↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フレイム王国興亡記  作者: 疎陀 陽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
117/265

第百十六話 遠く、遥かなるレイノルズ

某金曜のロードなショー、三週連続で好きなのばっかりでした。ただ……なぜか今週分の録画を忘れた! なんでか夏に見たいんですよ、アレ。冬はバイオリン職人目指す男の子と、小説書いてる女の子の話が良いです。ちなみにその二つが見たい時は精神的に病んでる時だったりしますが。こう、『青春!』ってカンジを思い出したい時です。今だから思うのでしょうが、若さって財産ですよ。


まあそれはともかく百十六話です。楽しんで頂ければ幸いです。ではでは~

 カリカリと、羽根ペンが紙の上を滑る音が室内を満たす。日が出ると同時に始まったその『作業』に没頭する男性の後姿を眺めながら、少しだけ躊躇した様に声を掛けあぐねていた女性が、やがて意を決した様に口を開いた。

「その……なんだ、ニーザ? そろそろ休憩をしないか? 働き過ぎは体に毒だぞ?」

 シオンである。声を掛けた先、朝から机に齧りついたまま作業に没頭していたニーザは、その声にまるで今気付きました、と言わんばかりにようやく顔を書類から上げた。

「……あれ? シオンさん、今なんか俺に声かけました?」

「休む時は休め、と言ったんだ。無理は禁物だぞ?」

「ああ……すみません、お昼にしましょうか?」

 ニーザのその言葉に、溜息を吐きつつシオンは窓の外――もう日が落ちかけた夕暮れの街並みを指差す。何気なくそちらに視線を向けて、その時間経過に顔色を驚愕に染めた後、ニーザが気まずそうに口を開いた。

「……すみません、晩御飯にしましょうか?」

 返答は先程よりも大きな溜息。呆れ返ったシオンの仕草と表情に、ますますニーザは身を小さくして見せた。

「まあ、気持ちは分からんでもないが」

 そう言って堆く積まれた書類の山に視線を向ける。あっちにチラチラ、こっちにチラチラと揺れるその山を半眼で睨むシオンに、ニーザが恐縮しきった態度で頭を下げた。

「……済みません」

「それにしたってやり過ぎだ。焦った所でどうしようも無かろう? 鏡で顔を見ろ。百年の恋も冷める様な酷い面構えだぞ?」

 流石、身内。ロッテがリズに語ったのと同じような事を言って見せるシオンに、ニーザの体がますます小さくなった。

「いえ、その……シオンさんの仰る通りなんですけど……」

 歯切れ悪くそう言いながら、ニーザは手元の書類を掲げて見せる。

「コレ、凄いんですよ」

「知っているさ。誰が手伝ったと思っているんだ?」

「それについては感謝していますけど……でも、シオンさんはコレの『本当』の価値に気付いていますか?」

 何気ない風なニーザの言葉に、シオンの眉がピクリと跳ね上がった。

「……ほう。それはなんだ? 私に対する挑戦か? 『アンタにはこの価値、分かりませんよね~?』とでも言うつもりか?」

「なんでそうなるんですか! 血の気多すぎですよ、シオンさん!」

「ふん。私が負けず嫌いなのは知っているだろう」

「……正確には思い出した、ですが……えっとですね? これって殆ど『世界中』の航路が書いてあるんですよ」

「知っている」

「季節による海域の荒れ具合や、海賊の有無、気を付けるべき浅瀬や岩礁に、世界中の港から港の間の時間だけじゃなくて……例えば、ラルキアから最寄りの港までの移動時間まで記載されているんですよ?」

「そうだな。だから、知っていると言っただろうが。何が言いたいんだ、お前は?」

「いえ……ですから、これ、『世界中の商人』が知りたい情報が全部網羅されているって事ですよ。それって、商人にとってどれだけお金を出してでも欲しい情報なんですって。それが今、目の前にあるんですよ?」

