11 事実は小説よりなんとやら
「魔王は確かに強いが、勇者の命を奪うまでの敵ではなかった。
実を言うと勇者は原因不明の病に侵されかなり衰弱していたようなんだが、それでもなんとか魔王を倒すことが出来たんだ。
その後、自軍が陣を張るあの場所へ戻った時、勇者は突然味方であるはずの連中に取り囲まれたのさ。」
「……そして殺された、という訳かい?」
話の内容に比べて海斗の反応はかなり落ち着いたものだった。やはりコイツも何かを感じ取っていたに違いない。
「そうだ。
尤も、勇者の力を持ってすれば襲って来た連中を返り討ちにするくらい簡単なことのはずなんだが、彼はそうしなかった。
別に、病で弱っていたからじゃない。まあ、襲って来たヤツ等はそれを狙って事を起こしたんだろうが、その程度で勇者がヤラれるもんか。
勇者が大人しく倒されてしまったのは、生きることに絶望したからだ。
命懸けで護ったはずの人間が、魔王を倒した途端用済みとばかりに命を奪いに来る。そんな現実に嫌気がさしたのさ。
それで、たいした抵抗もせず殺されてしまった。
だが、だからと言って全てを受け入れられたわけでもない。味方に殺されてしまったんだからな、そりゃ恨みも残るだろう。
その怨念があの”ゴースト”の正体ってわけだ。」
俺が話し終わった後、しばらく海斗は考え込んだまま何も言おうとしなかった。もしかすると自分の未来を重ね見ているのかもしれない。
「……まさかとは思ったけど、やっぱりそうなんだね。」
そう答える海斗の声は意外にも冷静だった。
ある程度予想していたのかもしれないが、それにしても勇者が味方に殺されたんだぞ?何でそうあっさりと受け入れられるんだ?
「前々から考えていたんだ。魔物の軍を退けた後、勇者とはこの世界にとってどんな存在になるのだろう?って。」
確かに、その気になれば世界を滅ぼせるだけの力を持っているのが勇者だ。
この世界が魔物の脅威にさらされている内は良い。救世主として人々から頼られる存在でいられる。
だが、魔物達を退けた後は?
その強大な力を危険視する者が現れても不思議はない。それが勇者の謀殺という愚挙につながった可能性もあるのだ。
「だとしても、この件はあくまでも特殊なケースだと思うぞ。役目を終えたから殺してしまおうだなんて、普通そんなこと考えたりしないだろう。」
そうは言ったが、俺も自分の言葉に絶対の自信があるわけではなかった。
皇国は勇者の情報を隠蔽している。その事について、一抹の不安を拭うことが出来ずにいた。不都合な真実を悟られないようにするためではないのか?と。
確かに、生き残りファンデール王国へと渡った勇者もいるようだ。
しかしそれすら俺を安心させる材料にはならなかった。命の危険を感じファンデールへと逃げ出した可能性だってあるのだ。
けれど、それを口にするわけにはいかない。海斗を不安にさせてしまうだけだ。
「そもそも勇者と敵対しようなんて思う馬鹿がいるかね?
あの森の勇者は病に侵され弱っていたし、その上抵抗するつもりが無かったからあっさり倒すことが出来たんだろうけど、もしそうでなかったら?
魔王よりも厄介な相手を敵にして戦わなきゃならなくなるんだぞ。どうにか出来ると思う方がどうかしてるって。」
俺はおどけた身振りでそう言ってみせたものの、笑顔が強張っているのが自分でも分かった。勇者の亡霊が見た景色を思い出してしまったからだ。
「……空也、ひとつ聞いていいかな。」
そんな俺の心の迷いを見抜いたかのように、海斗は最も触れて欲しくなかったことを聞いてきた。
「その勇者を殺した者達の中に、勇者パーティーのメンバーはいたのかい?」
こういうところは鋭いんだ、コイツは。一番隠したがってる部分をズバリ見抜いてきやがる。
だが、そうなると俺としても本当のことを言わないわけにはいかなかった。
「……いたよ。先頭に立って勇者を攻撃して来たのが仲間だったはずのその連中だ。もしかすると、そのせいで勇者は絶望したのかもしれないな。」
勇者パーティー。神より強力な加護を授かった者達で構成される最強の集団。
そんな者達が力を合わせれば、例え勇者と言えども或いは……。
「なあ仮に、あくまでも仮にだぞ。もしパーティーの全員を敵に回して戦ったとして、その場合お前は勝てるのか?」
不意に湧き上がって来た不安から、俺はそんなことを口にしてしまった。
全くもって不用意な発言である。海斗もまた命を狙われる可能性があると、そう言っているようなものだ。
「うーん、どうだろう?
そんなの今まで考えたこともないし……空也はどう思う?」
己の迂闊さを悔いる俺とは対照的に、海斗はいつも通りの海斗に戻りのん気な口調で答えを返してくる。
「俺に分かるはずないだろ。お前らの力は既に俺の想像の範囲を超えてるんだからな。」
「実は僕も良く分からない。だって彼等と本気で戦ったことないんだもの。勝てるかもしれもしれないし勝てないかもしれない。こればかりはやってみないことには何とも言えないよ。
でも、もし彼等が敵に回ったとして、それを倒せば済む問題でもないだろ?
結局は人間が、と言うか皇国が僕をどうしたいのかということだからね。そんな話、今ここで考えても仕方ないんじゃないかな。」
話す内容の割にその言葉には全く危機感など感じさせない。
まあそんな言い方が出来るのも、対処出来る自信があるからなのだと信じよう。
「そんなことより空也、お腹すいてるんじゃないかい?
なにしろ2日間何も食べてないんだから。」
そして、また唐突に話題を変えてきやがる。
確かに仮定の話に頭を悩ませても仕方ないが、”そんなこと”で済ますのもどうかと思うぞ?
そう反論しようとしたのだが、俺の胃袋は欲望に正直だった。メシの話につい腹が鳴る。
そうなるともう真面目な話を続けられる雰囲気ではなくなってしまった。
「何か食べに行こうか。今度は空腹で倒れられても困るからね。」
笑うな。誰がこの程度の空腹で倒れるか。
だが、その意見には賛成した。俺は武士ではないので喰わずに高楊枝する気概など持ち合わせていないのである。
その後2人揃って部屋を出ようとした時、海斗が俺を見ながらぽつりと言った。
「……この話、ソフィアには黙ってた方がいいと思うんだ。」
「解ってる。勇者がパーティーの仲間に殺されたなんて、彼女に言えるわけないさ。」
彼女がこの話を聞けば間違いなくショックを受けるだろう。そして、自分自身の立場にも悩むことになる。もし、皇国と海斗が敵対することになったら……と。
そんな可能性だけの下らない話で彼女の笑顔を曇らせたくはない。万が一最悪の結末を迎えることになったとしても、せめてその時が来るまでは。
俺達はそんな想いを抱きながら無言で頷き合う。それでこの話は終わりとなった。
しかしその時、俺達は一番重要なことを見落としていた。
……いや、見落としていたわけではないな。敢えて考えないようにしていたと言うのが正しいだろう。
何故ならそれは俺達の希望を打ち砕いてしまうかもしれない、そんな可能性をも持っていたからだ。そのため無意識の内に頭の中から追いやろうとしていた。
いずれ嫌でも向き合わねばならなくなるのだが、それはずっと後の話。
とりあえず今はファンデール王国への旅が続く。そして……。
「やっと着いたな。ここがファンデール王国か。」




