第106話 『王女の軍隊』の快進撃
山越えを決断してから半日。レイファ達、『王女の軍隊』は自分達の選択が正しかったと知ることになる。
「なんだろう? この壁!」
そう言ってミーヤが走り出した先には、樹海の中に埋もれるように広がっている壁があった。
真っ白で、自然が生い茂るこの階層には似つかわしくない人工的な壁。
高さは二メートルほどしかなく、周囲の木と比べてもだいぶ低い。これなら、乗り越えることもそう難しくはないだろう。
「壁の範囲は?」
マッピング担当のリムナに向かって尋ねる。
彼女は頰に人差し指を当てながら、やたらと鼻につく猫撫で声で答えた。
「う~ん、リムリムわかんない! 【地図化】で見える範囲ではずっと広がってるみたいだけどぉ~」
「そう。わかったわ」
すぐにリムナから視線を逸らして、脳内で考えを巡らせる。
この壁は決して、他の冒険者が作ったものでもなければ、この階層のモンスターが生み出したものでもないだろう。
ダンジョンの仕様として作られた、必然性のある壁。何かの意図があって、この階層に壁は設置されているはずだ。
「とりあえず越えてみましょうか」
山脈を越えるという選択をすることにした以上、この壁は避けては通れない。
壊すという選択もあったが、対するは未知なる壁だ。大事を取って、無難な方法で進めることにした。
「ミーヤ」
「はい」
「先に越えて、向こう側の様子を見てきなさい」
「りょーかい!」
ミーヤは狩人という戦闘職の冒険者だ。
狩人は対モンスター戦闘を得意とし、また探索系アーツも多く覚えるため、盗賊のような戦闘職と同じく斥候役も得意としていた。
【地図化】のスキルを持つリムナは覚えている戦闘系アーツの数は多いものの、探索系アーツは覚えている最中だ。
まだノート・アスロンのような役割を担わせることは難しく、『王女の軍隊』はミーヤと役割を分担することで探索を進めていた。
「ほいっと」
【身体強化・大】のおかげでミーヤの身体能力は常人の数倍だ。彼女はスキップをするような軽さで壁の縁に飛び乗った。
「どう? 壁の向こうの様子は?」
「見た感じだと、そっちとあんまり変わんないかなー」
額に手を当てて、周囲を眺めるポーズをするミーヤ。そのまま躊躇うことなく、壁の向こうに飛び降りていく。
「うーん、何も──」
そう言いかけた途端の出来事だった。
突如足元から崩れ落ちるような振動が。レイファは重心を落として、なんとか転げないようバランスを保つ。
「地震……?」
そこまで言って、自分の言葉が間違いであることに気づく。
ここはダンジョンの中。通常の世界とは異なる異界の地だ。自分達の住んでいる世界のように普通に地殻変動が起こるわけもない。
ならば、最も簡単に導き出される答えは──。
「ボスモンスター」
視界に映る動く山脈に圧倒されながらレイファは呟く。
山脈の右の方が持ち上がったかと思うと、真横に裂け目が見え始める。
あれは口だ。そう思ったのも、裂け目から咆哮が響いていたからだ。
今まで18階層を探索してきた印象としては、この階層はとにかくスケールが大きいということだ。
出てくるモンスターはもちろんのこと、植物や流れゆく川といった自然まで。何もかもが人間の世界にはないようなサイズであった。
中ボスも先ほど戦った巨大オークとは比べ物にならないほどの大きさを持つ人型モンスターだったが、まさか山脈クラスの化け物が出てくるとは。
流石のレイファでも、これには圧倒されたとしか言いようがなかった。
「この壁はボス部屋との仕切りだったというわけね……」
ようやく壁の意図は理解できたが、完全に不意打ちのような状況だ。準備不足のままボス戦に挑まなくてはいけなくなってしまった。
