第百四十五話 この場所での戦い、あの場所での戦い
今回はちょっと二部構成みたいな話になっております。恐らく、次回もですが。
窓から差し込む日の光が、机の上に置かれたカップの金属で反射する事に思わず目を細め、ホテル・ラルキア会長であるアドルフ・ブルクハルトはもうこんな時間かと思い仕事の手を止めて小さく息を吐く。冷めて、すっかり温くなった紅茶を啜った後にアドルフは席を立ち次の予定を確かめるために側に控えて居る筈の秘書に声をかけ――
「……居ないのか」
声を掛けようとして、室内にその姿が見当たらない秘書に苦笑を浮かべる。年を取っても、否、年を経るごとに集中力が増す気すらする自身に一種誇らしいような、恥ずかしいような何とも言えない微苦笑に変えた。
「……会長」
と、同時、執務室の扉が遠慮がちに開かれる。顔を出したのは見慣れた、それでも見慣れない表情を浮かべる秘書。笑顔を常とし事実、いつでも愛らしい笑顔を浮かべていた秘書の顔に、なんとも形容しがたい表情が浮かんでいた。
「……どうした、珍しいな。君がそんな顔をするなんて」
「いえ……その、申し訳御座いません。ですが……その、お客様がお見えで」
「……客?」
秘書の言葉に、アドルフは表情を訝し気なソレに変えて脳内のスケジュール帳を繰る。今日のこの時間帯、日程ではカサンドラ商会を訪問する予定であった事を確認し、秘書に向かって口を開いた。
「……これからカサンドラ商会に向かう予定だ。丁重にお帰り願え」
短く、鋭い一言。『はい、かしこまりました』という言葉が帰って来ると思い、席を立ち上がろうとして……アドルフはその動きを止める。
「どうした?」
本当に、常らしくない。いつものキビキビとした、好感の持てる所作はなりを潜めたか、戸口でまごまごとする秘書にアドルフは盛大に溜息を吐いて見せる。
「……良いか? 当ホテル・ラルキアは『先約優先』だ。どれ程高貴な方だろうが、どれ程権力があろうが、どれ程富裕なモノであろうが、『先約』には優先しない。女王陛下でも横入りはご遠慮願っている」
「……はい、承知しております」
「そうだな。私の秘書になって長い君だ。今更、この様な事を教授する事も無かろう? なら――」
「――では、『先約』が無ければ宜しいのですかな?」
アドルフの言葉を遮る様、戸の外側から声が聞こえて来る。聞き覚えのあるその言葉に、アドルフが目を細め、秘書は身を縮ませた。
「……貴方でしたか」
「ええ、私ですよ、アドルフ殿。ご無沙汰しておりますね」
「……取り敢えず、お入りください」
「おや? 宜しいのですかな?」
「その様な所に居られたら話せるものも話せませんから」
溜息交じりにそう言うアドルフの言葉に、表情に笑顔を浮かべたままで男性が室内にその身を滑り込ませる。年齢を感じさせないそんな若々しい行動にもう一度盛大に溜息を吐いてアドルフは目の前の男を睨んだ。
「……良くお越し下さいました、と言っておきましょうか」
「結構ですぞ? どうせ、思ってもおられないでしょうし」
「社交辞令に決まっているでしょう……と、おい、紅茶を頼む。二つだ」
固まったままの体勢の秘書にそう声を掛けると、『やっとこの場から逃げ出せる!』と言わんばかりの――まあ、いつも通りの素晴らしい笑顔を見せて秘書が心持駆け足で執務室を後にする。その姿に小さく溜息を吐いて、アドルフは執務室の中央にある応接セットを指差した。
「どうぞお座り下さい。貴方の御年齢では立ち話は堪えるでしょう?」
「お気遣い無用ですぞ?」
「私の少量の敬老精神ですよ」
「まだまだ若いモノには負けているつもりはありませんが?」
「年寄りが、いつまでも『若者』気取りをしている姿は見るに耐えませんので。貴方が何時までも『出張る』から、王府は何時までも二流などと言われるのですよ。さっさと後進に道をお譲り下さい」
