#56 涼州の友人
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割れる人波を進む李儒に、私たちは続く。
「失礼、通ります」
李儒が目の前の女官達に声をかけた。
話に興じていた彼女達は、私たちの接近に気が付かなかったらしい。
「ちょっと何……よ」
怪訝そうに振り返ったその一人が、李儒を目にした瞬間口を閉じる。
その後すぐ、彼女らは頬を赤らめて道を譲った。
「感謝する」
そう李儒が声をかけると、その女官はまるで糸が切れたみたいにその場にへたり込んだ。
李儒はそれに目もくれず、またゆっくりと歩みを進める。
その振る舞いは、まるで物語に出てくる“王子”のよう。これって……もしかして──
(小紅さま小紅さま)
小声で文姫が呼びかけてくる。
(なに?)
(私、やっぱりあの人嫌いじゃないかもしれません)
少し頬を赤らめてそう言った文姫。
(ちょっと……いまは集中なさい)
私は、ほんの小さな圧を乗せて言った。
これから一番大事な役目を果たさないといけないのは、間違いなく文姫だ。
いつもなら可愛いで済ませられるが、浮ついた状態であの場に立たれるとこっちが不安になる。
(えへへ。すみません)
ペロリと舌を見せて笑った文姫。
(もう……)
まあ、緊張でガチガチになるより……少しはマシか。
左右に割れた大衆から、次々と吐息混じりの感嘆が聞こえ始める。
「おお……あれが噂の」
「音に聞こえし“黒赤蝶”……」
「とんでもない美女だ」
「しかし、もう“手付き”だと聞いたぞ?」
「構うものか。で、誰が行く?」
「その栄誉は其方に譲ろう」
「馬鹿を言うな、衆前で恥をかくのは御免だ」
李儒が人の海を割り、大衆がお母さまを見て噂する。
会場の注目は、いまや完全に私たちに集中している。
(小紅さま……)
その視線に気がついた文姫も、さっきまでの惚気はどこへ行ったのか。不安そうに袖を握りしめる。
(大丈夫、見られているのは“貴女”じゃない。私たちは“これから”に集中してればいい)
(うう……はいぃ!)
私の言葉でなんとか気を持ち直す文姫。
本当に申し訳ないけれど、頑張って欲しい。文姫なしじゃ、この作戦に成功はない。
もしかしてバレるんじゃないか。そんな不安もあったけれど、ついに私たちは雛壇の真下に到着した。
その時、大きな二つの影が私たちの横に進み出る。
一人はお爺ちゃん──でも、もう一人は“知らない”。
「おお、やっと来たか赤麗。もう怖気づいて来ないかと心配したぞ」
お爺ちゃんが大きな笑い声と一緒にそう言った。
「もう、馬鹿なことばっかり言って。そんな風だから、部下に誤解されるんですよ?」
「な、なんじゃ? どんな風に?」
「仲穎さまの言っていることは、“冗談か本気かわからない”……って」
「な、何!? わしはいつも本気じゃぞ!?」
「“戦場”では……そうかもしれないわね」
その答えを聞いて、お爺ちゃんの笑みがさらに深くなった。
「わはは。その様子であれば、緊張はしておらんようじゃな。全力で牙を剥け」
「ふふ、言われなくとも」
お母さまが妖艶に微笑む。側で見ていた大衆から「おお」と声が漏れる。
「赤麗、久しいな」
お爺ちゃんのそばに居た男が話しかける。
騎馬民族風の衣装で、背は高く、黒髪を短く切りそろえている。
「お久しぶりです“文約”殿」
「はっは、気にするな。昔のように“韓遂”でいい。大きくなったな」
「あら、いま幾つだと思ってらっしゃるの? それより、“オドヴァル”は元気?」
「元気だとも! 今年また子が産まれた」
「あら、それは本当におめでとう。涼州に行った時には、ぜひ顔が見たいわ」
「ああ、ぜひそうしてくれ」
“韓遂”──私は自分の記憶を紐解く。
確か涼州で長く土地を治めた地方豪族だ。お爺ちゃんも涼州出身。顔見知りだろうか?
「おい、わしも行くぞ」
「ははは、そうだな。ぜひ来てくれ。一族皆んな、お前達を好いているからな。そうだ、さっき話していた“自慢の孫娘”とやらにも挨拶したい。その時は、必ず連れてきてくれよ」
二人の間の空気は、まるで古い友人と会った時のよう。
お母さまも、彼の妻を知っているようだったし、いつか涼州に挨拶に伺うこともあるかもしれない。
「黒赤蝶さま」
そんな三人に向け、李儒が感情のない声で呼びかける。
彼女はいつの間にか、軽く両手を広げて大衆との間に立っており、お母さま達に声が掛かるのを防いでいたようだ。
「もうお時間がありません。壇上におあがりください」
「ありがとう。悪いわね」
そう礼を告げて、お母さまは雛壇に続く階段をゆっくりと登り始める。
(文姫、私たちも行こう)
(……はい)
まだ少し緊張はしていたけれど、文姫の目にはしっかりと覚悟が宿っている。
いよいよその時だ。
漢詩大会が始まる──運命の時が来た。
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