番外編04:パンと美食家
シャルロッテを保護した翌朝、出された朝食を「おいしい!」と嬉しそうに食べる愛娘を眺めつつ、テオドールは軍の食事について考えていた。
今回のような救出任務では、保護した者には可能であればその場で食事を提供している。体力・体温の温存、安全な場所に移動するまで少しでも彼等の負担を減らすためだ。ようやく過酷な環境から逃れられたのに、安全な場に辿り着く前に力尽きて……、なんて結末を迎えさせてはならない。
それに食事を摂ることで自分達が助かったと再認識できるようで、救助者を乗せる馬車の中、食事を口にしてようやく安堵し涙する者も少なくない。
食事は重要だ。
それは分かる。
だから常に十分な量を運搬している。
……だが、味、となると。
「突然呼んでしまい申し訳ない」
そうテオドールが謝罪したのは、王城の一角。
広めの部屋には中央に大きなテーブルが置かれ、その上には簡易的な料理が並んでいる。
国で用意している携帯食料。中でも保護した者に提供する料理である。その目的ゆえどれも保存・運搬に適しているのだが、反面、華やかな一室で並べるとどうしても質素さが目立つ。いかにも簡易的な食事。王城ところが一般家庭のテーブルに並べても貧相に感じかねない。
それを囲むのは軍の関係者数名と、テオドールの部下。そして……。
「ごはんいっぱい!」
「本当ですのね。騎士様のお食事は私も食べたことがありませんから楽しみですわ」
楽しそうに周囲を見回す二人の少女。
シャルロッテとクラリスである。
まだ幼い二人には目の前のテーブルはいささか高く、背伸びしつつ料理を眺めて回る。そんな中、一つのパンを見つけてシャルロッテが「あ!」と声をあげた。
「ロッティ、このパン食べたことあります!」
「まぁ、シャルロッテさんはご存じなのね。初めて見るパンですが、どんなお味ですの? 柔らかさは?」
興味深そうにクラリスに問われ、シャルロッテはふむと考えこんだ。
このパンはブルーローゼス家に来る前、テオドールに救出された直後に貰ったものだ。彼はパンと温かなお茶が注がれたカップを差し出し、優しい声色で食べるように促してきた。
当時のことを忘れるわけがない。今目の前に置かれているパンは間違いなくあの時のものだ。
いまでも味も食感も鮮明に思い出せる。
味は……、食感は……。
「あじは……、なんか……、なんだろ……。なにもなくて、それで、ボソボソしてました!」
「味が無くてボソボソですの?」
「はい! 味が無くてボソボソです!」
思い出せた、クラリスに教えてあげられた、そんな嬉しさでシャルロッテが元気いっぱいに答える。
対してクラリスは「味が無くてボソボソ……」と呟いてテーブルの上のパンをじっと見据えていた。心なしか眉間に皺が寄っており、幼いながらに真剣で重々しいオーラを漂わせている。
そんな幼子二人から少し離れた場所では、テオドールが一人の男性と話していた。
「味が無くてボソボソ、ですか」
先程のシャルロッテの言葉をオウム返しのように口にしたのは、テオドールと話していた男性。
クラリスの父でありトレルフォン家当主である。
美食家として名を馳せている彼は、評価するだけではなく自らも厨房に立ち、時に料理人達と対等に話し合い、時には食材を求めて遠方に赴くほどの拘りの持ち主。舌も一級ならば腕も一級、もちろん知識も一級である。
そんな彼は並ぶ料理と愛娘達のやりとりを眺め、なんとも言えない苦笑を浮かべていた。フォローを入れたいが適した言葉が見つからない、心苦しげな表情である。
そんなトレルフォン家当主の隣で、テオドールもまたなんとも言えない表情をしていた。だがこちらは困惑というより、思い当たる節が多すぎていたたまれないという表情である。
大陸一の公爵家であり騎士隊長も勤める彼らしからぬ表情ではあるが、状況が状況なのだから仕方ない。
「シャルロッテもああ言っている通り、騎士隊で用意している簡易食料には難があるようなんだ」
「それで私を呼んだんですね」
「改善しようにも、どうにも俺は食というものには無頓着でな。王城内にはもちろん料理人や食に拘りを持つ者もいるにはいるんだが、救護した者への食事となると味や質以外にも運搬や保管を考える必要もあるだろう」
ただ美味しいものを提供するというのなら簡単な話だ。無頓着と言えどもテオドールや他の騎士でも十分に事足りる。
だが用意するのは『救助者にその場で提供する食事』である。
運搬・保存を重視せねばならないし、体力の無い者や負傷者に与えるという点も考慮しなければならない。
それに救助活動は一度や二度ではない。長期的に運用することを考えれば材料の入手しやすさも関係してくるし、掛かる費用だって無視できない。