「どうする──」
レイファが自問自答している間に、真っ先に動いたのはオーンズだった。
構えを見せたかと思うと、即座に拳で壁を打ち壊した。
「何をっ!?」
「決まってるじゃねえか。仕切りを取っ払ったんだよ。これでボスと戦えるだろ?」
彼の言う通りだ。既にボスを起こしてしまったこの状況。戦う他ない。
レイファは気持ちを切り替えて、号令をかける。
「そうね。ミーヤはこっちに戻ってきて。今回の戦闘はギルベルト、貴方が攻撃を引き受けなさい。メインアタッカーは火力を出せるオーンズとミーヤ。私とミルは三人のサポート」
「リムリムは?」
「貴女は今回の相手には有効打を叩き出せそうにないわね。死なないように精々頑張りなさい」
「ほいっ。頑張って逃げに徹しまーす」
リムナは器用貧乏な冒険者だ。かつて色々なスキルをコピーしていた時に覚えたアーツは多いものの、今は【地図化】をセットしているためスキルの恩恵を得ることができない。
ダンジョン一線級の冒険者と比べると、どうしても攻撃の威力は落ちてしまい、今回のような大きくて耐久力のありそうな敵と戦えるとは言い難かった。
山脈は既に龍の如き影をかたどっていた。
荒くれた牙や鋭い瞳に始まり、山頂の部分は背中となっている。長い尾根はそのまま尻尾となり、地面を叩いていた。
「さあ、やりましょうか」
レイファが合図を出すとともに、ギルベルトが動き出した。ターゲット集中スキルを使いながら龍の頭の方角へ走り出していく。
逆にオーンズは尾の方角へ。ミーヤはそのままの位置で、矢筒から矢を取り出していく。
レイファも右腰に潜ませていたアイテムバッグに手をかけた。その中から芸術品のような笛を取り出す。
彼女の持つスキルは冒険者の中ではありふれたものだ。
【魔道具師】という、使用する魔道具の性能や練度を上昇させるだけの単純なスキル。
だけど、レイファほどの財力と権力があれば話は変わってくる。
どんな魔道具でも手に入れられるほどの金と、王宮の宝物庫に眠る魔道具を手にすることができる立場があれば、最高峰のスキル持ちになれる。
レイファは笛を吹く。瞬く間にパーティーメンバーの身体に緑色のオーラが纏い出す。
この吹いた笛も魔道具の一種だ。音を聴いた者にバフ効果をかけることができる魔道具。
レイファは即座に笛をしまうと、今度は十字の盾を取り出した。
魔力を込めると、勢いよく盾が開いた。盾は緑色のミスト状の光を展開するとともに、レイファの周囲を球状に取り囲んだ。
「ふんっ!」
樹林の奥から、白い光の柱が立ち上った。
この光はレイファの魔道具によるものではない。ギルベルトの放つ純粋な神聖力の塊だ。
ギルベルトは強靱な肉体と、自身の身体能力を上乗せさせたアーツやスペルで戦う神官兵士。
己の握るメイスに力と神聖力を託して、開幕の一撃を放つ。
「《裁きの鉄槌》」
轟音とともに、激しい閃光が辺りを包む。
メイスと巨龍との正面衝突。その爆裂音は龍が織りなす咆哮の数倍の激しさだ。
鼓膜を破るかの如き衝撃をまき散らしながら、戦いの火ぶたは切られた。
「行くよー、《弩級一閃》」
ミーヤが繰り出す最大まで溜め切った剛射。
オーンズは巨龍の背へと登り、渾身の打撃を与えていく。
しかし、巨龍が狙っているのはギルベルト。二人のアタッカーの攻撃を気にも留めず、口から大地をも抉る光線を吐いた。
「《守護神の抱擁》、《不侵なる教会》」
防御系バフスペルと範囲防御スペルを展開し、真っ正面から光線を受け止めるギルベルト。
光線が過ぎ去った後も、そこに立つ姿は無傷そのものだ。攻撃を繰り出した隙を見せていた巨龍に向かってもう一度《裁きの鉄槌》をぶち当てる。
