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第19話『ただ復讐のためでなく』


 もちろんゲームばかりやっていたわけではなく、ラマイカさんが帰ってからは彼女の監督下で肉体的なトレーニングも行った。


「まあ残り一週間ないし、当日に筋肉痛で動けなくなっても困るからたいしたメニューはできないがな」

「そうですか、決闘前に殺すつもりだとばかり思ってましたよ」


 でなければ、【僕 / 私】が雑食人だというのを忘れているのだ。腕立て腹筋スクワットといった単純な内容だが、要求されるノルマが桁1つ多かった。おかげでもはや手も足も感覚がない。庭土の上に仰向けになって横たわりながら、目をつぶればこのまま大地に還ってしまいそうな予感に囚われた。


「そんな嫌そうな顔をしないでくれ。あの娘達とは随分楽しそうに遊んでいたじゃないか」

「そうでしたか、楽しそうに見えましたか」


 ワカバには嘲笑われ、モミジには罵倒され、肉体だけでなく精神までもがボロボロである。


「そろそろ私は引っ込むか」


 白み始めた空を見て、ラマイカさんが呟く。『私は』と言ったということは、つまり【僕 / 私】はこのまま1人で続行しろというわけか。徹夜で。


「スヴァル様ー!」


 ワカバとモミジが玄関から手を振る。


「朝ご飯ができましたですよー!」

「……ごめん、食べられそうにない……」


 というか、指1本動かせない。


「ではラップしておきますのでチンしてください。私達はそろそろ学校に行かなくてはならないので」

「学校……」


 そういえば留学生といっていたが、夜は【僕 / 私】の世話をして昼は学校、寝る暇がないと思うが大丈夫なのだろうか?


「大丈夫です! 妖怪は寝なくても平気なのです。妖怪が寝るのはよっぽど妖力を消耗したときか、寝たいときだけです」

「ほほうカリヴァ君……あの子達2人の心配はするんだな。ああいうのが好みか……」

「は?」

「いや、なんでもない。それより腕立て伏せ残り897回、腹筋残り860回、スクワット残り888回を早く消化したらどうだ」

「無理ですラマイカさん、指1本動けません……」

「教官と呼べといっただろうが」


 ラマイカさん、いや教官の尻ポケットでスマホが振動した。席を外した教官はしばらくして戻ってきた。


「いいニュースと悪いニュースがある」

「……悪いニュースからお願いします」

「馬鹿者、誰が選ばせてやると言った。いいニュースから教えてやろう。『蒼穹の頂』の修理は決闘までに終わりそうだ。万全の状態で戦える」

「悪いニュースは?」

「男爵が代理人を立ててきた」

「代理人……?」


 ちょっと待ってくれ――。【僕 / 私】はなんとか上体を起こすことができた。


「【僕 / 私】は別に、爵位が欲しくて男爵に喧嘩を売ったわけじゃないんですよ!」

「そうだな。その手でタラプールを叩きのめし、シスターや仲間の仇を討ちたかったのだろう? だが代理人を立てるのは向こうの正当な権利だ」


 そして君には今更やめるという選択肢はない、とラマイカ教官は言った。今更なかったことにはできない。不戦敗になってしまう。

「……誰ですか、代理人って」

「ティアンジュ・パクシュだよ」

「…………!」


 【僕 / 私】の顔を見て、ラマイカさんは悲しそうに目を伏せた。


「そんな顔ができるということは、実力差はわかってしまっているようだな。テロリスト3機を相手取るのに比べればタラプールなど易いものだが、ティアンジュ相手ではそうもいかん」


 おまえに勝ち目はない、と哀れむような目で【彼 / 彼女】は言った。


「や――やってみなけりゃわかりませんよ」

「おまえは――いや、君はそんなことができる人間じゃない」


 教官から、ただのラマイカ・ヴァンデリョスに戻った彼女は【僕 / 私】の肩に手を置いた。


「君がタラプールと戦えるのは、彼が黒幕と信じているからだ。だけどティアンジュは黒幕じゃない。そんな焦点を失った戦いでは、君は本来の力さえ発揮できない。だろう?」

「…………」


 咄嗟に反論が出てこない。実際、勝つ意味がなければ勝利を譲ってきたのが【僕 / 私】だ。ティアンジュさんにもそうしないと言いきれるだろうか。

 

