第二百十八話 それは、『女王陛下』の戦い
今回は主人公サイドの視点です。久しぶりにあの人が!
ノーツフィルト子爵領より北に高速馬車で二日の距離に、ローガン公爵領はある。ローガン公爵はエリカやリズの祖父王の弟であり、既に七十を超えた老人だ。世俗の権力こそないも、王家に連なる高貴な血筋であり既に臣籍に下ったとは言えそれでもエリカが女王に即位してからこちら、自身が王位継承権一位である事から、ただでさえ人を寄せ付けなかったローガン公爵は輪をかけて人を近づけようとしなくなっていた。
「……この度は私の為にお時間を頂き、ありがとうございます」
「いや、別に構わんよ。どうせ老い先短い老骨じゃ。暇な時間は幾らでもあるからの」
そう言って呵々と笑って見せるローガン公爵。高貴な血筋でありながら、下々と呼んでも良い――ノーツフィルト子爵ランドルフに人懐っこい笑みを浮かべて見せる。
「……恐れながら閣下。閣下が私との面会に応じて下さるとは思っておりませんでした」
「かっかか。そうじゃの。儂もまさかお前と会う事になるとは思っておらなんだぞ、ランドルフ。じゃがな? お前の所は『いろいろ』やっておるじゃろ? なら、聞いて置こうかと思っただけじゃ」
「はい」
「別に何をしてもかまわんがの。小憎らしいウェストリアのこせがれに良いようにやられっ放しは流石に業腹じゃぞ?」
「ならば閣下、閣下が立たれますか?」
「いやじゃな」
そう言ってローガンは面白そうに視線をランドルフに向ける。
「儂が『人嫌い』を貫いて来たのは、儂を担ごうとする馬鹿どもと会わんようにする為じゃ。何を好き好んで、王位なぞ手にしなければならん」
「王位にご興味はない、と?」
「当たり前じゃ。そもそも儂は独身じゃぞ? このローガン公爵位も儂一代で終わりじゃしの」
「それは……後継者争いを避けるため、ですか?」
「兄上の子供はゲオルグだけじゃったからな。本来、スペアとして儂も血を残す必要もあったが……それでも、英断じゃろう?」
「今にしてみれば」
仮に、ローガン公爵に子供がいればどうか。リズの所在は不明、エリカは簒奪者となっている現状で、ローガン公爵の息子を王位にと動き回る勢力はどうしたって出て来る。なんせ、現時点では第一王位継承者の息子なのだから。
「じゃからまあ、後は儂が黙っておれば良い。エリカ様も色々と言われておるが……あの子も兄上の孫じゃしな。それならば、儂に取っても孫みたいなもんじゃ。儂には子供もおらんしの」
簒奪者として、現状ではフレイム王国全土の貴族から訝しんだ目を向けられるエリカ。エリカの身内として……そして、エリカとリズの仲を良く知るローガンにしてみればエリカの現状が不憫でならない。
「リズ様とエリカ様は仲が宜しかったからの。まあ、人間は大きくなれば変わるもんじゃが……あのエリカ様がリズ様を害するとは思えん。そのあたり、お前の所は詳しいのじゃなかろうかと思っての」
少しだけ寂しそうにそう言ってため息を吐くローガン。その姿に、ランドルフは小さく頷いて見せた。
「さすが、ご慧眼です」
「何が慧眼なモノか。エリカ様の侍女はお前の所の妹御じゃろ? それならば、他所よりも情報が多いだろうなど、阿呆でも分かるわ」
「そうですか……いえ、そうでしょうね」
「お前の親父と娘の不仲は承知しとるがの? それでも兄であるお前や、ベッカーの婿は妹御と仲が良かったじゃろ? ならば、一体どうなっているか、ちょっと説明をして貰おうかと思うての」
楽しそうな目線を向けるローガン。年齢を感じさせない、まるで少年の様な視線に思わずランドルフは肩を竦めて見せる。
「……それではご説明をさせて頂きます。頂きますが……実は、私よりもこの件に関して詳しい方がおられます。その方をお呼びしても?」
「……ランドルフよりも詳しい人間、じゃと?」