「流石に硬いわね……」
ギルベルトの《裁きの鉄槌》を二度食らっても、未だ巨龍がピンピンしていることにレイファは驚いていた。
《裁きの鉄槌》は神官兵士の上級攻撃アーツだ。単体でそれなりの火力が見込めるが、ギルベルトほどの熟練の神官兵士が使うとなると話はまるっきり変わってくる。
彼の繰り出す《裁きの鉄槌》は爆心地そのものだ。
極限まで磨かれた肉体と濃密な神聖力。その両者が織りなす一撃は必殺の域にまで到達せんとしていた。
ミーヤの超高火力弓術アーツ《弩級一閃》も大してダメージを与えられていない。オーンズの打撃にあってはさらにだ。
やはりスケールが大きい相手とあって、耐久力も馬鹿にならない。
ギルベルトの耐久力と継続戦闘力も人並み外れているため、持久戦を挑めば削り切れないわけではないだろうが、18階層如きの敵相手に時間をかけていられない。
ここは多少のコストがかかってもよしとする判断をレイファは取った。
「オーンズ、龍の背中から離れなさい」
叫びながら、既にレイファはアイテムバッグの中から魔道具を取り出していた。
現れたのは装飾が施された朱色の大筒。レイファが持つ中で最高火力の出せる魔道具である。
「弾を惜しむのもやめにしようかしら」
レイファが握っていたのは紫色の拳大の魔石だ。
この大筒はただの金属製の筒ではない。投入した魔石を砲弾に変えて打ち出す、戦役級の大砲だ。
大砲は入れた魔石に含有される魔力量に比例して威力の高い砲撃を放つことができる。
発射までにラグがあったり、狙いを定めることが難しかったりと、通常の戦闘では使いにくい難点はあるものの、今回のような大きな的の動きが遅い敵には効果的な魔道具だ。
まさに巨龍の天敵とも言えるアイテム。大砲にとってもここまであつらえたみたいな標的は早々現れないだろう。
この大砲の使用を考慮して、高価な魔石をふんだんに用意してきたが、この状況なら使い切るつもりでコストをかけてもいいかもしれない。
最悪、魔石が底を突いてしまったら、また補充すればいい。今はいち早くダンジョン攻略を進めるべきだ。
「砲撃開始!」
早速砲撃を打ち出していくレイファ。
魔石によって生み出された砲弾が打ち出されたかと思うと、即座に次の魔石を装塡していく。
アイテムバッグに手を突っ込み、手に当たった魔石から順に掴んで大筒に詰め込んでいった。
グオオオオォォォッォ──!
いくら巨龍といえども、この砲撃の雨は有効打だったようだ。
使用すれば周囲の地形をも変えてしまうほどの砲撃。山脈だろうと削り取るのも不可能ではない。
「レイファ様よ、そっちに行くぞ!」
ギルベルトの警戒の一声が響く。
レイファだって、そんなことは承知で砲撃を放っている。
「ミーヤ、ミル、リムナ。貴女達は自分の命は自分で守りなさい。私の方は気にしなくていいから」
そう言って、先ほど手にしていた十字架のような盾を握り直す。光線がレイファの方に放たれる一秒前の出来事だ。
「守りなさい、シューデリッヒ」
シューデリッヒと呼ばれた盾の十字部分、左の棒の部分の光が消える。すると、レイファの纏っていたミスト状の発光が強さを増した。
光線と球状シールドのぶつかり合い。光線は簡単に弾かれてしまい、反射した軌跡は樹林を焼いていった。
「あと3スタック……」
シューデリッヒは光のエネルギーで構成されたシールドを作り出す盾だ。
通常モードでは一定以下の攻撃をすべて弾き、十字の光が示すスタックを使うことで四回だけ高性能のシールドを展開することが可能であった。
他にもレイファは身代わりのブレスレットという自身の死を生涯で一回だけ無効化できる無敵アイテムを持っているので、正確にはあと四回攻撃を耐えることができるのだが、今回はシューデリッヒのスタックだけで凌ぐつもりだった。
