第百六十八話 それぞれの思惑
フレイム王国興亡記5巻、お陰様を持ちまして発売となりました。WEB版共々、よろしくお願いいたします。
さて、本日から最終章スタートです! 名は残しながらも滅びたフレイム王国、今後どうなっていくのか……お楽しみ頂ければ幸いです。
フレイム王国宰相ロッテ・バウムガルデンの暗殺、ラルキア東通り火災、ラルキア王城襲撃に、女王エリザベート・オーレンフェルト・フレイムの失踪、並びにエリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイムの女王即位にウェストリア王国『王女』、クリスティーナ・ウェストリアの摂政就任、新体制による『フレイム王国』の再出発。
ロッテ・バウムガルデンの死からわずか十日の間に起こったこのフレイム王国の『異変』はオルケナ大陸の文化の中心であり、千年の都であるラルキアに駐在する各国の外交局の分局によりオルケナ各国の首脳陣に届けられ、そしてオルケナ中の国々をパニックに陥れた。フレイムのみならず、オルケナ中にその名を轟かす名宰相ロッテの暗殺だけでも十分にスキャンダラスな話題であるにも関わらず、火災に王城襲撃、加えて女王陛下の失踪に姉による王位の『簒奪』だ。それも、フレイム王国の仇敵であるウェストリアの『王女』を摂政に迎えるというおまけ付きで。唯でさえ情報が少ない中、各国は独自の情報網を使ってラルキアの――ひいてはオルケナ大陸の『これから』を見極めようと、躍起になっていた。
◆◇◆◇
「あの……陛下?」
「……ん? どないしてん?」
ロンド・デ・テラ、サーチ商会。一人で部屋に籠り難しい顔をしていたカルロス一世に対し、マリアが遠慮がちに声を掛ける。その声に、持っていた手紙から視線をあげたカルロス一世の視界に、カップを持ったマリアの姿が飛び込んだ。
「なんや? お茶、淹れてくれたんか?」
「そうです。なんやえらい真剣な顔をしてはったからお邪魔かと思うたんですけど……」
「おおきに。お邪魔やないで?」
少しだけ疲れた様な、それでいて少しばかりほっとした様な顔を向けるカルロス一世にマリアの顔も緩む。『そこ、置いといてんか~』というカルロス一世の言葉に一つ頷き、マリアはカップをテーブルの上に置いた後、チラリと上目遣いでカルロス一世を見やる。
「……どないしてん?」
「あ……いや……その……」
いつも元気にハキハキと。
そんなマリアの印象に似つかわしくない、歯切れの悪い態度にカルロス一世が首を捻る。そんなカルロス一世に、マリアは意を決した様に手をぎゅっと握って気合を入れて言葉を紡いだ。
「その……今、話題になってるやないですか? フレイムの……その、エリカ様が……」
「王位簒奪、かいな?」
「そ、そうです! ほいで、それってその……ほ、ホンマなんかな~って……」
「……」
「そ、その……非礼は承知で敢えて言わせて貰います! エリカ様、絶対そないな事する方やないと思います! う、ウチは……そら、商人やし、テラが発展しだしてから来た人間やから、ほんまの事は分からへんですけど……」
巧く言葉が出ない。そんなマリアに、カルロス一世は少しだけ困った様な、それでいて優しい微笑を浮かべて見せた。
「……せやな」
「わ、分かりますか?」
「まあ、俺はエリカ殿下に逢った事は数えるぐらいしかないけど、そないな人間にソニアが『懐く』とは思えへんしな。あいつ賢い子やし、顔色見るのは得意やからな」
およそ実の娘に対する評価とは思えないカルロス一世の言葉に、思わずマリアが目を丸くする。そんなマリアに苦笑を浮かべ、カルロス一世は言葉を継いだ。
「褒めてるんやで?」
