第二百四十話 休日よりの使者
「コータ? 何を遠い目をして感慨深い顔をしているんだ?」
なんとなく、海の方を見つめながら『あの日』の記憶を思い出していた浩太は、シオンのその声で現実に引き戻される。
「いえ……あの日は大変だったな~と」
全員からの愛の告白――告白? まあ、それを受けた浩太はその後一人一人と真剣に向き合う事を決めた。いや、お嫁さんが七人居て真剣……? という感じではあるのだが、それでも浩太的には真剣に向き合うと、そう決めたのである。それだからこその『この』軽口でもあるのだ。
「むぅ……だからといって揶揄われるのは私のキャラに合わないと思うんだが?」
少しだけ不満そうに頬を膨らませるシオンの頭をポンポンと撫で、浩太はんーっと背を伸ばす。結構長い時間釣り糸を垂らしていた為か、体がポキポキと音を立てた。
「そういうシオンさんもまた素敵、ということで」
「……なんとなく誤魔化し方が雑な気もせんでもないが……まあ、良い。騙されておいてやる」
だから、もっと撫でろと傲岸不遜にいうシオンに苦笑を一つ。浩太はシオンの頭を優しくなでる。
「……なーんとなく、シオンばっか差別してない? 無論、シオンにとって都合の良い意味で」
「そういうつもりは無いんだけど……っていうか綾乃、お前も撫でてほしいのか?」
「なんかそういう言い方はカンジワルイ。まあ、撫でてほしい気持ちも無いでもないけど……ともかく! もうシオン撫でるの禁止!!」
うがーっと言い募る綾乃に浩太の苦笑の色も深くなる。その可愛らしい嫉妬についつい苦笑の中にほほえましいものを混ぜてしまう浩太に、綾乃が頬を膨らませて見せた。
「……もう、本当にカンジワルイ! ともかく! どうせどう頑張っても今日は坊主でしょ? そろそろ帰りましょうよ?」
「……健忘症かなんかなの、お前?」
今日の晩御飯は浩太の釣果に掛かっている、みたいな事を言っていなかったか? そう思い首を傾げる浩太に、綾乃はワルイ笑みを浮かべて。
「――知らないの、浩太? 世のお父様方はね? 『今日の釣果だ!』って言いながら、お魚屋さんでお魚かって帰るもんなのよ?」
浩太とてアニメや映画でそういった描写を見たことが無いわけでは無いので分からんではない。分からんではないが。
「いや、流石にもうちょっと粘るぞ、俺も?」
なんというか……それはちょっと、な浩太である。別に美学とまで偉そうな事を言うつもりは無いが、格好が付かないのは確かだ。
「黙っててあげるわよ? ねえ、エリカ、シオン?」
「……そうね。コータが格好悪いって言うなら、黙ってコータのお手柄にしてあげるわよ?」
「……そうだな。それぐらいの気は私だって使える」
「……私、どの面下げて『今日の釣果ですよ~』って持って帰るんです? 流石にそこまでメンタル強くは無いんですけど……」
まあ、そうは言っても浩太にだってプライドはあるのだ。まあ、釣りで守り通すほどのプライドでは無いものの……やっぱり、格好悪いのは格好悪いし。
「……ま、浩太がそう言うなら――」
と、綾乃がそこまで喋って言葉を止めて浩太の後方に視線を向ける。つられて浩太がそちらに視線を向けた先には。
「た、大変です!! コータさん、た、大変です!!」
慌てたように息を切らしてこちらに走ってくるアリアの姿があった。実年齢以上に幼く見える彼女、一生懸命走ってはいるもまるでそれは幼稚園児の運動会の様でなんだか微笑ましく浩太には見えて――
「……あ」
勢いのまま、アリアがびたーんと前向きにこける。その勢いのまま、アリアの履いていたスカートが捲れあがって。
「……ふむ。今日のアリアは猫さんか」
「浩太! 見ちゃダメ!!」
「みな――おい! チョキはダメだろう、チョキは!! これから先、何にも見えなくなるだろうが!! それならせめて手で目をふさぐとかあるだろうが!! どんだけバイオレンスなんだよ、お前!!」
「あ、ごめん! つい……」
「つい、で人の目を潰そうとするな!!」
流石、暴力聖女。その片鱗に浩太の背筋が震え――それとは関係なし、紳士として浩太はアリアから目を背ける。
「あー……大丈夫ですか、アリアさん?」
「ふぐ……な、なんにも無いところで転ん――っ!? こ、コータさん!! み、見ないで!! 見ないでください!!」
「み、見てません!! 向こう向いていますから、その、あの……と、とりあえず早く着崩れを直してください!!」
「あれ、着崩れというかスカートが捲れているだけだけどな。猫さんとご対面だ。なんだか懐かしさすらあるな、コータ」
「あなたももうちょっと気を使いなさい!! 落ち込んじゃうでしょ、アリアさん!!」
「そうだな。流石に淑女としてどうかと――おい、アリア? なんでスカートを直そうとしてより一層着崩れることがある? ブラウスは今、関係無いんじゃないか?」
「ふえ!? な、なんか焦れば焦るほど、た、大変なことに!!」
「……なんか呪われてるんじゃないの、アリアちゃん」
焦れば焦るほど、全然関係の無いところまで着崩れしていくアリア。ドジっ子属性に愛された……というかイジメられた彼女にため息をつき、綾乃はアリアのそばに歩み寄りその着崩れを直す。
「……はい、これで良し」
「ふえ……あ、ありがとうございます、アヤノさん。あ、危なくこの場で裸になっちゃうところでした……」
「……どういう化学変化が起こればそうなるのか一周回って知りたいけど……それより、アリアちゃん? なんか用事があったんじゃないの? あんなに慌てていたんだし……どうしたの?」
言ってみそ、となんて宣う綾乃に、一瞬きょとんとした顔を浮かべた後、すぐにはっと何かを思い出した顔をして。
「そ、そうでした! 大変です、浩太さん!! すぐに領主公館までお戻りください!! 使者が――」
――フレイム『王国』からの、使者が、来ています、と。
少しだけ青ざめた顔でそういうアリアに、皆の顔は一様に硬くなった。




