最終話 いつか迎える最期の日まで。
『還ることにしたんだ。』
『本当に大切な、大切な時間だった。』
『ずっと、ずっと一緒にいるよ。だから生きていて。』
『大好きだよ。』
・・・ああ、これは誰の最期の言葉だろう?
最終話 いつか迎える最期の日まで。
悲しい夢を見たような気がした。
目が覚めた瞬間に忘れ去ったその夢は、僕の中に切なさと優しさだけを残して消え去った。
「エヴァ、大丈夫か?」
瞳を開いたまま声もなく泣き続ける僕を、珍しく心配そうな顔をしてヒロちゃんが覗きこむ。その横にはカイがいた。
僕は二人を心配させないように笑ったつもりだったけど、それは失敗に終わった。
ヒロちゃんの話によると、僕はニールティアーを消滅させたと同時に気を失って倒れたらしい。
そして、倒れた僕は呼んでも揺すっても目を覚まさず、気がつけば10日以上も眠り続けていたというのだ。
これには、僕も驚いた。(だって、そんな感覚は全くないもん)
でも、呪われた街・ファシジュの都にいたはずの僕がチューダスの街にいるのだから、10日間も眠っていたというのは間違いはないんだと思う。
「お前重いから、何回不浄の大地に置いていこうかと思ったぞ。ここまでおぶってやった私に感謝しろよ?」
ヒロちゃんはそう言って、変わらず僕を小突いたけど、
「ヒロちゃん、エヴァが目覚めないからって、すごい心配してたんだよ?それこそ、見ていられないくらいに取り乱してた。」
と、カイが後からこっそりと教えてくれた。
心配かけて、ごめんねヒロちゃん。
「それにしても、カイは目的が達成できてよかったな。これで、お母さんの所にも胸を張って帰れるってものだな。どうする、ヤウリーアまで送ってやろうか?」
呪われた街のこと、ニールティアーのこと、何故だか目が覚めた僕には意図的に二人とも話そうとはしないことに僕は気づいていた。
でも、あの街で起こったことは夢でも、幻でもない。
それは、カイの手の中にあるディルヴァ・トゥ・マジス。今は黒くない、あの杖が何よりの証拠だった。
それを持って、カイはヒロちゃんの提案に首を横に振る。
「ううん。大丈夫。迷惑しか掛けてない僕が言うのもなんだけど、これ以上は二人に迷惑かけたくないもん。」
「そうか。」
「・・・明日、僕はヤウリーアに向けて出発するね。エヴァが心配で付いてきたけど、このディルヴァ・トゥ・マジスを使って皆を助けないといけないんだ。」
ヒロちゃんは何も言わなかった。
ただ、カイの頭をぽんぽんと叩く。カイはそれをくすぐったそうに受け止めていた。
それを横になったまま見ながら、僕はぼんやりとカイと分かれるんだと他人事のように思った。
同時に、二人が僕に呪われた街のことやニールティアーのことを話さないのは、なんとなくあの時の僕が明らかにおかしかったことが理由なんだろうなと思った。
でも、それを追求するつもりはなかった。
二人が話さないことがその答えのような気がしたし、何よりその答えを聞くことが怖かった。
それを聞いたら最後、僕は僕ではいられなくなるような気がしていた。
夢の中でずっと誰かが僕を呼んでいた。
そして、その声は今も続いているような気がしてならないんだ。
そして、カイとの最後の夜。
最後なのにどうしてだかヒロちゃんは酒を飲みに行くといって、僕ら二人を置いて出ていった。(まったく、これだから悪い大人は!)