「……分かりにくいですわ」
「そっか。まあ、それはええわ。エリカ殿下が――あかんな、もうエリカ『陛下』やな。エリカ陛下が何を思って即位したんかわ俺には分からへんけど、きっと事情もあるんやろうし……」
そう言ってカルロス一世は自身の爪を噛む。テラとラルキアの距離は高速馬車で僅か三日、休むことなく走り続ければ一日で着く事の出来る距離だ。比較的『近い』距離にありながら、それでも入って来ない情報に苛立ちながら、その苛立ちを誤魔化す様にカルロス一世は深々とため息を吐いた。
「……マリア?」
「なんですか?」
「ちょっとお願いがあるんやけど……エエか?」
「お願い、ですか?」
カルロス一世の言葉にマリアが首を傾げて見せる。きょとんとした表情が年よりマリアを幼く見せ、その事実に少しだけ頬を緩めてカルロス一世は言葉を継いだ。
「この店舗……サーチ商会ロンド・デ・テラ支店を接収させて欲しい」
「……接収、ですか」
「せや。ソルバニアとラルキアでは高速馬車でも十日以上掛かる。今、騒動の発端の地と距離的に近い、ちゅうんは計り知れないメリットがある。ここを、ソルバニア王国外務局の臨時の分局にしたいんや」
「ええっと……はい、それは分かります。分かりますけど」
言外に、『なぜウチに?』と言わんばかりのマリアの表情。そんなマリアに、ため息をついてカルロス一世は言葉を継いだ。
「今、ラルキアがどうなってるか分からへん状況で、あんまり他の商会に情報を流したくない。そら、俺が言えば喜んで店舗貸してくれる商会もあるやろうけど……正直に言うわ、あんまり借りを作りたないねん。何要求されるか分かったもんやないから」
「……ウチなら借りにならんって事ですか?」
「エリカ陛下の『友人』やろ、マリア? 友人の安否、気にならへん?」
言ってみれば、それが対価。そのカルロス一世の言葉に、マリアが苦笑を浮かべて見せる。
「ズルいですわ~、陛下。そないな事言われたら、タダで貸さへん訳にはいかんでしょう?」
「まあ、タダとは言わへんよ。一日の売上についてはここ数日で把握してるさかい、ちょっとイロ付けて家賃払う。ほいでも、『それ以上』の対価は求めへん」
「その代わり、ラルキアにおる皆の情報は」
「政治的な部分は言われへん事もあるけど……可能なことは隠さへんって約束する」
どや? と言うカルロス一世に、マリアは小さく肩を竦め、そのままカルロス一世に背を向けた。
「マリア?」
「明日から休みにします、って言わなあかんでしょ? ちょっと取引ある商会の所に行ってきますわ。ほな」
そう言ってひらひらと手を振ってそのままスタスタと扉まで。バタンという扉の閉まる音と消えたマリアの背中を見ながら、カルロス一世は小さくため息を吐く。
「……一応俺、国王陛下なんやけどな? 流石に不敬やろ? 国王の話の途中で退室するって」
苦笑の色を強くして。
「……ほいでも……ほんま、どうなってるんや、ラルキアは」
カルロス一世の、何処か疲れた様な言葉が室内に落ちて消えた。
◇◆◇◆
「閣下」
「フローラ。どうだ?」
「ダメです。アヤノさんからの手紙、まだ返って来ていません」
ラルキア王国王城内にある宰相執務室。扉を開けて入ってきたフローラ・ロートリゲンに期待の籠った瞳を向けていたラルキア王国宰相ルドルフは、自身の期待から外れたその言葉に深々と溜息を吐いた。
「……そうか」
「……先日の船の話、ラルキアから手紙が届いた事を考えれば、アヤノさんがラルキアに居たことはほぼ確定です……よね?」
そんなルドルフの姿に、遠慮がちに、それでも縋るような瞳を向けるフローラ。その瞳を受け、ルドルフは無理矢理に顔を笑みに形作った。
