第百四十八話 九人委員会
先週は結婚式に行ってまいりました。幸せになってくれ!
シオンに『無駄に広い』と称されたラルキア王城内の一角に、王都商業連盟の本部はある。貨幣の鋳造権を握る、フレイム王国きっての名門互助組織ではあるも一組織に王城内を『好き勝手』に使わせる事にまったく異論が出ない訳ではないが――それでも、フレイム王国の前身、フレイム帝国時代から続くこの商業連盟本部の歴史には皆一定の敬意を払っているのか、そこまで場が紛糾する事は幸いにしてない。
「……あれ? 私達が最後かと思ったのに、違うんだ」
そんな王都商業連盟本部の最奥部、ただでさえ高い天井まで伸びるドアをギギギと開けて顔を出した女性が円卓に座る七人の視線を走らして首を傾げる。そんな女性に胡乱な表情を向けながら、ドアから最も遠い上座の隣に腰を降ろした壮年の男が忌々し気に一つ舌打ちをして見せた。
「……此処を何処だと心得ている、小娘?」
「何処って……王都商業連盟本部の九人委員会会議室でしょ? なーに、フェルナンド? ボケたの?」
「ボケてなどおらんわ! 小娘、貴様が言った通り、此処は『九人委員会』の会議室だ! 九人委員会のそのメンバーだけが立ち入る事の出来る場所だ!」
「……自分の後ろ、見てから言いなさいよ?」
「『これ』は唯の秘書だ! なんだ? 『ベッカー』は九人委員会に二人も送り込んだつもりかっ!」
後ろに控える妙齢の美女を『これ』呼ばわりする男性、九人委員会の一人、フェルナンド商会会長クロムウェル・フェルナンドの言葉を受けて女性――ビアンカ・ベッカーは肩を竦めて戸口に立ったパートナーにしなだれかかって見せる。
「んじゃ私も秘書。今日だけ、アロイスの秘書役だよ」
「その様な屁理屈が通じるかっ!」
「屁理屈じゃないじゃない」
「屁理屈だ! 貴様ら、そうやって押し切るつもりだろう!」
そう吐き捨てるフェルナンドに、呆れた様に溜息を吐いて見せるビアンカ。と、円卓の左の方から笑い声が聞こえた。
「あっははは! まあいいじゃねーか、フェルナンド。なあ、ビアンカの嬢ちゃん? おめーだってごり押しで議論を進めようって気はねーんだろう?」
「勿論です、アントニオおじ様。それと、おじ様? 私、もう二十九歳ですよ? 娘もいるのに、『嬢ちゃん』はちょっと……」
「そんだけ若く見えるって事だよ。なあ、アロイス? おめーだって奥さんは若々しい方がイイだろう?」
「どの様なビアンカでも愛して見せる自信はありますが……そうですね、天真爛漫なビアンカの姿を見れるのは幸福な事です」
さらっと惚気を入れたアロイスに、ビアンカの瞳にハートマークが飛ぶ。そんな姿を面白そうに見やった後、アントニオ・ロートは視線をフェルナンドに向けた。
「まあ、お前さんの気持ちも分かるケドよ? 俺ら『九人委員会』って言ってはいるけど、そりゃ『ベッカー』は頭一つ抜けてるからな? そんなベッカーから二人来たとあっちゃ、おめーさんだって焦るわな、そりゃ?」
「あ、焦ってなどおらぬ! 私が言っているのは、これでは伝統ある九人委員会の会議が蔑ろにされると、そういう事がだな!」
「ああ、分かった分かった。おい、ビアンカの嬢ちゃん? ハートマーク飛ばすのはそれぐらいにして、取り敢えずお前さんは壁の花でもしてろ。いいんだろ、それで?」
「はーい。愛しのアロイスの後頭部を見ながら会議……うふふふ」
「……こえーよ、流石に。まあいいけど……と」
アントニオの言葉と同時、ドアが再び音を立てて開く。そこから顔を出した人物に、アントニオが気さくに笑いかけた。
「おー、アドルフ。遅かったな?」
「すまんな。少し、仕事が立て込んでいた。これで全員揃ったか?」
ドアを潜り、埋まった七つの席と目の前のアイロス……と、アイロスの腕に抱き付いてピンク色の雰囲気を醸し出すビアンカを一瞥してそう言ったアドルフにアントニオが首を左右に振って見せる。
「いんや。今日は特別ゲストが来るからな。そいつらが来たら――」
言い掛けたアントニオを手で制すアドルフ。
「たまたま、そこでお逢いしてな」