「なに。カールが辞めるまでは私も現役ですよ。それに、貴方の理論では『年寄り』の率いる近衛も二流という事になりますが?」
「失礼な。近衛など、三流に決まっているでしょう」
「お得意様なのでは?」
「それとこれとは別の話ですよ。まあ、その話はどうでも良いでしょう。それで? 閣下、わざわざお越し頂いたのはどの様な御用ですか?」
「おや? 宜しいのですか? 『先約』優先では?」
まるで試す様な男の言葉に、これ見よがしにアドルフは溜息を吐いて見せる。
「……何を白々しい。どうせ、貴方の事です。カサンドラ商会に手を回したのでしょう? 『今日のホテル・ラルキアとの面談はキャンセルせよ』とでも?」
「ご名答ですな。正確には、陛下へ拝謁を賜る栄誉、ですが」
「好きそうですな、カサンドラは」
「地盤の弱い商会ですからな。陛下の覚え目出度いのは彼の御仁に取って何よりも欲しいモノでしょうし」
そう言って、男は思い出したかの様に懐から一通の手紙を差し出す。
「見ますか? カサンドラからの侘び状です。礼を尽くして書かれておりますが?」
「その辺りに置いておいて下さい。それにしてもカサンドラも偉くなったものです。私との面談を一方的に破り、貴方に配達人の真似事までさせるとは。ねえ?」
ロッテ・バウムガルデン閣下、と。
「後者については、『どの口が』ですがな。そのロッテ・バウムガルデン閣下がわざわざ持って来たものを『その辺において置け』という貴方も大概ですよ」
言葉ほど気にした風もなく、そう言われて男――フレイム王国宰相、ロッテ・バウムガルデンは手近な机の上にその封書を置く。恐らく読まれる事の無いであろうその手紙になんの執着も見せず、ロッテは視線をアドルフに戻した。
「前者についてはアドルフ殿、それが『普通』です。仮にもこの国の最高権力者である女王陛下からの面談要請、なにを差し置いても馳せ参じるのは普通の事ですよ。むしろ、貴方がたホテル・ラルキアが異常なのですから。国王陛下であろうと、横入りを禁じるなど」
「伝統ですからな、ホテル・ラルキアの。それがどうしても我慢ならないと申されるのなら閣下、どうぞ王家の定宿を他所にお変え下さいませ」
「冗談。このホテル・ラルキア程設備・警備共に整ったホテルはありませんからな。他のホテルでは陛下の身の安全が担保できませんから。今更、定宿を変更するなどは考えておりませんよ」
「そうですか。それは重畳ですな」
そう言って、見つめ合う事しばし。ノックの音と共に、湯気の立つ紅茶のカップを持って来た秘書が丁寧にロッテの、次いでアドルフの前に紅茶を置く。一礼して立ち去った秘書の背中を見つめながら、アドルフが小さく肩を竦めて紅茶のカップを手に取った。
「……それで? 本題に入りましょうか、閣下。カサンドラとの面談は流れましたが、私にはまだ次の予定がありますので。それに、それは閣下だって同じ事でしょう? フレイム王国の宰相閣下が、私と無駄話をする程暇とは思っておりませんが?」
「確かに私も決して暇ではありませんが、掛けるべき時間と場所ぐらいは弁えているつもりですぞ。まあ、それは良いでしょう。勝手にお邪魔したのはこちらですので、先に用事を済ませて置きましょうか」
そう言って、ロッテは椅子の背もたれから背中を起こし、およそ彼の年齢には相応しくない堂々とした姿を見せて。
「――この度は、ウチの一族のモノがご迷惑をお掛けした様で……大変、申し訳御座いませんでした」
そして、頭を下げる。その姿に固まったのは一瞬、アドルフは紅茶のカップを傾けて、口の中を湿らせる。
「……さて。何に対する謝罪ですかな?」
「ウチの跳ねっ返りのバカな娘の不始末の謝罪ですよ」
