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第十二話 人はそれを悲劇と呼ぶのでしょうか?

 僕は紫の花畑の中を音を立てないよう、ニールティアーに気がつかれないよう、そろりそろりと近づいていた。

 息を殺し、緊張で大きくなる鼓動こどうがニールティアーに気がつかれないかハラハラしながら、僕は一歩一歩慎重に歩みを進める。

 幸い、すぐ横では怪物とヒロちゃんがドンパチの最中、ニールティアーの意識もそっちに向いているのか、僕には全く気がつく気配もない。

 凄まじい轟音ごうおん、散り散りにされる花たち。

 きっと、この戦いが終わったあかつきには、花畑の一角はけずり取られたようになるに違いない。


 そして、僕は一定距離ニールティアーに近づくと、ゆっくりと再び銃弾を込めたライフルを構えた。

 緊張で口の中はカラカラに乾いていて、ごくりと生唾なまつばを飲み込もうとしてせききこみそうになった。(何とか、こらえたけど)

 構えた銃口の先には、黒い杖を持ち、狂ったように何事かを呟いているニールティアー。

 今の彼女は周りが見えておらず、ヒロちゃんと怪物との戦いに笑みさえ浮かべて見入っている。

 僕とカイには、全く気が付いていないようだ。

 それを改めて確認して、頭、顔、胸、様々に狙うべき場所はあるのだろうけど、僕はカイの作戦通りの場所に照準をあわせた。

 ライフルの腕が大していいと言えるわけじゃない僕だけど、これだけは死んでも外すわけにはいかない。

 しかも、チャンスは一回だけ。(一発撃ったら、きっとニールティアーに気がつかれる)

 

 緊張は最高潮。

 震える体で、ぶれる銃口。

 何も考えられなくなった頭の中では、鳴り響いているはずの轟音も聞こえず、ただ自分の吐く息の音と妙に大きく早い鼓動の音だけ。

 僕は僅かに息をとめる。

 そして、ゆっくりと引き金を・・・引いた。



第十二話 人はそれを悲劇と呼ぶのでしょうか?



 ガウンっ


 銃声が一つ響く。

 僕が放ったライフルの銃弾は、ヒロちゃんの教え方が良かったのか、僕に才能があるのか、はたまたその両方かもしれないけど、一発で狙いどおりに命中した。


 それは、ニールティアーがディルヴァ・トゥ・マジスを握っていたその手。


 既にヒロちゃんによって片手を切り落とされていた彼女は、僕の銃撃により黒き杖をはじかれ、高く上がった杖は空を飛んで上から彼女に近づいていたカイによってナイスキャッチされる。

 カイの作戦は永遠の命を持つと豪語したニールティアーに対し下手に攻撃しても、きっと歯もたたないだろうと、その狙いを彼女の魔力の根源であるディルヴァ・トゥ・マジスに絞ったものだった。

 あれさえなくなれば、きっとあの怪物の動きも、そしてニールティアー本人の動きも止められるのではないかと考えたんだ。(・・・カイがね)


 作戦は見事に的中した。

 ヒロちゃんに襲いかかっていた怪物は、杖がニールティアーの手を離れた瞬間にその動きを止めている。

 それを確認して僕は小さくガッツポーズをして、カイとその喜びを分かち合おうとして彼を振り返った。

 だが、それはたたずんでいるニールティアーをカイが注視しているためにかなわない。

 さっきまで生きているかのようにうごめいていた髪は、今は彼女の顔を静かに覆ってその表情を見ることはできない。

 でも、動きが完全に止まっている以上、僕らの作戦はきっと成功に違いない。

 そう改めて思って、僕がニールティアーを見たまままばたき一つしないカイに一歩近づこうとした瞬間だった。


「返せぇっ!!!!!」


 突如カイに襲いかかろうとする彼女は先程までの美しい生身の女などではなくて、僕たちが見た骨人間と同じものだった。

 あの暗い、底のない闇の瞳の奥に光る狂気。

 かたかたとなる骨と骨がぶつかり合う音。

 生身の時と同じなのは、彼女が身にまとっていた白い洋服と、異常に長い髪の毛だけ。

 それはこの都にとらわれ続ける骨人間たちと同じ存在にすぎない天女のなれの果てがあった。


 長い髪を振り回しカイに飛びかかろうとする骸骨がいこつの動きが、僕にはスローモーションで見えた。

 このままじゃ、カイがニールティアーに殺される!