 一商人として、興奮しない方が無理ですよと言ってニーザが小さくほうっと息を漏らす。その姿に、シオンが眉を顰めた。

「……その、なんだ? 『情報』の価値についてはまあ、分かる。だが……なんだ。それが夜も眠らずに仕事をする程の価値があるかどうか、正直疑問ではあるのだが」

 シオンの言葉に、ニーザがもう一度書面に目を通す。書類を右手の人差し指の腹で撫でた後、少しだけ考え込むように視線を斜め上に上げて、悪戯っ子の様な笑みを浮かべて見せた。

「そうですね……シオンさんが興味深いと思う言い方をすると……この書類を手に入れるという事は、『世界を手に入れる』っていう事、ですかね?」

 情報インフラが整備され、世界の片隅で起こった事件でも発生から数分後には世界中に拡散される現代日本では『情報』の価値は相対的に低くなりがちだが、主な陸路の移動手段が馬車と徒歩のオルケナ大陸では情報の重要度は非常に高くなる。例えばロートシルト家。ドイツ語で『赤い表札』を意味するユダヤ系の世界財閥を築き上げた一家であり、フランス語ではロチルド、そして日本人により馴染み深いであろう英語では『ロスチャイルド』と呼ばれる欧州男爵家の一族だ。

 銀行家として成功した家祖、マイアーには五人の子息がおり、子供たちはそれぞれ本家であるフランクフルト、ウィーン、ロンドン、ナポリ、パリという欧州の中心地で事業を起こし、そして成功する。ロスチャイルド家の子供たち自身に商才があった事も確かではあるが、一番の成功要因と言われるのは五家の協力の下、独自の連絡網や伝書鳩の飼育を行って欧州各地に散らばる一族間での情報の相互共有を円滑でスムーズにした事があげられるだろう。ロスチャイルド家の情報網の広さ、素早さ、正確さは欧州では広く知れ渡っており、ワーテルローの戦いではナポレオンの敗戦の情報をいち早く入手しながら、まるで相手国であったイギリスが負けた様なフリをしてイギリス公債を売りまくり、釣られた投資家達が公債を売り払った後に公債の買いに転じ、イギリス勝利の報が届いて公債が値上がりすると、買い集めた公債を売り払って巨額の利益を得た。

「どんな優秀な商人であっても、世界中の情報を知るなんて事は難しい。本当の意味でこれから通る『航路』が安全かどうかなんてわからない。でも……ある程度の知識を得る事が出来るんですよ、この書類で」

 電信網の発達した現代ではロスチャイルド家の持つ『情報網』の価値は絶対的なものではなくなった、と言われている。尤も、今でも一定の影響力を保持する一族ではあるが、詳細は省く。

「ならば、この『情報』は……千金の価値があるモノなんです」

 そう言って、もう一度書類に視線を落とした後、ニーザは落とした視線をシオンに向けて。


「――世界を手に入れると同義、だと!」


 鼻から息をむはーっと吐き出すシオンの姿を見た。

「ニーザ! もう一度! もう一度その書類を見せろ!」

「ちょ、シオンさん! 近い! ちか――ああ、引っ張らない! 破れる! 破れるから! 興奮しすぎですって!」

「五月蠅い! 世界を手に入れると同義などと言われてこのシオン・バウムガルデンが興奮せずにいられるか!」

「っていうか貴方、一回読んだでしょうが! 一回読めば大体わかるって大学時代に散々俺の事バカにしてませんでしたかねぇ!」

「仕事として読むのと、興味を持って読むのはまた別の話だ! ぶっちゃけ、『格好つけて手伝うとか言ったけど、正直眠たい』とか思って読んでた!」

「ぶっちゃけ過ぎだ! 真面目にやれ!」

「私の書類に間違いは無い筈だ!」

「間違ってなかったけどさ! 俺が言ってるのは取組姿勢の問題ですよ!」

「結果が良ければ問題無かろう!」

「うわ、ガチで腹立つ! 間違ってないけど! 間違っては無いんだけど!」

 能力自体は高い人間の見本みたいな女性なのだ、シオンは。『書いてある書類の要点を整理し、纏める』程度の仕事は――汚い話で恐縮だが、鼻糞ほじりながらでも出来るのである。ちなみにシオンの名誉の為に言っておくが、一応淑女の彼女、本当に鼻糞ほじりながらやっていた訳ではない。比喩である。