シューデリッヒのスタックはダンジョンから戻れば再充塡は可能だ。
しかし、身代わりのブレスレットが使えるのは人生で一度きり。貴重な一度を18階層という中盤の層で使うのは惜しいにもほどがあった。
「《裁きの鉄槌》」
ギルベルトもレイファがスタックを使って、身を守りながら巨龍を削る選択をしたのに気がついているようだ。
光線を吐かれても、尚も砲撃の手を止めない様子を見て、巨龍の攻撃を一発でも多く自分に向けようと攻撃を放つ。
「《魔法剣舞》拡張形、第二ノ剣──蒼天ノ剣」
2スタック目を消費するかと思ったところにミルの援護が間に合った。空中を舞う剣の軍勢が光線を阻んだ。
「ミルっ」
「わたしだって役に立つんですから! 最弱の七賢なんて言わせませんよ!」
思いもよらない援護にレイファといえども頰が緩む。
自身の命を守ることにリソースを注ぐよう命令していた分、これは嬉しい誤算だ。
その後、尾から繰り出された一撃を防ぐために1スタックを消費したレイファだったが、ギルベルトがターゲットを取り戻してくれたことで一息吐く余裕ができる。
この乱戦の間にもオーンズは手堅く攻撃を続けていたようで、巨龍の右足部分の動きが止まる。
己の拳一つで山脈の如き龍の四肢一本を潰したようであった。
龍は天に向かって咆哮を繰り出したかと思うと、背中が赤く光った。
これは噴火だ。怒りという起爆剤によって、龍の背に乗る火山が噴き出した。
火砕流とともに、上空から火山弾がまき散らされる。
まずい。この攻撃は通常モードのシューデリッヒじゃ防げない。
光線を防ぐことにリソースを割いていたスタックをここで使ってしまえば、砲撃による特攻を行えなくなってしまう。
「《万緑の精霊、水を用い、大海を生成》」
しかし、そこはミーヤの行動が早かった。精霊術により、瞬く間に上空に海を作り出す。
圧巻の光景。空と海が共存するというだけでも驚きなのに、火山弾は火砕流ものとも水中に吸い込まれてしまう。
「どう?」
ドヤ顔を向けてくるミーヤ。
腹が立つことこの上ないが、功績を考慮して、無礼には目をつぶってあげることにしよう。
ミーヤはパチンッと指を鳴らす。巨龍の噴火攻撃を防ぎ終えた大海は、その役目の終わりを悟ったかのように弾け飛んだ。
もちろんミーヤの作り出した海は上空に漂っていたわけで、術式を解除すればレイファ達の頭上から滝のような雨が降り注ぐことは自明の理である。
「……」
やっぱり思い改め始めていた評価を元に戻さないといけないかもしれない。
「貴女、打ち首ね」
「なんで!? 上手く決まったのに!?」
なんとも締まらないというか、抜け目だらけのハーフエルフだ。
ただ実力だけは申し分ないので、頭の弱ささえ修正すれば、さらに化ける可能性は出てくるが。
「なら、挽回してみなさい。さっさとあの龍を削り切るわよ」
大砲に魔石を込めながら、発破をかけるレイファ。
この調子なら巨龍を倒すのもそう時間はかからないだろう。戦いは佳境に入ったが、内心では既に勝ちを確信していた。
相手はたかが18階層のボス。この階層もオールスターを揃えた『王女の軍隊』の敵ではない。
自分の敵はもっと他にいる。
ノート・アスロンやソフィーをはじめとした『到達する者』の面々。『迷宮騎士団』や『天秤と錠前』といった他のダンジョン攻略パーティー。
そして、王宮に蔓延る敵。王の座への道を阻む者達。
それらすべてを薙ぎ倒して、跪かせてやる。レイファ・サザンドールこそが勝者なのだと思い知らせてやる。
目の前の敵に仇敵の姿を重ねながら、レイファと『王女の軍隊』は覇道を突き進むのであった。




