第百七十九話 惚れた弱み、惚れられた強み
「……」
「……」
「……」
ラルキア王城内に設けられたクリスの部屋――であった、現在はエリカの部屋。十日前の邂逅から指折り数えて待っていた浩太……ウェイト・ホワイト氏の来訪を受けたというのに、エリカの視線は氷点下の眼差しを向けている。
「…………それじゃ……なに? 貴方………………ソニアと結婚するって言うの?」
氷点下の視線にふさわしい、これも冷え切った声。結構な美少女であるエリカと部屋で二人っきり、男なら思わず拳を高く突き上げてもおかしかないイベントにも関わらず、向けられるのは極寒の言葉と態度だ。
「ええっと……え、エリカさん? その……こ、こう、ほら? 折角の再会ですし? もうちょっと、にこやかにされてた方がエエんやないですか――」
「黙れ」
「――はい」
「っていうか、その……ウェイトの言葉づかい? それするの、止めてくれない? なんか凄く腹立たしいから」
「…………はい」
浩太、撃沈。ウェイトのキャラに引っ張られている、というのもあるにはあるが、それでも余りの居心地の悪さに浩太自身もキャラを作らなければしんどいという事情もあったりしたのだが、今のエリカには逆効果だったご様子だ。まあ、当たり前と言えば当たり前であるが。
「……申し訳ございません、エリカさん。その、別にふざけたり不誠実であろうと思った訳では無いのですが……」
「……雰囲気悪い時に無理してテンションを上げるみたいな感じでしょう?」
「……はい」
「気持ちは分からないでもないし、別に貴方のせいで無いのも分かる。もっと言えば、私の為にしてくれたんであろうことも理解している。うん。本当は私、凄く皆に感謝しなくちゃいけないんだろうって事も、分かってるのよ?」
「え、エリカさ――」
「でもね?」
そう言って、見惚れる様な笑顔を見せて。
「――だからと言って、納得できる訳ないでしょうがぁ!」
不意な大音声に、思わず浩太が耳を手で塞ぐ。そんな浩太にお構いなし、エリカはマシンガンの様にしゃべり続けた。
「あのさ!? これでも私、結構一人で寂しく過ごしてたのよ!? 『皆が助けに来てくれるかな?』とか『で、出来ればコータに一番に助けに来て欲しい……』とか『た、助けに来てくれたら……こ、コータに抱き着いちゃったりして!』とか、そんな嬉し恥ずかしな妄想を繰り広げてたのよ!?」
「え、エリカさん! お、落ち着いて下さい! なんだか妄想が垂れ流し――」
「落ち着けるか! それが蓋を開けてみたら『結婚します』って、なによそれ!? なに? 私はどんな顔すればいいの? 笑えばいいのかなぁーーーーーーーーーーー!!」
戸外から『へ、陛下! 如何なさいましたか!』なんて声が掛かるも『うるさい!』の一言で黙らせエリカは一歩、浩太へその足を進める。
「…………なんで下がるのよ?」
「…………いえ」
だって、怖いし。
なんて、勿論そんな事は言えず、明後日の方向を向く浩太。そんな浩太の両頬をがっちりとホールドし、エリカは自身へ勢いよく浩太を向き直らせた。
「ぐきっていった! い、痛い! 痛いです、エリカさん!」
「うるさい! 目逸らしてないでちゃんとこっち見る!」
聞く耳持たず。そんなエリカの行動に、慌てた様に浩太はエリカに視線を合わせ――そして、燃える様なその視線に思わずもう一歩後方に下がりかけて。
「――って、え、エリカさん!?」
「うるさい!」
まるでその行動を先読みされた様、離さないと言わんばかりにきつく、きつく、エリカにホールドされた。
「……あ、あの……」
「……」
「……え、エリカ……さん?」
「…………はしたない、って思う?」
「い、いえ! そんな事は思いませんが! で、ですが……」
「……じゃあ、いいじゃん」
浩太の言葉に安心したのか、エリカのホールドが少しだけ緩まる。先程までは逃がさぬようにだったそれが、少しずつ優しさと親愛のそれに変わった事を肌で感じ、浩太もおずおずと、だがしっかりとエリカを抱きしめた。
「……その、ね?」
「……はい」
「さっきも言ったけど……本当に、感謝はしているのよ? エミリも、アヤノも、シオンも……それに、きっと当のソニアだって納得はしてないのも分かってるつもりなの。それでも、私を救い出してくれる為に我慢してくれてるってのは理解しているつもりなの。私のせいで、申し訳ないとも……思ってるのよ?」
「……そう、ですね。ですが一つだけ訂正を。最初に私達を救って下さったのは……あの場から、私達が無事に脱出出来たのはエリカさん、貴方のお陰です。確かに、『やり方』に問題はあるのでしょうが、『やる事』に異議を唱えた人はいません。だから、我慢をしているとか、或いは『私のせい』などという言い方は――」