妙案は出ないのに、条件は次から次へと増えていく。
その結果、これは並の美食家や料理人では無理だと考え、『並ではない美食家かつ料理人』に助言を求めたのだ。
「しかし、まさかテオドール様から直々に頼られるとは思いませんでした。美食家冥利に尽きるというものです」
「次兄のライアンが貴殿の話をしていたんだ。夫婦で厨房に立つこともあると聞いた」
「厨房の者達からしたら口うるさく厄介でしかありませんよ」
トレルフォン家当主が自分達の拘りを軽く笑い飛ばす。闊達な性格の親しみを持てる人物だ。
それでいてテオドールに対しての礼儀は忘れず、シャルロッテに対しても紳士に接している。シャルロッテの事情について大方の予想はついているだろうに、それでも『公爵家の令嬢』として、なにより『友人の父』として対応してくれているのだ。
そんなトレルフォン家当主の器の大きさに心の中で感謝しつつ、テオドールはテーブルの料理を眺めるシャルロッテを呼び寄せた。
共に話していたクラリスもこちらへと歩いてくる。ちょこちょこと歩くシャルロッテと、もっちりもっちりしつつ金糸の縦ロールを揺らすクラリス、手を繋いで歩く様のなんと愛らしいことか。
「まずは試食だ。なにか食べてみたいものはあるか?」
「あのね、お父様、ロッティね、さいしょに食べたパンを食べたいです」
「……味が無くてボソボソしてるが」
「あのパンね、お父様がさいしょにくれたパンだから、ロッティ、大好きです!」
助け出されたあの晩、世界が輝きだした最初の夜。はじめて優しい言葉と共に差し出されたパン。
確かに味は無くてボソボソとしていたが、それでもシャルロッテにとっては記念すべきパンだ。翌朝に食べた食事や、今日まで食べてきた食事と比べれば『美味しい』とは言えないが――なにせ味が無い――、けして嫌いではない。
そうシャルロッテが拙い言葉ながらに話せば、困惑の表情を浮かべていたテオドールが小さく息を吐いた。穏やかに目を細めてシャルロッテの頭を撫でる。
「そうか。それなら最初にあのパンを食べよう」
「はい!」
シャルロッテが元気よく答えれば、それを聞いたテオドールが部屋の一角に立っていた給仕たちに視線に送った。
命じずとも意図を察して給仕達がさっとテーブルへと寄ってくる。指定されたパンを手際よく切り、小皿へと取り分けるとテオドール達へと渡してきた。
さっそくとシャルロッテが切り分けられたパンを手に取り、「いただきます!」と元気いっぱいに発してパンにかじりついた。
その様子を見ていたクラリスも続くようにパンに口をつけた。
娘に倣うように父であるトレルフォン家当主も、そしてテオドールも。
四人分に切り分けられたパンは小さく、成人男性の二人はたった二口で食べきってしまった。
味は、……しない。
食感は、……ボソボソ。
「確かに、言われてみると味が無いしボソボソしているな……」
「でも、ロッティ、このパン大好きです! ロッティといっしょにお父様がたすけてくれたひとたちも、このパン食べて、もう大丈夫だねって言ってました! もう大丈夫っておしえてくれるパンです!」
「そうか、シャルロッテは優しいな」
シャルロッテの言葉に、テオドールがまたも穏やかに微笑んで頭を撫でる。
気を使ってくれているのもあるのだろうが、実際、シャルロッテはこのパンを『大丈夫だと教えてくれるパン』と認識している。そしてそれはシャルロッテだけではなく、あの場で、否、過去にも救助してきた数多の者達が同じように感じていたのだろう。
『空腹は最高の調味料』と聞いた事がある。
ならば『安堵』もまた調味料になるのではないか。
そう考え、テオドールはトレルフォン家当主へと振り返り……。
「これはもはや食への冒涜です」
という、身も蓋も無い一刀両断の言葉と、今まで見たことのない彼の真剣な顔つきに、抱きかけた期待が無案に砕け散る音を聞いた。
「食への……、冒涜……」
「はい。フォローのしようがありません。ご覧ください、娘のクラリスに至っては味の無さと食感にどうしていいのか分からず固まっています」
ほら、とトレルフォン家当主が愛娘へと視線をやる。
そこではパンの欠片を手にしたクラリスが目を丸くさせて立ち尽くしていた。
辛うじて唇から漏れる「ボソボソ……」という声のなんと儚いことか。普段の溌溂とした彼女からは想像できない弱々しい声だ。
これには思わずシャルロッテも「クラリスさん……、はわわ、クラリスさんが……!」と突如動かなくなった友人を案じている。
