31、告げられた事実
満と名乗った女性職員に、護も返礼代わりに自分の名を明かし、翼を交え、この場に来た理由を話した。
その最中、満の顔が険しくなり、翼の顔もどこか気難しく歪んでいくことに、護は疑問を覚える。
「あの、満さん? 父さんもだけど、まさかあいつに心当たりが」
「ある」
「あるもなにも、そいつの存在こそ私が翼さんを訪ねた理由だ」
どこか冷徹な印象を抱かせる瞳を向けながら、護の質問に満が答えた。
そいつという存在が、佳代に呪詛をかけるだけの力を与え、何かのきっかけで生成りへ転じるよう、呪詛を仕込んだ悪霊である。
浅からぬ因縁があることを感じ取った護は。
――下手に隠し事をすると、どんな仕打ちを受けるかわからねぇな……
同時に、あの悪霊に関することで下手に隠し事をすると、後々、かなりの困難に見舞われる。
本能的な部分でそんな予感を覚えた。
「それで?君は奴の何を知っているんだ?」
「知っているというより、関わることになるので知っておきたいというのが本音なんですが」
「……そうか」
護から返ってきた言葉に、満は顎に指を添え、少しの間、考え込んだ。
だが、すぐに何か思いついたらしく、顔をあげて護のほうへ向き直り、一つの提案をしてきた。
「なら、情報提供をする代わりに、私もその場に居合わせても構わないだろうか?」
「取り分は?」
「……随分と現金だな。君くらいの年齢なら、報酬は二の次と思っていたが」
「仕事ってのは報酬ありき、ですよ?でなかったら好き好んで人助けなんかしません」
あっけらかんとした態度で、護はそう返した。
その様子に、満は観念したかのようにため息をつき。
「なるほど。翼さんのお子さんが人間嫌いなのは聞いていたが、ここまでとはな……わかった。そういうことなら、報酬はしっかり支払おう」
報酬を支払うことを約束した。
「報酬に関してだが、少し色を付けさせてもらうよ」
「そうはいかないでしょう? おまけなんてつけなくていいですから、妥当な額でお願いします」
報酬に色を付けてを渡そうとしたが、断られてしまった。
裏があることを察したのか、それとも公平性を求めているからか。
――いずれにしても、今のうちに貸しを作っておくには、この交渉をどうにか成功させないといけないな
今後、護がどう化けるかわからない。
だが、今のうちに貸しを作っておくことは、決して悪い選択ではないはず。
そう考えて、満は交渉を続けた。
「いや、私のわがままで同席させてもらうんだ。さすがにおまけくらいはさせてほしいんだが?」
「同席するんですよね? なら、手を出さない自信はありますか?」
だが、護の一言に満は口を噤んでしまった。
手を出さない自信があるかないかと問われれば、『ない』というのが正直なところだ。
それだけ、目の前にいる青年が関わろうとしている存在は、満にとって、いや、芦屋家にとって重大な存在であった。
結果。
「……わかった。適正価格で支払わせてもらう」
「なら、交渉成立ということで」
無事に交渉が終わったことに、満はそっと安心したようなため息をついて、翼の方へ視線を向ける。
何の意図があって、そうしているのか察した翼は、すぐさま視線をそらした。
だが、満の怒りが収まるはずもなく。
「翼さん。あなたはいったい、息子さんにどんな教育をしているんですかっ?!」
「どんな、と言われてもな。自然とああなってしまったんだから、しょうがないだろう」
「自然とこうなったって……明らかにうちの分家よりも人間味がなくなってるじゃないですか!!」
「そうなったのも、ある意味では人の業というところだろう」
「いや、人の業って……それだけで片付けることができるものなんですか?」
護が同級生とその親から受けてきた仕打ちを知らないがゆえなのか、それとも、自身がそんな扱いを受けたことがなかったからなのか。
いずれにしても、いくら高校生とはいえ、満からみれば「まだ子供」の護がまったく子供らしくないことを異常と感じているようだ。
むろん、翼も普通ではないとは認識しているが、そうなった経緯を知っている。
別に法律に触れるような行為をする危険性もないと判断しているため、あえて言及することはしてこなかったというだけだ。
「……はぁ……もういいです。よほどではない限り、子供の教育については、他人が口を出すことではありませんしね」
「理解してくれて助かる」
「理解をしたつもりはありませんが……まぁいいでしょう。何より、時間が惜しい」
ひとまず、このことについては飲み込むことにして、満は護の方へ向き直った。
「さて……すまない、少し時間を取ってしまった」
「いえ、気にしないでください……それより、教えてください。あいつはいったい、何者なんですか?」
あまり悠長にしていられないはずなのだが、護は満の方から話始めるのを待っていたらしい。
余裕のつもりなのか、はたまた、焦りを鎮めているのか。
いずれにしても、待たせてしまったことを申し訳なく思っていた満は、一言詫びてから、護の質問に答えた。
「もったいぶらず、率直に言おう。信じられないかもしれないが、君があいつと呼んでいる悪霊の名は、芦屋道満という」
満の口から告げられたその名前に、護は目を見開く。
その名前は、千年以上も昔に存在したとされる術者の名前だ。
朝廷の機関の中に組み込まれた、いわば国家公務員ではなく、民間の陰陽師。
その中でも随一の実力を持っていたと言われている人物こそ、彼女が口にした芦屋道満だ。
その道満が、現代になって悪霊へ転じ、姿を見せたという驚愕の事実に、護は言葉を失った。