そう言って視線を後ろに向けるアドルフ。つられる様に皆がアドルフの後方、ドアの入口に視線を向け。
「――どうやら私達が最後の様ですな、松代殿」
「そうみたいですね、ロッテさん」
並んで入口を潜る、ロッテと浩太の姿を見た。
「……ふん」
そんな二人に、あからさまに侮蔑の色を込めた瞳のまま、そっぽを向くフェルナンド。その姿を苦笑で見つめ、アロイスは口を開いた。
「さて……それでは全員、お揃いになったようですね? 確か本日の議長は私でしたか。それでは皆様」
そう言って、ぐるりと室内を見渡して。
「――そろそろ、始めましょうか。『九人委員会』を」
◆◇◆◇◆
王都商業連盟では、いつの頃からか一番『重たい』案件は議題の最後に行われる事になっている。過去、議論が紛糾してその後の会議が出来ないぐらいに時間を取られた事に対する反省の意味を込めて決められたルールである。
「……さて」
幾つかの議題が全会一致で承認となった事を確認し、議長役であるアロイスがぐるりと室内を見渡す。緊張した顔、不満そうな顔、早く終われと言わんばかりの顔、色々な顔を浮かべるメンバーに口の端を少しだけ歪め、泰然と佇む下座の老人に視線を向けた。
「……大変お待たせいたしました、ロッテ閣下」
「なに、こちらからお願いした事です。待つ時間など苦にもならんですな」
そう言って、ロッテは椅子から悠然と立ち上がる。そのまましっかりとした足取りで歩みを進めて円卓の側でその歩みを止めて直立するロッテに、アドルフの隣、クロムウェル・フェルナンドとは逆隣に座った老人から茶化した様な笑い声が響いた。
「ひょっひょっひょ。ロッテ、貴様も年を取ったのではないのか? 立ったままでいいのかの? 椅子でも持って来させようかの?」
「ご心配には及びません、ライツ殿。ああ、そうそう。ライツ殿は先日、ご結婚為されたそうですね? 確か貴方は私よりも幾つか年上と記憶しておりましたが……お相手は六十歳下の美女とお聞きしましたが? いや、老いて尚盛ん、ですな。お祝いが遅れて申し訳御座いません」
「ひょっひょっ! 既に何十回目の結婚か分からんからの。今更祝福などいらんわ。それよりロッテ? 独身の貴様にも紹介してやろうか? ウチの嫁の友達は皆、若くて綺麗な子ばかりじゃぞ?」
「お気持ちだけ頂戴しておきましょう、ライツ殿」
そう言って視線をライツ――オルケナ一の穀物の取扱高を誇るライツ穀物商会の会長、ロドリゲス・ライツから外し円卓に座る面々に視線を向ける。
「……さて、皆さま。本日は我ら王府よりの提案をお聞き頂くためにお時間を頂戴して誠に申し訳御座いません。また、この様な機会を作って下さった事に感謝を申し上げます。親愛なる女王陛下も誠にお喜び、皆様のご英断を期待するとのお言葉を――」
「御託はいいです、ロッテ閣下」
喋りかけるロッテを遮るフェルナンド。その言葉と、『早く本題に入れ』と言わんばかりの口調に小さく肩を竦めロッテは言葉を続けた。
「では本題に入りましょうか、フェルナンド殿。フレイム王国としては貨幣制度の大規模な転換を考えております。具体的には現状の硬貨から紙による『紙幣』への転換です」
そこまで喋り一旦言葉を切ると、ロッテは部屋の中を睥睨して見せる。
「……驚かれないのですかな?」
「まさか、ロッテ閣下? アレだけ『派手』に動いて置いて気付かれないとでも思っていたのですか? そんな訳がありますまい」
ふんっと鼻を鳴らすフェルナンドに、ロッテも小さく苦笑を浮かべる。
「それこそ、『まさか』です。気付かれているとは思っておりましたよ? ですが、それでも驚くのが様式美かと思いましてな?」
「くだらん」
「確かにそうですな。それでは、さっさと本題に入りましょう。貨幣制度の変更点は大まかに分けて二つ。一つは先程申した通り、硬貨から紙幣への転換。そして、もう一つ。我々王府と致しましては、現在皆様がお持ちの『通貨発行権』、こちらを――」
一息。
「……そうですな。『頂戴』出来ないかと思いましてな?」