「……うん、分かった。それじゃ『私の為』って事にしておく」
「――まあ、いいでしょう」
「……どの立ち位置からなのよ、その言い方」
胸に埋めていた顔をあげて、エリカがおかしそうにクスクスと笑って見せる。そんなエリカに、浩太は肩を竦める事で応えた。
「本当に。どの立ち位置からのセリフなんでしょうね、私」
「惚れられた強み、ってやつ?」
「惚れた弱みなら聞いた事がありますが、惚れられた強み、はいささか感じが悪すぎるでしょう?」
「……」
「エリカさん?」
「ん、ちょっと驚いただけ。『エリカさん、私に惚れてるんですか?』とか言われると思ったから。もしくは、『私の何処が良いんですか』とか」
「……まあ、その辺りは……その……ねえ?」
「ねえって何よ、ねえって」
「い、いえ、ちょっとこの言い方も感じが悪いかな、と。でもまあ、勘違いで無ければ、私は……その、エリカさんに好意を寄せて頂いていると思ってます」
「……うん。そうよ? 私は、エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイムは」
貴方が――コータ・マツシロが、好き、と。
「……ずっと、貴方と一緒に居たい。貴方の隣で、笑って居たい。貴方には、ずっと笑って居て欲しい。貴方と共に成長し、その成長を一番に貴方に見て貰いたい。嬉しければ笑い、悲しければ泣き、慰め、慰められる、そんな関係でありたい。貴方を、コータを」
今日一番の笑顔を浮かべ。
「――狂おしいほど、愛しています」
少しだけ、照れた様にそっぽを向いて。
「え、えへへ。言っちゃった」
それすらも恥ずかしいのか、再び浩太の胸に顔をうずめるエリカ。そんなエリカの頭を、浩太が優しく撫でた。
「……ありがとうございます。その……とても、嬉しいです」
「……ホント?」
「嘘吐いてどうするんですか。嬉しいに決まってるでしょ?」
「それは、『好き』って言われたのが? それとも、『私に好き』って言われたのが?」
「……」
「コータ?」
「……ぐいぐい来ますね、エリカさん」
「譲りたくないって思ったんだもん。行くわよ、そりゃ」
「……後者ですよ」
「後者じゃわかりません。ちゃんと言って下さい」
埋めていた顔をあげて、『ホレホレ!』と言わんばかりに瞳をキラキラとさせるエリカ。その姿に一瞬言葉に詰まるも、やがて諦めた様に浩太は口を開いた。
「……エリカさんに好きって言われて嬉しいです。私もエリカさんを憎からず思っていますから」
「憎からずって何よ? 好きなの? 嫌いなの?」
「……」
「コータ?」
期待と不安。
両方の感情が入り混じった目でこちらを見つめるエリカに、浩太は少しだけ困った様に頭をガシガシと掻いて。
「……はぁ。ああ、もう、分かりました! 分かりました――分かったよ! そうだよ! 俺も、エリカの事は好きだよ!」
驚いた表情は、一瞬。嬉しそうに頬を緩め、三度エリカは浩太の胸に顔を埋めた。
「……嬉しい」
「……なにが?」
「……コータが……アヤノに喋るみたいに、私に喋ってくれた事」
「……そうかい」
「なんかね? ずっとアヤノだけが『特別』みたいな気がしてたんだ。なんだか二人だけの空間みたいで、どれだけコータと仲良くなれても踏み込めないのかなぁって、そう思ってたから」
「……今はウェイト・ホワイトですさかい」
「……それ、やめてって言ったでしょ? 怒るわよ?」
「……すまん」
頭を下げる浩太におかしそうにクスクスとエリカが笑む。その姿を少しだけ呆れた様に見つめた後、浩太は申し訳なさそうに顔を歪めた。
「その……なんとなく不義理で申し訳ないのですが、やはり私もエリカさんに好意を抱いております。ですが……」
「不満」
「……ですよね」
「ん? ああ、そうじゃなくて。喋り方を戻したのが不満って事。アヤノの事も、エミリの事も、シオンだって、勿論ソニアだって好きって事でしょ?」
「……はい。これだけ気が多かったのか、と自分でも驚くやら情けないやらです。あと、喋り方は……すみません、やっぱり若干照れくさいです」
そんな浩太に『仕方ないな~』と言わんばかりに苦笑を浮かべながらエリカは言葉を継ぐ。
「ま、それだけ魅力的な子が多いって事でしょ? いいじゃん、別に」
「……いや、良くないでしょ」
目の前の女性に好意を抱いていると言いながら、その舌の根も乾かないうちに他の女性を好ましいと発言しているのだ。そんな、なんとも言えない居心地の悪さを抱える浩太に、エリカはふんわりと優しく微笑んで見せた。
「コータも知っての通り、私は側室の娘よ」
「……はい」