「一々喧しい奴だな。ともかく! その書類をさっさと渡せ! 私が読むんだ!」

「いえ、ですから! 俺はまだ仕事中なんで――いてぇよ! おい! アンタ今、俺の右手噛んだだろう!」

「おはえははっはほははははいはらはるい!」

「何言ってるか分かんねえよ! つうか痛い! 噛んだまま喋るな! 犬か!」

「はっはほははへ!」

「だから痛いって! こら! ちょ、はなれ――」


「……ねえ、アンタたち……何やってるのよ?」


 ニーザの言葉を遮る様、ドア口から声がかかる。右手を振りながら、そしてその右手に噛みついたまま、ニーザとシオンが同時にドア口に視線を向けて。


「……仕事しなさいよ、アンタ達。言いつけるわよ? ロッテさんと……アイリス様に」


 差し入れ代わりに持ってきたリンゴの紙袋を下げて、額に青筋を浮かべる綾乃の姿を見た。


◆◇◆◇◆


「……浩太もエリカもエミリも、ソニアちゃんだって忙しいみたいだから私が代わりに様子を見に来たんだけど……何やってんのよ、アンタ達。皆忙しい中頑張っているのよ?」

 額に青筋を浮かべたまま、右手でナイフを持って喋る綾乃。その姿に床に正座をしながらニーザとシオンが怯えた様に視線をあげた。

「あの……本当に、申し訳御座いませんでした」

「その……済まなかった、アヤノ」

「謝罪はいい。理由は?」

「そ、その……ニーザがだな? 書類には『世界を手に入れる』事が出来る情報があるっていうから……つい」

「あ、ずりぃ! ち、違いますよ、アヤノさん! 元はと言えばシオンさんがちゃんと仕事していなかったのが悪いんです!」

「し、失礼な事言うな! アヤノ、違うんだ! 仕事はちゃんとしてた! 実際、書類自体は完璧な筈だ!」

「取り組み方がこれ以上ないぐらい適当だったくせに!」

「結果が全てだろう!」

「なんですか!」

「なんだ!」

 お互いに罪のなすり付け合いをするシオンとニーザ。その姿に溜息を一つ、綾乃は持っていたナイフを二人に向けた。

「……アンタ達、もしかして全然反省してない?」

「「そ、そんな事ないです! 反省してます」」

 現金なモノ、ナイフを向けられた二人は再び背筋を伸ばして座りなおし、声を揃えてそう返答。その姿に綾乃はもう一度深く溜息を吐き、手に持っていたナイフを机の上に置いた。

「ともかく、もう喧嘩はしないの! 無茶苦茶タイトなスケジュールって訳でもないけど、そんなに時間だって有り余っている訳でも無いし……それに、なんかサボられている感じがしてそこはかとなくムカつくから」

 そう言って『さあ、食べましょう』と綾乃は先程までナイフを向けていたモノ――綺麗にウサギの形に切られたリンゴが乗った皿を手に持つと、部屋の中央に置いてあるテーブルへ向かい腰を降ろす。正座のままの二人に視線だけで着席を促すと、シオンとニーザは冷たい床の上から立ち上がり、綾乃の向かい側の椅子に腰を降ろした。

「……ほう。巧いモノだな」

 テーブルの中央に綺麗に揃えて並べられたウサギさんリンゴに思わずシオンの口から賞賛の言葉が漏れる。その言葉に少しだけ照れ臭そうに綾乃は頬を掻いて見せた。

「ありがと。でも、これぐらいは誰でも出来るっしょ?」

「誰でも、ではなかろう。少なくとも私は出来んし……恐らく、陛下もエリカ様も出来んさ」

「陛下やエリカはともかく……シオンも?」

「家事など出来なくても死にはしないからな。というか、アヤノが出来る方が驚きだ。どちらかというと『勉強は出来るけど家事は壊滅的に下手』というイメージだったのだが……キャラがぶれる。なんだ? 胃袋掴む為か?」

