第二百四十五話 バカンスに行こうよ!
「……はぁ。話が進まないわ。ともかく、コータと共に行くのは私ね」
疲れたようなため息から最初に立ち直ったのはエリカ。そんなエリカに、綾乃が訝し気な――というより、じとーっとした視線を向ける。
「何当たり前の様に言ってんのよ、エリカ。なんであんたがコータと二人で行く事が決定事項みたいに言ってるの?」
「アヤノこそ何言ってるのよ? むしろ、私が以外の誰が行くの?」
呆れた様にやれやれと肩を竦めるエリカの態度に、アヤノの額に青筋が浮かんだ。
「……へぇ? なに? そんなに自信満々に言うだけの根拠があるって言うの、エリカ? 貴方……何が出来るのよ?」
少しだけ挑発するかの如く、嘲笑すら浮かべてそういう綾乃にエリカは自嘲気味な笑顔を浮かべて見せる。
「……まあね。確かに私はエミリみたいな料理も出来ない。アヤノみたいにコータにとって一番……そうね、心安い関係では無いかも知れない。シオンやアリアみたいに、あっと驚くようなアイデアは出せないかも知れない。正直、私が付いて行っても……何も役に立たないかも知れない」
少しだけ悲しそうにそういうエリカ。そんなエリカに、綾乃は少しだけ慌てたように両手をわちゃわちゃと振って見せる。
「わ、私そこまで言ってないじゃん!! そ、そこまで卑下しないでも! え、エリカにはエリカの良さがあるわよ!」
「どこ?」
「ど、どこって……」
思わず言葉に詰まる。そんなアヤノに苦笑を浮かべて、エリカは言葉を継いだ。
「まあ、私には大した才能が無いのは分かってるわよ。でもね、アヤノ? 私には――」
心持――その、少しばかり残念な胸を張って。
「――権力があるわ」
なんか、とんでもなく残念な事を言った。先ほどまで慌てた様な綾乃が、ドン引きした様な視線でエリカを見やる。
「……なに言ってんのよ、貴方」
「あら? そんなにおかしな事かしら? 私には権力が――現フレイム王国の女王陛下という『肩書』があるわ。現実はともかく……建前では私が一番偉いじゃない」
「そりゃ……まあ、そうだけどさ」
「そもそも……別に誰が行ってもさして変わらないんでしょう? エミリの料理の腕は素晴らしいけど、それは別にそこの土地の料理で代用できる。アヤノやシオン、アリアの知恵は素晴らしいと思うけど……今回なんて結構、限定的な状況でしょう? それじゃ、そこまで……フレイム王国が誇る知恵者を二人も派遣する必要、ある?」
今回申し込まれた会談は和平交渉だ。どれだけ譲歩するか、譲れない所は何処か、何を持って償って貰うかなどの事前の準備は必要ではあるが、『その場で判断』する必要はまあ無いと言えば無い。基本、交渉事は始まる前に終わっているものなのだ。
「それでも、急に判断する必要があるかも知れないじゃない」
「そうね。いくらだって不測の事態は考えられる。でも、コータが居るのよ? それなら、コータに判断して貰えば良くない? どれが正しいか分からない以上、誰が判断しても一緒ならコータの判断に従うわよ、私は」
「コータの判断が間違っていたら?」
「言ったじゃない。どれが正しいか分からないって。コータの考えがすべて正しいなんて盲目的な事は流石の私も考えてないわ。でもね? 判断はアヤノやシオン、アリアでも出来るかも知れないけど」
『決断』するのは、私だ、と。
「それは、それだけは私の責任で、仕事よ。色んな情報を集めて、色んな判断をするのは貴方たちにお願いするかも知れないけど……最終的に『決断』するのは私よ。その責を負うのは私なの。だって私はフレイム女王だから」
「……」
「だから――この会談は、私が絶対に行くわ。判断は皆に任せても、最後に『決断』するのは絶対に私じゃないといけないから」
そういってほほ笑むエリカ。その姿を呆気に取られたように見つめていた綾乃だが、不意に噴き出す声にそちらに視線を向ける。
「……シオン」
「そうだな。確かに、最後に決断するのはエリカ様のお仕事だ。それは私達が口を出して良い領域では無いな」
「でも!」
「それ以上は言うな、アヤノ。これは完全に一本取られた」
「で、ですがシオン様!! エリカ様はフレイム女王であり、高貴なお方です! そんなお方がみすみす敵地に行くなど、そんなのは――」
「敵地に行かなければ良いのでは無いですか?」
「――みとめ……ソニア様?」
成り行きを黙って見つめていたソニアが優雅に紅茶に口を付けてから、口を開いた。
「敵地になど行かなければ宜しいのですよ。和平会談だって、あちらからの申し入れですし……そもそも、こちらに場所の選定などはこちらに委ねると仰っているのですよ? なぜ、敵地に乗り込んで会談、という話になるのですか?」
わたくし、分かりませんとばかりにこてん、と首を傾げるソニア。そんなソニアに、シオンが言葉を掛ける。
「そういえばソニア様は先ほどから一言も喋っていなかったが……『二人で行きたい』という事を考えていなかったのか?」
「わたくしの立場で――ソルバニア王女の立場でフレイム王国内の会談に参加、は少々難しいでしょうし。出来ればわたくしもコータ様と二人で遊びに行きたいですが」
「遊びに行くわけではないぞ?」
「遊びですよ。どう転んでもわたくし達に不利にはなりようがない会談では無いですか。嫌なら全部拒否すれば良いだけですし。それでは状況が長引く、という意見も一定の理解はしますが……まあ、今更感はあります」
「……まあな」
「シオンさんの前で言うのは釈迦に説法でしょうが……交渉事、というのは基本的に頼む方が弱いんですよ?」
「……」
「それでもまあ、『テラに来て会談をしろ』というのは通らないだろう、とは思います。ですので、どうでしょう?」
ソルバニアでバカンスなど、如何ですか? と。
「たまには宜しいでは無いですか。ぱーっと……そうですね、『皆』で遊びに行きましょう。会談の場に二人で行けば、それで満足でしょう、向こうは? それが嫌なら、断れば宜しいでは無いですか」
お願いしているのは向こうですし、と言ってソニアはニパっと笑って見せた。