「シオン嬢の事を言っておられますかな? それならば、謝罪は無用です。別段、迷惑だとは思っておりませんので」
「いいえ。貴方はアドルフ・ブルクハルトだ。その体はオルケナ中のホテルの頂点に立つ、ホテル・ラルキアを支える身だ。その方の『時間』を無為に使わせたのです。これは、十分謝罪に値します。それだけの価値が、貴方にはある」
「……そうですか。それでは受け取っておきましょう。ですが、私自身は『若者』と会話をする事を『無為』とは思っておりません。ですので、本当にお気に為さらず」
「……分かりました。アドルフ殿がそう言って下さるのであれば、それで構いません。早いうちに、どうしても謝罪をしたいと思っておりましたので」
そう言って、ロッテは頭を上げる。晴れ晴れとした表情が浮かんでいる事に少しだけ訝し気な表情を浮かべ。
「……では、これで失礼します、アドルフ殿。貴重な時間を頂戴して申し訳ない」
その表情を、固まらせる。
「……ロッテ殿?」
「はい?」
「その……謝罪、だけですか?」
「そうですが?」
「謝罪の為だけに、わざわざお越しになられたと? カサンドラの予定に割り込んでまで? 貴方が? フレイム王国宰相の、ロッテ・バウムガルデンが?」
「本来であればシオンを連れて謝りに来るのがスジでしょうが……アレもまだ若い。一族の長老の真似事をしている身ですのでな。代わりに頭を下げに来たんですよ」
これは『駆け引き』だ、とアドルフは思う。
この、フレイム王国きっての切れ者である、ロッテ・バウムガルデンが。
この国で尤も忙しいであろう、フレイム王国宰相閣下が。
わざわざ、謝罪の為だけに訪れるなんて、そんな事は無い筈だから。
「……面白い冗談ですな、ロッテ閣下」
「冗談ではありません、本当ですよ。まあ尤も……貴方が、『他に』なにかを話したいのであれば、そのお話をさせて頂く事も可能ですが? その時間は、十分に確保してありますのでな」
思いっきりの、茶番。茶番であり、だからこそ。
「……まだ紅茶も飲まれておりますまい。お帰りはそちらを飲まれてからでも宜しくは無いですか?」
だからこそ、此処で『帰して』しまうのは愚策。『侘び』だけを入れに来たという宰相閣下の言葉を『ああ、そうですか』と額面通りに取って帰したとなれば、笑われるのはアドルフの方だ。アドルフにだって面子がある。
「そうですかな? それではお言葉に甘えてゆるりとさせて頂きましょうか」
上げかけた腰を降ろし、ロッテは椅子に深く体を沈めて紅茶のカップを手元に引き寄せる。湯気の漂うソレに目を細めた後、ロッテは視線をアドルフに向けた。
「ああ。そう言えばまだお祝いの言葉を述べておりませんでしたな」
「祝い?」
「クラウス殿とエリーゼ殿のご婚約、誠におめでとうございます」
「……ああ。これはどうもご丁寧に。ありがとうございます、閣下」
「クラウス殿は本館総支配人として長くこのホテル・ラルキアを支えた御仁。年は若いとはいえ、立派なホテルマンだ。私もこちらを使わせて頂いた際には彼に随分とお世話になりました。いやはや、ウチのシオンと同年代でありながらあそこまで違うとは……爪の垢でも煎じて飲ませたいですな」
「……はあ」
なんだか、いまいち要領を得ない会話。その会話に首を捻り、アドルフが口を開こうとした所で。
「――陛下もお喜びですよ、アドルフ殿。『優秀な人材が、王家の定宿たるホテル・ラルキアの跡を継いで頂けるのは喜ばしい事です』と」
「……勿体ないお言葉で――」
そこまで、喋りかけて、気付く。
「か、閣下! まさか!」
慌てた様に腰を浮かせるアドルフを手で制し。
「『出来れば、それほど優秀な人材であれば是非その力を国家の為に尽くして頂きたいものですね』とも仰っておられましたな」
そう言って、ロッテはニコリと微笑む。
