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第十話 彼女は天女か、それとも魔女か。

【注意】

 この話には、一部流血表現があります。苦手な方はご注意ください。

 僕たちは天国にでも迷い込んだのだろうか?


 僕たちは女の人に連れられて、今にも崩れ落ちそうな建物の入口をくぐった。

 そして、その先には見たこともない美しい世界があったんだ。

 あまりに美しさに見とれて声が出ないのと同時に、僕は何故だか泣きたくなるような懐かしさを感じた。

 おかしいよね? 見たこともない景色に懐かしさを感じるなんて・・・。


「すごい・・・一面、紫の花畑だっ。」

 そんな風で茫然としている僕の横で、カイが感嘆かんたんの声を漏らす。


 それを聞いて足元に揺れる、紫色の小さな存在に目を落とす。

 僕はこの存在の名前を知らなかった。見たことがなかったんだ。

 でも、花畑?

 これが、花なの?

 僕は充満じゅうまんする花のいい香りを吸い込んで、風に揺れる初めて見る花という存在に、そっと触れた。

 それは、僕が触れたら壊れてしまいそうに小さくて、はかなげだけど、確かに僕の手の中で存在していた。


 ・・・何か、カンドーだっ! 


 だって、不浄の大地ディス・エンガッドは生命が育まない死の大地。

 花っていう存在をヒロちゃんから聞いたことはあったけど、僕は本物を見たことはなかった。(ヒロちゃんは説明してくれたけど、情緒を解さないヒロちゃんの説明ではイメージがわかなかったし)

 でも、その美しさと感動にひたっている暇もなく、僕たちの前を歩く女の人は、どんどん果てが見えない花畑の中をドンドンと進んでいく。

 そして、花畑に入った途端とたん、それまで話をしましょうと言ったにも関わらず口を閉ざし続けた彼女が歌うように語りだした。


「話は千年前、神とそれに従う人間たちがファシジュの都を訪れたことに始まるのです。」 



第十話 彼女は天女か、それとも魔女か。



 ここは建物の中のはずなのに、果てが見えない永遠と果てがない紫の景色。

 女の人はその中に溶けてしまいそうな雰囲気をまとって、僕らに話かける。

「千年前、人間と天使たちが戦い続けていた当時、神は自分に従う人間たちを連れて最後の決戦の場所である最果ての渓谷ロシギュナスに向かっていました。その途中にあったのがこのファシジュの都。」


 神と天使も、最初の警告で戦いをやめた人間たちには粛清しゅくせいを下さなかったらしく、言い伝えによると今もエンディミアンと呼ばれ、神に従った人間たちは最後の楽園天使の領域フィリアラディアスに天使とともに生きていると言われている。(一方、神に従わなかった人間はアーシアンと呼ばれ、今もこの不浄の大地ディス・エンガッドで苦しみ生きて、神に罪をつぐなっているとされているんだ)

 『神に従う人間』っていうのは、このエンディミアンのことだと思う。

 そいて、『最果ての渓谷ロシギュナス』っていうのは、女の人が言っていた通り抵抗を続けた人間と粛清しゅくせいを加える天使たちが、最初で最後に直接対決をしたと言われている場所。

 その戦いの勝敗は分からないらしい(要は記録に残っていないと言われている)んだけど、その直後に終焉の宣告ディルト・ヴェネスがおこり神に従わなかった人間たちは無限の絶望に突き落とされた。(いつもは大して役に立たないヒロちゃんの講釈が、やっと役にたった)


「ファシジュの都は、当時『呪われた街』と呼ばれておりました。」

 『呪われた街』って、カイが言っていた名前だ。

「何故なら、神がお怒りなる前に、ファシジュの都は人間同士の熾烈しれつを極めた戦いの中で傷つき、それどころか疫病が蔓延まんえんしていたのです。そして、疫病を恐れ周囲の人間たちが近づくこともなかった、まさに『呪われた街』だったのです。」