「……そう言えば聖女様はお前の師匠だったな、フローラ」
「……はい。それに……得難い、友人でもあります」
心底心配しているのだろう、目の下に化粧で誤魔化しきれない深い隈を作ったフローラの頭を撫で、ルドルフは口を開いた。
「……大丈夫さ。だってフローラ? 聖女様だぞ? あのお方が易々とやられる様なタマに見えるか?」
「……ですが」
「仮に王都ラルキアに居たとしても、きっと逃げ切っているさ。なんせ、『仔狸』なんて呼ばれていたからな? きっと、野生の力が働くさ」
「……怒られますよ、アヤノさんに」
「おっと。それではこの話は内緒にしておいてくれ。聖女様のパンチは効きそうだからな」
幾分お道化た様子のルドルフの言葉に、ようやくフローラの顔にも笑みが戻る。その顔に安心した様に胸中で息を吐き、ルドルフは手元の資料に目を落とした。
「閣下? その……何を読まれているのですか?」
「現状で集められるだけのフレイム王国の情報を集めた」
「その……それ、前も読んでいませんでしたか?」
「四回目だな。一度目では分からない情報でも、他と繋ぎ合わせたり、並べてみれば分かることもあるかも知れんと思ったのだが……いかんせん、なかなか厳しいな」
「……閣下でも、ですか?」
「私程度だからな。これがロッテ閣下ならばまた違った見方もあるのであろうが……」
そう言って、小さくため息。そのまま、視線を中空に向けて。
「……何が起こっているんだ、ラルキアで」
◆◇◆◇
「クラリッサ!」
「全ての都市の執政官からの委任状を取り付けました。我がライム都市国家同盟は非常事態宣言を発令します。アルベルト・バルバート大統領閣下に、外交、内政、軍事に関する全権の委託と決定権が現時点を以て移譲されました」
「うし。現時点で出来る事、やれる事は何がある?」
「我がライム都市国家同盟はラルキア王国、並びにフレイム王国ロンド・デ・テラ領と同盟を締結しております。情報の共有化を図るため、ラルキア王国、並びにテラに外交官を派遣するのが宜しいかと」
「国内は?」
「ライム系の商会の多くがラルキアにも支店を構えています。各商会の代表者から、事情説明の要請が来ておりますので、そちらに対する対処と、国家としてライム系商会の保護を宣言なさって下さい。加えて、在ライムのフレイム王国系の商会の保護を。草案は作っておりますので、目を通して頂ければ」
「作ったのは誰だ?」
「僭越ながら、私が」
「じゃあ目を通さないで良い。署名だけするから持ってきてくれ」
手元の資料から目を離さずそんな事を言うアルベルトに、クラリッサが渋面を作って見せる。返答のない事を訝しんだか、視線を上げたアルベルトの瞳が不満そうなクラリッサを捉えた。
「……なんだよ」
「閣下……宜しいですか? この草案はライム・フレイム両商会に対して発令する、正式の文書ですよ? それに目を通さないなど……大統領としての職務放棄ですが?」
「ちげーよ。時間効率の問題だ。お前が作ったんだろ? なら、問題ない」
「……信用して下さるのは嬉しいですが」
「信用? ちげーよ、お前の事は信頼してんだ」
「……違うのですか?」
「しっかりしろよ、文学部。『信用』は即物的で、『信頼』は精神的だ。俺が頼れるのはお前だけなんだよ、婚約者」
「私は文学部ではなく政治学部です。そ、それに……そ、その……し、信頼して下さるのは嬉しいですが……こ、婚約者と呼ばれるのも、う、嬉しいのですが……しょ、職場では、そういう会話は無しって言ったでしょ!」
「気に入らないか?」
「気に入りすぎて困るんです! し、仕事にならないじゃないですか!」
クラリッサさん、顔真っ赤。そんな可愛らしい未来の『奥さん』を優しい目で見つめ、アルベルトは口を開いた。
