本当の想い
【最終幕】本当の想い
あれから年をまたぎ、平八郎は水戸の光圀にお茶へと招かれた。二人しか入れない茶室ではあったが、、さすがに見事で飾ることもない、まるで宇宙を現したかのような場所であった。平八郎もその静けさと穏やかな気分にされるお香のかおりで、その素晴らしさを感じていた。
水戸光圀公はゆっくりとした手さばきで、お茶をたてながら真心を持って話はじめた。
「のー?平八郎、あの化け猫事件より、この日本国は変わったと思わぬか?平和平和と言っても人の心は荒み。また、政りごとも悪にそまる道へと走っておった。世は武士がのさばり、農民はさげすまれ、理不尽なことが多かったではないか。誰もそれを変えることができなかった。このわしにすら、上様、また柳沢吉保の心をかえてやることができなんだ。それをどうだ。だれが変えたと思う?ただの農民とただの商人の娘の愛情だったのだ。
その愛情がこの日本国を救ってくれたのではないのか?・・・・」
あの水戸黄門 水戸光圀公がその生涯で、出来ることが叶わなかったことをしてくれた二人に心から感謝し、また、幸せだった三人の生活を顧みて心悲しみ、スーと涙すると
それを静かに聞いていた平八郎は何故か、すこし黙っていた、そして
「あーぁーぁー」
と、大粒の涙を流しながら、語り始めた・・・・・
「光圀公様、わたしは、以前あの二人の最後をみようと処刑場へとおもむきましたが、いつもとはちがい、なにやら黒く靄のようなものが邪魔をして、みることができなかったのです。しかし今、見ることができました。
お藤が己の家族。そして、愛する者を目の前で斬り倒され、己の首をも斬り落とされて、その命が消えるまでの間、お藤が何をみていたのかをです。」
平八郎は覗き込むかのようにさらに話す。
「あの二人の愛情は本物で与市は、死ぬ時はお藤と一緒だと心に決めていました。助けることなど到底むりな状況で、あの処刑場に死を承知でお藤に会いにいくとは、大したものです。与市は斬りはらわれた瞬間その望みがかなったと、首は落ちども二人の思い出のような微笑みのまま、幸せにお藤を見ながら、その人生をまっとうしたのです。
そして、お藤はそのあとすぐに首を斬られました。愛する者の命が目の前で消えていくその時に、何を感じたのかそれは、与市はあのときと変わらず満足し安らかに微笑んだかのような顔だったので、それをみたお藤もまた、自分の為に命まで賭けて、本当に旅立ってくれたこの人とずっと一緒に永遠とも思える光へと向かっていくと確信できたのです。その人生の終わり瞬間、幸せの中 喜びの中に心があったのです・・・・・」
キリシタンの話では、人の一生は神が瞬きをした瞬間に終わってしまうほど、短いと書かれています。ゆえに、人生80年生きようが、50年生きようが、数年いきようが、大きな流れの前では、同じ一瞬なのです。ですが、あのふたりは、その一瞬に本物の愛情を見付けることができたのです。それは、どんな人生よりも光っていたし、誰しもが望むもので、二人は斬られるその瞬間も誰よりも幸せ者であると納得でき、その心はとても愛情で満たされていたのでしょう・・・・・・。
ただの老人とただの男は、想いに心が熱くなり、暗闇であった日本国を光へと救った三人に感謝し涙したのだった。
お藤の人生それは、
生まれて死ぬまで一度として人を怨まず、そして愛情を分け与え、最後の瞬間まで付きとおした。あっぱれな人生であった。
【最終幕】完
うっすらと、あの小屋の日々が空中の光へとさまい変わり、映し出たのは、幸せな思い出であった。
もう、夕暮れ時、明も二人の間に入り、気持ちよさそうに小屋で寝ている。
お藤は言った。
「もうこんな時間、帰らなければいけないのですね」
すると、与市はお藤を見て、微笑みながら優しく言った。
「違うよお藤・・・・・・・・、
君は出掛けなければいけないんだ、君が帰ってくるのはここ、僕と明のところなんだよ?
君はここへ帰ってくるんだ。」
お藤はそれを聞き、うれしくて微笑えんだ。
「与市さん、わたしとても嬉しいです。この三人の幸せの時間が永遠に続けばと心から思います。
・・・・・では、いってまいります」
明は、大きな口をあけ 気持ちよさそうにあくびをした。
【化け猫物語】 完