 僕は骨人間がウヨウヨしているだけでも、十分『呪われた街』だと思うけど、深刻そうな話の間に茶々は入れない。

「どうして、そんな街に神様が?」

 それよりも、戦いを続ける人間を罰しようとしていた神様が、わざわざそんな街に来る理由が分からない。

「さあ、私にもそれは分かりません。ただ、この街の人々は『呪われた街』。そう言われるまでに至ってやっと、自分たちの行いをいたのかも知れません。その懺悔ざんげに神が慈悲を与えようとしたのではないかと私は思います。」

 花の豊潤ほうじゅんな匂いが進むにつれて濃くなっていく、建物の中をいくら見回しても窓もないのに、何処ともなく流れてくる風は不浄の大地ディス・エンガッドの乾いた風ではなく、程よい湿り気をもっていて、優しく僕の頬を撫でる。

 でも、僕はここに入ってから、初めは美しさに圧倒されて気が付かなかったけど、何故だかずっと寒気にも似たものを感じていた。

 その正体が分からないことが、怖い。


「そして、訪れた神を前に街の人々はひれ伏し、許しを乞い、助けてくれと哀願しました。どうか、この疫病の苦しみから解放して欲しいと。その疫病は人間たちに治せるものではなく、死に至るまでの期間が長く、その間、死の苦しみを与え続けるものでした。その疫病はまさに呪い。でも、それは人間たちの自業自得でもありました。だって、そうでしょう?それは人間同士の戦いの結果でしかないのですから。」

 それは、そうかもしれないけど。

 その言葉に引っかかるものを感じるのは、僕だけなのかな?

 僕は沈黙を守り続けているヒロちゃんが気になった。

 でも、ヒロちゃんが後ろにいる気配はしたけど女の人から目が離せなくて、後ろを振り向くことができなかった。

「しかし、それでも神は救いの手を差し伸べました。そして、神の力により疫病はたちどころに街から消えていったのです。呪いから解放され、人間たちは神に忠誠を誓い、自分の全てを神に捧げることを約束しました。」

 はい。めでたし、めでたし。普通なら、話はここで終わりそうなものだ。

 でも、まだニールティアーの話も、骨人間たちのことも、何も出てきていない。

 僕たちは黙って女の人の話に耳をかたむける。

 

「喜びに沸き上がる街、しかし、その一方でひと組の兄妹が別れを惜しんでいました。それは、神につき従い街にやってきた人間の兄妹でした。兄はこのまま最果ての渓谷ロシギュナスに近づくにつれて厳しくなる戦いに体の弱い妹を連れてゆくことを避けるために、妹をファシジュの都に置いてゆくことにしたのです。」

「それが?」

 僕が先を促すように聞くと、強風が吹いた。

 舞い上がる紫の花びら、それからユラユラとゆっくりと花畑に降り落ちる。

 そんな花びらたちが舞い降る景色の中、この世界に迷い込んで初めて女の人がゆっくりと僕らに振り向いた。


「ええ、それがニールティアー。そして、その兄が貴方のご先祖様トルマシオ。トルマシオはファシジュの都に一人残る妹の身の安全のためにディルヴァ・トゥ・マジスを彼女に渡したのです。」


 ニールティアーとカイのご先祖様が兄と妹?

 驚きの新事実に僕だけじゃない、カイもそれは知らなかったのか驚いた様に目を見開いている。

 そんな僕らを、女の人はまっすぐに見つめてた。

 黒い瞳。

 まるで何もかもを塗りつぶすような強いその色に圧倒され、僕は恐ろしくて一歩二歩と後ずさりをした。その場を動かずに、女の人の視線から逃げようとしないカイを置いて。

 後ずさりを続けていると、何かが背中に当った。

 見上げると、それはそれまで全く存在を消していたかのようなヒロちゃんだった。

 ヒロちゃんは僕には視線を落とさず厳しい顔で正面を見据みすえると、僕の肩を抱いて僕を自分の後ろに追いやると花を舞い散らせながら、荒い足取りで前に進んだ。


 カイと女の人。二人が睨み合う場所へ。


「そう。トルマシオは、戦いが終わったら必ず妹の元へ帰ってくると約束をした。それまでは、街の人々に助けてもらい、このディルヴァ・トゥ・マジスの魔力を使い身を守るように彼女に言ったわ。」

 ガラリと彼女の口調、雰囲気、声も全てが変わった様な気がした。

 はかなげで、薄いヴェールの一枚向こういるような、どうにも存在感が薄いような、遠いような気配たっだ。

 それが一瞬にして、その瞳同様に圧倒的な物質量を持って僕らを圧倒するような、そんな強い力が僕の胸を押しつぶそうとする。


 これは・・・何っ?


