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第百七十八話 幸いなるソルバニアよ、汝は結婚せよ

新年、あけましておめでとうございます! どうも疎陀です。今年もよろしくお願いします~。


 サーチ商会、ロンド・デ・テラ支店。現在、ソルバニア王国の外務局の臨時分局に看板を掛け変えた建物の二階、国王陛下が寝起きするには質素過ぎるその部屋の執務机で頬杖を付きながら、ソルバニア王国国王カルロス一世は愛娘から送られて来た手紙を穴が開く程に見つめていた。

「……ふーん」

「へいか~。紅茶が……陛下?」

 感嘆の息をカルロス一世が漏らすと同時、半開きだったドアを足で器用に開けながら本来のこの部屋の主であるマリア・サーチが顔を出す。そんなマリアの仕草に、少しばかりカルロス一世は眉根を寄せた。

「……あんな、マリア? ほいでもお前さん、女の子やん? 流石に足でドア開けるのはどうかと思うで?」

「しゃーないですやん、両手塞がってもうてるんですから。そない思うんやったらちょっと手伝ってくれへんですか?」

 カップとポット、それに茶菓子が乗ったトレイを持ったままそんな事を言って見せるマリア。その姿に溜息一つ、カルロス一世は執務机から立ち上がるとマリアの方まで歩みを進め、手に持ったトレイを受け取った。

「おおきに~」

「国王陛下に給仕の真似事させるんはマリア、お前ぐらいや」

「立ってるもんは陛下でも使え、言うでしょ?」

「言わへんし、そもそも俺は座ってたやん……」

 某お菓子のマスコットキャラの様にベロを出して『てへぺろ』のポーズを浮かべるマリアにもう一度大きく溜息を吐くと、カルロス一世はトレイを執務机に置き、代わりに先程まで読んでいた手紙をマリアに差し出した。

「なんです、これ?」

「ソニアからの手紙や。読むやろ?」

「……エエんですか?」

「接収するときに約束したやん。政治的な事は話されへんけど、それ以外なら情報は開示するって」

 ほれ、と手渡された手紙を少しばかり震える手で掴むマリア。そのまま、文面に視線を落とし――そして、その目が大きく見開かれた事に満足げにカルロス一世がニヤリと笑って見せた。

「……へ、陛下……こ、これ……」

「どうやら決着、着いたみたいやな~。コータはソニアが射止めたみたいやわ。いや~、『魔王』が義理の息子とかすごない? 俺、大魔王やん」

 楽しそうにカラカラと笑って見せるカルロス一世。その姿に、堪らずマリアが声を上げた。

「陛下!」

「ん~? なんや、マリア? 祝福してくれへんの?」

「っ! しゅ、祝福は……ほ、ほいでも!」

 エリカやエミリ、そして浩太との付き合いは綾乃よりも、シオンよりも、そして当のソニアよりもマリアの方が長い。密度という面では確かに後述の三人には劣るかもしれないが――それでも大事な大事な自分の『城』を殆ど無条件で国家に貸す程には、マリアはマリアなりにエリカやエミリ、浩太の事を友人と思っているのだ。

「……こんなの……無いですわ……」

 思っているから、或いは知っているからこそ、エリカやエミリがどれ程浩太を慕っているか、良く分かっている。こんな形での『決着』はきっと誰も納得しないであろう、という事も。

「……エリカ様、まだ王城に居るんでしょ? せやったら結婚の事、まだ知らんのちゃいますか?」

「ま、せやろな。フィリップ寄越せって書いてあったやろ? それで正式に結婚を申し込んで……テラで式でも挙げて、エリカ陛下を連れ出そうっちゅう寸法やろな」

「……」

「悪い案やないで?」

「せやかて……このやり方やったら、誰も幸せにならへんですやん。陛下にしても……エエんですか? ソニア様やって、きっと納得してへんですよ?」

 縋る様なマリアの視線。その視線に肩を竦めつつ、カルロス一世は言葉を吐いた。

「ま、せやろな。ソニアかてきっと、納得はしてへんと思うよ? ほいでもな? そもそも『王族』っちゅうんはそういうモンや。ソニアもそこんところは分かってるやろし。自分が……せやな、『幸せ』な結婚は出来へん、ちゅうことは」