 そう思うより早く僕は駈け出していた。

「カイッ!」

 この時の僕は、もう頭が真っ白なままカイとニールティアーの間に割って入っていた。

「ドケェッ!!!」

 ニールティアーから発せられる憎悪のこもった殺気は、僕が一度も経験したことがないくらいすさまじい。

 ここに来る前の僕だったら、すぐに逃げ出していたかもしれない。

 でも、このままカイを見捨てることなんて僕には、今の僕には絶対にできない。


「エヴァっ!!」

 ヒロちゃんの声が耳に届く。

 ああ、最後に聞くヒロちゃんの声かもしれないなんて、頭の片隅かたすみで思った。

 そして、ニールティアーの手が僕の体を襲うその瞬間、鋭いやいばと化したその骨が僕の肌に当った感触がしたと思ったその瞬間。

 僕の中から、誰かが僕に呼びかける声がした。


------エヴァ、戻れ


 声が聞こえた後からのことを、僕ははっきりとは覚えていない。

 まるで、全部が夢の出来事のように、それから後のことを僕は自身の記憶として存在していないんだ。

 ただ、何か熱に浮かされたような、そんなふわふわとした感覚の中で僕は誰かに操られて自分でしたことを、目の前で起こったことのように他人事として傍観ぼうかんしている。

 そんな言葉が、あの時の僕には相応ふさわしいような気がした。


 ニールティアーの骨の感触が僕に触れた瞬間、彼女は僕からはじき飛ばされるように吹っ飛んだ。

 同時に、強い白い光が僕を包む。

 ニールティアーは、その光を恐れるように体を小さくして、うずくまり叫びを上げた。

「やめてぇっ!!どうして、この神の力が・・・っ?!・・・この力はっ?!」

 ぼんやりしている僕には彼女が何を言っているか、所々よく聞こえないけど、その光は紫の畑全体を覆い、動きを止めていた怪物も木っ端微塵こっぱみじんに跡形もなく消し去った。

 僕は視線の片隅かたすみで、それと茫然ぼうぜんとしているヒロちゃんとカイを確認して、それから骸骨であるニールティアーに僕は恐れも怯えもなく、一歩一歩近づいて行った。


 自分でもどうして、そんなことをしたのか。本当に分からない。

 いつもの僕だったら、パニックになってヒロちゃんにしがみついているはずなのに、その時の僕は自分から放たれる光が当たり前のものだと思っていて、そのまま紫の花に埋もれている骸骨を見下ろすことにも違和感を感じなかった。

 そして、何の躊躇ためらいもなく、僕はニールティアーの右足を踏みつぶしたのだ。

 右足はまるで何かの焼けるような音と共に消えてなくなる。

 それを見て、ニールティアーは恐れおののいて、耳障りな悲鳴を上げんがらカタカタと花をかき分け、いつくばって僕から逃げようとする。

 ヒロちゃんもカイも、予想のつかない僕の暴走に目を見張っている。

 しかし、この時の僕は妙な高揚感こうようかんに包まれ、逃げ惑うニールティアーを追い詰めることをひどく楽しんでいたのを覚えている。


「・・・兄さん、助けてっ!助けてよぉ。どうして、来てくれないのっ!!!」


 これが僕が聞いたニールティアーの人間らしい最期の言葉となる。

 そして、それは多分きっと彼女の本当の心からの言葉ではないかと、後に僕は思う。


 この街の全ての人間の血肉を犠牲にし、骨人間に囲まれながら生き続けたニールティアー。

 彼女は永遠の命を求めた。

 そして、それは結局のところ兄との約束を守るため、再び兄と会うためだった。

 ただし誰かを犠牲にしてまで行われたその方法を、僕は絶対に許されるものじゃないと思う。

 でも、その根底にはもう一度トルマシオに、カイのご先祖様である兄に会いたいという純粋な気持ちがあったはずなんだ。

 彼女の狂気に隠れて見えなかったそれが、彼女の最後の言葉から感じることができた。


『どうして来たの?!』

 それは、カイさえ来なければ、兄をずっと待ち続けることができたはずだという叫び。

『知りたくなかったのにっ。』

 それは、カイという存在から分かる否定したかった兄の死を知りたくなかったという彼女の本音。


 ああ、彼女は分かっていたんだ。

 千年という歳月を経ても会うことができない兄。

 きっと、兄は死んだのだと、もう待っていても自分を迎えに来てくれる存在など何処にもないということを。


 でも、彼女は待ち続けた。


 それが約束だから。

 信じたくなかったから、信じてしまえば自分が何もかもを捨ててまで得た永遠の命も、これまで待ち続けた人間には、あまりに長すぎる孤独な時間も全てが意味をなくす。

 そんなの、考えるだけで気が狂いそうだ。

 だから、彼女はカイという存在を消そうとした。

 彼女が守りたいのは永遠の命ではない。


 彼女が守りたいものは、自分という存在意義だったんだ。


 後から思えば、彼女のそんな悲痛な叫びが、思いが僕には痛いほどに分かる。

 想像しかできないけど、そんな風になったらそれこそ僕だって発狂してしまうに違いない。

 そう。後から思えば、そう思えるんだ。

 なのに、あの時の僕。いや、僕じゃない誰かは、ありえない言葉を彼女に向って吐いたんだ。


「馬鹿だね。呼んでも来る訳がないだろう?千年だよ?トルマシオは死んだ。あの戦いで、それこそ骨一つ残らない綺麗な死だった。」


 僕は自分が何を言ったか覚えている。

 どうして、こんなことを言ったのかは分からない。

 僕はカイのご先祖様なんて知らないし、その死にざまなんて知るはずもないのに、僕の口は勝手に動き、言葉を発していた。

「君はそれを否定したくて、ここで待ち続けたんだろう?でも、カイが来たことによって、それすらできなくなる。さあ、もういいだろう?眠るんだ。兄と同じ所へ還れるんだ。良かったね。」

 考えられないほどに無慈悲な言葉とともに、僕は彼女に向って手をかざすと白い光を放ちニールティアーの全てを無に帰した。


 ・・・それからしばらく僕の記憶は全くない。

 気が付いて、僕が目覚めた時には、ヒロちゃんとエヴァが僕をファシジュの都から連れ出した後だった。

 僕の呪われた街での事件は、こうして終焉を迎えた。


 僕の胸に、悲しみとやりきれなさと、僕という存在に対する疑問を残して・・・。

 エヴァ、活躍を通り越して暴走。そして、呪われた街での事件は終焉です。いやー長いような、短いような。(いや、話はまだ一話続いているんですが)

 最終話は明日更新する予定です。

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