「・・・なのに、兄さんは帰ってこなかった。」


 『兄さん』って、カイのご先祖様のこと?

 じゃあ、まさか彼女が・・・。

 追いついていかない僕の思考を、切り裂くような声高い叫びが停止させる。


「私はずっと、ずっと待っていたのにっ!!!」


 叫び様、女の人はカイに襲いかかる。

 カイの細い首を片手でつかみ、女の人はカイの小さな体を持ち上げた。

 その顔は、悲しみとも怒りとも見える、暗い影の落ち、ゆがんだ色が見えていた。

「私は兄さんが待っていろというから、待っていたわ?千年も、千年よ?ディルヴァ・トゥ・マジスの魔力を使い、街の人間たちの助けを借りた。彼らの血肉を使って、こうして永遠の命まで手に入れて、私は兄さんを待ち続けたのよ?それも、これも兄さんとの約束を守るためな------ぎゃぁっ!」

 女の人が、いや恐らく彼女こそがニールティアーなのだろう。その人が、言葉を言い終えるのを壊すように、悲鳴が上がる。

 同時にカイの首をつかんでいた手首が切り落とされ、紫の花びらに真っ赤な血が飛び散った。


「きゃぁぁっ!私の手が、手がぁっ!!」


 途端に狂ったように悲鳴を上げるニールティアー。

 そして、その手首を切った本人であるヒロちゃんは、首を絞められた状態から解放されてきこんでいるカイの背中をさすってやっている。

 僕もそこでやっと、はっとして動けるようになり、二人に駆け寄った。

「カイッ!大丈夫?」

「う・・・うん。」

 カイは突然のことに驚いているようだったが、向けられた憎悪ぞうおに怯えているのかその小さな体が震えている。

 カイの首には、くっきりと女の手の跡が残り、爪が食い込んだのか血がうっすらとにじんでいる。

 僕は何もできないくて、カイの手をぎゅっと握る。

 僕も突如として現れた、ニールティアーの憎悪に押しつぶされそうだった。

 花の匂いに混じる、悪寒を誘う何かはこれだったのだ。花の美しさに、僕はそれが見えていなかった。


「ヒロちゃん、これって・・・。」

「分かっているだろう。彼女がニールティアーだ。そして、彼女はこの街を救った天女などではない。自分の永遠の命のために、街の住人達全ての血肉を生贄いけにえに捧げた魔女だ。」

 ネイサンたちは感謝をしていた。

 自分たちに永遠の命を与えてくれた彼女を天女とあがめたてまつり、今も醜くゆがんでしまった骨人間としての生にしがみついている。

 それは本当は、ニールティアーの完全なる永遠の命のための生贄いけにえであるとも知らずに・・・。


「・・・魔女?」

 それまで、狂ったように自分の切断された手首を見ていた彼女がヒロちゃんの言葉に反応した。

「誰が・・・、誰のせいでっ!!!!」

 ニールティアーの怒りが、悲しみが永遠に広がる紫の花畑に、高く、強く、耳が、胸が痛くなるように響いた。

 第十話、ついにこの話も佳境を迎えようとしております。これを書き始めようとした時は、まさかこの話に流血表現注意の前書をする日が来ようとは思ってませんでした。本当にほのぼのした話を求めていたはずなのに、あれ?みたいな(笑)色々妄想が駆け巡った結果なので、まあ、いいかとは思っています。

 色々な事情によりしばらくこちらの更新に専念することとなりましたが、全十三話、あと三話と残り少ないですがお付き合い頂けると嬉しいです。

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