10 マジですか?
「目が覚めたのね、クウヤ。大丈夫?気分はどう?」
朦朧とした意識がソフィアの声でハッキリしてくる。
ふと見ると、安堵の表情を浮かべて俺を見つめる彼女の顔が目に入った。
「ここは?何で俺はこんなとこに?」
どうにも記憶があやふやだ。
確か森にいたはずなのだが、今はどこかの部屋のベッドの上で横たわっている。何故だ?
「ここはグースデンの宿屋よ。気を失ったあなたを連れてこの町に戻って来たの。」
ああ、そうか。俺は勇者の亡霊に捕まって……。
「あの魔物はどうなった?それと、海斗は?海斗はどこにいる?」
記憶が戻った俺はベッドの上に飛び起きると、矢継ぎ早にソフィアへ質問をぶつけた。海斗の姿が見えなかったせいで慌てたのだ。
「大丈夫、カイトさんは隣の部屋にいるわ。」
俺を安心させようと、ソフィアは静かに微笑んだ。そして小首を傾げながら口を開く。
「魔物については良く分からないの。クウヤが襲われた後、すぐに転移魔法を使って森を出たから……。
それにしても、本当にアレは何だったのかしら?」
どうやら俺の救助を優先するために、アイツのことはほったらかしにして来たようだ。
いろいろお手数をお掛けして申し訳ない。
「そうか……。俺がドジ踏んだせいで済まなかったな。」
「相手が異常過ぎたのよ、気にしないで。
あの状況じゃ私だって回避できたかどうか分からないもの。」
落ち込む俺にソフィアは優しく笑って見せた。
良い娘なんだよな、基本的には。まあ、たまに怖い時もあるけど。
「クウヤが目を覚ましたこと、カイトさんにも知らせてくるわ。」
そう言ってソフィアは海斗を呼びに部屋を出て行く。
そんな彼女を見送った俺は、ぼんやりと窓の外を眺めた。
外はまだ明るい。どうやらそれほど長い時間気を失っていたわけでもなさそうだ。
……いや、まてよ?明るすぎやしないか?
俺達が”勇者の森”に足を踏み入れたのは昼もかなり過ぎてからのことだ。それから奥まで入って例の亡霊に出くわして俺が気を失って……いくらその後すぐ”転移”の魔法を使ったとしても、そろそろ陽が傾き始めていてもおかしくはない。
「気が付いたかい、空也。」
「海斗、俺はどれだけ眠ってたんだ?」
ソフィアを伴い部屋に入って来た海斗に向かい、俺は唐突に問い掛ける。
「うん、どうやら元気そうだね。」
ベッドから乗り出さんばかりの俺を見て、海斗は苦笑してみせた。
「2日だよ。空也は丸2日間眠ったままだったんだ。」
「2日もか……。」
俺はしばし言葉を失う。一昼夜ならまだしも、丸々2日というのはただ事じゃない。よほどのダメージを心身共に浴びてしまったに違いなかった。
「そう心配しなくても毒や呪いのような異常は見当たらないから、単に疲れのせいだと思うよ。気にすること無いって。」
随分と呑気にいいやがる。
まあ確かに、海斗の力を持ってすれば勇者の亡霊が俺に何か悪さをしていたとしても直ぐ分かるし解除も出来るので心配する必要は無いのだが、けどもうちょっと気遣ってくれてもバチは当たるまい。
「でも、もう少し安静にしていたほうがいいわ。
お腹すいてない?食堂で何かもらってくるわよ?」
それに比べてソフィアの優しいこと。少しは海斗にも見習ってほしいものだ。
とは言え、そこまで甘えるわけにもいかない。
「ああ、大丈夫。そんなに腹は減って無いし、食べたくなったら自分で食堂くらい行けるよ。」
「それよりソフィアは少し休んだ方がいい。この2日、あまり寝ていないんだろう?」
どうやら意識を失っている俺に付き添うため、2日間ろくに睡眠を取っていないらしい。確かに少し疲れた表情をしている。