「ほいでも陛下は幸せな結婚、してはるやないですか」

 ソルバニア王妃であるアレクシア=ソルバニアと、カルロス一世の仲は良好であり、それは国民の周知の事実でもある。マリアの言葉に痛いところを突かれたと言わんばかりに頭をポリポリと掻き、カルロス一世はため息交じりに口を開いた。

「それを言われると困るんやけど……ほいでも、ソニアやって別にコータが憎い訳やないやん? どっちかっちゅうたら幸せな方やろ?」

「むしろベタ惚れの方やと思いますわ、それは確かに」

「せやろ? せやったら、ソニア的にも幸せやんか。惚れた男と添い遂げるのって、女の幸せちゃうん?」

「……まあ……それは、そうでっしゃろうけど……」

 しかしそれは結果だけの話。幾ら惚れた男であろうと、自身の力で振り向かせず、ただ与えられただけならばそこになんの意味もなく――そして、ソニアはそれを『よし』とする女性ではない。

「……マリアの言いたい事も分かるんやけどな」

 言い淀むマリアにもう一度、大きく溜息を吐き苦笑を浮かべて見せる。

「『アレ』は負けず嫌いな娘やしな。きっと納得いかへん事もあるやろうけど……それでも、そんなソニアが自分からこんなアイデア持って来たんや。しかも、ソルバニア王国に取っては絶好の機会でもある。知ってるやろ、マリア? 俺がコータ大好きなの。そんなコータが手に入るんや。ソルバニアは大きな飛躍を遂げるかも知れへんで?」

「……」

「マリア?」

「……ほな、父親としてはどうですか? 父親として、『娘』の幸せを願わへんのですか?」

「……何を持って幸せか、にも寄るし……それに、俺は国王やからな。父親として、っちゅう切り分け方は純粋な意味では出来へんけど……ほいでも、『家長』としてなら言える。ソニアのアイデアは『ソルバニア王家』に取っては最良な方法や、とな?」

「……ソルバニア王家として、ですかいな?」

「人間に限らず、イキモノっちゅうんは自分の子孫を残す事が大前提や。血を残す、ちゅう言い方でもエエんやけど……ま、俺は『ソルバニア家』の血を後世に残さなあかんとは思ってる。マリア、おまえんとこかてそうやろ?」

「……まあ……そうですわな」

「せやから……あー……」

 少しだけ言い淀むよう、カルロス一世は視線を中空に飛ばす。そんなカルロス一世の姿に訝し気な表情を浮かべたマリアだったが、戻した視線の中に真剣なものを感じ取り居住まいを正す。

「……陛下?」

「……まあ、マリアにならエエか。ウチの王太子、おるやろ?」

「アロンソ殿下ですか?」

「せや。アロンソは……まあ、あれやな。決して悪くはない君主になる器やろうけど、精々六十点までの男や。守成の時期やったらええ。そつなく、なんでもこなす事の出来る人間やと思う」

「……どう答えたら正解ですか? どの答えも不敬な気がするんですけど?」

「答えんでエエよ。ともかく、アロンソは悪くはない君主や。オルケナ大陸が平時の、争いもなんもない、普通の時代やったら大過なく、つつがなく、民衆を幸せにする事の出来る君主やろうな。『平時』やったらな? 『乱世』になったら、アイツの器やったら流石に乗り切るのはしんどいと思う」