「悪かったよ。最近忙しくてあんまり時間が取れなかったから、ちょっと寂しかったんだよ。まあ、この埋め合わせはしっかりさせて貰う。全部終わったら、ガチで大統領も執政官も辞めて田舎でのんびり畑を耕す! 子供は二人な!」
「ひ、昼間から何を言っているんですか、アル!」
「おいおーい、クラリッサ~。クラリッサさーん? 職場で『アル』はないんじゃないの、『アル』は? 大統領閣下、だろ――睨むな、こえーから」
羞恥か、怒りか――あるいは、その両方か。親の仇でも見るようなクラリッサの視線にアルベルトは肩を竦めて見せる。
「……あなたが……そんな事言うから……」
「あー……悪かったって。な? 機嫌直せよ、クラリッサ」
「べ、別に機嫌を悪くなどしてません!」
「悪かったって。アレだろ? 子供は三人のほうが良かったんだろ?」
「閣下!」
「冗談だって。さ、仕事仕事。おい、クラリッサ? いつまで顔真っ赤にしてんだよ? 仕事中だぞ? 真面目にやれよな?」
「閣下っ! さ、流石にそれは酷いんじゃないですか! ちょっと期待――で、ではなく!」
「珍しくテンパるな、お前。だいじょーぶ。俺の未来設計図の中ではお前と子供に囲まれて幸せそうな未来が見えてるから。だからまあ、さっさとこの事態を終わらせて田舎でのんびり計画をスタートさせようぜ」
そう言って、笑顔を浮かべたあと小さくため息を吐いて。
「ったく……どうなってんだよ、ラルキアは。俺の未来設計、邪魔すんなよな」
◇◆◇◆
ローレント王国王城。
城内に与えられた一室から見える月を眺めていたマリーは小さくため息を吐く。誰に見せるでもない、そんなマリーのため息にしかし、返答する声があった。
「ため息を吐くと幸せが逃げると言うよ?」
「……殿下」
ローレント王国人らしい、少しだけ間延びした独特のローレント訛りのあるフレイム語。あれ程嫌がった婚姻で――しかして、今はその婚姻を神に感謝すらする、優しい伴侶の姿にマリーは知らず知らずの内に顔を笑みの形に変えた。
「……申し訳ない、マリー。兄が無礼を働いた」
そんなマリーの笑みとは対照的、頭を下げる伴侶――ローレント王国第二王子、クリストフ・ローレントに慌てたようにマリーは両手をワタワタと胸の前で振って見せる。
「あ、頭をお上げくださいクリストフ殿下! そ、その……わ、私は気にしておりません。アレクシス様のお言葉も……その……わ、分からないではありませんし」
フレイム王国の動乱と、ウェストリアの『王女』であるクリスの摂政就任の方はローレントにも当然届いた。そして、それを聞いたアレクシスは嬉々としてマリーを罵倒した。『王子』と言いながら王女だった事、『簒奪者』の片棒を担いだ事、お前はその『犯罪者』の実妹だという事、そして……自業自得ではあるが、マリーの当初の素行の悪さにも言及し、およそ考えられる限りの罵倒をマリーに浴びせたのだ。
「それは……確かに、辛くなかったと言えば嘘になります。なりますが……でも……クリストフ様が……クリス様が庇ってくれたから」
そんなアレクシスの暴言を前に、クリストフはマリーを庇った。『それ以上、我が妻を貶める発言をするならば、兄上と言えども黙っていませんよ』と、鋭い眼差しでアレクシスを制したのだ。
「……自分の最愛の妻を貶されれば、誰だって怒るさ。無論、私だってそうだ。怒るが……済まない、マリー。あんな兄でも、兄は兄だ。だから……済まない、『許してやってくれ』としか言えない」
「ゆ、許すも許さないも無いです! その……その通り、ですし」
そう言って、しばしの躊躇。後、意を決した様にマリーは口を開いた。
