30、文化祭二日目~呼び出しは応援要請~
呼び出しを受けた護は、職員室に向かい、電話を取った。
「もしもし?土御門ですが」
『あぁ、土御門か。急に済まない、賀茂だ』
「あぁ、あんたか。どうしたんだ?」
『いや、実は少し困ったことになってな』
電話をかけてきたのは光だった。
護は光が電話をかけてきた、ということもそうだが、光が言う『困ったこと』という言葉に怪訝な顔をした。
「困ったこと?」
『あぁ……今は、まだ学校だろうか?』
「学校にいるからこうして応対している」
『うっ……そ、そうだな……この後、会うことはできるだろうか?』
「会うことは構わないが……」
そこまで返したが、護は今日中に会うことにためらいが出てきた。
その脳裏には、珍しく月美や清たちではなく、クラスメイトたちの顔が浮かんでいた。
後夜祭に参加しよう、という彼らの誘いを無下にすることに、なぜかためらいが出ていたのだ。
そう返すと、光は電話を切ってしまった。
困ったことになった、というが、何に対して困っているのか、護はだおおよその見当がついてた。
回収した人形が封印、あるいは修祓の直前になって逃げだしたのだろう。
自由時間が少なかったとはいえ、二日目に光たちの姿をみかけなかったことから、目的の人形は初日の時にすでに入手出来ていたのだろう。
そして、今日、処置を行おうとしたが、保管していたはずの場所におらず、慌てて施設内部をくまなく探索。
それでも見つからず、こうして自分に救援要請を出すことになった。
――大方、そういう流れなんだろうな。けどま、今日はちょっとパスだな
なにしろ、今日は珍しく、下心や打算のようなものは一切なしで、多くのクラスメイトが自分を誘ってくれたのだ。
敵意や殺意、憎悪といった感情を向けられることが多かった。いや、ほとんどそれらの感情しか向けられなかったこの数年、まったくなかったことだ。
浮かれているのかもしれないが、それも悪くない、と護は少しだけ思えるようになっていた。
だからだろうか。
「明日にしてくれないか?」
いつもならば、何においても仕事を優先する性格であったが、初めて、仕事よりも私事を優先することを選んでいた。
その選択に、誰よりも光が驚いていた。
『え……?あ、あぁ、それは構わないが……』
「なら、明日、父を通して連絡をしてほしい」
『わ、わかった……それまではどうにか対応しよう。時間を取らせてすまなかった』
「いや、問題ない。それじゃ、健闘を祈る」
『あぁ。ありがとう』
そう返すと、光は電話を切った。
電話が切れると、護は受話器を教員に返し、教室へと戻っていった。
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『いや、問題ない。それじゃ、健闘を祈る』
「あぁ。ありがとう」
護からそう言われ、光は電話を切った。
すると、近くにいた部下が心配そうな様子で光に声をかけてきた。
「賀茂さん、どうでしたか?」
「応援は……」
そう問いかける二人の顔は、疲労ですっかりやつれていた。
護の予想通り、今日は回収した人形を修祓する予定だったのだが、人形がそれを察したのか、今日になって姿をくらましたのだ。
本部には封印するために捕獲した妖や呪物が本部の外へ出ないよう、結界が施されているため、本部の外には出ていないはずだ。
そのため、今まで、本部に控えていた職員総出で人形を探していたのだ。
だが、その努力もむなしく、一向に人形が見つかる気配がしなかった。
むろん、占術や失せもの探しの術を使ったり、式神に探させたりと手は尽くした。
尽くしたのだが、それでも見つけることができないでいた。
そのため、さらなる応援を要請することを決め、護に白羽の矢を立てたのだ。
「すまない。さすがに、昨日の今日では難しいようだ」
「あぁ……そういや、彼、学生でしたもんね。昨日、あいつを確保した文化祭やってる学校の」
「確か、奉仕喫茶だったか?変わったものがあったよな」
「メイド喫茶と執事喫茶を足して二で割ったような感じだったらしいな。SNSで話題だったぞ?写真はなかったけど」
応援要請の結果の話だったはずなのに、いつの間にか、人形を発見し、回収した月華学園の文化祭のことに話題がすり替わっていた。
いつもならば、気を抜くな、と忠告しているところではある。
だが、二人が何時間も休憩なしで捜索を続けてくれていることを知っていたため、こんなときくらいはいいだろう、と口出しすることはしなかった。
「行きたかったなぁ……まぁ、仕事だったし、招待もされてないから無理だったろうけど」
「だなぁ……こういうときに術で誤魔化せたら楽だったんだけど」
「さすがにそれは許さないぞ?」
正式な手続きをすることなく、術で誤魔化して学内に潜入するという行為を、光は許すつもりはなかった。
世間には知られていないとはいえ、一応、光たちは公務員だ。
法治国家である以上、率先して法を順守しなければならない立場にある。
まして、光はかの安倍晴明の師匠である賀茂忠行の子孫だ。
歴史ある一族の末裔として、術を私欲で使うような術者を許すことはできないのだろう。
顔色一つ変えずに殴りかかってきそうなその威圧感に、部下たちは顔を青くした。
「じょ、冗談ですって!!」
「しませんって!そんなこと!!」
「第一、あそこには土御門家の次代がいる。下手をするとばれるぞ?」
土御門家の次代、とは、言わずもがな、護のことだ。
その実力は、初夏の長期休みより少し前にあった事件でよく知っている。
もし、術を使って非正規の方法で潜り込んできたと知ったら最後、どのよな制裁を下されるか。
光にそんな脅しをされた部下二人は、真っ青な顔のまま苦笑を浮かべ、再び光とともに、人形捜索に乗り出すのだった。