その言葉の、余りの白々しさに一瞬フェルナンドが鼻白む。そんなフェルナンドをちらりと見やり、その隣に座るフェルナンドと同年齢程度の男――ベルダン商会会長、ジェームズ・ベルダンが口を開いた。
「紙幣の発行に関してはまあ、良いだろう。だが通貨発行権は我々、王都商業連盟に与えられた当然の権利だ。貴殿の一存でその権利を奪う事など出来ないハズだが?」
「私の一存では御座いませんよ、ベルダン殿。これは我が『フレイム王国』の正式な決定に御座います。貴殿ら商業連盟に……そうですな、お預けしていた通貨発行権を私達にお返し頂きたいと、まあそういう事に御座いますよ?」
本来的に『預けていたもの』の権利は元々の所有者に帰属するものである。今回の場合、通貨発行権自体が国家事業である以上、持ち主が返せと言えば返すのが筋と言えば筋だ。
「ふん、何が『預けていた』だ。千年前の話だぞ? 今更『アレは預けていたものです』等という理屈が通じるか」
が、中々そうならないのが世の常だ。特に千年の長きに渡り持っていた権利だ。返せと言われて簡単に返せるモノではない。だから、既得権益は無くならないのである。
「お返し頂けない、と?」
「そうだな。通貨発行権は王都商業連盟がその他のどの互助組織よりも優れている証左でもある。なにより、貴族階級ではない我々が、国家事業に関わる事の少ない我々『商人』が唯一、大手を振って国政に関与する手段でもある。言ってみれば、我々の『誇り』だ」
「王府の半数は平民の出ですし、私自身も平民ですぞ? ウェストリア方面軍司令官殿も」
「皆が皆、貴殿らの様に栄達出来るとは限らん。特に、学の無い人間はな」
そう言って、視線をチラリと隣の男――ルール貿易商会の会長である、ベンジャミン・シリアに向ける。向けられたシリアは肩を竦めて溜息を一つ。
「まあな。俺なんぞは年がら年中海の上みてーなモンだ。辛うじて字ぐらいは読めるが、宰相閣下殿の様な小難しい議論は出来ねーよ」
「……シリア殿は元漁師でしたな」
「おう。今でこそウチの商会もラルキア大学を卒業した秀才が入って来てるけどよ? 俺がこの商会を作った時なんか、殆ど漁師の集まりだったんだぜ?」
服の上からでも分かる程の筋肉を持ったシリアはそう言って快活に笑う。日焼けした浅黒い顔からのぞく真っ白な歯に、なにか眩しいモノを見た様にロッテが目を細めた。
「まあ、俺には小難しい事はわかんねーけどよ? それでも折角、俺みてーなヤツでもこう……国の政治? に関われるんだからよ? やっぱり反対だな、そりゃ」
シリアのその言葉に、フェルナンドの顔に喜色が浮かぶ。ベルダンと二人の賛同者を得て気を良くしたフェルナンドはそのまま視線をライツに向けた。
「……ライツ殿は?」
「無論、反対じゃな。ベルダンの言った通り、硬貨を紙幣に変える事はまあ認めんでもないがの? 通貨発行権を出せなど論の外じゃな。話にならんわい」
にべなくそう言った後、ライツはギラリと光る瞳をアロイスに向けた。流石、七十を超えてもまだ盛んな御老体、常人なら萎縮しかねないそのエネルギッシュな視線を受けて、だがアロイスは全く動じず静かに微笑んで見せた。
「私は――ロッテ閣下の案に賛成ですね」
「アロイス、貴様っ! 我ら九人委員会を裏切るつもりかっ! 所詮は『貴族』、平民の誇りなど知らんとでも言うつもりか!」
アロイスの言葉にフェルナンドが噛みついて見せる。そんなフェルナンドを一睨みしてビアンカが口を開いた。
「一応言っておくけど、フェルナンド? これは正式に『ベッカー家』としての決定だから? それにアロイスは確かに貴族だけど……今はもう、ベッカー家の人間だから。変な言いがかり、止めてくれる?」
がるる、と唸り声すら聞こえそうなビアンカに苦笑を浮かべ、アロイスはその言葉を引き取る。
「確かに私は生まれは貴族ですが、ベッカー家に婿入りした時点で既にベッカーの人間ですよ。九人委員会の誇りを蔑ろにするつもりはありませんが……現実的に、硬貨の商いでは限界を感じているのですよ」