「その……クリス様は、お聞きになられないのですか?」
「なにを?」
「兄が……姉だったこと。私なら、知っていたんじゃないかって……」
「聞いてほしいのなら、聞く。でも、マリーが話したくないなら何も言わないよ?」
そう言って優しく微笑むクリストフ。その姿に胸の奥が確かに暖かくなる感覚を覚え、マリーは知らず知らずの内に口を開く。
「その……本当に、知らなかったのです」
「うん」
「物心付いた時から、『兄』は『兄』でした。いえ、私が物心ついた時は既に兄……姉はフレイム王国に人質として出ておりましたが……それでも、『姉』であったなど、聞いた事もないです」
「うん、うん」
「ですから……正直、今私はとても驚いています。兄が姉で――」
嗚咽が、漏れる。
「それもリズ様を……私の大好きな、リズお姉ちゃんを害したなんて、そんなの、とても……とても……!」
「……おいで、マリー」
何時しか涙を浮かべるマリーに対し、クリストフはそっと両手を開いて見せる。まるで導かれるようにその腕の中にすっぽり埋まったマリーは、安心するクリストフの体温と鼓動に、先ほどまでの取り乱しがなんだか恥ずかしくなって強く、強く顔を埋める。
「……いいんだよ、マリー。そんなに泣かなくても。心配ないさ。だってクリスティアン殿下は君の兄――じゃなくて、姉上だろう? きっと、君が悲しくなる事をする筈が無いさ」
「……でも……簒奪者って」
「エリカ殿下が国王に即位為されたんだ。見方としては簒奪に見えるだけで……何か、事情があるかも知れないだろう? ロッテ閣下とフレイム女王陛下は親子の間柄だったと聞くし、そういった事も関係しているかも知れないじゃないか。あまりのショックで政務が取れなくなって、エリカ様に交代為されたとか」
「……」
クリストフだって分かってる。リズが政務を取れない状況で、エリカが即位をするとしても、仇敵であるウェストリアの、それも人質として来ている人間を摂政にする訳はないし、仮に百歩譲ってそんな事があったとしても、仮にもオルケナ大陸の『盟主』であるフレイム王国の国王の交代だ。伝統と格式を大切にするフレイム王国、即位の儀式の準備だけで優に一年近く掛かるのだ。十日やそこらで全てが終わるわけなどない。
「……そう、でしょうか?」
「うん。きっとそうだよ」
だから、これは嘘。不器用で、下手くそで、嘘だって一発でばれるような、そんな拙い。
でも、とっても優しい、『嘘』
「……分かりました。クリス様がそう仰られるなら……そう、思います」
「うん。そう思っておいて」
もう一度、優しい笑顔を浮かべるクリストフ。その顔を見つめていると、なんだかドキドキして、赤くなった顔を見られるのが恥ずかしくてマリーはクリストフの胸に顔をもう一度埋めて。
「……ラルキアで……何があったんですか、お姉さま」
誰に聞こえるでもないそんな独り言を、クリストフの胸の中で吐いた。
◆◇◆◇
「一体、何がどうなっておるっ!」
居並ぶ重臣達を前に、白髪をオールバックで固めた男がドンっと荒々しく拳をテーブルに打ち付けた。その音に怯むことなく、一人の男が視線を向けた。
「……落ち着き下され、陛下」
「落ち着け? これが落ち着けるか! あのバカ娘、今度は何をしでかしたんだ! 誰がフレイム王国を滅ぼせと言った! 何も考えず、ただ人質であれば良いものを……あの、阿呆がっ!」
そう言ってもう一度、男は――ウェストリア国王、バーニッツ・ウェストリアは机を叩く。机上の水差しが跳ね、その中身をテーブル内にぶちまけた。
「各国から問い合わせが入っておる! 『一体、どういう事だ』とな! どういう事だ? こちらが聞きたいわ! 何がどうなっておる! 誰か事情を説明しろ!」
