第百六十九話 動乱の理由
タイトルに前編とか書いてませんが、今回はイメージ前後編です。
フレイム王国ラルキア王城、『元』ウェストリア王子の居住区域。現在はそこの主となったフレイム王国第五十三代国王、エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイムは、目の前で紅茶を飲みながらほっこりした笑顔を浮かべるクリスティーナ・ウェストリアを胡乱な目で見やり、額に手を置いて頭を振りながら深々と溜息を吐いた。
「……なに考えてるのよ、貴方。なんでメイド服なんか着てるのよ!」
「ん~? さっきも言ったがん。メイド服、ぶち可愛いと思わん? 私、いっぺん着て見たかったんじゃ~。いや~、夢が叶ってよかった、よかった」
「『よかった、よかった』じゃないわよ! 貴方ね? 一応、フレイム王国の摂政殿下なんでしょ? 政策は! この十日ほど、何一つ政策案が上がって来てないじゃない! このままじゃフレイム王国が崩壊するわよっ!」
一気に捲し立てるエリカ。そんなエリカに、嫌そうにクリスが顔を顰めて見せた。
「……あー……」
「なに!」
「いや……なんていうか……エリカ様、真面目じゃな~って思ってな? 普通、こんな時に『政策案は!』なんていう国王陛下、おるんかいの?」
「メイド服着て紅茶飲んでる摂政殿下よりは居るでしょうね!」
望んだ事ではない国王即位、加えて『お飾り』に過ぎない国王陛下。普通なら何も手につかなくても不思議ではない状況だ。にも関わらず、積極的に国を良くしようと動くエリカに、奇異なモノでも見つめるような視線をクリスは向ける。そんな視線を受けて少しだけ鼻白み、それでもエリカは小さく息を吐いて口を開いた。
「……状況を嘆いてもなんにもならないでしょ? なら、与えられた環境で最善の結果を尽くす為に努力するのよ、私は。それが今の私に出来る唯一の事だしね」
「……へえ。エエ考えじゃがん」
「そうでしょ? ま、コータの受け売りだけどね」
そう言ってペロッと舌を出して見せるエリカに苦笑を浮かべ、クリスは一枚の書類を取り出す。
「……なにが腹が立つって、それが腹立つのよね」
――胸の谷間から。
「いや~、済まんの~、エリカ様」
「謝らないでよ! 余計に腹が立つから! っていうかなんで? なんで貴方そんなにむ、胸が大きいのよ! 男装してたときぺったんこだったじゃない!」
「エリカ様ぐらいにかの?」
「ほっとけ! なに? 一体どんな魔法を使ったのよ! 教えなさいよ! ズルいわよ!」
「最後に漏れいでた本音はまあ聞かんかった事にして……別に魔法でもなんでもないで? 単純に、『さらし』で潰しとっただけじゃ。いや、もう苦しゅうての~。まあ、エリカ様には分からん苦労だとおもうんじゃけど」
「本当に放っておいてくれる!?」
ガーっと怒り出すエリカに苦笑を浮かべ、クリスは手元の紙をエリカに投げてよこす。ガラステーブルを滑ったそれは、丁度エリカの目の前で止まった。
「……なによ、これ?」
「エリカ様が言うとった政策案じゃ。まあ、大元の原案はエドが作ったもんじゃけどな? 割合、エエ案じゃと思うで?」
見てみんさいと言わんばかりに微笑むクリス。その視線に促されるよう、エリカが紙片に目を落とし。
「――っ! な、なによ、これ!」
息を呑んだのは、一瞬。後、部屋中に響く大声を上げたエリカに、嫌そうに顔を顰めてクリスが両耳を手で覆った。
「声が大きいの~エリカ様。こんな近くで大声出されたら、耳が聞こえんようになるわ~」
「黙りなさいっ! そんな事はどうでもいいわ! それより、なによ、これっ! 貴方、何考えてるのよ!?」
手元の紙片――『政策案』と書かれたそれをテーブルの上にダンと叩きつけながらエリカが叫ぶ。そんなエリカにもう一度嫌そうにクリスが顔を顰めた所で、部屋のドアがトントントンと三度ノックされた。
