32、伝承への対抗策
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佳代に呪詛を仕掛けるよう仕向け、生成りへ変じるように仕掛けた悪霊。
それが、千年以上昔にいたとされる、陰陽寮に属さない陰陽師として名高い、芦屋道満であることに、護は目を丸くした。
だが、どこか納得できたような、奇妙な感覚もある。
――そういや、あいつとは初対面のはずなのに、なんでか挑戦的な態度取られてたんだよな……なんというか、喧嘩売られてたみたいな感じで
思い返せば、奇妙な点はいくつかあったが、これでようやく合点がいった。
千年にも及ぶ因縁と、おそらく先祖返りと言われているこの力。
本人ではない護にとってこれ以上ないほど迷惑な話であるが、その二つに、かつての仇敵である晴明の面影を見たのだろう。
だが、一つだけ、ひっかかることがあった。
「ですが、千年という時間を魂のみとはいえ、記憶や存在を保てるものなんですか?」
「そこはわからない。だが、おそらく彼自身に思うものがあったのだろう」
「術理を極めたい、とかですか?」
「そこはさすがにわからん……よほど、安倍晴明との対決で敗北したことが悔しかったのか、それとも単に自分の好奇心を満たしたいだけなのか」
どうやら、芦屋道満という人間は生前、呪術の知識に関してとにかく貪欲な人間だったらしい。
身につけた術、開発した術は試してみなければ気が済まなかったようだが、その延長線上に、現代の騒動があるのだとしたら、迷惑極まりないこと。
そして、その迷惑を一番被っているのが、ほかならぬ満をはじめとする芦屋家の術者たちだった。
「仮にも先祖だというのなら子孫の繁栄や栄達を望むことが第一だろうに。よりにもよって自分の好奇心を満たしたいがためだけに行動するとは……」
「……心中お察しします?」
「……………………疑問形であることはひとまず置いておこう」
護の反応に、満は陰鬱なため息をつきながらそう返してきた。
その様子からも、どれだけあの悪霊、道満に煮え湯を飲まされたのかがうかがうことができる。
だが、それらを思い出したからといって、いつまでも苛立っているほど満は子供ではない。
いらいらした雰囲気を醸し出してはしたが、それもほんの数十秒で気を取り直し、護の方へと向き直り、話を続けた。
「どのような想いで現世にしがみついているのかはわからないが、時折、こうして呪詛を行おうとしている一般人をたぶらかして、自分の術の実験台にしているようだ」
「もしかして、あいつ――道摩法師のことを聞いた時にやけに霊力を高ぶらせていたわけですか」
「……………………恥ずかしながら」
少しばかり申し訳なさそうに、満は護の言葉に返した。
とはいえ、護も満が思わずそうしてしまった理由はわからないでもない。
先祖が、自分の好奇心のためだけに災禍を振りまいている。それこそ、自分の血と技を受け継いだ子孫の迷惑を顧みることなく。
そのせいで不条理な評価を受けているのだから、怒りたくもなるだろう。
それこそ、囚われてしまうほどに。
「となると、あいつを成仏させよう、なんて考えないほうがいいということでしょうか」
「魂の一片に至るまで、完膚なきまでに砕いてしまって構わない。むしろ、そうでもしないと再度、出現しかねない」
通常、人間は死後、三途の川を渡って黄泉の国へと向かう。
そこでその身に負った罪によって冥府の官吏から裁きを受け、穢れを祓い、再び転生するまで魂を休ませると言われている。
だが、それは魂がたとえ欠片でも川を渡った場合に限ったこと。
もし魂が何らかの要因で他のものへと変質してしまった場合、それは川を渡ることはなく、世界に広がっている霊力の流れの中に溶け、転生することはない。
「あの芦屋道満のことだ。彼岸に送ったとしても、あらゆる手段を使って戻ってくるだろう」
「いえ、それどころか、そうなることも織り込んで何かしらの対策を立ててくるはずです」
「だから、再起不能にさせる必要がある、と。けど、いいんですか?」
「うん?」
護の問いかけの意図を察しかね、満が首をかしげる。
その様子に、護は少しためらいがちに続けた。
「いや、仮にも先祖なら祀って縛るってこともできるのではないかと」
「それも考えたのだが……神に封じて存在を昇華させるまで、どれだけの時間がかかるかわからない」
護が口にした方法は、悪霊や怨霊を神へと昇華させ、災いを防いでもらうという、御霊信仰のようなものだ。
その最たる例が、秋葉原で祀られている平将門公と太宰府天満宮で祀られている菅原道真公である。
「それも考えた。だが、神格を得るまでどれだけの時間がかかるかわからない。何より、完全に封印していたとしても、抜け出して放浪しかねない」
「なら消滅しかないですね」
「その通りだ」
正規の手順で川へ送ってだめ。神に祭り上げたとしても無駄。
ならば、残される手段は少なく、その中で最も今後の懸念事項をなくすことができるものが魂の消滅だった。
本当なら、護としてもあまりその選択肢は取りたくなかったのだが、それしかないのだから、仕方がないと割り切って、道満を迎え撃つ算段を頭の中でつけ始めていた。