血走った眼で室内の重臣を睥睨するバーニッツだが、誰もその問いに答えようとはしない。立腹な国王が怖い、のではない。否、無論怖いのもあるが、それ以上に誰一人として正確な情報を掴んでいないからだ。
「……ですから落ち着き下さいませ、陛下。今は『怒り』よりも先にすべき事があります」
そんなバーニッツを前に、ただ一人冷静にウェストリア王国宰相、アーノルド・ベッケンは言葉を返した。
「……すべき事、だと?」
「はい。各国から事情説明を求める声は上がっていますが、その声も何処か非難めいたモノに他なりません。まあ、当然と言えば当然、フレイム王国はそれでもオルケナ大陸の『盟主』です。その上、仇敵である我が国の王女が摂政ですからな。簒奪を疑われても致し方ありません。現に、ローレント王国はこれ見よがしに非難の声を上げております」
「……マリーをやったのにか? あの恩知らずの田舎者共めがっ!」
「まあ、文書の署名自体はあの能無しですから、それはさしたる問題ではありません。むしろ、逆手に取って責め立ててればマリー様が『王妃』になる日も近付いたと言っても過言ではないでしょう」
「アレクシス名義だと? 無礼な話だな、それも」
能無しで通じるローレントの第一王子に、顔を顰めるバーニッツ。自身も国王として、そんなバカな世継ぎを持ったローレント王に対する一種憐みの表情だ。
「本当はあの能無しに継がせる方が我がウェストリアとしてもやり易いのですが……ロッテ翁の采配は流石の一言ですね。既にアレクシスの廃嫡は既定路線でしょう。内政干渉ギリギリのラインまで攻めていると、ローレント駐在の外交局員から報告がありました」
「……死んだ後も忌々しい奴だ、あのジジイは」
「優れた政治家でしたからな、彼は。死してなお、その爪痕を残すのは一政治家として純粋に尊敬もしています。と、話が逸れました。ローレントはまあ良いとして、ソルバニア、ライム、ラルキア辺りは特に我が国に対する疑念の目を深めています。特にラルキア王国はフレイム王国と同根、ライムも先の戦争でフレイムに恩がありますからな」
「ソルバニアは?」
「あの蛇はこれをチャンスと取るでしょう。そういう御仁ですし。また、国内でも不満があがっています。貴族連中は、『クリス殿下が女だとは聞いていない!』と……まあ、怒り心頭ですな」
アーノルドの言葉に、バーニッツがつい顔を顰める。男尊女卑の激しいウェストリアでは、女性は蔑視されるし、『男』と思って頭を下げた王子が王女だったら、色んな意味でプライドを刺激もされる。
「……現状説明は良い。それで? 方策は?」
重臣の中にもそれを不満に思っているものが居る。あまりこの話は良くないと思い、バーニッツはアーノルドに話を振って見せる。そんなバーニッツにアーノルドは一つ首を縦に振って、口を開いた。
「やることは一緒です。クリス殿下の行為など何も考えず、単純にフレイム王国を攻めましょう」
ある意味では、衝撃的な事を。
「……アーノルド。何を言っている!」
「チャンスはチャンスです、陛下。フレイム王国は現状混乱しているでしょうし、いつも通り攻めれば宜しい」
「各国の非難があるだろう!」
「なに、我が国とフレイムは因縁浅からぬ仇敵同士です。今更戦争が起こったとしても珍しく無いでしょう」
「だ、だが……」
「逆に、自身のむす――失礼、『子供』が摂政に就任した国家を攻めれば、疑念の声も払拭されるかも知れませんしね。裏で糸を引いていたなら、戦争など仕掛けないだろう、と」
「……それすらも策略と深読みされたら?」