「あいとるで~」
「クリス!」
「失礼します、エリカ様、クリス様」
「エド? どうしたんじゃ?」
「どうしたもこうしたも……エリカ様、外まで声が丸聞こえです。もう少し、声量を下げて頂ければ」
空いたドアから顔を出したのはクリスの懐刀、エドワード・アルトナーだ。クリスから視線を外すと、エリカは親の仇を見るような目をエドに向けた。
「エド! 貴方から説明しなさい! なんなのよ、これ!」
「なんなのよ、と仰られましても……」
そこまで喋り、エドはテーブルの上の紙片に視線を送る。
「……ああ。政策案の話に御座いますか?」
「政策案? こんなもの、政策案などと呼べないわ! きちんと説明しなさい! 何考えてるの、貴方たちはっ!」
エリカの怒声が再び室内に響く。それを肩を竦めることで軽くいなし、エドはクリスの方に向き直った。
「……クリス様、先ほど城下に使いを出していた者が返って参りました」
「お! ほな、あったんかいの?」
「城下で一番大きい本屋に一冊だけ、『プリティ・リズ 再始動編』が置いてあったそうに御座います」
「おお! 作者急逝の為出ることが無いと言われとった幻の『再始動編』、緊急発売になったはええけど、発売後すぐに売り切れたと聞いておったんじゃが……まさか手に入れる事が出来るとはの~……感無量じゃ!」
「それはよろしゅう御座いました。どうぞ、クリス殿下。お部屋でごゆるりとお読みくださいませ」
「え? エエんか?」
「ええ」
「ほいでも……エリカ様、ぶち怒っとるで?」
「エリカ様には私からご説明差し上げますので。さあ、どうぞ」
エエんかいの~? と言いながら、既に心此処にあらず。そわそわしているクリスにため息を吐き、エリカは顎でドアをしゃくって見せる。
「……いいわ。どうせそんな感じじゃ真面目な話なんて出来ないでしょうし……それに、この政策案はエドが考えたんでしょう? なら、エドに聞きます」
「ほ、ほうか? ほいじゃ、ちょっと失礼させて貰うで!」
言うが早いか、メイド服の裾を持ち上げて小走りでドアまで駆けるクリス。
「ああ、クリス様?」
「ん? どうしたんじゃ、エド?」
「そのメイド服……良くお似合いですよ?」
微笑んで、にっこり。どちらかと言えば『無骨』と称しても良いエドのそんな態度、免疫のない娘なら頬を真っ赤にしてもおかしくないそんな行動も、付き合いの長いクリスには慣れたもの。親指をサムズアップしてニカっと笑って見せた。
「じゃろっ!」
「ええ。済みません、引き止めましたね」
「かまわん、かまわん。ほいじゃの~」
もう一度、『ニカッ』。そのままクリスはドアを開け戸外へその身を押し出す。クリスが出たドアをじとっとした目で見つめていたエリカだったが、やがて諦めた様に首を左右に振って視線をエドに戻した。
「……それで? 何を説明してくれるの?」
「逆に何がお聞きしたいか、それを聞いて頂ければ」
「あら、そう? それじゃこれ。『ラルキア市街の衛士の再編』、なによ、これ? 今いる衛士の首を全員切って、その上で新たな衛士を雇う? どういう事よ!」
「王都ラルキアの衛士の数は多すぎる上に、給金も高いです。本来であれば適正人員に引き直し、給金も下げるべきでしょう。しかしながら、人員の削減、給金の引き下げは今いる衛士の不満を招きます。首を切られた人間は王府を恨むでしょうし、給金を下げられた人間も王府を恨むでしょう。不平分子を内に抱えるぐらいであれば、さっさと追い出してしまった方が宜しい……というのが、建前ですね」
「建前? へえ、建前ね? それじゃ、本音は?」
「私共が『反乱』で使った兵士がおりますので。そちらを街の治安維持に当たらせようかと思っております。二重に給金を支払うのも勿体ないでしょう?」