「キャラがぶれるとか言うな。まあ胃袋掴むも否定はしないんだけど……料理は趣味なのよ。シオンもやってみれば? 向いてると思うけど」

 綾乃の言葉に、ニーザが全力で首を左右に振って見せる。そんなニーザの姿を半眼で睨み、シオンは小さく肩を竦めた。

「ニーザはこう言っているが?」

「シオン、科学者でしょ? 実験とかしないの?」

「するが?」

「アレと一緒よ。決められた手順で、決められた分量の調味料と食材を入れていって、決められた時間炒めたり煮たりするだけ。下手に『隠し味』とか、『目分量』とかしなければ……まあ見栄えは経験とかセンスもあるけど、少なくとも食べられないモノは出て来ないわよ」

「……なるほど。では私にはやはり料理は向いてないな」

「ほえ? なんで?」

「私は実験にもオリジナリティを求める方だからな」

「……訂正。貴方は科学者にも向いてないわね。っていうか、いいのソレ? あ、アレ? あんまり危険な実験はしないクチ?」

 そんな綾乃の疑問にシオンは肩を竦めてニーザを見やる。呆れた様に溜息を吐いて、ニーザはシオンの代わりに口を開いた。

「……ラルキア大学には入学式と卒業式にだけ使う『大講堂』って場所があるんですよ」

「それが?」

「別に立ち入り禁止な訳じゃ無いんですけど、普通は入らないんですよね。用もないし。でも講堂ってくらいだから結構な広さがあるんですよ。それでシオンさん、『折角あんな大きな場所があるんだ。使わないのは勿体ない』って、実験室から機材を搬入してちょっと危険な実験したんですよ。ホテル・ラルキアのクラウス先輩とか、サーチ商会のベロア先輩とか……それに、荷物係で俺とか連れて。それで実験が始まった訳なんですが……用法容量守らず、『これぐらいでイイんだ!』って結構危険な薬品ごちゃ混ぜにして、ですね?」

「……ああ、なんか聞きたくない感じだけど……それで?」

 綾乃の問いにたっぷり二秒。


「ラルキア講堂の屋根が吹っ飛びました」


「……」

「アレイア時代からあるっていう歴史的建造物でしたし、結構な事件になりました。シオンさんのご両親もラルキア大学で教鞭を取っておられる方で、凄く優秀な、尊敬できる方なんですが……流石に恨みました。どんな育て方したんだ、って。あ、ちなみにコレ、ラルキア大学七大事件の一つです」

 綾乃、絶句。そのまま、ジト目の視線をシオンに向ける。その視線に気付いたシオンはゆっくりと口を開いた。

「……若かったな~、私も」

「若かったで済ませるな! っていうかソレ、殆どテロみたいなもんじゃん!」

「そうだな。ベロアが居たのも不味かった。一時期、ソルバニアとの外交問題にまで発展しかけたからな。いや、流石にアレは私も焦ったさ。あの時ほど、バウムガルデンの名前とロッテ翁に感謝した事はない」

「全然悪びれてない! 少しは申し訳ないと思いなさいよ!」

「申し訳ないとは思ってはいるが……まあ、私も学者だ。実験に失敗は付き物だしな。失敗から学ぶこともあるさ」

「じゃあ実験にオリジナリティを求めるの止めなさいよ!」

「学んだのはそこじゃない。『重要施設で実験をするのは止めよう』と思っただけだ。いや、学んだ、学んだ」

 そう言って皿からウサギさんリンゴを手に取りしゃりと齧って見せるシオン。ちなみに、浩太を召喚した際に実験を行ったのは千年間『開かずの間』と呼ばれていたこちらも超重要施設であった事から分かる通り、本質的にシオンは何も学んではいない。