「違う。【僕 / 私】は……この勝負は【僕 / 私】の将来がかかってる、大切な戦いだ。勝ちを譲ったりなんかしない」

「だが、確実に死ぬわけじゃない。いや、君は優しい子だ。もしかしたら命さえ捨ててしまえるかもしれないな」



 【僕 / 私】は優しいわけじゃない。ただ自分が生きていることに、世界に生きるべき価値があると信じられないだけの無気力な人間だ。

 それでも、大切な人の仇だからこそ戦えた。怒りの炎を燃やすことができた。でも、ティアンジュ・パクシュに対しても【僕 / 私】は怒りを燃やし続けることができるだろうか?


 できない。


 【僕 / 私】はタラプールを憎むことはできても彼の両親や兄弟、友人にまで憎しみを抱けない。それはやりすぎだと自省する程度の良識を有してしまっている。

 物語に登場する復讐者はよく復讐のためなら無関係の人々まで平気で巻き込む。それは彼等が正直なのではなく、突き抜けてしまっているからだ。極端にディフォルメされた存在だからだ。

 【僕 / 私】にはとても真似できない。真似できたとしても、勝てる見込みがない。


 特訓を放棄して、幽鬼のようにとぼとぼと屋敷に戻る【僕 / 私】をラマイカさんは追いかけも呼び止めもしなかった。

 身体は疲労の極みにあったけれど、とても朝飯を食べる気分にはなれなかった。




 朝の街に繰り出す。ラマイカさんから特訓を受ける都合上、夜型生活に切り替えかけていた目が痛む。

 さっきまで限界まで肉体を酷使し続けていたので眠い――と思いきや、意外と目は冴えていた。男爵に逃げられたという怒りが、悔しさが、【僕 / 私】の脳を活性化させていた。これをティアンジュさんにぶつけられる人間であればよかったのに。


 まず目指すのは警察署だ。ガリリアーノ刑事に会うためだったが、幸運にも呼び出すまでもなく署から出てきたばかりの彼と鉢合わせることができた。


「お、おう」なんだか刑事はぎこちない。「どうだ、決闘の準備は?」

「それより事件の捜査はどうなってますか?」

「事件……はて」

「全部ですよ! 移民保護センターのテロ、病院を襲った連中のこと、シスターを殺した奴等の取り調べ、それに【僕 / 私】を襲ってティアンジュさんに倒されたWGのことも!」


 さらに黒いWGもある。驚きだ、これだけのことが何一つ解決しないでいるなんて。被害者である【僕 / 私】にも、そしてメディアにも全く続報が入ってきていない。警察はなにをやってるんだ。


「落ち着けって。今日はいつもにまして機嫌が悪そうだな」

「散々命を狙われて何も進展がないからでしょう!?」

「最初の事件からまだ2週間と経ってないんだぞ。無茶言うな」

「それにしたって進展くらいあるでしょう!」


 やれやれといったように刑事は顎をかいた。自分の無能を棚に上げて、【僕 / 私】を困った子供扱いするのはやめて欲しい。


「捜査中だ。部外者には教えられん」

「【僕 / 私】は当事者ですよ!」


 ガリリアーノ刑事は、大きなため息をついた。そして顔を上げたとき、彼の容貌は一変していた。窮地にあっても不敵に憎まれ口を叩くようないつもの雰囲気はもはやなく、情にとらわれることなく機械的に命令を全うする兵士のような、強く冷徹な眼差しが【僕 / 私】を見据えていた。

 思わず唾を呑み込む。まかり間違っても今更笑って誤魔化すことなど許されない空気がそこにあった。


「……これから聞くことを他言しないと約束できるか?」


 【僕 / 私】は頷いた。目の前の刑事は自分の自家用車の中へ【僕 / 私】を案内する。ドアを開けた途端、ヤニの臭いが鼻をついた。外で話してもらいたい、と思ったが今は我慢するしかない。


「まず、移民センター宿舎を狙ったテロリストは存在しない」

「えっ……」

「WGを所有してるような国内テロ組織が秘密情報部(MI6)にさえ知られていないわけがないんだ」

「じゃあ、あれは……?」

「テロリストを演じてたんだ、本当の目的を隠すためにな」

「…………」

「そして、そのテロリストが使ったWGと、パクシュ邸近くでおまえらを襲ったWGは、外装こそ異なれど内部骨格は同じレオノーラMk-2のものだ。そこで俺達は国内外でレオノーラを扱ってるWG製造会社をあたってみたんだが……」


