第八話 実は強いんです。
ヒロちゃんは強い。
それは、例えば力が強いとか、すごい剣術を持っているとかじゃなくて(まあ、それもあるんだけど)、僕が一番強いと思うのは、ヒロちゃんのその生命力。
ヒロちゃんは、ともかく生きようとする執念が強いんだ。(その生命力は、まさにゴキブリ並)
だって、相手が獰猛な怪物だろうが、多勢に無勢で襲いかかる夜盗だろうが、ヒロちゃんは一度だって負けたことがない。
でもそれは全て剣で、力で敵を切り伏せて、勝ち続けた訳じゃないんだ。
逃げて、逃げて、逃げまくり、命からがら助かったことだって、正直少ないとは言えなかったりして・・・。
それが、みっともないんじゃないかと、かつて僕が抗議してみたことがあったんだけど、ヒロちゃんは、それでいいんだと僕を窘めたことを今でもよく覚えている。
『いいか?こんな世の中、力で勝つなんて意味がないことなんだ。生きるか、死ぬか、それが全て。生き残った者が勝者だ。』
そういって、僕の頭を乱暴に撫でてヒロちゃんは笑った。
その笑顔は僕が見たことがない、色々な感情が入り混ざった笑顔だった。
ヒロちゃんがそんな顔をする理由を、僕は最期まで知ることはない。
第八話 実は強いんです。
骨人間たちが一斉に声を上げ、気がつけばどこから湧いて出たか知らないけど、数えきれないくらいの骨人間が僕らを囲んでいた。
ただ、向こうもこちらを警戒しているのか、囲んだまま距離を置いて、こちらを見つめている。
それでも、360度骨人間に包囲されてしまっては、逃げ出しようもなくて、僕はヒロちゃんの背中に張り付いて震えるカイを抱きしめて、自分も極力骨人間たちを見ないように、カイの艶々の黒髪に顔を埋める。
「しねぇ!」
「ワシらから、命を奪う者は誰であろうと許さないっ!」
「殺せぇ!!!」
だけど、骨人間たちはそんなわずかな現実逃避も許してはくれなくて、憎悪のこもった声が、僕の恐怖を煽る。
骨人間というだけでも僕には足が震えるに十分なほど恐怖なのに、こんなにたくさん、しかもどうみても僕らを殺そうとしている状況なんて、ヒロちゃんの拳骨よりも、時々見る思い出せない悪夢よりも怖くて、ただ怖くて、僕はカイを抱きしめているのか、カイも纏わりついているのか、その感覚すらあやふやだ。
いっそ、これを夢だと思い込んで、気でも失えれば楽かもしれない。
いつもみたいにヒロちゃんと二人、僕が守られるだけみたいな状況だったら、僕はもしかしてそんな楽な方法で、ここから逃げ出していたかもしれない。
それでも、ヒロちゃんが僕を守ってくれるという確信が僕にはあるから。
でも、今は僕の胸の中で震えている僕より小さい存在がいる。
そう思うと、恐怖で遠のきそうな意識が、少しだけはっきりするような感覚を覚えた。
ついさっきまで、ヒロちゃんを挟んで気まずい相手だったはずだけど(僕が一人で勝手にだけど)、やっぱり僕にはカイを見捨ていることなんてできないんだ。
僕をこんな風に頼ってくれる存在なんて、今までいなかったから。
だって、これまで僕はヒロちゃんに守られているだけだったから。(ライフルも持たされていたけど、本当は試し撃ちをしたことしかない)
それでいいと思っていたし。
それが、僕だと思っていた。・・・何の疑問も抱かずに。
でも、カイが、ヒロちゃん以外の他人が現れたことで、僕の中で何かが変わろうとしていた。
僕はヒロちゃんに守られるだけで、いいのかな?
