第105話 『王女の軍隊』のダンジョン攻略
レイファ・サザンドール率いる『王女の軍隊』は現在18階層の攻略に挑んでいた。
ダンジョン攻略を始めてから二カ月ちょっと。
それにもかかわらず、中層の後半である18階層に到達しているというのは、ダンジョン攻略パーティーの中でも異例の快進撃である。
その要因の一つに挙げられるのは、個々のパーティーメンバーの戦闘能力の高さだろう。
現在フロントラインを張っているのはこの二人。最強の神官兵士と名高いギルベルト・アインザックと、徒手空拳において最強と名高いオーンズ・グレゴリーであった。
「ふっっ!」
ギルベルトが神聖力を纏わせたメイスを振るう。その直後、人の数倍の大きさを誇るオークは、身体をくの字に曲げながら上空に吹き飛ばされた。
「旦那、そうやって吹っ飛ばすなって」
そう言いながら、オーンズは周囲の大樹を蹴って空中へと跳んでいく。一際大きい樹がオーンズの蹴りでへし折れたかと思うと、その一跳びで打ち上げられたオークの背後に回っていた。
「ほら、とどめだ」
両手を組み、そのままオークの背中へと叩きつける。地面に打ち落とされたオークは、その衝撃でミンチのような有様になっていた。
圧倒的な暴力、巨体のモンスターが蔓延る18階層をただ力技のみで制圧している光景がそこにはあった。
「はい、一丁あがり」
手を払うオーンズの背後に控えているのは、ミル・ガンダクとミーヤ・ラインであった。
背を向ける彼に歩み寄ってくる巨獣に向かって、ミルは手を振り下ろす。
「《魔法剣舞》拡張形、第六ノ剣──断罪ノ剣」
突如空中に現れた巨大な剣が、ミルの手の動きに合わせて振り下ろされる。斬るというよりも、押し潰すという方が正しい惨状が。
巨獣はミルの作り出した剣に潰され、地面には肉片と血しぶきのみが広がっていた。
「わたしも行くよー」
呑気な声とともに、弓と弦が激しく軋む音が。腰を落とし、最大限まで弓を引き絞るミーヤの姿が。
「《弩級一閃》」
放たれた矢はまるで光線のようだった。
光の線が神速で発射されたかと思うと、その軌道上のすべてが消え失せる。残ったのは巨大樹海の間にすっぽりと空いた空色の穴と、抉られた地面の跡だけであった。
「ひとまずは片づいたようね」
退屈そうに腕を組んでいたレイファが呟く。
彼女が呟いた通り、周囲のモンスターはあらかた片づけられていた。
既にこの階層の中ボスは倒しているので、あとはボスを突破して次の階層への入り口を見つけるだけだ。
隣に待機していたリムナに向かって、レイファは話しかける。
「次の階層への扉はまだ見つからないのかしら」
「うーん、リムリムも頑張ってるんだけどぉ~。全然見つかんないんだよぉ~」
「見つからないのはわかったから、まずその腑抜けた喋り方をやめなさい」
「酷い。リムリム普通に話してるのにぃ。腑抜けた喋り方なんてぇ~。リムリム悲しくなってきちゃう」
「もういいわ。貴女は黙ってなさい」
リムナの甘ったるい声を聞き流しながら、レイファはため息を吐いた。
普段からリムナはこんな調子でいつも通りの平常運転なのだが、やけに鼻につくように感じてしまう。
それもこれも、この階層のボス部屋をなかなか見つけられないからだ。
レイファ達、『王女の軍隊』が18階層に来てから早三日が経った。
探索二日目にして中ボスを討伐することができ、この階層も順調に突破できると高を括っていたが、それから丸一日過ぎてもめぼしい進捗状況は得られなかった。
出てくるモンスターに手こずっているわけではない。
各地から寄せ集められたオールスター達で構成されているこのパーティーにとって、18階層の敵は問題なく対処できる相手だった。
ただボス部屋だけが見つけられない。それだけのことで時間が奪われ続けていた。
【地図化】は周囲1キロメートルと、自身が通ったところを記録できるスキルだ。
要はボス部屋の1キロメートル圏内にたどり着かないと、ボス部屋の存在を見つけることはできない。
盗賊であるノート・アスロンのように、遠くのモンスターの気配を察知できれば、ボスの存在を見つけることでボス部屋を容易に発見することができるだろう。
しかし、敵察知アーツを身につけている途中のリムナではそれも適わない。
