8、旅行計画
護たちが行きたい場所のピックアップを終えるとほぼ同時に、清も課題を終わらせた。
気力と体力のほとんどを使い切ってしまったのか、清は力なく机に突っ伏している様子を見るに、気力のほとんどを使い切ってしまったのだろう。
「……こりゃ、今日中に決めるのは無理か?」
「だね」
「あははは……」
「まったく、だらしない……少しは土御門を見習えっての」
「いや、その理論はおかしい」
呆れと若干の怒りを混ぜ合わせた顔をしながら、ぶつくさと文句を言ってくる明美に、護は半眼でツッコミを入れた。
だが、護のツッコミはどうでもいいことらしく、明美はさっさと話題を変えてきた。
「で、どこにいく?」
「って、無視かよ……」
「あはは……えっとね、鹿苑寺の金閣と神泉苑、伏見のお稲荷様に清水寺、天満宮と二条城と晴明神社に行こうってことになってるよ」
護のむなしい一言に苦笑を浮かべながら、月美は今のところ決まった場所を話した。
「あれ?銀閣寺はいかないの?比叡山とかは?」
「……お前、慈照寺銀閣はともかく、延暦寺は遠いから無理だって」
「え~……座禅体験したかった~……」
「あれ、予約制だから、いまからやっても間に合うかわからんぞ」
京都は東京以上に広い面積がある。
それに加えて、観光名所として有名な場所、特に寺社仏閣はそれぞれ離れた場所にあるため、一日で回るには難しい場所もいくつかある。
「え~……まぁ、なら仕方ない。諦めるか」
懇々と説明され、明美はようやく納得したのか、延暦寺と金剛峯寺のどちらかを見学することは諦めた。
だが、そういえば、と何かを思い出したように問いかけてきた。
「東大寺は?」
「あそこは奈良県だ。電車使うことになるぞ?」
「え?いいじゃん、行こうよ」
「料金かさむことになるが?」
「……まぁ、そこは必要経費ってことで」
どうあっても、東大寺には行きたいらしいことを理解すると、これはてこでも動かないな、と判断し、それならいっそ一日は奈良見物に費やすことにしよう、ということになった。
「それなら、東大寺以外にもどっかないかな?」
「春日大社と……平城京跡とか?」
「……平城京跡はわかるけど、春日大社って?」
「藤原氏の氏神が祀られてる神社だ。東大寺から近いし、平城京跡地へ行くよりは楽みたいだぞ」
奈良県の主要観光地の周辺も一通り調べたらしく、護がそう話した。
「むしろ、平城京跡よりも興福寺とか奈良公園を見た方が効率がいいと思うぞ」
「ん~……まぁ、わざわざ遺跡を見に行くこともない、かな?」
「再現されてるのは大極院だけだからな。あとは博物館の展示くらいか?あそこは」
「……ガイドブック見る限りだとそんな感じ?」
考古学や古代史を専攻する学生には魅力的なのだろうが、護たちは高校生だ。
さらに言えば、護は歴史学よりも民俗学のほうに興味があるし、月美と佳代も似たようなものだ。
明美と清が何に興味があるのかは三人とも知らないが、少なくとも歴史に興味がないことは知っていた。
そのため、あまり見る場所がないと知ると、なら行かなくていいかな、という結論を出した。
ちなみに余談ではあるが、明美が平城京跡へ行かないことを選択した理由の一つとして、春日大社周辺には奈良県名物の柿の葉寿司や茶粥を提供してくれる店があるから、ということもあった。
「てなると、あとは宿泊先の予約かな?」
「旅館……は高いもんねぇ」
「最悪はビジネスホテル?」
「宿泊場所も兼ねてる公共施設がありゃいいんだがなぁ」
京都に向かうのは八月の後半。
お盆休みの時期はとうに過ぎているため、帰省ラッシュや帰宅ラッシュに捕まることはないだろうが、それでも学生はまだ夏休みの時期だ。
この時期に合わせて旅行をする家庭というのもなくはないだろうし、大学生同士の旅行、というものもありえる。
なるべく早めに部屋を取っておくに越したことはないのだが、ここで問題になってくるのが予算だった。
できることなら、旅館のような場所に宿泊してみたいが、高校生が自由にできるお金でそんなところに泊まれるはずがない。
かといって、ビジネスホテルのようなところはごめんこうむりたいが、素泊まり宿が簡単に見つかるはずもない。
一番は親戚に泊めてもらうことなのだが、護と月美の二人だけならばまだしも、ただの友人が三人もついてくるため、断られる可能性のほうが高いので、これは最終手段ということになる。
「ん~……夜の交流会みたいなのもあるみたいだし、ユースホステルのほうがいいのかな?」
「安いし、それがいいかもな」
ユースホステルとは、ホテルや旅館と違い、安価な宿泊施設のことだ。
元々、西欧で青少年少女の旅に安価で安全な寝床を提供することを目的としている施設から生まれたため、ホテルや旅館よりも安価な場所が多い。
それに加えて、場所によっては交流を目的とした料理教室や流しそうめんなどのお楽しみ会も催されるため、楽しみが豊富という点も魅力の一つだろう。
もっとも、欠点としては赤の他人と寝床を共有しなければならないということなのだが、男女で区画分けされるので、貴重品の管理にさえ注意しておけば妙なトラブルに巻き込まれることはない。
若者の一人旅には最適の施設と言える。
「なら決まり。ユースホステル探そう」
「決断、早っ……てか、そこで寝てる馬鹿には聞かなくていいのか?」
「いいのいいの……てか、言いだしっぺが話し合いに参加しないとかありえないってのに……」
疲れ切って机に突っ伏したままの清に視線を向けながら、護が問いかけると、明美は呆れたようにため息をついて返した。
結局、発案者である清を交えることなく、旅行計画は練られていき、ついに出発日当日を迎えることとなった。




