#74 終幕──『毒』
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お母さまの詩が終わった後、採点官たちが集まる。
彼らは一様に難しい顔で額を寄せつつ、先ほどの詩について話し合った。
「これは……いったいどう評価すれば良いのじゃ?」
「ふむ。董璃殿の“演目”は素晴らしかったが、他の参加者たちと趣きが違いすぎる」
「霊帝さまの詩を待たずして詠みあげたぞ? 大会の規定を満たしておらぬ」
「いや、だが見ただろう。霊帝さまの詠み札は燃えてしまったんだ。それも仕方あるまい」
壇上は 喧々諤々。
それを曹操は興味なさそうに、孔融は何か言いたそうにして眺めている。
私たちはといえば、ほっと胸を撫で下ろしていた。
(ふう。何とか上手くいったわね)
(はい! ドキドキしましたぁ!)
“大恥”も“嫉妬”も回避した。“予言”を切り抜けた。それも、これ以上ない形で。
あとは、この会場を去るだけだ。“大会の優勝”には興味ない。とはいえ、閉会式には出なければならない。
「李儒、ありがとう」
「いいえ。任務をこなしたまでです」
お母さまは李儒に感謝を述べるが、李儒はいつも通りの無表情でそれに応じた。
とはいえ、彼女の働きがなければこの作戦はうまく行かなかっただろう。
霊帝さまの詠み札が燃えるというアクシデントを“演出”の一部であると観衆に信じ込ませるためには、楽団の助力は必要不可欠だった。
「しかしながら、あの詩は……」
「詩……?」
お母さまが、不思議そうな顔で李儒を見つめる。
「……何でもありません。ですが、我が主人もきっと喜んでいると思います」
静かに、でもどこか誇らしそうに李儒は言った。
あの詩に込めた意味を、彼女はちゃんと理解してくれたようだ。
“真実の天子”──あれは霊帝さまを讃えたようでいて、実はそうじゃない。
文姫はあの詩の中で、劉辯への感謝と、彼の下での漢の再興を祈念したのだ。
「ふふ。何のことかはよくわからないけれど、そうだといいわね」
お母さまは、李儒の“主人”が──劉辯が漢の皇子であることを知らない。
だけど、李儒の顔に漏れ出たほんの少しの感情を見て、悪い気はしなかったみたい。
「董璃……と言ったな」
振り向くと、曹操が近くにいた。
李儒がお母さまを庇うように割って入り、曹操を静かに睨む。
「ふん、別に何もせん。お主の演目、なかなか面白かったぞ。その“才”、いつか“漢”のために役立つ時が来るだろう。あの“古文書”と違ってな。それが言いたかっただけだ」
曹操は小さく、ただそれだけ言って去っていく。
孔融は気づいたようだったけれど、曹操は振り返りもしない。
いずれ、曹操はお爺ちゃんに“牙を向ける”。
それは、私たちがこの世界の歴史を決定的に変えない限り、いつか訪れる”未来”。
でも、いまの曹操には“野心”はあっても、“漢”への反意は感じられない。
むしろ、その才気で漢を支えようとしているようにさえ見えた。
史実でも確か、彼は最後まで“王”を自称することはなかった。
このままお爺ちゃんが……いえ、私たちが道を逸れなければ。あるいは──。
そんなことを考えていれば、再び銅鑼の音が鳴る。
会場の注目が一斉に司会に集まる。
「決勝の結果が出た! これより閉会式を始める。決勝の出場者三名は、前にお並びください」
司会の合図で、お母さまたち三人は横一列に並ぶ。
順番は向かって右から、曹操、孔融、お母さまの順。
「ああ、いよいよこの時か。……緊張しますね」
孔融はその言葉どおり少し震えている。お母さまは「皆さんとても良かったわ」などと声をかけている。
満更でもなさそうな孔融に、曹操はつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「それでは、霊帝さま。優勝者の発表を」
司会の言葉で立ち上がる霊帝さま。
「ほほ。ではその前に……朕から一言ずつ」
視線を順番に出場者に向けた後、霊帝さまは一人一人に声をかけていく。
「まずは曹操。其方の詩……まことに良かった。“才”は招け──その言葉、早速採用しよう。其方はこれより“漢”の中枢にて働いてもらう。議郎に任ずる故、存分にその力を発揮せよ」
「はは! 仰せのままに!」
曹操が答える。その顔は誇りと自信に満ちている。
議郎とは、政策の良し悪しを論じる官吏のことだ。実質的に、霊帝さまは彼の革新的な考え方を取り入れることを認めたと言えるだろう。
孔融は少し焦ったような顔で曹操を一瞬だけ見た。
「次に孔融」
「はは!」
呼びかけられた孔融は頭を下げる。あの天敵、曹操が認められたのだ。もし自分が認められなかったらと彼は気が気じゃない。しかし、霊帝さまの言葉は彼の想像とは違っていた。