「いえ、私は大丈夫ですから。」
そう言いながら笑ってみせはしたが、その言葉を鵜呑みにするほど俺達も無神経ではないのだ。
「ありがとう、ソフィア。でも、俺はもう何ともないから海斗の言う通りゆっくり休んでくれよ。無理をして君に倒れられでもしたら俺が困る。」
責任を感じてしまうと言う意味で言ったつもりなのだが、それを聞いて何故か彼女は頬を赤らめた。海斗に至っては何か意味ありげな笑いを浮かべていやがる。
「空也の言う通りだよ。後は僕が見ているから。」
「……解りました。それではお言葉に甘えさせていただきます。」
そう言って軽く頭を下げ、最後に俺を一瞥してソフィアは自分の部屋へと戻って行った。
「『君に倒れられたら俺が困る』か。中々にぐっと来る台詞だったね。」
「お前は何を言ってるんだ?」
どうでもいいから、そのニヤニヤ笑いはやめろ。
「それより、あの後の事を教えてくれ。結局、あの魔物をどうしたんだ?」
俺がそう質問すると、海斗の顔からふざけた笑いは消える。
「別に何もしてないよ。僕が駆け付けた時には既に空也から離れていたからね。
その後は特にこちらに攻撃してくる様子も無かったし。だから、皆を連れてそのまま転移して来たんだ。」
そう言いながら、海斗はめずらしく真面目な顔で俺を見つめてきた。
「むしろこっちのほうが聞きたいよ。あの時、何があったんだい?何故あの魔物は空也に何もしようとしなかったの?」
何もされていないわけでは決してない。確かに身体的な危害は加えられなかったようだが……。
「アイツに捕まった時、誰かの声が聞こえた。そして意識というか記憶というか、とにかくそんな何かが俺の頭の中に流れ込んで来たんだ。」
俺はあの時のことを思い出す。あの亡霊が何故あんなところを彷徨っているのか、その理由を知ったのだ。
「……なあ、海斗。お前、アイツを切りつけた時『ただの魔物じゃない』って言ったよな。アレはどういう意味だ?」
亡霊が魔法を防御出来ると知った後、海斗は物理攻撃を試してみた。剣で切りつけたのだ。
案の定、剣は相手の身体をすり抜けてしまったが、その時海斗は何かを感じ取ったように見えた。
「そうだね、あの時は何というか魔物ではなく人に近い魔力を感じたんだ。しかも、自分に似た波動を持つ魔力を。」
「さすが海斗だな。多分、そいつは正しい。
アイツは独り歩きした魔法なんかじゃない。人間の意識そのものだ。残留思念とでも言うのかな、あそこで死んだ人間の魂が成仏出来ずに留まってしまっているのさ。本当の意味での”ゴースト”だよ。」
「その人間って、やっぱり……。」
「そう、勇者だ。」
俺の言葉に海斗は沈黙する。
まあそうだよな。神の使徒であるはずの勇者が化けて出るなんて悪い冗談でしかない。
「でも何故?成仏出来ない程の未練があったってことかい?
確かに戦いで命は落としたけど魔王は倒したんだし、ある意味満足出来る死に方だったと思うけど違うのかな?」
「勇者は魔王との戦いで死んだわけじゃないんだ。」
そう言いながら俺はベッドの上に視線を落とした。何かこうちょっとやり切れない思いに駆られたのだ。
「勇者は魔王との戦いに勝利し、無事生還した。だけど、その後に命を失うことになったのさ。」
海斗は無言だった。
俺がそこでいったん言葉を区切りしばし沈黙したにもかかわらず、その先を催促しようともしない。
それはまるで、これから俺が言おうとしていることを既に知っているかのようだった。
「……勇者は殺されたんだよ。しかも、味方であるはずの人間に。」