「我々も紙幣自体は反対とは言っておらん! ただ、それを我々がやればイイだろう! なぜ、王府に通貨発行権を譲ってやらねばならん!」
「元々王府の権限の範囲ですけどね、通貨発行権って。まあそれはともかく……では、一体誰がやるんですか? その紙幣の『発行』を」
「だれ……だと?」
「これから新たに、フレイム王国と……そして、フレイム硬貨を使うラルキア王国に流通するだけの紙幣を作成するんですよ? きっと、膨大な量になる。しかも、硬貨と違って偽造がしやすいであろう『紙』の紙幣だ。イヤですよ、私。そんな責任持つような仕事、したくありませんよ」
「あー、それに関しては俺もそうだな。硬貨ならともかく、紙切れ作るのは無理だ」
アロイスの言葉に賛同する様、アントニオもそう言って見せる。視線で人を殺せそうな程の瞳を向かわせる。が、それも一瞬、その視線が直ぐにアントニオの横の男にずらされた。
「ホテル・ラルキアはどうなのだ! この議案に賛成なのか!」
腕を組んだまま瞑目していたアドルフに。その言葉を受け、アドルフがゆっくりと瞳を開けた。
「……確かに紙幣の商いは魅力的ではある。我らホテル・ラルキアに取ってもメリットが全くない話ではないからな」
「なんだと! では――」
「だが……」
フェルナンドの言葉を遮る様、アドルフはチラリと視線をロッテ……と、その後方、ドア付近で佇む浩太に向けた。
「……済まんな。ホテル・ラルキアはこの議案に『賛成』は出来ん」
「ふ……ふふふ……はっははは! そうだ! そうだな! 流石、王国御用達の名門ホテル! 良く存じ上げていらっしゃる!」
途端、上機嫌そのままの笑みを浮かべるフェルナンド。そのまま、視線を別の方向に向けた。
「アドルフ殿は反対で……バウムガルデン! バウムガルデンはどうなのだ! バウムガルデンは、この――『我らから通貨発行権を奪う』という議題に賛成なのか!」
問われ、今まで置き物の様に座っていた壮年の男はこの男の癖なのか、微笑を湛えて首を小さく右に捻る。貴族然としたその姿のまま、ゆっくりと口を開き。
「無論、賛成ですとも。他ならぬロッテ閣下の命ですから」
その姿と相反する様、しっかりとその言葉を口にする。
「~~っ! 貴様、それでもバウムガルデン商会の会長か! いい年をして、それ程までにこの叔父御が怖いのかっ!」
九人委員会に名を連ねる権力者が、およそ口に出して言っても良い言葉ではない程の暴言。怒りだしてもおかしくないそんな言葉を受け、それでもバウムガルデン商会会長、キャラド・バウムガルデンは穏やかな笑みを崩さず返答した。
「先代会長でありロッテ閣下の兄である我が父、リオン・バウムガルデンは死の間際にこう言い残しました。『いいか、キャラド。この先何があろうと、ロッテにだけは逆らうな』と。父の遺言ですので、申し訳御座いませんなフェルナンド殿」
そう言って、それでは少し足りないと思ったかキャラド・バウムガルデンは言葉を継ぐ。
「……それに、閣下の仰る通貨に代わる紙幣の発行というアイデア自体、私も賛成です。なんと言ってもコインでの商いには限界がありますからな。そして、我がバウムガルデン商会にもベッカー貿易商会同様、その様な業務に人員を割く余裕はありません。王府で責任を持ってこなしてくれるのであれば、それで良いです」
「き、貴様っ!」
「無論、偽造対策には幾分か配慮は必要でしょうが……」
そう言ってチラリと視線を――この会議が始まって以降、一度も口を開いていない浩太に向ける。
「――まあその辺りは、そこに居られる『ロンド・デ・テラの魔王』殿が巧くやってくれるのでしょう?」
その言葉に、会議室内の空気がざわりと揺れる。後、面白そうに浩太を見やったライツが口を開いた。
「ひょっひょっ! なんと、そちらの小僧があのロンド・デ・テラの魔王か。噂は聞いているぞ、小僧っ子」
「恐縮です」
「なにが恐縮であるものか。ひょっひょっ! あのソルバニアの伊達男を誑し込んだ魔王殿か……長生きはするもんじゃな~、ロッテよ」
