだけで、
「【僕 / 私】の勝ちだぁぁぁぁッ!!」
――駄目、すーちゃん!
姉の切迫した声と、警告音が鳴るのはほぼ同時だった。肺の中の空気を全て押し出されるような衝撃が背中を襲う。
「ガハッ……?」
G・ヴァヨネットが指から離れる。
スタジアムの中心に巨大な土柱が立った。