「エヴァ。」
でも、そう思ったからといって何をしていいか分からなくて混乱する僕に、ヒロちゃんの声がかかる。
僕はヒロちゃんを見上げる。
ヒロちゃんの目には僕は映っていない。
ヒロちゃんは、ただ周囲を油断ならない瞳で見つめていた。
僕みたいに怯えて、オロオロしているだけじゃない。
ヒロちゃんはこの最悪の状況を如何にして切り抜けるか、それだけを考えていた。
「私の後に死んでもついてこいよ。」
「・・・へ?」
「カイも空は飛ぶなよ。上にも骨人間がいるからな、飛ぶにしても高くは飛ぶな。それから私から離れるんじゃないぞ。」
そう言われて、ふいに見上げた視線の先、建物の上にわらわらと骨人間の影が動くのが見えた。
あんな所まで。
だけど、状況についていけていない僕とカイを置いて、状況は悪化の一途を辿っていく。
「・・・来るぞ。」
ヒロちゃんの低い声。
「へ?」
「う?」
僕とカイの間の抜けた声。
そして・・・
『きぃぃぃぃっ!!!』
ガタカタガタッカタカタタッ
骨人間たちが、声を上げながら360度から、いや上から、そして地中の下から、一斉に飛びかかってきたのだ。
次の瞬間に、腕や足、髪の毛を掴まれる強い力、僕らを殺そうとする強い意思が僕たちを押しつぶす。
怖いっ!
殺されるっ。
そんな絶望とパニックが入り混じった感情が、頭の中でぐちゃぐちゃになる。
もう、何が何だか分からなくなって、ただただ襲い来るものを受け入れるだけで、自分からは何一つ行動できない。
痛いのか、苦しいのか、そんな感覚すら混乱で分からなくなっている中、そんな息ができないくらいの圧迫感が、僕の上から消えた。
「っ!?」
蹲っていた僕が顔を上げると、ヒロちゃんが剣で僕にのしかかっていた骨人間を振り払ってくれていた。
でも、そんなのは一瞬の苦し紛れにすぎず、すぐに次の骨人間たちが襲いかかってくる。
「ったく、しつこいんだよっ!」
それでも、ヒロちゃんは諦めることなく骨人間たちを振り払い続ける。
僕も初めて実戦で使うライフルで応戦するけど、向こうは数でこちらを圧倒しているのに加えて、疲れ知らずのまさに化け物軍団。
こっちは、実質まともに戦えるのがヒロちゃんだけだし、いくらヒロちゃんが強いと言っても、それにだって限度がある。
次第にヒロちゃんの肩が上下して、疲れていく様子がうかがえて僕は何もできない自分が不甲斐無くて泣きそうだった。
これがもし、ヒロちゃん一人であるなら、ヒロちゃんはこんなに大変じゃないはずなんだ。
僕らを守りながら戦っているから、こんな風に防戦一方で、逃げることすらままならない。
こんな状況になって僕は初めて、自分がヒロちゃんにとってただのお荷物であることを認識した。(今までは、こんなに絶体絶命の場面はなかったんだ)
守られるだけのことに慣れ過ぎた、僕のあまりに遅い認識だった。
そして、ヒロちゃんの隙をついて、ガブリと骨人間がヒロちゃんの肩に噛みつく。
「っ!」
僕はヒロちゃんに駆け寄ろうとするけど、骨人間に足を取られて動けない。
僕は足を死に物狂いで動かしたり、カイが何とかその骨人間をどかそうとしてくれる。
でも、そうこうして骨人間を引っぺがすのに手間取っている間に、僕らを殺す前に強いヒロちゃんに狙いを集中した骨人間たちにのしかかられてヒロちゃんの姿が見えなくなる。
このままじゃ、ヒロちゃんがっ!
僕はもう何が何だか分からないまま、無我夢中で骨人間をかき分けて、ライフルを振り回した。(銃弾は残っていないから、本当に振り回していただけだ)
「ヒロちゃんっ!!!」
でも、無力な僕はヒロちゃんを助けるどころか、僕とカイもどんどん骨人間に埋もれていく。
このまま、僕らは殺されてしまうの?