「……それって」

 何を言いたいのかピンと来たのか、マリアが口を開く。それを目だけで制し、カルロス一世は言葉を継いだ。

「看板架け替えながらも千年続いたフレイム王国が滅びる時代やで、今。アロンソの器やったら乗り切るのは無理や」

「……滅びては――」

「滅びたみたいなもんやん」

「――はい」

「まあ、心配せんでもエエよ。お前ら商人は何処でも食っていけるさかい、ソルバニアっちゅう国が無くなっても大して問題やないやろ。ほいでもな? 俺ら『王家』っちゅうんは国が無くなったら生きて行かれへん。ソルバニア家が滅びるのは、流石にご先祖様に申し訳も立たへんからな」

 そこまで喋り、カルロス一世は紅茶で乾いた喉を潤す。紅茶が嚥下される姿を目で追い、それが胃に落ちた事を確認しマリアは口を開いた。

「……陛下は……ソルバニア王国が滅びる、って……思ってはるんですか?」

「簡単に滅びる事はない、とは思うてる。なんやかんや言うてもウチかて長い事続いとる国やし。体制かて盤石、とまではいかんでも十分合格点やと思うしな」

「……」

「ほいでも、何が起きるか分からへん様な時代になってもうた。ほいなら、俺は信頼できる味方が欲しい。能力的でも忠誠的でもなんでもエエんやけど、ともかくそんな『味方』が欲しい」

「……味方、ですか?」

「コータは味方を裏切る様な人間やない、とは思うてる。せやないと、あの仔狸があないに懐く訳ないやろし」

「……酷い言いぐさですね。懐くって」

「仔狸やから懐くでエエやん」

 ジト目を向けるマリアにニヤリと一笑い。

「……仮にソルバニア『王国』が滅びたとしてもソルバニア『家』の血が残る、そんな方法が欲しい。今回のソニアの結婚は、その条件を十分に満たすもんや。反対する理由はないわな」

 飲み終わったカップの縁を手でなぞりながら、カルロス一世は言葉を続ける。

「純粋な能力面だけでなく、周りの人材もコータの方が揃っとるやろ? エリカ陛下はフレイムの現役の女王陛下やし、アヤノはラルキアの聖女や。学術院の主任研究員であり、ロッテの血縁であるシオン・バウムガルデンもおる。聞いた話によると、ホテル・ラルキアとも懇意やし……ソニアかて、優秀や無い訳やない」

「……料理の上手なメイドさんもおりますしね」

「エミリ・ノーツフィルトの事か? 何言うてんねん。あんなん、反則級の人材やろ。ベッカー貿易商会会長の実妹で、海上貿易で名を馳せたノーツフィルト家の末の娘やで?」

「……そういう評価もあるんですね」

「むしろ、お前らの評価が微妙過ぎるわ。あのベッカーの身内をおさんどん扱いって……まあ、エリカ陛下やったら許されるかも知れへんけど……普通、怖くてよう使わんで?」

「あ、あはは……」

 エミリは超が付く程の名門商会の会長の実妹で、由緒正しいフレイム貴族だ。その事実に、マリアがタラりと冷や汗を流す。『エミリさーん、お腹空いた~。クッキー頂戴~』『かしこまりました、マリア様』なんて、よくよく考えれば有り得ない話ではある。まあ、これに関してはエミリも悪い。気安すぎる、という評価ではあるが。

「ま、それも仲の良さやろうから別に問題はないやろ。話、戻すで? こんだけ優秀な人材が集まってるんや。本人の能力も、バックに付いた権力も一流どころがな? こんなん、もう一個『国』が出来てもおかしないで」

そんな人材がアロンソやなくてコータの周りに、ちゅうんが口惜しい所ではあるんやけどと言葉を継ぐ。そんなカルロス一世の言葉に、マリアが大きく目を見開いた。

「……『国』、ですか?」

「国はどうなるかは分からへんけど、ほいでも、一つの勢力としては十分な人材や。領地かて『ココ』にある。独立しても可笑しくはないやろ? オルケナの諸侯はそもそも独立独歩の気風やしな。乗っ取られた王国に義理立てする必要はないし」