「……はあ。もう、なんかどうでも良いわよ」

 もう、諦めた。そう言わんばかりに深い深い溜息を吐き、綾乃は視線をニーザに向ける。

「……それで? 進捗の方はどうなの?」

「なんだ? 監視も込めた陣中見舞いか?」

「ちょっと前の行動を思い返してから言ってくれる? 訪ねた部屋で二人でじゃれてるの見たら心配だってするでしょうよ?」

 ごもっともな綾乃の言葉。その問いに返答をしたのはニーザであった。

「シオンさんに手伝って頂いたお陰もありまして、ある程度の資料の纏めは出来ました。ここから、航路間の保険料の算出とか船の種類……年数とか、積載量とかから見た保険料の算出をしようかと思います」

「……遊んでいる割には結構進んでるのね?」

「誤解ですよ、それは」

 そう言って苦笑をして見せた後、ニーザは小さく溜息を吐く。

「ただ、これからが難しい所ではありますね。情報を纏めるのはともかく、保険料の算出となると……」

 保険という仕組みがないオルケナ大陸では、基準となる指標が何もない。より正確には、今後ニーザが作る『保険料』が基準の数字になるのである。これは結構な手間と時間がかかるのは想像に難くない。

「まあ、難しいのは分かるけど……取り敢えず、たたき台作ってみたら?」

「いえ、そうなんですが……」

 歯切れの悪いニーザの言葉に、綾乃が眉をピクリと跳ね上がらせる。そんな綾乃の表情の変化に気付き、ニーザがおずおずと口を開いた。

「……何というか……これ、陛下とかロッテ様とか……エリカ様まで絡んだ案件になるんですよね? という事は、絶対失敗出来ない訳で……その……」

 少しだけ言い淀む。そんなニーザをじっと見つめる綾乃の視線に気付いて、少しだけ慌てた様にニーザは両手を左右に振った。

「ああ、勿論、皆様俺の為にして下さってるのは分かっているんです! とっても有り難い話ですし、文句を言うつもりは無いんです! こんなチャンス、本当は貰える筈がないと思ってるんです。本当です! 本当です、けど……こう……」

「不安だ、って事?」

「……」

「怖いって事?」

「…………はい」

 問い詰めるつもりはない。それでも、綾乃の言葉に少しだけ身を小さくして殆ど消え入りそうにニーザは呟いた。

「……なるほどね」

 綾乃の言葉にまるで、堰を切った様に。

「――だって……俺、今まで唯の商人だったんですよ? 勿論、仕事に手を抜いたつもりはありませんし、それなりの仕事をしてきた自負はありますよ! でも! それが、陛下とかロッテ様とかエリカ様が考えた……『国家の一大事業』の責任者になれって、そんなの急に言われたら……」

 ニーザは確かに商人としては優秀な方の部類に入る。だが、考えても見て欲しい。優秀なサラリーマンがいきなり『国家の一大プロジェクトを、独力で一から造り上げろ』と言われて、そんなに簡単に出来るかと言われれば……恐らく、答えは否であろう。

「……こんな事、やったことも無いですし……その、本当に俺なんかが出来るかどうか……分からないですし……」

 ニーザの言葉を、座ったまま黙って聞く綾乃。と、シオンがニーザに声を掛けた。

「……お前があまり寝ていないのに関係があるのか?」

「……寝れないんです」

「体を壊すぐらい働く事にも?」

「止まったら、考えちゃうんです。失敗した事ばっかり、こう……頭の中でグルグルと。資料を纏めている時は、その……考えなくて済むので」

 今まで黙っていた心情の吐露。その言葉を聞いて、シオンは小さく肩を竦めて溜息を吐いた。

「……バカめ。なぜ相談しない?」

「相談って……」

「そんなに私は頼りがないか?」

「そういうつもりはないんです! ないんですけど……だって、そんなの……シオンさんには散々、迷惑かけているのに、これ以上……それに、これって唯の愚痴みたいですし……こう、そんな事言える立場じゃないのは分かっているし……」