最後なのだから、別れを惜しむとかしなよと言ったんだけど、カイは笑っていいんだと僕に言う。
「エヴァが寝ている間に、たくさんヒロちゃんとはお話したから大丈夫だよ。むしろ、エヴァと色々話せるように気を遣ってくれたんじゃないかな?」
そうかなぁ?僕にはヒロちゃんが、そんな気の利いた気遣いをするとは思えなんだけど、カイがそういうのならと、そいういうことにしておいてあげた。(僕ってば優しい)
「僕ね、ヒロちゃんにも感謝しているんだけど、エヴァにはそれ以上に感謝しているんだ。」
「え?僕、何もしてないよ?!」
ぽつりとつぶやいたカイの言葉に僕は焦ったけど、ベッドから起き上がるとカイは僕に向きなおって正座をすると、一つ深く頭を下げた。
僕はしどろもどろになって、飛び起きた。
「か、カイっ!?」
「本当にありがとう。エヴァは何回も僕を庇って抱きしめてくれた。ディルヴァ・トゥ・マジスを取り返すために協力してくれた。そして、僕のご先祖様の妹でもあるニールティアーを、そしてあの街の人たちを解放してくれた。」
カイの緑がかった黒い瞳。
同じ黒い瞳でも、ニールティアーとは違い何の力もない、でも、僕が吸い込まれそうになるほど澄んだ瞳に驚いている僕が映る。
「本当にありがとう。」
僕は何も言えなかった。
「ヒロちゃんはエヴァに呪われた街のことをあまり話したくないみたいだけど、僕はエヴァにお礼を言いたいから。」
「・・・うん。」
「あの後、骨人間たちはニールティアーの魔術が効力を失って、骨すらも残らずに消えてなくなったよ。」
「・・・うん。」
僕がやった。
僕じゃない僕がやったなんて言ったって、きっと誰も信じてくれないし、正直僕だって信じられない。
ただ、やらなきゃ、僕たちがやられていたし。後悔はないと思いたい。
でも、やっぱり彼らの事情を知ってしまうと、罪悪感が残らない訳なんて・・・ないよ。
「僕は自分のことしか考えてなかった。」
凹む僕の横で、カイがふいに言った。
「一族の伝説で、ご先祖様がニールティアーに渡したといわれる魔力を秘めた杖。それを返してもらえば、全部が上手く行くって思ってたんだ。そのことに何の疑問も感じていなかった。もともとは僕のご先祖様のものだし、返してもらって当然くらいに思ってたのかもしれない。」
「でも、カイにはディルヴァ・トゥ・マジスが必要なんでしょ?仕方ないよ。」
僕の言葉にカイが、子供には似つかわしくない自嘲の色を浮かべる。
「うん。でもね、僕はどうしてそんな大切な杖をニールティアーに渡したのかとか、その後、どういう思いで彼女がそれを持っていたのか。考えたこともなかった。」
『どうして迎えに来てくれないの、兄さんっ。』
聞いているだけで胸が詰まるようなニールティアーの最期の言葉。
僕ははっきり覚えている。
「それを知ってても、やっぱり僕は僕を待つ人たちのために呪われた街を探したと思うし、ディルヴァ・トゥ・マジスを返して貰っていたと思う。でも、きっともっと彼女に言葉を尽くしたかもしれない。方法を考えたかもしれない。」
「カイは僕より大人だね。」
ヒロちゃんが僕に言った言葉だった。
今なら、その意味が分かるような気がした。
カイは見た目も、力も、言葉遣いも子供だけど、こうして自分で考え、自分を待っている人のため精一杯のカイは本当に大人だと思う。
少なくとも、いつも自分のことしか考えていない僕よりは。ずっと。
「ううん。そんなことないよ。僕は結局何もできなかった。本当なら、ニールティアーと戦わないといけないのは僕だった。彼女とあの街の人を解放するのは僕の役目だった。なのに、僕は結局全てを、ヒロちゃんとエヴァに押しつけてしまったんだよ。・・・本当にごめんなさい。」
「・・・解放?」
僕は彼女たちを消滅させただけのはずだ。