なんでもない様にそう言って見せるエド。そんなエドを睨みつけ、エリカは口を開いた。
「……貴方達が連れてきた『反乱軍』が衛士になるって? そんな事、認められる訳ないでしょう! 直ぐに反乱軍を解散させなさい!」
テーブルを叩くエリカの姿をちらりと見つめ、エドは一つ頷く。エドからどんな言葉が来ようと必ず反論してやる。そんな思いを込めてエリカはエドを睨みつけて。
「そうですか、分かりました。では、反乱軍を解散させましょう」
まるで、肩透かし。思わず『え?』と声を上げるエリカに、エドは言葉を続けた。
「話は変わりますがエリカ様? 私共が連れて来た『反乱軍』とはどの様な人間か分かりますか?」
「ど、どの様なって……それは……」
「ウェストリアの正規軍でしょうか? 不満を持ったウェストリア貴族でしょうか? 或いはその私兵か、傭兵でしょうか?」
エドが何を言っているか分からない。そんな視線を受け、エドは言葉を続けた。
「どれも外れです。まあ、多少は貴族の次男や三男もおりますが、我々の『反乱軍』を主に構成するのは」
――『野盗』です、と。
「……え? や、野盗?」
「ウェストリア王国とフレイム王国、この両王国の国境線沿いの街や村は何時でも戦争に巻き込まれます。当然、田畑は荒れますし戦災によって碌な産業も育ちません。親を亡くした孤児だって相当数、生まれます。人は食べなければ生きて行けず、そうであるのならば『野盗』に身をやつす、というのも……まあ、珍しくは無いでしょう? 私共が雇った『反乱軍』とは、そんな人間ばかりです。思想も、信念も、信条も、忠誠心も、義理も、同情も、憐憫も、何もない、ただの『金』だけの関係ですよ」
「……」
「金だけで結ばれた雇用関係である以上、給金を支払う事が出来なくなればあっという間に元の野盗に戻るでしょう。現在、『反乱軍』は王都内の至る所に常駐しておりますよ?」
「それが――」
言いかけて、エリカは気付く。
「……あなた……っ!」
「私の言わんとする事が理解して頂けた様で何よりに御座います」
「何考えてるのよ、貴方! ラルキア市民を危険に晒す気なの!?」
「滅相も御座いませんよ、エリカ様。彼らが満足するだけの金を与え続けている間は安全ですよ。金を与え続けている間は、ですが」
「そんなこと!」
「野盗稼業とは決して楽なモノではありません。ノーリスクで満足する金額が与えられるのであれば、別段犯罪を犯す事も無いでしょう。むしろ、街の治安が悪化した場合は容赦なく首を切る、と通達を出せば、取り締まりにも力が入るかも知れませんし、やる気が出て良いかも知れませんな。毒を以て毒を制すではないですが」
一息。
「ただ……金がなくなった『元野盗』の人間が、オルケナの文化の中心、富が集まるこのラルキアでどの様な行動に出るか……そう考えれば、これはちょっとした恐怖でしょう? 『国王陛下』」
にこりともせず、そう言って見せるエドの眼に思わずエリカが息を呑む。
「……なに……考えてるのよ、貴方……」
それでもどうにか絞り出したその言葉に、エドが小さく首を捻る。
「なに、と仰られても……私はウェストリア貴族ではありますが次男の身、クリス殿下に至っては人質ですから。手駒も高々しれていますし、金で雇える人間を雇っただけです」
「そうじゃなくて! 私が言っているのはそんな人間を招き入れてどうするのって事よっ!」
「どうする、とは?」
「分かるでしょ! 身元も確かじゃない人間が街の警備をしているのよ? 今は良いかも知れない。まだ、問題らしい問題は起こって無いかも知れない? でもね? いつかその人達が貴方達と同じように反乱を起こしたらどうするのよっ! その可能性が低いとでも、貴方は本気で思ってるの!」
