赦しと奇跡
【第五幕二節】許しと奇跡
柳沢は、化け猫へと刀を鋭く振りおろそうとした!
しかし、化け猫は、柳沢の剣が振りおろされるよりも早く、首を瞬く間に片手で掴んでしまい柳沢は、反応すらできず動けなくなった
そして、片腕をもぎとられ、苦しみながら、平八郎はあの名前をその時、叫んだのだ!
「待つのじゃ!明!」
その言葉を聞いて化け猫は動きがピタっと止まった
そして、平八郎は話し始めた
「お主と初めて会ったときから、盲目のこのわたしには、化け猫、お主の中にお藤と与市が憎しみとして、いないことに気付いていた、だから何度も本当にあれがお藤どのであるのか、綱吉様に聞いておったのだ。そのあともわたしは、お主の足跡を追った。他のものはみな、お藤と与市の怨み多きうえ、化け猫へと変化したと言うた。わたしもまずは、お藤達の処刑場へと赴いたが、何やら不思議なことに黒い靄に阻まれ最後のお藤の想いが解らなかった。そして、調べていけばお主、お藤と与市と会う前から姿は違えど怨みを抱き、数か所の壮絶な事件をこの江戸で起こしておった。そして、わたしは、お主の影をやっとのおもいで捕え、お主のその憎悪の元をたどったのだ。それは関ヶ原の戦い、大阪の陣の争い、怨みそれが積もり積もって現れ出た一つの側面、それが化け猫、いや怨念お主であろう!」
化け猫の一つの正体とは、全ての徳川に対する怨みが、黒猫へと集まった姿だった。それを聞いた綱吉はもうわたしは殺されるのだと観念して、恐れた。
片腕をもぎ取られていた平八郎の声は、震えながら話を続けた。
「しかし、それは怨念が現れ出た原因。それを終わらせることが出来るもう一つの側面の糸口をわしは感じ、向かったのは江戸の人里離れた小さな小屋だった。それは、幸せな3人が過ごした灯だった。明お主の首にはなにがある?そして、その荒んだ心に灯を与えたのは誰だ?」
平八郎はとても悲しい声で問いただした・・・
「わたしのこの目には、みえとるのだぞ?どれだけ、お主が憎悪にかられても、お主のその鈴と赤い紐からは愛情の想いに満ちて光っておる。」
化け猫はそのまま、柳沢の首を掴みながら、物凄い顔と速さで上や下、また、斜めなどに顔を動かしながら、もう片方の手は、今にも柳沢の心の臓へと突き刺す直前であった。
柳沢は、化け猫の恐ろしさから、あらぬ声を小さく出すしかできなかった。
「ぅえぇーーぁぁ」
信子も恐ろしさの余り床で腰をぬかして動けなくなっていた。
すると、化け猫の右腕、左腕、両方に、何やら白い靄が集まりだし、その腕を優しく掴んでいるかのようだった。化け猫は「ふーふー・・・・」といいながら、動かなかった。
そこへ、片腕がない平八郎は何かを感じているのか片目の方から涙を流し悲しみを抑えながら、体を引きずり、ゆっくり動かない化け猫のほうへと向かっていき、愛情深く、鈴へと残った片腕を持っていき、鳴らした。チャリーンチャリーン・・・・
・・・・・すると以前のように奇跡が起きたのだ!。その場にいた全ての人間の時間がゆっくりと流れだした。その靄が前にも増して集まりだし、姿を現した。前の左腕には、与市。後ろから化け猫のいまにも振りおろすかのような、右腕をお藤が優しく握っていたのだった。不思議なことに、それが見えたのは、平八郎だけではなかった。柳沢も綱吉も信子にさえ、みえていたのである。
化け猫が二人を見て言った・・・
「お・・・お父様・・・お母様・・・。」
そして、掴んでいた柳沢の首を放した。
柳沢は後ろずさみ 振りおろそうとしていた刀は、力が抜け、手よりすり落ちて
床へと突き刺さった。
与市はゆっくりと顔を横に振り優しく言った。
「もういいのだ、もういいのだよ。」
お藤も優しく明に微笑んだ。そのすがたは、生きている人間よりも優しく温かくスローモーションの様にみえるほど、愛情に満ちて、ぼんやりと光っていた。
そして、そこにいた全員が映像をみるように、体感した。それは、幸せな3人が過ごした小屋の思い出、雨の日も、雪の日も3人は集まり幸せな家族だった。唯一、明が心を休めて安心して眠れる大切なテリトリーだった。明は、お藤と与市がとても好きだった。全ての憎悪をひそめ、復讐だけを胸に育ったこの身にこの家族は光だった。
猫はゆっくりと言った。そして、なんと!目から涙が流れ出した。
「わたしは化け猫になるぐらい、お父さんお母さん あなたたちのことを愛してい
ました。・・・でも、もういいのでしょうか・・・?」
お藤はうなずいた
「言ったでしょ?・・・どんなに辛いことをされても怨んではいけないのですよ」
そして、お藤がそっと手を伸ばし猫の鈴をまた鳴らした。すると、猫の手が小さくなり、その姿も小さなこどもへと スー っと、変わっていったのだ。
明は、幼子の無邪気なうれしい顔をふたりに見せた。そして、与市とお藤の手をつないで
「お母さんお父さん一緒に帰ろう」
と、にこりと微笑みながら言った。
すると、与市は柳沢の背中と信子の背中に、お藤は綱吉の胸に腕を伸ばし、白い靄のようなものを掴んでそれを持って三人は上へと白い光のほうへと登って行った・・・外から見ていた者たちは、江戸城内から大量の白い靄が、天へと昇って行くのを見たという。
数分経ったのか、数秒後なのか、自分が首を切り落としたはずの二人に助けられ、鬼だと言われた柳沢の顔もなくなり、その途方もなく緩やかでたしかに見えたあの霊であろう情景に自然と涙していた。信子も同じであった。
桂昌院から愛情深く育ったはずの綱吉は、女子たちへ、心の傷を背負わせていたが、それも抜け落ちたかのように軽くなった。
その三人の様子を感じ、平八郎は言った。
「もし、あのお藤、与市、明三人がいなければ、あの大量の怨念をとめることなど誰も出来はしなかったろうし、この徳川幕府もここまでであったであろう。まこと、全てをゆるす ということは、人を変えてしまうような、偉大なものなのですね・・・」
血を流しすぎたその顔は白くなっており、そのまま床に倒れた・・・
その後
あの柳沢吉保は、人が変わったかのように重臣となり、未だかつてないほどの政治手腕を振って日本国の平和を造り上げた。
信子は、そのあとまもなく亡くなった。あの出来事の前は綱吉を怨み、死ぬ時は一緒にと計略に使った毒で殿と心中をするつもりだったが、お藤たちを見て、綱吉を怨むことなく、穏やかに亡くなったという。
そして、綱吉も、人切り御免などの人非道なる行いをするものを戒めるために、猫や犬すらも切り捨ててはならぬと、おふれを出した。それがあの有名な、生類あわれみの令である。人々は、お犬様 お犬様と笑ってはいたが、政治にかかわる江戸の人間たちは、あのお藤達のことを思い出さずにはいられなかったという。
そして、徳川幕府はさらに長い歳月の間、大量の怨念を持って上がった三人のおかげで長く続いたのだった。
【第五幕二節】完