「まあ、ある程度気を使ったのは間違いないけど……でもね? 父王であるゲオルグは私も、母親であるリーゼロッテも平等に愛してくれた。正妃であったアンジェリカ様との仲も良好だったし、母親は違えどリズは私の大事な妹でもあるわ」
「……そうです、ね」
「私の家はちょっと特殊だったかも知れないけど、だから、私は別に側室……というか、愛する人が他の人を愛している事って言うのにそんなに抵抗も無いのよ。そりゃ、嫉妬しないって言えば嘘になるんだけど……なんだろう? それすらも楽しめそうな気もするのよね。アヤノの所に行ってたら、エミリやソニアと愚痴っても良いし、エミリばっかりにプレゼントあげてたらシオンと二人でコータに抗議に行っても良い。まあ、私に少しばかり優先的に時間を作ってくれたら嬉しいかな、とは思うけど……それを言ったら他の子もだろうしね」
「……不義理、だとは思わないのですか?」
「なんで?」
「なんでって……」
「大事なモノが沢山あるんでしょ? なら、それを全部守るために必死に努力するのは間違ってないじゃない。コータ、好きでしょ? 『努力』って」
そう言って微笑むエリカ。が、それも一瞬、エリカは眉根を『ぐぐぐ』と寄せた。
「その……一応、聞いて置くけどさ? コータは私がコータの側から離れて行ったり……そ、その、き、嫌いになったりしたら……悲しい?」
「……当たり前でしょう。そんな予定がおありですか?」
目は口ほどに物を言う。
浩太の瞳に不安の二文字が宿った事に『自らも大事にされている』という安堵を覚え、少しだけ弾んだ声でエリカは口を開いた。
「『大事』にする以上、きちんと大事にして。それは、皆が大事で、皆を手放したくないと願ったあなたの責務だから」
「……はい」
「私だけじゃなくて、エミリやソニア、シオンにアヤノ……まだ増えるかもしれないけど、コータを愛し、コータの側に居たいって思った子を迎え入れて、そして大事にしてあげて。差別も、区別もせずに、ただ平等に接してあげて。どれだけ疲れていても、丁寧に応対してあげて」
「……はい」
「きっと、これはコータに取ってとっても大変な事よ? だって、休息を取れるところが無いって意味だもん。私一人だけにその眼差しを向けてくれるんなら、ちょっとぐらい疲れたと言っても勘弁してあげるけど……どーする? 皆を放り出して、私と祝言でもあげるかしら? そういう方法もあるけど? 王配殿下、とか良いんじゃない?」
「……いえ」
「いえ?」
「……ええ、『いえ』です。頑張りますよ。努力します。誰も悲しむ事のない様に、誰にも辛いを思いをさせる事のない様に」
決意を込めた眼差しを、エリカに向けて。
「――全員大事です。だから、全員大事にします」
「それは残念。独り占め出来るかと思ったんだけど」
言うほど残念では無いのだろう、おかしそうにコロコロと笑うエリカに浩太も眉根を緩める。そんな浩太を見つめながら、もう一度、エリカは浩太の胸の中に顔を埋めた。
「……ああは言ったけど、そんなに肩肘張らなくても良いから。たまには愚痴を言って貰えるのも、その……悪くはないと思うし」
「……はい。善処します」
「お父様もしていたんだし、きっとコータにも出来るわ。だから」
いっぱい、愛してね? と。
「――っ」
埋めていた顔をあげ、華が開くような、あどけない笑顔を浮かべるエリカの表情に、浩太の心臓が早鐘を打ったように鳴り響く。あまりに美しいその笑顔に、なんだかドキドキが止まらなく、ごくりと生唾を飲み込む浩太。意外に大きな音が鳴った事に、エリカが目を丸くし、その後クスリと笑んで。
「……ん」
目をつむり、爪先立ち。まるで何かを待つように――と、残念ながら思えるほど浩太も若くはない。それの意味する所を正確に理解し、訂正を求めるべく口を開きかけ。
「――な、なりません!」
――ふいに、戸外からエドの城中に響き渡る様な声が聞こえて来た。その声にはっと我に返った二人は慌てた様に距離を取る。
「お、お止め下さい! 無礼ですぞ!」
「何が無礼やねん。言っとくけどな? お前の方が百倍無礼やで? 誰に断って俺の服の袖掴んでんねん」
「そ、それは――ですが!」
「ええんよ、ええんよ。俺かて何回もこの城、来た事あるしな。別にお前さんに案内して貰わへんでも問題ないって」
「そ、そういう問題ではありません!」
「心配せんでもええって! ゲオルグの大きい方のお嬢ちゃんには指一本触れへんから! 俺がなんや不穏な動きしたら、それから俺を害すなりなんなりしたらエエやん~」
徐々に近づいてくる声。と、その声がドアの前で止まるのと同時。
「――おお、此処や此処や! おいっす、エリカ陛下。儲かりまっか~?」
バーンと大きな音を立てて開いた扉の先から覗いたのは、いたずらっ子の笑みを浮かべたまま親指をぐっと立てる海上帝国の主の顔だった。




