#58 開会式
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一際高く作られた中央の玉座。
真っ赤な座面の背に、龍の頭をした聖獣の彫刻──あれは青龍だろうか? それとも黄龍?
そこに霊帝さまが腰を下ろすと、続いて何皇后や他の皇族、外戚たちもそれぞれの席についた。
その中には、もちろん劉辯も。でも、その姿は私がいつも会っている“色黒の男の子”じゃない。黒地に金の豪奢な衣装を纏った、“色白の男の子”。──幼い皇子としての彼だった。
「皆のもの、面をあげよ」
霊帝さまの声が静かに会場に響くと、臣下たちは一斉に顔を上げた。
「今宵は中華全土から、よく朕の召集に応じ、馳せ参じた。誠に大義である」
その言葉はどこか直接頭に響いてくるよう。不思議と心を掴まれる。
「さて、皆も承知の通り……偉大なる高祖が開いたこの漢も──朕の代で三百八十余年、栄華は正にここに極まっておる……」
演説の途中、何皇后は退屈そうに欠伸を噛み殺している。彼女はまるで霊帝さまの話には興味がないとでも言うように、爪の紅を擦ってふうと息で飛ばした。
「しかし、北には匈奴、西には羌族……国内に目を向ければ、この中原にさえ飢饉や盗賊は溢れておると聞く……朕の世──そして漢が今後ますますの栄華を輝かせるため、皆にはより一層の獅子奮迅働きを期待しておる」
(ふっ。そうと知っていてなお、王宮は“この有り様”か……陛下はつくづく“お優しい”)
(おいっ! だから、あまり物騒なことを言うな!)
隣から曹操と袁紹のやりとりが聞こえる。
曹操の言葉は嫌味っぽいが、的を得ている。おそらく、ここに集うほどの英雄たちであれば、少なからず最近の漢王朝の“翳り”に気がついているはずだ。
「さて、今夜の宴席はそんな皆の今後の働きを先に労するためのものじゃ。並ぶのは、みな遠方より遥々取り寄せた美味ばかり。大いに飲み、歌って楽しむが良い」
その言葉に、広間にいた参加者たちはどっと湧き上がる。中には、曹操と同じく難しい顔をしているものもいるが、そんな者たちはごく少数だ。
「静粛! 静粛に!」
司会の男が手を広げ、再び会場の注目を霊帝さまに向けさせる。
「とはいえ、催しがないのもつまらなかろう。そこで、朕が考えたのがこの漢詩大会──競技方法は“対詠”」
「対詠……? 初めて聞く競技だ」
「詩の詠み合いってことか?」
「どんな競技だろうか……」
「静かにしろ、まだ霊帝さまが話されているだろう」
発表された競技内容に、会場全体が少し騒つく。
霊帝さまが静かに腕を横に伸ばすと、やがて会場は静まり返った。
「やり方は明解じゃ、朕が詠む詩に合わせ、それに応える詩を返せばよい。簡単であろう? ここに立つのは皆、文の才で名を立て者たちばかりであるからな」
壇上の選手たちに、一気に緊張が走った。
その動揺は当然だ──漢詩大会の競技内容は、いまここで初めて発表されたのだから。
種目が“対詠”であると“事前に”知っていたのは私たちだけ。だから緊張はない。予言のアドバンテージが、地味に効いている。
中には、先に書いて持ってきた歌詩札を落とすものも……。そう、“事前に準備されたもの”なんて、今この場では何の役にも立たないのだから。
そんな中、堰を切ったように笑い出す男が一人──
「く……くはははっ! 実に……実に面白い催しでございます陛下!」
「お、おい!」
鷹の目をした中華の傑物──曹操だ。
隣から袁紹が止めようとして声をかけるが、全く声を顰めるそぶりはない。
「はて、其方は確か……」
霊帝さまの目が……否、会場にいた全ての人間の目が彼に向く。
「失礼。あまりに痛快で堪えきれませんでした。私は曹騰の孫、曹操。曹家の名代として参上しました。どうか以後、お見知りおきを」
「ほほ、そうかそうか。曹騰は誠によき臣であった。曹操とやら──其方の実力。存分に朕に示せ」
「はは!」
頭を下げて最敬礼する曹操。
ほんの短いやりとり。しかしこの曹操という男は、このやり取りでここにいる全ての人間の脳裏に、自身の名を強烈に刻み込んだ。
「お、おい。大丈夫なのか?」
「ふん、構うものか。最高の舞台を用意してくれた霊帝さまには感謝しかない」
慌てたように曹操に耳打ちする袁紹。しかし、曹操はその笑みを崩さない。
続いて案内の者たちが現れて、出場者を壇上の両脇に誘導していく。
曹操は会場の反対側だ。
「黒赤蝶さま。こちらです」
後ろから李儒の声がかかる。
「ええ。行くわ」
そう言って、ゆっくりと李儒の後を追いかけるお母さま。私たちもそれに続く。
一瞬だけ主賓席の劉辯に目をやったが、彼はじっと会場を見渡すだけでこちらには目もくれない。
(そう。あなたには“貴方の役割”があるものね……)
少し寂しい気もしたけれど、今はそんなこと気にしている場合じゃない。
予言には、具体的なお題は書かれていなかった。
私は文姫の文才を信じている。でも、私にだって文姫が知らないいろんな知識がある。
協力し合うんだ。どんなお題が出されても。
私が知恵を出し、文姫が情を彩り、お母さまが音に乗せる。
勝利はきっと、その先にある。
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