「ええ。そして、ライツ殿? 今回の紙幣の発行についてはソルバニア王国も内々に進めている話です。どうです? 千年の繁栄を誇る我らフレイム王国の商会のお歴々が、こと『商業』に関係する事でソルバニアに先を越されても宜しいのですか? それで『誇り』は保たれますか?」
「ひょっひょっひょっ。確かに我らラルキアの商人がソルバニア等という田舎者に後れを取るのは業腹よの~。そういう意味でも、お主の言う紙幣の発行というのも中々に悪くはない提案じゃ」
「ライツ殿!?」
殆ど叫ぶようなフェルナンドの言葉に、ライツが面倒くさそうに手を左右に振って見せる。
「やかましいぞ、フェルナンド。全くお前は小僧の時から……まあ、それは良いわい。それより、話を戻すぞロッテ? ソルバニアは元々通貨の発行を王権の下に置いておったんじゃぞ? 紙幣の発行自体を『我ら』がするのであれば賛成じゃな」
楽しそうにそう言って笑い。
「……まあ、此処で凡百の議論をしても仕方ないじゃろう。反対派には賛成派を説得する程の材料はない。おい、アロイス?」
「……なんでしょうか?」
「貴様は此処に居るモノを説得できるほどの材料があるんかいの?」
ライツの言葉に、少しだけ考え込む様に視線を中空に向ける。
「……残念ながら無いですね」
しばしそのままの体勢を取っていたアロイスだが、やがて残念そうに首を振って見せた。その姿に一つ頷き、ライツは言葉を続ける。
「ならばこれ以上の議論は無用じゃな。この『議案』が正式に九人委員会の会議に掛けられた以上、後は九人委員会による決議によって決めるしかあるまい」
そう言って、視線をロッテに向ける。
「……ロッテ? 貴様が如何に宰相であろうと、我らの決定に意は唱えさせんぞ?」
「無論ですよ、ライツ殿。それがどの様な決定であろうとね」
余裕のあるロッテの態度に、訝しむ様な表情をライツが浮かべる。が、それも一瞬、直ぐに視線をアロイスに戻した。
「……ではアロイス? そろそろ決議を取ろうではないか。今日は貴様が議長だ」
「……それでは、決議を取りましょうか。皆さま、御自身の判断に従い、挙手を願います。それでは……賛成の方、挙手を」
その言葉に四本、手が上がる。
――アロイスを除いた、『四本』の手が。
「……なにをしている、ビアンカ」
「私も賛成! って意思表示だよ!」
「さっさと降ろせ!」
フェルナンドの怒りの言葉に、頬を膨らませてしぶしぶ手を降ろすビアンカ。入れ替わり、今度はアロイスが右手を挙げる。
「では、代わりに。私は当然賛成ですので」
「賛成はバウムガルデン、ロート、ベッカーに……それにリッツか」
小馬鹿にした様、リッツ商業組合の組合長を睨む。怯えた様に瞳を揺らすリッツに今度こそ本当にバカにした様に鼻を鳴らし、その後フェルナンドはにこやかに視線をロッテに向けた。
「……ははは! 残念だったなロッテ閣下? 賛成は『四』、貴殿のご提案は却下だ。なに、気にする事はありませんぞ? アイデアは中々宜しかった。ご心配召されますな、ロッテ殿。貴殿のお考えはこの商業連盟が引き継いで――」
「反対は?」
「――なに?」
「ですから、『反対』です。賛成は四ですが、反対の採決は取っておられないでしょう?」
「そんなもの、なんの意味がある! 議決権を持つ者は九人だ! 今更、反対の採決を取った所で――」
「では、反対の採決を取りたいと思います。この議案に反対の方、挙手をお願いします」
「――っく!」
アロイスに言葉に歯噛みしたまま、フェルナンドは力一杯手を挙げる。こんなものになんの意味があるのか、そう思いながら手を挙げ、自身の勝利を確信したフェルナンドが視線を室内に睥睨させて――
「――なに?」
――挙がっている手は、『四本』だった。
一瞬、自分の眼が幻を見ているのかと二、三度瞬きをし、それでも挙がっている数が四本である事に、フェルナンドは殆ど半狂乱のままで、叫んだ。
「――アドルフっ!!」
その声を受け、再び瞑目をしたまま黙って腕を組んでいたアドルフがゆっくりと瞳を開き。
「ホテル・ラルキアはこの採決を――――『棄権』する」
室内の時間が、止まった。
主人公が壁の花……主人公なのに。