「お主の詠んだ“温故知新”──まさしく、今の漢に求められていることじゃと思う。いまは国難の時、かつての高祖のように朕も皆を導いて行きたいと思う。其方は、北軍中候として我が宮を守り、正しき“徳”を広めよ」
「あ、ありがたき幸せ!」
孔融の声は震えている。
北軍中候は、宮殿を守る近衛隊の長。文官である彼が就くには少し難しい役職かもしれない。でも先ほどの彼の言葉、“徳は剣にもまた輝く”。それを実践できるのであれば、この宮中の兵士たちの規律の乱れも回復するだろう。
「最後に、……董璃」
「はい。ここに」
霊帝さまの呼びかけに、お母さまは跪く。
私たちにも緊張が走った。まさかここで──そんな小さな不安が胸を締め付ける。
霊帝さまは少し躊躇ってから、再び口を開いた。
「誠に美しく、賢く、そして……強い意志を見せてもらった。其方には、もう“全て”ある。よって……悔しいが、朕から与えられるものは“何もない”。ただ──“自由”を約束しよう」
霊帝さまが微笑む。
何も与えない代わりに、何も奪わない。それが、霊帝さまがお母さまに与えた“褒美”だった。
お母さまが顔だけをあげ、目を見開く。
私は思わず文姫に抱きついた。文姫も思いっきり抱きつき返してくる。
とても言葉が出ない。ただ涙が溢れて、目の前がぼやける。
霞んだ視線の先で、お母さまが蹲ったまま小さく震えている。
ただ、凛と。不安の中、最後まで戦った彼女に会場から温かい拍手が送られる。
「あり……がたき幸せ」
お母さまは小さくそう答えた。
「何よ! 宏ちゃん! 何か宝石でも贈ってあげればいいのに!」
何もわかっていない何皇后から、そんなヤジが飛び出る。でも、それを聞いて安心している自分がいる。
本当に、全て上手くいった。
「さあ、もう褒美は与えた。しかし……優勝を決めないのは気持ちが悪いだろう」
続けて霊帝さまはそう言って会場を見る。
観衆はいよいよかと思い思いに歓声をあげ、“その人”を待つ。
皆が霊帝さまを見る。
興味がなさそうにしていた曹操も、自分の名が呼ばれるのを信じて疑わない孔融も。そして、お母さまも。
「ほほ。優勝者か──迷ったが……いまここでその名を呼ぶことはできん。だがいずれ……この中華に名を轟かすじゃろう。しかし、まだ“その時”ではない」
霊帝さまの言葉に、誰もが首を傾げた。
どうして……?
不思議そうに見つめ合う観衆を見渡してから、霊帝さまは誰にも聞こえないような声量で小さく呟く。
「漢の子よ……今度はちゃんと、名を名乗るのじゃぞ」
そう言って、霊帝さまは一瞬だけ“何もない場所”を見た。
お母さまの後ろ──“私たち”がいる場所を。私と文姫は、思わず顔を見合わせる。
そんな私たちを他所に、霊帝さまは高らかに笑って続けた。
「ほほほほ。冗談じゃ! 優勝は、ここにいる三名。いずれも優劣付け難く、優勝はこの三名とする!
漢を守護する未来の種は──確実に育っておる。今日は時間の許す限り飲むが良い。そしてまた、明日からこの漢に尽くしてくれ。さあ、杯を掲げよ!」
観衆が一斉に沸く。
「なんだ、冗談かよ!」
「余興だからな! まあ、褒美は全員に渡ったんだから、そういうことか!」
「飲むぞ〜〜!!」
「静粛! 静粛に!!」
銅鑼が鳴らされ、司会がまた場の収束を呼びかける。
「では、漢の永劫に!」
「「漢の永劫に!」」
「乾杯!!」
「「乾杯!!」」
霊帝さまの合図で杯が打ち合わされ、宴は今日一番の熱に包まれていく。
油灯の明かりが眩しい。笑い声がようやく私たちの耳にも届くようになると、“獣”の香りが消えていた。
いつの間にか、霊帝さまと何皇后はいない。
(……最後の。な、なんだったんでしょう……)
文姫が私の袖を引っ張る。
私にも理解ができていなかった。もしかして、バレていた? いつから?
わからない。でも、もし……そうだとしたら。
霊帝さまは私たちのことを“お許し”になった。
(さあ、“いま”はわからないわ。でも、“いつか”わかるのかも……)
小さくそう答えて、私はお母さまの手を握る。
お母さまの手は温かくて、なんだか少しだけ安心した。
こうして、私たちを苦しめた“最初の予言”は去った。
私たちに小さな“不安の種”を残して。
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これにて第二章終幕!
長かったですね〜。ここまで読んでくれてありがとう!
次はいよいよ…三国志界隈では誰もが知ってるあの“大乱”。
ここまで読んだ皆なら、多分予想はつくよね(*´艸`)?笑
間に一回幕間挟みます。ここまでのお話のルビ打ちもしようかな。
面白かったらブクマ&★評価をもらえると
明日の更新の励みになります( ๑❛ᴗ❛๑ )♪
まだまだお付き合いくださいね☆