そんな最悪なシチュエーションが頭をよぎった瞬間だった。
視界一杯に広がった光・・・、黒い光。
そして、僕やカイの上にのしかかってきた骨人間どころか、僕らまでも吹っ飛ぶような衝撃が、ヒロちゃんの上にできていた骨人間の山を中心に爆発する。
僕は咄嗟にカイを抱きしめ、そのまま骨人間たちと一緒に吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「・・・ぐふっ!」
「エヴァっ、大丈夫?」
痛みの余り動けない僕の腕の中からカイが、もごもごと這い出て僕を見やる。
「う・・・うん。それより、ヒロちゃんは。」
僕は痛む体をおして起き上がると、すぐにヒロちゃんを探した。
周りには、バラバラになった骨人間の骨が散乱して、先ほどまでの騒然としていた空気が一変して静まり返える。
そして、特にそのバラバラになった骨が山積みになっている、まさに地獄絵図のようなその景色の真ん中に立っている一つの人影。
・・・よかった、ヒロちゃんも無事のようだ。
「今のはヒロちゃんが、やったの?」
だけど、その様子を見てカイが茫然としている。
「そう。あれはヒロちゃんの力だよ。」
そりゃ、あんなすごい力をまさかヒロちゃんが持っているなんて思わないよね。(ヒロちゃんには悪いけど)
ヒロちゃんが持つ剣から放たれる黒い光とその破壊力。
その人間が持つには不釣り合いとも思える力を前にすれば、カイも驚くか。(そういえば僕も、あれを初めて見た時は驚いた。)
「あの剣・・・?」
さっきまで、銀の刀身であったものが黒く染まっているのに気がついたのか、カイがぽつりと言葉を漏らす。
「あれは黒の剣っていう、ヒロちゃんの愛剣だよ。僕もよく知らないけど、今見たとおりすごい力を秘めている剣さ。」
僕は詳しく説明してやりたかったのは山々だけど、とりあえず今はそういう場合じゃない。
僕はカイを起こしてやって、ヒロちゃんに駆け寄った。骨人間は、バラバラになってぴくりとも動かない。
どうも、あたり一面にいた骨人間を全部一掃してしまったみたい。
「エヴァ、カイ、大丈夫だったか?」
ヒロちゃんは僕らに気がつくと、すぐに声をかけてきた。
「うん。ヒロちゃんこそ大丈夫なの?」
「まあ、ほどほどにはな。二人は怪我はないか?」
僕らは軽い打撲くらいで怪我とは言えないようなものだけど、よく見ればヒロちゃんはさっき骨人間にかみつかれていた肩から血が滲んでいる。
「ともかく、一端この街から逃げるぞ。まさか、こんなに骨人間どもがいるなんて、想像してなかった。あいつらもここから離れれば、追ってこられないらしいからな。」
そう言って、僕らを促してファシジュの都をさっさと出ようと僕らはするけど・・・
がちゃ、がちゃ、かたかた・・・・ガシャンッ
音を立てて骨たちがひとりでに動き出し、次々に骨たちが空中で繋ぎ合わされ始める。
「っち。」
復活し始めている骨人間たち。
それを見て、ヒロちゃんが行儀悪く舌打ちをする横で、僕とカイは恐ろしさに互いに手を握り合う。
「うそぉ。」
「エヴァ・・・。」
そりゃ、ネイサンの様子を見てたから、骨をバラバラにされたぐらいじゃ死なないのは分かってるけど、だからってこんなに早く復活しなくてもいいじゃない!
「うわぁっ!」
そんな混乱する状況の中、カイが叫びを上げる。
「カイ?!」
どうしたものかとヒロちゃんと二人でカイを見やると、カイの小さな足を手の部分だけの足が掴んでいる。
僕はもう恐怖など吹っ飛んで、ほとんど反射的にその手を踏みつけてやると、カイからはぎ取った。
骨は粉々になった。
だけど、まだ体が見つからないのか無数の手や頭蓋骨が、こちらにカタカタとあの音を響かせてやってくる。
「もう、嫌だぁっ!!」
「お・・・おかぁさ・・・ん。」
もう、最高潮に達した恐怖。
ヒロちゃんはそんな僕らを庇いながら、迫りくる骨人間たちを睨みつけながら再び先ほどの攻撃を仕掛ける気なのか、黒の剣を顔の前に構える。
そして、それを振りぬこうとして僅かに腰を落としたヒロちゃんだったけど、新たなる展開が訪れたことにより、その動作は中途半端なままに止まることになる。
「おやめなさい。」
凛とした女性の声が、騒然としたゴーストタウンに響く。
そしてその声に骨人間たちが操られるかのように、大人しくなり、僕らから波が静まるように遠ざかっていく。
「ヒロちゃん、これって・・・。」
「まあ、とりあえず助かったというところか?」
いいながらヒロちゃんも油断なく、その人を見た。
だって、骨人間しかいないと思っていたはずの街で、僕らはどう見ても生身の生きている女性を目の前にしたのだから。
はたして、この女性はだれなんだろう?
いつも、エヴァにさんざんお人好しとコケにされていますが、ヒロは『実は強いんです。』という話(笑)そして、エヴァがここにきて、やっと自分がお荷物であるという自覚をします。今まで、ヒロがこれほどの窮地に陥ることがなかったので、気がつく機会がなかったんです。ヒロはあれで、エヴァに甘い人なので、それを気がつかせなかったというのもあります。
さて、最後に現れた女性は何者か?次回を楽しみにしてください。




