番外編03:小さな公爵令嬢と小さな人形の名前
人形の名前をつけてほしい。
そうシャルロッテがフレデリカに頼んだのは、シャルロッテがブルーローゼス家に来た日の晩。
名前のなかった自分は『シャルロッテ』という素敵な名前をつけてもらった。嬉しくて堪らなくて、名前を呼ばれるたびに気持ちがふわふわする。
だからずっと一緒にいた人形にも素敵な名前が欲しい、そう願ったのだ。
そんな夜が明けて、朝も超えて昼過ぎ。
「それじゃあ素敵な名前を考えましょう」
美しく長閑な庭園の一角で穏やかに微笑むのはフレデリカ。さぁと吹き抜ける風に長い髪を揺らす彼女のなんと美しいことか。
そんなフレデリカの隣に座りながらシャルロッテは「はい!」と元気いっぱいに答えた。
膝の上にはいつも持っている人形。さっそくと手に取って顔を眺める。
あちこち傷ついてボロボロだが、シャルロッテにとっては世界一の人形だ。悲しい時も寂しい時もずっと一緒にいてくれた唯一の存在。
「ロッティね、この子とずっといっしょでした。いつもぎゅってしていっしょに寝て、それで、ロッティ、この子が大好きなんです」
「それほど大好きなのね。それならいい名前を考えてあげないと」
「でも、お名前つけるってどうするんですか?」
シャルロッテは今まで名前を貰っていなかった。当然つけたこともない。ゆえに名前のつけかたも分からない。
『名前とは生まれた時に家族から与えられるもの』という、本来ならば当たり前であろう事すらも知らずにいたのだ。
首を右に傾げて考え、それでも思い浮かばないので今度は左に傾げてみる。それでもやっぱり良い名前も、どうやって良い名前を考えるのかも浮かばない。
そうしてこてんこてんと首を左右に傾げていると、その仕草が面白かったのかフレデリカが穏やかに笑った。
「そうやって首を傾げているとクラクラしちゃうわよ」
落ち着いて、と優しく頭を撫でてくれる。
その心地良さをシャルロッテは目を細めて堪能し、「でも」と口を開いた。
「ロッティ、お名前のつけかたがわかりません」
「それなら好きなものからつけてみたらどうかしら?」
「好きなもの……」
フレデリカからの提案に、シャルロッテはふむと考えこんだ。
好きなもの。もちろんこの人形だ。他には……。
「パン!!」
今朝食べたパンはとても美味しかった。ふわふわで、食べるとチーズとハムの味が口の中に広がり、あれほど美味しいものは食べたことがない。
それに……、
「あと、ロッティ、ニンジンも好きです! やわらかくて、あまくて、おいしくて、あったかくて、おなかもあたたかくなりました」
スープの中に入っていたニンジン。食べるとほろりと柔らかく、味が染みており、飲み込むとお腹まで暖かくなった。
それらを思い出してうっとりと両頬を手で押さえれば、フレデリカがまたも宥めるように頭を撫でてくれた。
「パンもニンジンも美味しかったのね。よかった。でもあんまり名前には適してないかもしれないわね」
「お名前はちがうほうがいいですか?」
「そうね。じゃないと、人形のお名前を呼ぶたびに美味しいパンとニンジンを思い出してお腹がすいちゃうでしょ?」
クスクスと笑いながらフレデリカが今度はシャルロッテのお腹を撫でてきた。
優しく、そしてどこか擽るような動き。
これにはシャルロッテもキャァと高い声をあげて身を捩った。くすぐったくて、そのくすぐったさも楽しい。
そうして自分のお腹を押さえ、膝の上に座らせた人形に視線を落とす。確かに、名前を呼ぶたびにお腹がすくのは困りものだ。
「ロッティ、お腹がすかないお名前かんがえたいです」
「えぇ、そうしましょう。あと呼びやすさも大事にしないといけないわね」
シャルロッテはまだ喋りが達者ではない。
自分の名前である『シャルロッテ』もうまく言えないのだ。
仮に人形に難しい名前をつけて、それを呼べないのでは意味がない。
「呼びやすくて可愛くて素敵な名前……、せっかくだからシャルロッテとの共通点も持たせたいわね。響きが似ているか、同じ音を使うか……」
ふむ、とフレデリカが真剣に悩みだし、いくつか候補をあげだした。
まるで昨晩、シャルロッテに『シャルロッテ』という名前をつけてくれた時のようではないか。
「お母様……」
真剣な彼女の表情に、シャルロッテは感謝を抱くと同時に、悩ませてしまうことへの申し訳なさも抱き始めていた。
突然こんな頼み事をして迷惑ではなかっただろうか。『シャルロッテ』という素敵な名前を貰ったことで満足するべきだったのではないか。人形にも名前をつけてほしいなんて我儘を言ってしまった……。