「どうでしょう、アドルフ殿? クラウス殿に少しばかり……そうですね? 王府で『修行』をして貰うのは?」
◆◇◆◇◆
エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイムはリズを頂点とし、現状ではリズしかいない『フレイム王家』の一員ではない、つまり厳密に言えばリズの『家族』ではない。
こう書くと語弊がある様に感じるだろうが、フレイム王国の法整備上はフレイム国王の実姉という高貴な血筋ながら、エリカは、『ロンド・デ・テラ公爵家』の家長でしかない、つまりリズの臣下でしかないのである。子供の頃は同じ親の子供として一つの家族だった兄弟が、結婚して別の所帯を持った、と云うのにイメージは近しい。
尤も、独身者であり、両親ともに無いリズの現状ではエリカは『フレイム前国王の第一子』であり、王位継承権第一位のピカピカのお姫様ではある。それを抜いてもまだ年若い女王陛下の実姉として、また、王城内に『アンジェリカ派』『リーゼロッテ派』と二大派閥を築き上げた麗しき前王側妃の忘れ形見であり、自身も見目麗しいエリカに対して王府に勤める人々の人気も低くはなく――
「……ふふふ。コータ、あーん、だ」
「「「「…………」」」」
――まあ、何が言いたいかと言うと、エリカに与えられた王城内での私室は一人で使うには『無駄』と形容できるほど広いのだ。エミリや浩太、ソニアや綾乃やシオンが集まって余裕のある広さであり。
「……えっと……シオンさん? そ、その……だ、大丈夫ですよ? 一人で食べられますから」
「ははは! 照れているのか? 大丈夫だ、コータ。私も照れ臭い。照れ臭いが……だが、中々に心地良いな」
……目の前で、浩太の隣に座ってお弁当箱からフォークに刺した卵焼きを『あーん』しているシオン、なんて悪夢の様な光景を、反対側のソファに座って忌々し気に見る事が出来る程度には広いという事だ。
「ちょ、ちょっとシオン! 何やってるのよ!」
「ん? どうした、エリカ様。その様な怖い顔をして。美人が台無しだぞ? 悪魔も裸足で逃げ出しそうな形相じゃないか」
「あく――っ! な、なんて事言うのよ、貴方! 誰が悪魔も裸足で逃げ出す形相よ、誰が! 私は――って、そうじゃない! そうじゃなくて、なんで貴方はコータに……そ、その……あ、あーんなんかしてるのよ! ズルいわよ!」
最後、本音が漏れた。が、明らかなこの眼前の『異常事態』にそれは誰にも気づかれず――というか、もうぶっちゃけそんな事はどっちでも良いのか、エリカの声に賛同するように綾乃が声を上げた。
「そ、そうよ! だ、大体、こんな人目の多い所で何してるのよ、貴方は! っていうかね! 一体なにがどうなったらこんな展開になるの!? え? 私、展開に全くついていけてないんだけど!」
然り。綾乃の言葉に、うんと一つ頷き、シオンは見惚れる様な笑顔を浮かべて。
「……ふふっ! 秘密だ、それは」
少しだけ頬を染め、それでも嬉しそうな、笑顔。その表情はシオン以外の他の四人の見慣れた――アレだ。『恋する乙女』以外の何物でもなくて。
「な、なんですか、それはぁー!」
「どうした、ソニア姫? なにか問題でもあるのか?」
「あるに決まってます! あるに決まってるじゃないですか! え? ええ? な、なんですかぁ!」
「だから、何がだ?」
「な、なにがって……そ、その……き、昨日! 昨日、一体なにがあったんですか! あ、アヤノさん!」
「え? わ、私?」
「そうです! っていうか、皆さまも言われてましたよね!? 『シオンのデートはどうせ失敗する』って! なんですか、アレ! 大成功の方じゃないですか!」
ビシッと指差すソニアの姿に、エリカ、綾乃、エミリが自身の怒りも忘れて困った様に眉根を下げる。