「そうだよ。エヴァは来ない僕のご先祖様を待ち続ける、永遠の牢獄みたいなあの都の呪いを解いたんだよ。」
そんな風には考えられなくて僕は戸惑った。
でも、カイの表情は嘘を言っているようには見えない。
「だから、ありがとう。エヴァ。」
僕はその言葉に、やっと頷くことができた。
「じゃあな。気を付けて帰るんだぞ。」
「うんっ。」
ヒロちゃんとカイがそっけないけど、あれで精一杯であろう最後の挨拶を交わしている。
僕は寂しいような、でもまだ実感のわかない別れに違和感を感じながら相変わらず荒地しか広がらない味気ない不浄の大地にいた。
ここから、僕らは別の道を行く。
「二人とも本当にありがとう。二人ことは忘れない。・・・また、絶対に会おうね?!」
にっこりと笑うとカイの目には少しだけ涙が光っていた。
でも、そう言うと駈け出して、出会った時と同じように空高く舞い上がり、そして僕らが見送る中だんだんと見えなくなっていった。
僕も涙をためながら、カイが見えなくなるまで手を振った。
「カイ・・・大丈夫かな?」
「大丈夫だ。」
妙にきっぱりとヒロちゃんが言いきる。
「結局、最後まで謎が残るフライング・ベイビーだったね。」
カイが何者かも(どうみてもただの子供には見えなかった)、何処から来たのかも、ディルヴァ・トゥ・マジスを使って何をするのかも。
まあ、僕らが何もつっこんで聞こうとしなかったのがいけないんだけど、何一つ結局知ることはなかった。
僕はそれでもいっかと、そんな何かをふっ切ったような気持ちでいたんだけど、ヒロちゃんがここにきて爆弾を落とす。
「ああ。まあ、でもな知ってるか?ヤウリーアっていうのは、古い言葉で『神が眠る場所』っていう意味なんだ。」
「え!?」
『ヤウリーア』なんて、知らないって言ってたくせに何を言い出すのかと、僕はいやに得意げな顔をしているヒロちゃんを仰ぎ見た。
「もしかしたら、カイはご先祖様が従っていたという神の元にまだいるのかもしれないな。」
「それって、カイがエンディミアンってこと?でも、だったら、どうして?」
世界には唯一神である白き神しかいないはずで、その神がいるのは天使たちが神を奉っている最後の楽園・天使の領域。
そこにいられる人間は、最初に神に許しを請うたエンディミアン。
でも、エンディミアンや天使たちにとって、この不浄の大地は穢れた罪の象徴のはずだ。
ここに来ることは、神に禁止されているって、ヒロちゃんが言ってたことのはずだ。
「別にそうと決めつけるなよ。ヤウリーアって名前に意味があるとは限らんだろ?」
自分で勝手に僕に疑問を湧かせていおいて、この大人は意地悪く笑うのだ。
僕は頬をふくらませて、ヒロちゃんを見上げた。
「それを知ってたのに、カイにそれを聞かなかったの?」
「ああ。」
「どうしてさ?」
「もし、そうだと言われて面倒に巻き込まれるのが嫌だったから。」
そう言われて、呆気に取られた。
「・・・じゃあ、最初からカイの手伝いなんてしなきゃ良かったじゃん。」
「目の前で泣いている子供は放っておけんだろ?だが、その裏に隠れている面倒にわざわざ首を突っ込むまでは思わんだろ?」
「・・・意味分かんないし。」
本当、時々ヒロちゃんの変な理屈にはついていけない時がある。
僕は飄々としたヒロちゃんに大きくため息をついた。
まあ、どっちにしたってカイがいなくなった今となっては、全部が謎のままだ。
「それに、カイも聞いてほしそうじゃなかったからなぁ。まあ、今度会った時にでも聞けばいいだろ。」
それは、また明日にでもカイと会えるような言い方だった。
もうカイとは会えないんじゃないかと神妙に彼と別れた僕は、ヒロちゃんのそんな気やすい言い方に最初に戸惑って、それから何だか嬉しくなった。
「・・・うん。そうだねっ!」
そっか。会おうと思えば、きっといつか会えるよね?