じわじわと罪悪感が胸に湧き上がり、ついにはしょんぼりと俯いてしまった。
「どうしたの?」とフレデリカが優しく問いかけてくるが、それに対して「あのね」と返す自分の声のなんと情けないことか。
「ロッティね、お名前かんがえられなくて……、それで、でも、かんがえられないのにお母様におねがいしちゃって、お母様もどうしようってなってたらって思って」
迷惑をかけてしまった。困らせてしまった。申し訳ない。そんな気持ちを拙い言葉で訴えれば、フレデリカの手がそっとシャルロッテの肩に触れてきた。
優しく自分の方へと寄せてくる。それに従い、ポスンと彼女の体に身を寄せた。
肩に置かれていた手が優しく腕を擦り抱きしめてくれる。
「そんなこと気にしなくていいのよ」
「でも……」
「シャルロッテのためならなんだって考えてあげるわ。だから顔を上げて」
フレデリカの持つ扇子の房がシャルロッテの鼻を擽ってくる。
そのくすぐったさにシャルロッテは思わず小さく笑みをこぼし、房に促されるように顔を上げた。
「悲しそうな顔をしないで。シャルロッテが悲しいと、このお人形さんも悲しんじゃうでしょう。だから笑って、楽しくて明るい気持ちで素敵な名前を考えてあげましょう」
「あかるいきもちで……」
「シャルロッテの名前をつけた時、お母様はとっても嬉しかったの。こんなに可愛い娘が来てくれた、これから一緒に暮らせる。そんな嬉しくてキラキラした気持ちでいたから『シャルロッテ』という素敵な名前を思い浮かべたのよ」
「ロッティが来て、お母様はうれしかったの?」
「えぇ、もちろん」
優しく抱きしめてくれる母の腕からは心からの愛が伝わってくる。
暖かく感じるのは体温だけではない無いだろう。フレデリカの気持ちが触れる箇所を通して胸の内まで温めてくれているのだ。
その心地良さにシャルロッテは目を瞑り、自らもフレデリカに抱き着いて「お母様」と彼女を呼んだ。
「ぎゅってしたまま、お名前かんがえていいですか?」
このまま母に抱き着いて、暖かさを感じて、幸福感に包まれながら考えればきっと良い名前が思い浮かぶ。
そう考えてシャルロッテが強請れば、頭上から穏やかで優しい「もちろんよ、愛しいロッティ」という愛に満ちた声が聞こえてきた。
……end……
「おし……、おしら……」
「あらシャルロッテさん、どうなさったの?」
「クラリスさん! あのね、これね、ロッティがよまないといけなくて、でもロッティ、むずかしいの読めなくて……」
「それで困っていらしたのね。それなら私が代わりに読んでさしあげますわ」
「クラリスさん……!」
「ふむ……、これは……、おしら……もっちり。おしらせもっちり。もっちりのお知らせですのね」
「もっちりのおしらせ?」
「えぇ、とても素晴らしいもっちりのおしらせですの。シャルロッテさんのために読み上げますわね」
「はい!」
「では……、コホン。【書籍化のおしらせ】」
「もっちりは?」
「本作、【本日も愛され日和〜不遇の幼女、今日から愛され公爵令嬢はじめます〜】が書籍化されることになりました。もっちり」
「もっちり!」
「発売元はオーバーラップf様、もっちり、発売日は10月20日を予定してもっちり」
「予定してもっちり」
「担当してくださるイラストレーター様や書籍特典については随時レーベルから公表されますので、おもち……、お待ちくださいませ」
「おもち」
「以上ですわ。なんて素晴らしいおしらせなのかしら。素晴らしすぎてお腹が空いてきますわね」
「ロッティ、これから三時のおやつです。クラリスさんもいっしょにどうですか? クラリスさんがいっしょにお茶してくれたら、ロッティ、うれしいです」
「まぁ、よろしいんですの? それではお招きにあずかりますわ。いっしょにもっちり太りましょう」
「はい!!」
・・・・・・・
本作【本日も愛され日和〜不遇の幼女、今日から愛され公爵令嬢はじめます〜】がオーバーラップf様より10月20日に発売されることになりました!
これもひとえに皆様が本作を支えてくださったおかげです。ありがとうございます!
書籍は本編を修正、加筆のうえ、シャルロッテと家族が出会った時のお話をさらに膨らませた短編もついております。
番外編をベースにしましたが加筆というよりほぼ書き下ろしの文章量でした。
幸せと可愛いとほのぼのを詰め込んだ一冊になりましたので、お手にとって頂けると幸いです!
表紙や挿絵、キャラデザ、特典等々、随時公式サイト様で更新されていくと思いますのでお楽しみに。
皆様どうぞよろしくお願いいたします!




