第1話 最強の転校生は、銃を持っていない。
毎日朝6時に投稿予定です!全10話 作品完結済み。
西暦2049年。
地球に宇宙人がやって来てから、七年が経った。
宇宙人、といっても、映画に登場するような友好的な存在ではない。
鋼鉄に似た黒い外殻を持ち、人間を見つければ容赦なく襲いかかってくる地球外生命体。
人類はそれを《ヴェイル》と名付けた。
そして七年の月日を経て、人類の生活は大きく変わった。
「おーい、リツ! 今日、数学の課題やってきた?」
「やってきたけど、見せないからね」
「そこをなんとか!」
「その前に銃の安全装置、確認しなさいよ」
「あ、忘れてた」
教室では、ごく普通の会話が交わされていた。
机の横に置かれたアサルトライフル。
廊下に設置された防衛用自動砲台。
窓の外には巨大な対空迎撃システム。
これらは今や、当たり前の光景だ。
東京第七防衛学園。
ここは、ヴェイルの侵略に対抗するため設立された防衛教育機関の一つである。
そして、二年B組。
この日、一人の転校生がやって来た。
「転校生を紹介する。入れ」
担任の青砥先生がそう言うと、教室の扉が開いた。
現れたのは、黒い髪に灰色の瞳を持つ男子生徒。
背は少し高い。
表情にはほとんど変化がなく、どこか眠そうだった。
彼は黒板に名前を書く。
『アウラ・ソーロン』
「アウラ・ソーロンです。よろしく」
それだけだった。
教室が静まり返る。
「……え、終わり?」
思わず声を漏らしたのは、二年B組の女子生徒、綾瀬リツだ。
別に長々と自己紹介してほしかったわけではない。
ただ、一つ気になったことがあった。
「ねえ、あの人……」
「なんだ?」
「銃、持ってなくない?」
そう。
アウラは銃を持っていなかった。
普通、この学園の生徒は訓練用であっても何らかの銃器を携行している。
しかし彼の腰にはホルスターもなく、背中にもライフルがない。
持っているのは、小さな黒い鞄だけだった。
「アウラ、銃はどうした?」
先生も同じことを疑問に思ったらしい。
「持ってきてません」
「忘れたのか?」
「いえ」
「……では、なぜ?」
「必要になったら考えます」
教室中がざわついた。
「おい、聞いたか?」
「必要になったら考える、だってよ……」
「相当な自信だな」
いやいやいや。
リツは内心でツッコミを入れた。
単に準備が悪いだけでは?
しかし、この時はまだ誰も知らなかった。
この転校生が、学園全体を巻き込む騒動の中心になることを。
◇
事件が起きたのは昼休みだった。
突然、校内に警報が鳴り響いた。
『警告。第三区画にヴェイルの侵入を確認』
『生徒は直ちに避難してください』
「うそ、こんなところまで!?」
窓の外。
校庭の向こうにある防壁を乗り越え、黒い怪物が姿を現した。
体長およそ三メートル。
四本の腕と鋭い爪を持つ、ヴェイルの地上戦闘個体《殻兵》だ。
「全員伏せろ!」
先生が叫ぶ。
生徒たちは一斉に机の下へ潜り込んだ。
しかし、アウラだけは違った。
窓際に立ったまま、じっと怪物を見ていた。
「ちょっと! アウラ! 何してるの!?」
リツが叫ぶ。
怪物はこちらに気づいた。
大きく口を開き、青白い光を集め始める。
ヴェイル特有の粒子砲だ。
直撃すれば教室ごと吹き飛ぶ。
「アウラ! 逃げて!」
「……ああ」
アウラがゆっくりと顔を上げる。
その瞬間だった。
ズドォォォン!!
轟音。
窓の外で、ヴェイルの頭部が爆散した。
「…………え?」
全員が固まった。
怪物の巨体がゆっくりと崩れ落ちる。
そしてアウラは、何事もなかったかのように自分の席へ戻った。
「……すごい」
誰かが呟く。
「銃も持たずに……」
「一瞬で倒したのか?」
「まさか、素手で……?」
教室が騒然となった。
だがリツは見ていた。
アウラは何もしていない。
手すら動かしていないのだ。
「いや、ちょっと待って! 絶対おかしいって!」
そう叫んだ時、校内放送が流れた。
『先ほどの侵入個体は、外周防衛砲台によって撃破されました』
「ほらああああ!!」
リツは思いきり叫んだ。
しかし。
「なるほど……」
「砲台の射線上に誘導したのか」
「自分で撃つ必要すらなかったってことか……」
「だから銃を持ってなかったんだ!」
「違うってば!!」
アウラ本人はというと、窓の外を眺めながら小さく呟いていた。
「……購買、閉まっちゃったかな」
その日の放課後。
学園内の匿名掲示板に、一つの書き込みが投稿された。
『転校生のアウラ・ソーロン、素手でヴェイルを瞬殺したらしい』
翌朝。
その噂には、さらに尾ひれがついていた。
『アウラ・ソーロンは軍の特殊部隊出身』
『七年前の大侵攻で、一人だけ生き残った伝説の兵士』
『人類最強の学生が転校してきた』
そして本人は、そんな噂をまったく知らないまま登校した。
「……なんでみんな、俺を見るんだ?」
人類最強の伝説は、こうして始まった。
もちろん、この時点では完全な勘違いである。