「えっと……そう言われても……私だってなにがなんだか……ねえ、エミリ?」
「そうに御座います。私もなにがなんだか……綾乃様?」
「二人に同じ。一体、どんな化学反応が起きたら『ああ』なるのか……」
「『ああなるのか』じゃないです! 言いましたよね!? 皆さま、次のデートはわたくしに譲って下さるって言いましたよねっ! わたくし、一生懸命考えたのですよっ! コータ様が楽しんで下さるデートプラン! なんですか! これじゃ、わたくし、バカみたいじゃないですか!」
「いや……バカって言うか……」
一息。
「……ピエロ?」
「アヤノさん!?」
「あー……ごめん、言葉が悪かった」
自分以上に怒っている人が居れば、意外に人は冷静になれるもの。まるでその言葉を体現するかのように、溜息を吐きつつ綾乃は視線をシオンに向けた。心持、ジト目ではあるが。
「えーっと……んで、シオン? 何してるのよ、アンタ」
「目でも悪くなったか、アヤノ嬢」
「浩太に『あーん』をしているのは分かるわよ。そうじゃなくて、なんで貴方がそんな事をしているのか、って意味」
「なんで、と言われても……コータにお弁当を作って来たんだが、コータは朝からエリカ様の部屋で仕事だと言っていたのでな。折角だから一緒に食べたいし……『あーん』もしてみたかったからな。だから、こうしてエリカ様の部屋を訪ねたんだ」
「いや、だから! そうじゃなくて、なんで貴方がお弁当を――」
そこまで喋り、綾乃は言葉を切る。
「……え? そのお弁当……貴方が作ったの?」
「そうだが?」
「そ、そうだがって……な、なに考えてるのよ、貴方!?」
「……っ……なんだ、騒々しい。耳が痛いから大声を出すな」
「大声を出すな、じゃないわよっ! 貴方の作る料理はバイオハザード、危険物、封印指定、生物兵器なのよ! そりゃ、ちょっと時間は出来たけど浩太はまだまだ忙しいのよ! 倒れられたら困るんだって!」
綾乃の絶叫が広い室内にかかわらず木霊する。その言葉に、『不本意だ』と言わんばかりの表情を浮かべてシオンが口を開いた。
「失礼な事を言うな。コータが忙しい事など、私も十分承知している」
「じゃあなんでお弁当なんて作ってくるのよ! 貴方、浩太を殺す気なの!?」
「……重ね重ね失礼な奴だな、君も。心配しなくても大丈夫だ。味は保証するし……それに、今回は危険なモノは入っていない。ちなみに、味見もしたぞ?」
「味見もって……え? ま、マジで?」
「マジで。ピンピンしている事からも分かるだろう?」
そう言って、『あーん』をしている手とは逆の腕で力瘤を作って見せる動作をして見せるシオン。その姿に、愕然とした表情を浮かべたままで綾乃は言葉を続けた。
「……どういう心境の変化よ?」
「さっきも言っただろう? コータが忙しいのも知っているし、倒れられたら困るのも分かる。ならば、『安全』な食事が必要なのは分かるし……それに」
「……それに?」
訝し気なままの綾乃の表情に、少しだけ言葉を詰まらせ、照れたようにソッポを向いて。
「…………お、美味しいって……言って貰いたいじゃないか」
「「「「はい、ダウト!!」」」」
「な! ど、どういう意味だ!」
「はい、ダウト! エリカ、これはきっとシオンの偽物です! 直ぐに連行して!」
「分かったわ、アヤノ!」
「……本当によう御座いましたね、ソニア様。あの方はシオン様の偽物です」
「ううう……どうしようかと思いましたわ、わたくし。よかったです……」
「お、お前らという奴は……なんだ! 私がそう思ったらおかしいとでも言うつもりか!」
「「「「おかしいに決まってるでしょ?」」」」
「ハモるな!」
席を立ち、肩を怒らせながら四人に詰め寄るシオン。と、それと時を同じくしてノックの音が室内に響く。『どうぞ』というエリカの声の後、部屋のドアが遠慮がちに開いた。
