#46 素養試験
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文姫の目の前に大きな水晶玉が置かれた。
私たち三人は、文姫を中央にしてそれを見つめる。
子供の頭ほどあるそれは、先日私が割ってしまったものより一回り大きい。
それによく見ると、その内側には一点の曇りもひび割れもない。それだけで、この水晶玉が大変貴重なものだということがわかった。
純度の高い石英を極限まで磨き抜いたそれは、恐らくこの時代ではちょっとした財宝以上の価値があるだろう。
「あの、陛下……」
「何だ董白」
「そういえば聞きそびれちゃってたけど……その水晶玉って、実はかなり高価なものなんじゃないの?」
私の問いに、劉辯は呆れ果てたように答える。
「ああ……なんだ今頃か。そうだな、これひとつで軍一万とは言わないが……三千くらいの部下なら動かすことはできるんじゃないか? 食糧や医療品などの遠征費諸々な」
「さ、三千……じゃ、前回私が割っちゃったやつも……」
「ああ。まあ千人くらいなら戦に連れて行けたろうな」
劉辯はこともなげにそう答えた。「げ……」と隣で文姫が顔を青くする。
「は、払えません!」
思わず一歩引いて身構えた私を見て、劉辯は笑った。
「はっはっは。そう警戒するな。あれは事故だと言ったろ? いまさら其方にあれを弁償しろなどとは言わん。それに……」
そこまで言って、彼は水晶玉に目を落とした。
「これはあれよりも少し反応が鈍い。そのぶん、早々割れることはないだろう。ただ、多少の仙力は有しておらんと、計測するのは難しいぞ? まあ、二人で透過の術を使うというなら、それくらいはやってもらわんと困るところだがな……」
難しい顔で水晶玉と文姫を交互に見つめる劉辯。
文姫も「うう。頑張ります」と一言。少し緊張しているのか、さっきまでの勢いはない。
「じゃあ、そろそろ始めるか──素養試験を」
劉辯は両手を組んで伸びをする。
まだ連日の疲れが残っているのだろうか、腰を交互に捻ってから首を回す。
「陛下……大丈夫?」
「ああ、少なくともこれは調べておかないと明日からの計画が立たない。時間がないんだろう?」
そうだ。無駄にできる時間はもうない。仮にここで文姫に素養があったとしても、そうでなくても。
「つき合わせちゃって悪いわね」
「いいさ、それに。ここまで来れば余も無関係ではないからな」
そんなやりとりを挟んだ私たちに、文姫が尋ねる。
「それで……これってどうやって使えばいいのでしょう?」
「ああ、説明する。呼吸はゆっくり、そう。次、視線は水晶の中央にして意識を集中させろ……そうだ、うまいぞ」
次々に出される劉辯の指示を、文姫は要領よくやってみせる。真剣だ。雰囲気が、いつもと違う。
「いいか、心の中で唱えるんだ。『青龍、朱雀、白虎、玄武、そして黄龍──五神よ、我の呼び声に応え、ここにその力を現し給え──』と」
「青龍……朱雀……」
文姫がじっと水晶の奥を見つめ、集中力を研ぎ澄ましていくのがわかる。
でも、水晶は光らない。私の時のような、熱や音も感じない……仙力が足らないのか。
それでも文姫を信じるように、私は水晶の奥に目を凝らす。
「……」
────。
長い静寂、耳の奥が痛いくらい。沈黙が部屋いっぱいに広がる。
でも「やっぱり……」そう口を開きかけた文姫を、劉辯は手で制した。
「っし。喋るな、そのまま集中しろ」
その視線はまだ、水晶の奥を見つめている。
文姫が息を呑む。少し動揺したみたいだけれど、彼女はすぐにまた集中を始めた。
その時──内側に……くもり?
気づけば、水晶玉の奥でほんの小さな“もや”のようなものが渦巻いている。ゆっくり、ゆっくり。
でもそれは、徐々にはっきりと輪郭を纏い始める。五色の光──緑、赤、黄、白、そして水色……間違いない、感じる。肌を優しく撫でられるような不思議な感触。小さいけれど、確かに──これは五行だ。
「へ、陛下っ……」
ようやく文姫にも感じ取れたのか、彼女は慌てたように声を上げた。
「大丈夫。危険はない……」
そう言って、劉辯は手を伸ばす。
「やったな」
ポンと肩を叩かれて、文姫はやっと緊張を解いた。
「や……やった! やりましたよ小紅さま!」
文姫がこちらを振り向く。いまにも泣き出しそうな口もとは、小さく震えていた。
水色の瞳は、喜びに潤んでいる。素養試験は──合格だ。
「ええ、五行が応えた。貴女にも……」
「ああ。適正があるな」
そう継いだ劉辯を、文姫がまた振り向く。
「……はい!」
元気な返事に、劉辯は思わず笑った。
「ほんとうにお前たちは、真っ直ぐで眩しいな。だが……余は少し疲れたぞ」
そう少しおどけて見せた劉辯。でもほんとうに、言葉どおり疲労が溜まっているのだろう。
目の周りが少し赤い。私は椅子を引き、陛下に座るよう促した。
「大丈夫? でも、まだまだ教えて貰うわよ陛下」
「ちょ、今日はもう勘弁してくれ……」
そのやりとりに、三人で顔を見合わせて笑った。
これでやることは見えた。あとは、突っ走るだけ。
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