 言い淀みながらポツリ、ポツリ。そう喋るニーザに、シオンはもう一度大きく溜息を吐いた。

「……お前がどう思っているか知らんが、私はお前の事を高く評価しているし……何より、可愛い後輩だと思っている。今回の件だって、私が煽った面もある。だから、お前が悩んでいるのであれば、少しでも助けにはなってやりたいと思っている」

「……」

「むしろ、相談をされない方が腹が立つ。肝に銘じろ」

「……はい」

「シオン、それぐらいで。まあ、ニーザの言っている事も分かるわよ。自分にはなんの話も無しに状況だけどんどん進んで行って、気付いたらビッグプロジェクトの責任者ですものね。自分に本当に出来るかどうか、それすらも分からないまま進んでいくんですもの。そりゃ、不安にもなるわよ」

 まあ、これはなんの説明もしてない浩太にも責任があるんだけどね、と笑って皿の上のリンゴを手に取る。そのまましばし手の上でリンゴを転がして手遊びした後、綾乃はリンゴを一口齧り、咀嚼して飲み込んだ後に言葉を続けた。

「……ねえ、ニーザ。熊蜂って知ってる?」

「……熊蜂、ですか? いえ……」

「私のいた……ヤメートには熊蜂っていう蜂がいるのよ。ずんぐりむっくりの体をしてるくせに、すっごい小さい羽を持っていて……航空力学って学問があるんだけどね? 航空力学の考え方では、熊蜂のあの大きな体をあの小さな羽で飛ばすことは出来ないって言われていたのよ」

「……えっと……理論上は飛べないって事ですか?」

「そういう事。じゃあ、理論上飛べないハズの熊蜂はなんで飛んでいるのか? なんでだと思う?」

「なんで、でしょうか?」

 ニーザの問いに、リンゴをもう一口。

「『熊蜂は、自分が飛べないのを知らないから飛べる』。或いは、『熊蜂は、自分が飛べると信じているから飛べる』のよ」

 残ったリンゴを口の中へ。綾乃がリンゴを飲み込む姿を見届け、シオンが言葉を発した。

「中々ロマンチックな事を考えるな、ヤメートの学者は」

「理論上飛べないモノが飛べているんだから、まずは理論を疑うべきなんだけどね。まあ、殆どギャグみたいな話だけど……でもね? それからヤメートでは熊蜂は『不可能を可能にする』っていう意味を持つようになったのよ。スポーツチームとかのロゴになってたりするのよね」

「……ふむ。だから、ニーザにも熊蜂の様に、不可能を可能にする様に頑張れ、と?」

 その言葉に綾乃は小さく首を振る。

「……違うのか?」

 横に。

「不可能なモノはどう頑張っても不可能だから。さっきも言ったけど、結局理論が間違っていたのよ。詳細は省くけど、レイノルズ数っていうのがあって、それを考慮して算出すれば熊蜂はあの大きな体に小さな羽の姿でもきちんと飛べるんだって事が分かったのよ」

「……なるほど。興味深い話だな。後で省いた詳細を教えてくれ」

「無理。私、理系嫌いだから」

 シオンの頼みを一刀両断。少しだけ鼻白むシオンを面白そうに見やり、綾乃は言葉を続けた。

「浩太って、努力バカなのよね」

「知ってる」

「だけど……そのくせ、諦めは良くてさ。自分に出来ない事は、最初から努力をしないのよ。自分が手の届かない事は絶対にしないタイプ。もし浩太が熊蜂で、『君は理論上飛べないんだよ』って教えてあげれば、きっと『ああ、そうですか。では飛ぶのは止めましょう』っていうタイプなのよね」

