47、人形をめぐる結末
人形の行く先を追跡していた月美たちは、その行く先が最後に自分を購入した家族の家であることを察知し、最悪の事態になることを避けるため、追跡を一時中断。
あの家族の家へと急いだ。
《姫?!》
《なぜここに?!》
道中、護が見張りとして放った使鬼である五色狐のうちの二体、白桜と黄蓮だった。
護からは何も連絡がないというのに、いきなり目の前に月美が現れれば、驚きもするだろう。
だが、困惑する二体に説明をしている時間がない。
「事情の説明はあと!人形、来なかった?!」
《い、いや》
《我らは見ておらなんだが……いや、なんだ?白桜》
《む?む??かすかではあるが、この家から姫の霊力が?》
「それがわかれば十分!」
説明らしい説明もまったくなく、月美は一方的に二体との会話を切り上げ、走り出した。
《ちょっ?!》
《い、いったい、なんだったの、だ??》
《とにかく、主から状況を聞かなければ。白桜、ここは頼むぞ》
《おぅ》
事情も何も知らない二体の使鬼たちは走り去る月美の背中を見送りながら、呆然とそうつぶやいていた。
だが、事態はすでに自分たちがあずかり知れない方向へ動いていることに気づいた黄蓮は、白桜にこの場を任せ、護の元へと急いだ。
一方の月美たちはそんな二体の様子に気づくことなく、目的地である家族の元へと急いだ。
目的地に到着するや否や、月美は玄関に入り、家の中に飛び込んでいった。
「失礼します!」
「ちょ、な、何なんですか、あなたは?!」
「突然すみません。先日、人形の回収にご協力いただきました、博物館の者ですが」
当然、突然の侵入者にこの家の住民は困惑と怒りの声を月美に向けた。
それを遮るように、同行していた光が声をかけた。
光が事情を説明している間に、月美は子供部屋へとまっすぐに向かっていった。
光の脇をすり抜け、満が月美の後を追いかけていく。
「子供部屋にむかっているようだが、本当にそこなのか?」
「えぇ。こっちのほうが霊力の気配が濃いから」
子供部屋への歩みを止めないまま、満の問いかけにそう返した。
自分の霊力だ。間違えるはずもない。
まるで導かれるように、月美は部屋のドアノブに手をかける。
今までの勢いと異なり、ゆっくりと慎重に開いた。
「こんにちは……」
「いや、さっきの勢いはどうしたんだ?」
あまりに慎重そうなその様子に、満はツッコミを入れたのだが、そのツッコミに月美は何も反応をせず、部屋の中に入っていった。
十歳にも満たない女児の部屋というだけあって、数々の愛らしいぬいぐるみや人形が飾られている。
そのぬいぐるみや人形たちの中に、見覚えのある人形が二体。
だが、月美はそのうちの片方から自分の霊力を感じ取っていた。
「はぁ……まったく、五色狐は何をやってるのかしら」
「まぁ、これだけ微弱な霊力だ。注視してすぐに気づいただけ、褒めてやるべきだと思うぞ」
「それは護に伝えてください。まぁ、あの二人も状況を知らなかったでしょうから、仕方ないところがあるのは確かですが」
護とは契約による繋がりがあるとはいえ、情報の交換まではできない。
当然、作戦が変更されたことを知るはずがない。
こればかりは、連絡を怠った護の責任ともいえる。
それは月美もわかっていたので、それ以上のことはこのことについて何も言わなかった。
何より、自分たちの目的であるものが目の前にあるのだから。
「さて、どうしようかしら」
「確保は、しないのか?」
「正直、どうしようか迷ってます」
「迷う?」
月美の一言に、満は目を見開いた。
「何を迷う必要があるんだ?」
「だって、この人形は自分の持ち主を探しているだけなんですよ?やっと見つかるかもしれないっていうのに、引き離すのは可哀想じゃないですか」
「それは、まぁたしかにそうだが」
月美の言葉に、満は何も返すことができなかった。
確かに気持ちは理解できる。
仮に自分が、永住できる場所を探す立場にあったとしたら。
ようやく永住できる場所を見つけたというのに、強制的に追い出されそうになったとしたら。
それを考えたら、背筋に冷たいものが走る。
「だからといって、どうするんだ?」
「もちろん、このままにはできませんので、持ち帰ります。けど、封印はしません」
「封印はしないって」
「だから、一つ、提案があるんです」
月美はまっすぐに、満を見ながら返した。
そしてさらに、満には、いや、おそらく護ですら考え付かなかったような提案をしてきた。
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数十分後。
月美たちは人形を抱きかかえた状態で調査局へ戻ってきた。
人形が確保されたことを知り、直接出迎えた保通は安堵のため息をつき、月美たちの方へと歩み寄った。
「ご苦労だった。さぁ、人形を」
「そのことなのですが、局長。一つ、相談が」
早速、封印作業に入ろうとしていた保通に、光が待ったをかけた。
本来の手はずと違うことに保通は疑問を覚えながらも、光の方へ視線を向けた。
「どうした?何か問題が?」
「いえ。ですが、封印はしばらく待っていただけないかと」
「何?」
光からのその頼みに、保通は怪訝な顔をした。
人形の封印は決定事項だ。それは光もわかっているはず。
だというのに、今になって待ってほしいと言ってきた理由がわからないのだ。
「どういうことだ?」
「実は、この人形を使鬼として契約した術者がいまして」
「使役した、というのか」
「はい」
そう返し、光は視線を月美の方へ向けた。
その視線につられ、保通も月美に視線を向け、目を見開いた。
その腕の中には、封印するはずだった人形があった。
「君が、使鬼に下したというのか?」
「えぇ」
即答され、保通は腕を組み、思案にふけった。
使鬼に下した、ということは、つまりは術者の眷属となったということになり、術者の管理下に置かれるということ。
力の上下関係が変動しない限り、この人形がこれ以上の悪さをすることもないだろう。
ならばわざわざ封印を施す必要はない。
「わかった。ならば封印はしない」
「ありがとうございます」
「ただし、君がその人形を下したということを記録する。もし、何かあれば君の、ひいては土御門家の責任ということになる。そこは理解してほしい」
「かまいません。父には俺から言っておきますので」
脅し文句のような言葉に、今度は月美ではなく保通の後ろにいた護が答えた。
土御門家の次期当主が直々にそう言っているうえに、月美は土御門家の庇護下にある。
滅多なことで、上下関係が変わるということもないだろう。
「わかった。ならば、この件はこれで落着としよう」
そう結論付けた保通が、その宣言をするまでさほど時間はかからなかった。