 刑事はそこでもったいぶるように黙った。


「……怪しいのは、やはりパクシュ重工だ」


 やっぱり、と思った。


「パクシュ重工は先月レオノーラの大口契約があってな。だが顧客を辿ってみると、最終的に架空企業にぶつかった。売られた機体の足取りはつかめない。なんでおまえがあいつらを怪しいと思ったのかは知らんが、結果的におまえが正しかったのかもな」

「……いえ」


 少しでも【僕 / 私】の言い分を認めてくれるならそれだけで嬉しい。ラマイカさんなどは妖声のことを知ってなお、【僕 / 私】を信じてくれなかった。


「だが、まだ問題があってな」

「なんですか?」

「パクシュ家は腐っても貴族なんだ。その利権に群がる蝿や権威を盲信する連中がいて、下手にしょっ引こうとしても横槍を入れてくるわけだよ。だから……こんなことを言うのはあれだが、おまえの決闘の結果には期待してるんだぜ」

「【僕 / 私】の……?」

「タラプール男爵の取り巻きは貴族の肩書きに意味を見いだしてるのであって男爵当人に忠義を尽くしてるわけじゃない。男爵が爵位を失えば潮が引くように離れていくだろうさ」


 そうすれば――、と刑事さんは煙草を取り出そうとして、やめた。


「そうすればタラプールをとっちめるのも楽になる。元貴族のスキャンダルが明らかになれば、市民の中にも現貴族への不信感が生まれる。そうすれば貴族絡みの犯罪にもメスが入るようになって、貴族が好き勝手できなくなる世の中になるってわけだ」

「そうなったら、もう、シスターみたいな犠牲は出てきませんか? 出てきても、犯人がちゃんと法で裁かれるようになります……?」


 なるとも、と刑事さんは言った。


「……でも、タラプールは代理人を立てたんです」

「だが、勝って得られるものは変わりないんだろう。代理人を倒すだけだ」

「相手はタラプールよりも強いんです」

「ラマイカ・ヴァンデリョスは替わってくれないのか?」

「あの人は立会人ですし、あの人が声をかけられるパイロットの中で一番強いのがその決闘相手なんです」


 もちろん【僕 / 私】にトゥームライダーの知り合いなどいるはずもない。


「だとしても仕方がねえ。倒すだけだ。だいたいタラプールだって吸血人だ、俺ら雑食人には充分すぎるほど脅威だろ」


 他人事のように言ってくれる。いや、実際他人事なのだが。


「だいたい、その代理人に勝てないと決まったわけじゃないだろ」

「刑事さんはその人の戦うところを見てないから……。ラマイカさんだって【僕 / 私】には無理だって太鼓判押してくれましたよ」

「あの【男 / 女】の言うことなんざ、信用するな。言っただろ、あいつは所詮吸血人だ。雑食人を低く見てやがるんだ。俺達には何もできないと思ってる」

「……そうなんでしょうか」

「ああ、自覚してるかはわからんがな。けどよ、俺はおまえの底力を信じてるぜ」


 だから、なんとしても勝って、あいつらの目をヒン剥かせてやろうぜ、と刑事さんは言った。


「もう賽は投げられたんだよ。おまえが投げたんだ。もう後は腹をくくってやるか、腹をくくらないでやるかしかねえんだ。言っただろ、やるからには最後までやり通せってな」

「…………」

「しっかりしろ」


 刑事は【僕 / 私】の肩をつかんだ。正面から目を合わせる。


「これはおまえ1人の仇討ちじゃない。これから貴族に苦しめられる人間達、みんなを助けられる戦いなんだ!」

「みんなを……」

「そうだ。勝てないかも、じゃねえ。勝つんだよ、昴!」


 そうだ。シスターや宿舎のみんなのような悲劇を、2度と生んじゃいけない。それだけのものを背負っているなら、【僕 / 私】は勝利を譲らずに戦うことができる。


「そうだ、その意気だ」


 【僕 / 私】の握りしめた拳を見て、ガリリアーノ刑事は口の端を吊り上げた。



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