「……そう、ですね」

「言うてみれば、今をときめく新興勢力やからな、テラは。そして、そんな『勢力』にソルバニア家の血を送り込む事が出来る。何処から非難を受ける事もない、むしろ感謝すらされるであろう方法で」

「……」

「どっちが生き残ってもエエ。ソルバニア王家が生き残ってもエエし、テラ側が生き残ってもエエんや。どっちにしろ、ソルバニア家の血を後世に伝える事が出来る。ま、欲を言えば両方残れば一番ええけど」

 そう言って、残った紅茶を一息に飲み干しカップをテーブルに戻す。

「……俺は戦争が嫌いや。血で血を洗うような、そんな戦いはまっぴら御免や。人が死ぬのも嫌やし、人を殺すのも嫌や。そんなん、前半生で十分経験したしな」

「……陛下」

「せやから、俺が国王の間は戦争はエエ。譲れへんモノを守るために、或いは降りかかった火の粉なんかは払う必要はあるやろうけど、自分ところから攻め込む様なやり方はしとうない。するんやったら、『商売』で戦う。ほいでも、それやって恨まれることはあるやろ?」

「……そうですね。恨まれる事、ありますわ」

「今回はそんな心配もない。ソニア的に不満でも、エリカ陛下的に不満でも、それでも誰も傷つかへん。『心が~』みたいな話やないで? 心も傷ついたらあかんのやろうけど、体も大事やさかい」

「……」

「戦争は、戦いは、争いは、そんなんは余所に任せておけばエエんよ。俺らは俺らのやり方で、その『血』を後世に残す。きっと、コータやったらソニアを粗略に扱う事はないやろうしな。むしろ、可愛がってくれるんちゃうんか?」

 マリアの脳裏に、浩太に頭を撫でられながら『子供扱いは嫌です!』と不満そうに、それでも幸せそうに微笑むソニアの姿が浮かぶ。

「……そうですね。きっと、大事にしてくれはりますわ」

「せやろ? きっと、コータやったらソニアを……『皆』を大事にするわ」

「……エエんですか? その……コータはんが『皆』を大事にして」

「そんな横槍入れたら、ソニアに怒られてまうわ。そもそもアイツもソルバニア王家の娘や。欲しいもんは自分の力で手に入れるのが蛇の流儀やで?」

 堂々とそう言って見せるカルロス一世に思わずマリアも苦笑を浮かべる。そんなマリアを優しく見つめ、カルロス一世は言葉を継いだ。

「……ありがとな、マリア」

「ほえ? 何がですか?」

「娘の心配をして貰うのは、親としては嬉しいもんや」

「あ、し、心配っちゅうか……そ、その……ほ、ほら! アレですわ! 馬に蹴られる様なのは御免ですし、せやからそう言っただけで!」

 マリア、顔真っ赤。カルロス一世にしては珍しい程の素直なお礼に、先程まで熱く語った自分がなんだか照れくさくさなったからだ。そんなマリアをニヤニヤした表情でカルロス一世は見つめて。

「あれ~? マリア、照れてるの? なに? なに? 友人の心配するの、そんなに恥ずかしい事ですか? エエやん、青春! って感じで!」

 そして、言葉に出すのがカルロス一世クオリティ。そんなカルロス一世を涙目で睨み、マリアは大きく溜息を吐いた。

「……最低ですわ、陛下」

「ま、自覚はしてるさかい。ほいで、マリア? 一個頼まれてくれへん?」

「……こんだけ辱めといて良く言えますね、頼み事とか」

「まあまあそう言わんと。取りあえず、ソニアの――違った。マリアの『大切な友人』の為やから!」

「言い直すな! ほんま最低ですね、陛下!」

 真っ赤な顔のまま叫ぶマリア。そんな姿を相変わらずのニヤニヤ顔で見つめて。


「頼むわマリア。ソルバニアに手紙、出しといてくれる? フィリップに直ぐ来い、ってな?」


 にこやかなカルロス一世のその言葉に、息をしていた肩をマリアは盛大に落とした。


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