「失礼します、エリカ様。此処にお姉様が――ああ、お姉様! やっと見つけましたよ! 今日は大事な会議があるって言ったでしょ! なにサボっているんですか!」
「あ、アリア! ま、待て! サボっている訳じゃ無いんだ! そ、その、ちょっと用事があってだな!」
「用事? 会議よりも優先する用事って……あ! そう言えばお姉様、朝からお惣菜を買い込んでいたらしいすね? なんです? なにかあるのですか?」
「な! な、なんでアリアがそれを知っているんだ!」
「…………惣菜? なにそれ、アリア?」
「ああ、エリカ様。いえ、いつもは朝寝坊なお姉様が珍しく早起きしたと思ったら、いそいそと何処かに出掛けていましたので。どうしたのかな~って思っていたんですけど、街に出た時に行きつけの商店の方に教えて貰ったんです。『先程、お姉様が卵焼きを買って行かれましたよ』って」
アリアのその言葉に、綾乃、エリカ、エミリ、ソニアの視線が、シオンの持つフォークの先の『卵焼き』に注がれる。その視線に冷汗をだらだらと流しながら、シオンが背中にフォークを隠して、ソッポを向いて。
「……わ、私は『お弁当』を作ったと言ったんだ! 『料理』を作った訳じゃない!」
「一休さんか! 誰がトンチをしろって言ったのよ!」
「う、嘘は吐いてない! 味は保証するし、危険なモノも入ってない! ちゃんと味見もしたしな! ホラ! 嘘は吐いて無いだろうが!」
「嘘吐くより酷いわよ! 浩太、浩太だってそう思うよね!」
「こ、コータに聞くのはズルいだろう! ち、違うんだ、コータ! 昨日の今日では私も流石に料理の腕を上げる事など出来ん! だ、だが、私だって……こ、こう、な、なにかお前にして上げたかったんだ! そ、その……み、見栄を張った事は謝る! 謝るから! 軽蔑しないでくれ!」
思わず涙目で浩太に懇願するシオン。その姿に、目を丸くして綾乃が叫ぶ。
「ホントに誰よ、アンタ!? なに? なんで一日でそんなに人が変わるのよ!」
「知らないのか、アヤノ嬢? 人を変えるんだ……恋とは」
「お酒のキャッチコピーか! っていうか、なによ、『恋』って! ライバル多いんだから今更出張って来ないでよね!」
「そ、そうよ! 今更何言ってるのよ、貴方! 別にコータに男性として魅力を感じていないって言ってたじゃない!」
「そ、そうに御座います!」
「そ、そうだ! シオンさん、わたくしがソルバニアの素敵な殿方をご紹介しますわ! ですので、コータ様はお譲り下さいませ!」
「……お前ら、いい加減にしろ。特にソニア姫。腹黒過ぎるだろう!」
「こ、恋は戦争です!」
「だとしてもルールぐらいはあるだろうが!」
わーわーぎゃーぎゃー騒ぐ五人に視線を走らせ、その後聞こえない様にそっと浩太は溜息を吐く。と、その肩にそっと置かれる手があった。アリアだ。
「……コータさん……」
「……アリアさん?」
彼女の容姿に似合わしくない、大人びた態度で首を左右に振って見せるアリア。なんだか慰めて貰っている様で、ついつい浩太も顔に笑みを浮かべかけて。
「モテモテですねっ! 五人の女性に取り合いにされるなんて……男の夢じゃないですかぁ!」
浮かべかけて、その笑みを引っ込める。どうやら、別に同情なんてしてないらしい。
「……修羅場! シュラバですね! あー……本だけでしか見た事なかったのに……そんな修羅場が今、目の前でっ!」
鼻からむはーっと息を吐くアリア。その姿を、少しだけ悲しそうに見つめて。
「……っていうかみなさーん。仕事、しましょうよ~。ロッテさん、きっと頑張ってくれてますよ~」
そんな言葉なんか聞こえやしないのか、相変わらず騒ぎ続ける五人と鼻息の荒い一人に、今度こそ聞こえる様に浩太は大きく溜息を吐いた。