正常な国家運営を行う以上、リスクを抱え込むのは極力避けるべきである。当たり前と言えば当たり前の話ではあるが、街の平和を守る筈の衛士の大半が野盗崩れな国家など遠からず破たんするのは目に見えている。
「どこの世界に衛士が野盗の国があるのよっ! そんな国、早晩亡びるに決まってるでしょう! 貴方、この国を乗っ取って何かを為したいんじゃないの!」
だから、エリカの言っている事は基本正しい。宰相を弑し、国王を追放し、そして傀儡の国王を立てたのだ。そこに至る道程で、幾つものリスクを乗り越えて来たのにも拘わらず、最初から破たんが見えるような国家運営をする事なんて常識では有り得なくて、有り得ない筈なのに。
「何かを為したい? いいえ。何もありませんよ?」
何でもない様に。
「……え?」
「ですから……特段、『フレイム王国を手に入れて何かをしよう』とは思っていません。ああ、何かをしようと思ってフレイム王国を……そうですね、乗っ取ったのは間違いはありません。ありませんが、それは所詮手段であって目的では無いのです。別にフレイム王国が欲しくて欲しくて仕方無かった訳ではありませんし、新たに我々の王朝を立てたい訳でもありません。私もクリス様も、別に歴史にその名を残したい訳ではありません。まあ、『簒奪者』としての悪名は残るでしょうが……それもまあ、別段の興味はありません。ですので反乱が起きればそれはそれで仕方無いことでしょう。そもそも自分たちが国家を滅亡においやって、その上で私達だけが安寧と暮らしたい、と言うのも我儘が過ぎるでしょう?」
「……なに、それ? 意味が……意味が分からないんだけどっ! じゃあ、なんなのよ! 貴方は……貴方たちは何が目的でこんな事をしたのよっ! フレイム王国が欲しかったんじゃないの? この国の王になりたかったんじゃないのっ! そのために、こんな騒動を起こしたんじゃないのっ! それで……それで!」
エリカの、血を吐くような絶叫が室内に響く。
「その為に、ロッテを殺したんじゃないのっ!」
ロッテを、この国を愛したロッテを殺した人間が、フレイム王国を粗略に扱うのが悲しくて、エリカは瞳に涙を浮かべながら叫ぶ。そんなエリカを無表情で見やり、エドは言葉を続けた。
「そんなつもりは毛頭ありませんよ。まあ、折角手に入れた国ですし、簡単に渡すのは少しばかり惜しい、とは思いますが……それも時間の問題でしょうし。遠からず、フレイム王国――いえ、私たちのこの『政権』は滅びるでしょうからね」
「滅びるでしょうからって……え? ほ、滅びるのよね? 貴方達が手に入れたフレイム王国が、滅びるのよ? それで良いの、貴方達は!?」
「構いません。先ほども申しましたが、フレイム王国を手に入れる事とは『手段』であって『目的』ではありませんから。こう言ってはなんですが、我々にとってフレイム王国が栄えようが滅びようが、そんな事は些末な問題なんですよ」
まったく、話が噛み合わない。自分と著しく認識がズレているこの目の前の男の言葉にエリカは混乱し。
「……じゃあ」
エリカは恐怖する。この目の前の男が何を考えているのか、それが理解できないから、恐怖する。自分とまったく違う『世界』で生きている男が何を考えているか、それが分からないから恐怖する。
「……それじゃあ、なんのよ。貴方たちの『目的』って」
だから、エリカは問うのだ。少しでも、この男が何を考えているのか、それを理解しようとして、質問するのだ。
「私たちの『目的』ですか? それは――」
そんなエリカに、エドはちらりと視線をドアの――クリスの出て行った、入り口のドアに向けて。
「――『クリスティーナ』・ウェストリア姫殿下の、『幸せ』ですよ?」
微笑すら浮かべて、そう言って見せた。
なんでメイド服着てたかとか、行き当たりばったり過ぎる反乱の理由は次回にでも。色々もにょっとしていた方は次回で『なるほど』とは思って頂けるかと。