その時にカイに全部聞いちゃえばいいのか。
そう言われると、本当にカイにいつでも会えるような気になって、何だか落ち込んでいた気持ちが浮上してくるような気がした。(僕も単純だけど、そういう思考に辿りつけるヒロちゃんが一番単純だと僕は思う)
「じゃ、私たちも行くか。」
よっこらせと爺臭く荷物を担いで、ヒロちゃんはいつものように僕に言った。
「何処にぃ?」
僕は聞く。実はこれもいつものやり取りだったりする。
ヒロちゃんは僕を振り向かずに、だだっ広いだけの不浄の大地を見渡しながら、これまたいつも通りの言葉を発する。
「さあな。自由に気の向くまま。歩いていれば何処かに着くだろう。」
本当にカイと会う前と全く変わらないヒロちゃんの背中がそこにある。
僕はそれが嬉しくて、その背中の後に続く。
すると、ヒロちゃんが僕に荷物を一つ差し出してくる。
「ホレ、お前も荷物を持て。お前を担いで一週間も歩いたせいで、腰が痛いんだよ。」
「年寄り臭いよぉ?」
「お前よりは年寄りだよ。」
「ぶー。ヘリクツー。」
「何ぃ?」
とりとめのない、下らない会話をしながら、僕らは荒地を歩いていく。
また、いつもと変わらない、平凡で退屈だけど、やっぱりこれが一番な毎日が始まった。
僕はこの時、これが永遠に続けばいいなと思っていた。
・・・それこそ、僕が最期を迎えるその瞬間まで、ずっと。
この時の僕が知るよしもないのだけど、僕はこれから一年後ヒロちゃんの前から消えることとなる。結局、カイと再び会うことはなかった。
その話はここでする必要がない話だけど、僕が最期の時までただヒロちゃんと一緒にいたいという想いを抱き続けていたことをここに追記しておく。
そして、これは、僕が最期の時まで知ることのない事実だけれど、もう一つ。
僕たちがカイと訪れた呪われた街・ファシジュの都。
その場所は、もう存在していない。
それは誰も住んでいない幽霊街だとか、そういうレベルではない。
あの街は全てが消滅したんだ。
確かに存在したはずのあの街は、まるで何かに抉り取られたかのように街全体が建物も跡形もなく、まるで初めからそこに存在していなかったのように、あの場所には大きな穴だけがぽっかりとあるだけだということを、最後にここに記しておく。(まあ、本当なら僕も知らないことなんだけどね)
さて、どうして呪われた街はなくなったんだろう?
今度こそ『異邦の少年 亡国の遺産』第十三話にて完結です!ここまで読んでいただいた、本当に奇特な読者様。涙が出るほど感謝です!!(多分10人前後くらいしかリアルタイムで読んで頂いている方はいないので、そこの貴方は本当にレアな読者様です(笑))
この話、『東方の天使 西方の旅人』という話の番外編として始まったんですが(多分、そちらを読んでいる方がほとんどだと思います)、試験的な形で始めた上にかなりの見切り発進だったので、実は最初考えていた話とはかなり違ってきています。(本当はこんなことじゃ、駄目なんですが)
最初はほのぼの〜としたエヴァとカイの友情物語にしようと思っていたんです。更に本編とのリンクもほとんど皆無にしようと思っていたんです。なのに、気が付いてみると多分本編を呼んでなくても理解はしてもらえると思うんですが、本編との関連部分もかなり多くなり、更に実は何がとは言いませんが今後の物語に大きく関わる部分もあったりするんです。
カイも最初は本当に子供子供していて軽い登場人物だったんですが、気がつくと・・・多分、いつか本編の方にも登場するような人物にまで成長していました。いつか、エヴァに代わって彼と再会できる日を是非楽しみにしていてください。
ともかく、そんな稚拙としか言えないような作品で、お目汚しになってしまったと思うので大変申し訳ない気持でいっぱいですが、ここまで読んでくださった数少ない皆様。是非、感想やご指摘を頂けると嬉しいです。特に本編も読んでくださっている方は、番外編についてどう思ったかなど意見を聞かせていただけると嬉しいです。(実は登場人物が本編の方は多いんですが、主人公たちの一人称なので色々番外編の構想自体はあります。なので例えばこの人視点の話を読んでみたいとか、または番外自体をやらない方がいいのでは?など)本編を呼んでここまで来てくれた方は、中々コアな読者様だと思うので、是非ご意見を伺いたいです(笑)後、結局色々謎が残る話となってしまいましたが、質問等にも答えれる限り答えたいと思ってますのでどうぞ併せてお願いします。もちろん、本編なんか知らねーよという方の感想もお待ちしております。では、本当にこんな所まで読んで頂いてありがとうございました!
ここから本編のネタばれになるので、そっちを読んでない人で本編も読んでみようかな?という人は避けた方がいい後書きです。(そんな人は、中々いないと思うのですが(笑))
お気づきの方も多いでしょうが、ディルヴァ・トゥ・マジスは黒の武器です。要するに、ニールティアーもカイもヒロと同じく黒の一族。すなわち、呪われた街を訪れ、彼女とカイのご先祖様が従っていた神とは、この時のヒロたちは分かっていないですが白き神ではなく、黒き神ということになります。
「ふーん」という感じかもしれませんが、そんな裏設定もここで少しお知らせして、では長くなりましたが、本当にこんな所まで読んで頂いてありがとうございました!!