「このような食事を提供している国で生活していたなんて、これはトレルフォン家の名折れ。先代に、今まで共に食を極めた同志達に顔向けできません」
「そ、そこまで言わなくても……、いや、そこまで言われるほどなのか……」
「テオドール殿、これは早急に向き合わなければならない問題です。トレルフォン家すべての力を使い、この冒涜の食事を改善いたしましょう!」
途端にやる気に満ち溢れるトレルフォン家当主の圧といったらない。
これが大陸一の美食家の熱意、拘り、そして美食家としての責任感とプライドなのだろう。
対して大陸一の公爵家であるテオドールはと言えば、若干気圧され引きつった表情を浮かべつつ「よろしく頼む……」と差し出される手を取った。
握手の力が予想以上に強かったのは言うまでもない。
…end…
「クラリスさん! これ見てください!」
「ボソボソのパンは嫌ですわ! ……あら、ボソボソのパンじゃありませんのね。これは?」
「これは、フォチュ……チュ……、フォチュクッキーです!」
「フォーチュンクッキーですのね」
「ロッティ、フォチュ……、フォチュチューンクッキーはしらないけど、でも、ライアンお兄様が『素敵なクッキーだよ』って二個くれたんです。だから一個クラリスさんにあげます!」
「まぁ、よろしいの? それなら一緒に食べましょう。フォーチュンクッキーはクッキーの中に占いの結果が入ってますのよ」
「うらない……?」
「さっそく割ってみましょう。ほら、紙が出てきましたわ。これに占いの結果が……」
【……………………】
「読めませんわね!」
「ロッティ、難しい文字まだ分かりません……」
「私もこれは難しいですわ。読める大人を探しましょう」
「おとな……、おとな……、あ! あそこにサジェスさんがいます!おとな!」
「ひっ……、こ、これはシャルロッテ様に、それにトレルフォン家のクラリス様まで。これはこれは、お久しぶりです。今日もご立派でさすが名家のご令嬢方、全身から気品が溢れてます」
「サジェスさん、ロッティね、これ読めなくて、それで、大人のサジェスさんに読んでほしいです」
「年齢だけを重ねた人間を『大人』と括るのであれば僕は『大人』ですが、未熟な人間が成長した結果を『大人』というのであれば……、あ、なんだフォーチュンクッキーの占いですか」
「初めてお会いしますがなんだかわけありな大人ですのね」
「では読みますね。えーっと……」
【本作『本日も愛され日和〜不遇の幼女、今日から愛され公爵令嬢はじめます〜』1巻がオーバーラップノベルスfより10月20日に発売されました。可愛らしく温かみのある表紙が目印です!また、各種店舗別の特典SSもありますので、詳しくはオーバーラップ公式サイト・公式アカウントをご確認ください】
「この文量が……クッキーの中に……? それで、こっちはクラリス様の占い結果ですね」
【また、有難いことに本作のコミカライズも決定しております。連載開始時期はまだ未定ですが、詳細が決まりましたら公表していきますので、こちらも併せてよろしくお願いいたします。書籍帯にはコミカライズの漫画家様のイラストものっておりますので、気になるかたはぜひ!】
「どう考えてもクッキーの中に入る文量じゃない……、こわい……」
「サジェスさん……」
「シャ、シャルロッテ様……、ど、どうなさいましたか? まさか占いの結果にご不満でも!?」
「ロッティ、うらないは難しくてよく分からなかったけど、でも、クッキーは美味しかったです! サクサクして、甘くて、すごく美味しかったです!」
「……それは、ようございました…………。で、では、僕はここで……!」
「凄い速さで帰ってしまいましたわね。でも大人はきっと帰るのも早いのなのですわね。私もよく分かりませんでしたが、なにかおめでたいということは分かりましたわ。お祝いごとにはケーキですのよ。さっそくケーキを食べに行きましょう!」
「はい!」
「お祝いにケーキを食べて、めでたいもっちりになりますのよ!」
「めでたいもっちり!」
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『本日も愛され日和〜不遇の幼女、今日から愛され公爵令嬢はじめます〜』1巻が10月20日発売されました!
また告知に書きました通り本作はコミカライズも決定しておりまして、こちらの開始時期等が分かりましたらそれもまたおしらせしていきたいと思います。
皆様いつもありがとうございます。
感想もたくさん頂いており、返信はできておりませんが 感謝の気持ちは作品でお返しできればと考えております。
書籍・そしてこれから始まるコミカライズ、ともにどうぞよろしくお願いいたします!