「それならそれで宜しいでしょう。ライム、ラルキアとも先の戦争で疲弊しております。自身の国家の屋台骨を傾けてまで、戦争を仕掛けて来ることもありますまい」
「ソルバニアは?」
「遠いですからな。宣戦布告されても攻め込まれるまでには随分と時間もかかりましょう。その間に何時もの手ですよ。村を二、三個奪って和平を結べばよい。フレイムだって戦争を長引かせるつもりは無いでしょうしな」
「……」
「国内の政情も不安定になりつつあります。ここ等で『外敵』に当たるということで、一致団結するのが得策かと」
さあ、裁可を、と、そう言って見せるアーノルドに深いため息を吐き。
「……分かった。アーノルド、一任する。今日は解散だ」
「御意」
バーニッツの言葉に頷き、アーノルドは椅子から立ち上がり会議室を後にする。そんな彼に倣うよう、続々と会議室を後にする重臣に視線を向けながら。
「――何を考えている、クリス。ラルキアで……お前は、何をしようとしているのだ?」
◇◆◇◆
ある者は、友人の為。
ある者は、自身の人生の為。
ある者は、身内の為。
ある者は、国家の為。
立脚する想いは違えど、誰もが皆、『今のラルキア』の姿を知りたがった。どうなっているのか、何をやっているのか、どうしたいのか、その情報を掴もうと、皆が皆、躍起になっている中で、当のラルキアでは。
◆◇◆◇
「紅茶が入りました、エリカ様」
淹れたての、まだ湯気の出る紅茶を机に座るエリカの前に置いてメイドは微笑むと、一礼。そのまま、ドアの傍まで音もなく歩みを進めるとその場で直立し穏やかな笑みを湛えたままでエリカに視線を向ける。
「……」
その視線に対し、エリカは半眼で睨みながら紅茶を一口。
「如何ですか、エリカ様?」
「……美味しいわよ。っていうか、これ、私の好きな紅茶よね?」
「はい。王城内にありましたので、淹れさせて頂きました」
エリカの視線を受けたまま、メイドは嫋やかに微笑む。その姿に深い、本当に深いため息を吐いてエリカは紅茶のカップをテーブルの上に置いた。そんなエリカの姿に、メイドは眉根を上げて見せる。
「……エリカ様? 御具合が宜しくないのでしょうか? お疲れの様にお見受けしますが」
「……まあね? 紅茶は美味しいわよ? お茶請けのクッキーも美味しいし、生活になんの不満も無いわよ? 人質扱いの割には優遇されてるな~と思うし」
「まあ、エリカ様。人質などと滅相も御座いません。エリカ様はこのフレイム王国の女王陛下に御座いますよ?」
「うん、その喋り方止めて貰える? イラッとするから」
「そう申されましても……私はメイドに御座いますから」
頬に手を当て、困った様に息を吐くメイド。その姿に、『突っ込んだら負け』と妙な執念を燃やしていたエリカがキレた。
「何が『メイドに御座いますから』よ! いい加減、そういう冗談止めなさいよね!」
――クリス殿下、と。
「……いや~……だって、エリカ様? メイド服じゃで?」
「それが何!」
「いや私、小さいころからちょっと憧れとったんじゃ。メイド服ってなんか凛として恰好エエの~って。折角の機会じゃけん、ちょっと着てみたんじゃ」
そう言ってメイド――フレイム王国摂政、クリスティーナ・ウェストリアは右手で顔の横に横向きのピースを作って。
「どうじゃ?」
……ある者は、友人の為。
……ある者は、自身の人生の為。
……ある者は、身内の為。
……ある者は、国家の為。
立脚する想いは違えど、誰もが皆、『今のラルキア』の姿を知りたがった。どうなっているのか、何をやっているのか、どうしたいのか、その情報を掴もうと、皆が皆、躍起になっている中で、当のラルキアでは。
「――可愛いじゃろ?」
『話題の人物』が、メイド服でウインクなんぞして見せていた。