代わりにリムナは他のスキルをコピーしていた時の影響で、多彩なアーツを覚えているという長所もあったが、それでもノートが欲しかったと思わせる状況だ。
なかなか上手くいかない現状に爪を噛むレイファ。そんな彼女に声をかけたのはギルベルトだった。
「まあお嬢さん。そう焦りなさるなって」
「この状況が焦らずにいられる? 私達がこうして足踏みしている間にもソフィー達はダンジョン攻略を進めているのよ」
ソフィーがノート達のパーティーに入ったという情報も、レイファを焦らせている原因の一つになっていた。
ソフィーを『王女の軍隊』から追い出したのはレイファ自身だ。付き人であったソフィーの使えなさに辟易して追い出した形となる。
そんな相手が自分より先にダンジョン攻略を成し遂げたとあれば、ただのお笑い種だ。
自分が下した、使えないという判断が間違っていたということを意味してしまう。
自分自身の決断を否定するような結果を、プライドが高いレイファが許せるわけもなかった。
「私の下を去ってからも、あの子は私の邪魔をしてくる。本当に使えない子なんだから」
レイファは物凄い形相で呪詛を吐いていた。
しかし、そこは幾千もの修羅場をくぐり抜けている年長者のギルベルトだ。ご乱心の王女に向かって、冷静な意見を述べる。
「確かにソフィーらは、一度は簡単に『王女の軍隊』の攻略階層を抜くことになるだろう。だけど、ダンジョン制覇は未だ誰にも成し遂げられていない偉業だ。『到達する者』だって、そう簡単には制覇できるとは思えないがな」
「でも──」
「現に『到達する者』は一度攻略に失敗して、パーティーメンバーを失っている。ダンジョン攻略は誰が一番先にという問題より、誰が最後まで攻略し続けられるかという問題なのではないか」
「安定志向な旦那の考え方はあんまり好きじゃねえが、こればっかりは賛成だぜ」
二人の会話に口を挟んだのはオーンズであった。彼は両腕を頭の後ろに組みながら、口笛を吹くような軽さで言った。
「オレも色んなやつを相手取ってきたが、このダンジョンってのは別格だ。おいそれと、倒せる相手でもねえ。持久戦を考えなくちゃいけない相手だ」
「一国をも相手取った貴方がそんなこと言うの?随分と丸くなったものじゃない」
「国なんか相手じゃねえよ。所詮人の集まりだ。雑魚が集まったところで大したことねえ。だけど、こいつは違う。人を超えた何かとの戦いだ。そう簡単に片づけられる相手じゃねえ」
嘲笑するようなレイファの物言いに、オーンズは乗ることなくあっさりと受け流した。
「もしあれだったら、一度ダンジョンから出て、そのノートとやらにボス部屋の位置を訊くのもありなんじゃねえか?一度はこの階層を攻略してんだろ? そっちの方が効率いいじゃねえか。楽できるところは楽しようぜ」
「そんなことできるわけないじゃない!あのノート・アスロンに助けを乞うなんて死んでもごめんよ!」
「おお、そう怒るなって。何もそいつに頼るだけしか方法がないわけでもねえ。あっちのパーティーにはソフィーもいるんだろ?あいつなら、お前さんが頼めば一発で聞き入れてくれるんじゃねえか?」
「ソフィーは私が追い出したのよ。言うことを聞くわけないじゃない」
「そうかね。オレの勘ではあいつはまだお前さんのことを慕っていると思うけどな」
「仮にそうだとしても、ソフィーが私の言うことを聞くメリットがない」
「そんなの適当に、『私の言うことを聞けば、もう一度騎士として使ってあげる』とか言えばいいじゃねえか」
「あの子にチャンスを与えるつもりはさらさらないわ」
「そんなの方便だろ。口で言うだけ言って、約束なんぞ破ればいいんだよ。利用できるものは利用する。それが賢いやり方ってやつだろ?」
「どちらにしろ、今回はノートやあの子の力を借りるつもりはないわ。私のパーティーだもの。反論は許さない」
同じ悪人同士として、利用できるものは利用するといったオーンズの考え方には共感できる。
しかし、用いる手段といった細部で、彼とは根本的に違うのだとレイファは感じていた。
レイファは目的のために手段を選ばないという信念を掲げているが、それは目的のためならどんな残酷な手でも厭わないということであって、文字通り手段を選ばないというわけではない。