「……まあ、そうだろうな。なんとなく想像が付く」

「でも、きっとそんな熊蜂浩太君に、『ごめん、ごめん。レイノルズ数ってのがあったわ。君、飛べるよ?』って言ったら……あの努力バカ、きっと努力すると思うのよね。効率の良い羽の動かし方勉強して、練習もして、失敗して、泥だらけになって……でも、最後はきっと飛ぶのよ、大空を」

 そう言って、少しだけ眩しそうに眼を閉じる綾乃。思考の先に、嬉しそうに空を飛ぶその姿を思い浮かべて頬を緩めた後、ゆっくりと閉じていた瞳を開けた。

「……ただまあ、あの努力バカは結構特殊なパターンだからね。普通の熊蜂は『今まで飛んだ事も無いのに、急に飛べるって言われても』って尻込みすると思うのよ。本当にレイノルズ数なんてモノがあるのかって思うと思うし、別段飛べなくても痛痒を感じなければ、痛い思いをしてまで飛ぶ練習をする必要もないしね」

「……」

 無言のまま見つめるニーザに、綾乃も視線を返す。

「ニーザ一人だったら難しいかも知れない。でも、浩太も、エリカも、エミリも、ソニアちゃんも……私もシオンも、協力は惜しまない。陛下だってロッテさんだって、きっと最大限の力を貸してくれるわ」

「……はい」

「これだけ好条件が揃えばきっと、不可能な事なんかないわ。後は……そうね、貴方が私達を『信じれる』かどうかだと思うわ」

「……はい。アヤノさんの仰ってる事は……その、分かりました」

「そう。それじゃ話はおしまい」

 パンと手を打って、綾乃はポケットからハンカチを取り出す。リンゴの汁が付いた手を拭こうとして、その動きを止める。

「……ああ、そうそう。これはごくごく個人的な意見だけどさ?」

「はい?」

「私は泥だらけになって、傷ついて、それでも努力をする浩太の姿を純粋に格好イイと思うし、一女性としてとっても魅力的だと思ってるわよ?」

 そう言って、綾乃は少しだけ頬を朱に染めてにっこりと微笑んで見せた。


◆◇◆◇◆


「……」

 部屋を訪問した綾乃が帰った後、『いいか、ニーザ? 今日は絶対に寝ろよ?』と言ってシオンも帰った、その夜。

「……寝れねー」

 ベッドに潜り込み、頭から布団をかぶっていたニーザはゆっくりとその体を起こした。

「分かったんだけどな、アヤノさんの言いたい事は」

 ニーザも、綾乃の言わんとしている事は理解している。一人で抱え込む必要はないし、一人で抱え込める程、『軽い』話でもない。

「……でもな~」

 そうはいっても、そんなに簡単に割り切れる問題でもない。溜息を吐きつつ、真っ暗な部屋でベッドから体を起こすと、手探りで燭台まで歩きマッチを擦って油に火を付ける。ジジジっと芯が焦げる音と匂いの中、真っ暗だった部屋が少しだけ明るくなった。

「……やるか」

 結局、今日も徹夜か。

 そう思い、ニーザは部屋の隅にある自身の机まで歩く。腹が空いたのか、抗議の声をあげる自身の腹の虫に少しだけ苦笑をして見せた後、ニーザは目的地の椅子に腰を降ろしかけて。


 トントントンと鳴るドアの音に、思わずびくっと体を震わせる。


「……やべ」

 この時間、部屋を訪ねてくるとすればシオンぐらいのもの。寝ろと言われた手前、起きている事がバレればきっとネチネチと言われる。一瞬、寝たふりで誤魔化そうかと思い、それでも今度はそれがバレた時の方が酷いと思い直して溜息を吐く。

「……どうぞ。起きています」

 諦めた様に扉に向かって声を掛ける。ニーザの声に反応したか、ギギギッと鈍い音を立てながらその扉が開いて。


「…………へ?」


 扉の前に立っていた人物はニーザの想像した人物ではなく。


「あい……りす?」

 

 不満そうに、少しだけ頬を膨らませたニーザの想い人がそこには立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。