「はい。無論、危険が無いことは保証します」
「……ふむ。危険の心配はさしてしとらんが……そうじゃの。それではそのモノを呼んで貰おうかの」
快諾するローガン。そんな彼に一つ頷き、ランドルフは立ってドアまで歩く。
「……お待たせしました」
「いえ。ありがとうございます、ランドルフ」
そう言って室内に入って来た女性――少女と呼んでも差し支えない、そんな女性の姿に、ローガンの口があんぐりと空いた。
「あ……え……?」
「……ふふふ。どうしたのですか、ローガン公爵? それとも……昔の様に、『ローガンおじいちゃん』とお呼びした方が?」
入って来た女性――前フレイム王国女王、エリザベート・オーレンフェルト・フレイムのその姿に、知らず知らずの内にローガンの瞳が潤む。
「……よくぞ御無事で、陛下……」
「ふふふ。ローガン公爵? ご存じないのですか? 私はもう、女王陛下ではありません。今はお姉さまが女王陛下ですよ?」
「では……」
「無論、簒奪なんて訳は御座いません。ローガン公爵……おじいちゃんも知っているでしょ? 私とお姉さま、仲良しなんです」
「ええ……ええ!」
リズの安否は不明で、エリカが簒奪者。どちらも変わる訳は無いと思いながら、それでも何処かで変わってしまったのかも知れないと思っていたローガンに取って、リズの健在とエリカへの変わらぬ愛情は何よりも嬉しいものであった。王族の概念ではなく、肉親の情として。
「……大変でしたな、陛下……いえ、リズ様」
「私はそうでもありませんでした。無論、ロッテが遠くに行ってしまって寂しいという気持ちはありましたが……それでも、私には支えて下さる人が居ましたから」
「……」
「……お姉さまは一人で王城にとどまり、フレイム女王として日夜政務に取り組んでいらっしゃいました。私が一人でぬくぬくと、皆に支えて頂いてる間に、あの王城で、『敵』達と、たった一人で」
リズが自身の拳をぎゅっと握りこむ。爪が手のひらに食い込み、リズの白い手に一筋の赤が走った。
「……リズ様」
「……失礼しました、ローガン公爵。少しばかり、感情的になってしまいました」
そう言って舌をペロッと出して、右手でコツンと自分の頭を叩いて見せるリズ。そんな滑稽な姿に、ローガンの頬も少しだけ緩んだ。
「……あまり、思いつめる事の無き様に」
「ええ。考えを放棄するつもりはありませんが、考えすぎてもダメですからね。ですが、ローガン公爵? 私はこのまま、ただぬくぬくと保護されているだけの元女王陛下なんてまっぴら御免なんですよ」
「……」
「ですから私は戦いたい。お姉さまやエミリや松代様、シオンやアリアやアヤノ様、ソニア様がそれぞれの場所でそれぞれの戦いをしている中で、ただ守られてるだけなんてのは」
一息。
「――まっぴら御免、なんですよ」
堂々と。
まさにその姿は女王陛下と言って申し分の無いものであり。
「……っくっくくく! はーはっははは!」
「ローガン公爵? なんで笑うのですか?」
「いや、失礼……くっくくく……リズ様はもう少し大人しい方かと思っておりましたが……そうですね。貴方は『あの』アンジェリカ様の娘ですものね」
「……『あの』とか言われるとなんだか若干不満が残りますが……まあ、そうですね。私は『あの』アンジェリカお母様の娘ですから」
「負けず嫌いがそっくりですよ、リズ様」
「それ、褒めてます?」
「無論。負けてヘラヘラしているようでは成長はありませんからな」
もう一度、おかしそうに笑って。
「――何より、このオルケナ大陸の覇者であったフレイム王家の正統な後継者が、ウェストリア風情に後塵を拝し続けるなど、あってはならない事です。宜しい、リズ様。この私、ローガン・オーレンフェルト・フレイムの出来る事なら――否、出来ない事でも、なんでもやってみせてごらんに入れましょう!」