例えば自分が頭を下げることで相手を懐柔できる状況が用意されていたとしても、自分は頭を下げることをよしとしない。
レイファには矜持がある。
彼女なら非効率的なやり方だとわかっていても、自分の美学に従い、懐柔したい相手の大切な人を人質にとって懐柔させる。
しかし、オーンズは自分とは全く異なる悪の性質を持つ人間だ。
彼はより効率的で即物的な手段を好む。
目的のためなら自ら頭を下げることも厭わないし、地べたに這いつくばることも喜々として行うはずだ。
レイファにとって悪とは目的のための信念であるが、オーンズにとっては目的のための道具にしか過ぎないのだろう。
彼とはやはり考え方が合わない。自分とは違う、あさましく低俗な人間だ。
オーンズに対して唾棄した感情を抱いていると、呑気な声で自分を呼ぶ声がした。
「ねえ、レイファちゃん。ちょっといい?」
「ダメよ。死になさい」
「いきなり酷くない!?」
そう涙目で抗議しているのは、先日パーティーメンバーに加わったばかりのハーフエルフの少女、ミーヤ・ラインである。
あのノート・アスロンの幼馴染というだけでも腹立たしいのだが、何よりその馴れ馴れしい態度が気に食わない。
「なんでそんな冷たいこと言うの!?」
しかも、本人に自覚がないというのだから救いようがない。
「レイファちゃん」なんて敬意が微塵も感じられない呼称を使ってくる家臣がいたら、本来だったら速攻打ち首にしているところだ。
戦闘面で優秀なため、安易に処罰できないことに何度歯噛みしたことか。
「とにかく、その呼び方をやめなさい」
「えー!? かわいいのにー」
「かわいさは求めていないから」
何度も注意しているのに、ミーヤは相変わらずこの調子だ。
強く言っても変化の兆しが見えないので、話を元に戻すことにする。
「それにしてもなんの用件かしら。いきなり私を呼んで」
「この階層のことなんだけどさ──」
ミーヤは巨大樹林の奥に広がる広大な山脈に目を向けながら言った。
「やっぱりあの山を越えた先に、次の階層の入り口があるんじゃないの?」
「だから、それは一旦考えないようにすると言ったでしょ」
ミーヤの意見をレイファがあっさりと切り捨てる。
元々、今ミーヤが言ったことは、パーティーの意見として既に出されていたものだ。
方角的にもあの山脈の先にボス部屋がある可能性は大いにあったが、山を越えるとなるとまた数日かかってしまう。
しかも、山を登った先で空振りだったら倍の時間がかかってしまうわけで、おいそれと確かめるというわけにはいかなかった。
という背景もあり、現在『王女の軍隊』は山脈の手前の容易に調べられるところから散策していくという方向性を定めていた。
「とはいっても、本当にあの山脈の先に次の階層への扉があった時が厄介よね……」
ミーヤの意見も一理あると、レイファは感じていた。
もしミーヤの言う通り、次の階層に行くのに山脈を越える必要があるなら、今自分達が行っている散策は完全に時間の無駄となってしまう。
山を越える判断を即座にし、足を進めるのが最適解になる。
要は二択の問題だ。最小限のリスクに止める方を取るのか、高いリスクはあるものの当たった時のリターンが大きい方を取るのか。
ここがパーティーを率いる者としての判断のしどころ。王の資質である。
「わかったわ。山を越えることにしましょう」
結局レイファは、高いリスクを受け入れる覚悟を選択した。
別に自分がミーヤ・ラインの意見に流されたわけではない。
このまま楽な方法を選んで探し続けても埒が明かない。無意味に時間を浪費するよりは、新しい動きを見せた方が攻略の糸口に繫がると判断したからだ。
しかし、当のお気楽なハーフエルフは、そんなレイファの思考を知るわけもなく、得意げに胸を張っていた。
「ほらね。いいこと言ったでしょ?」
「……」
ついイラッときて、レイファの口から勝手に言葉が漏れ出た。
「ちなみにあの山脈を越えても次の階層への扉が見つからなかったら、貴女打ち首だから」
「なんでっ!?」
そのくらいの覚悟と躊躇いをもって話しかけて欲しい。そう思うレイファであった。




