#42 一人じゃない
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劉辯と別れてから、もう6日が過ぎた。
梅雨も終わりに近づいて、雨の降らない時間がだんだん長くなっている。
まだ少し湿った夜風が髪を撫でる。夏の匂いが、もうすぐそこまで来ている。
雲間から、淡い光が梯子のように降りた。
思わず目で追いかける。
見れば、空に浮かぶ月。それは掴めばポキリと折れそうなほど、細く鋭く尖っていた。
私は長いため息を吐く。
明日はいよいよ、約束の日。彼は答えを見つけ出せたろうか?
それとも、いまもこの月闇のなか、頭を悩ませてくれているのだろうか?
劉辯から指示された循環訓練は順調だ。いまでは身体の中を流れる五行の気配をしっかりと感じ取れるようになった。仙術の発動まであと一歩のところまで来ている。その実感は、もはや確信と言っていいほど高まっている。
でも、もしも劉辯が印の組み方を見つけられなかったら……。
期待と不安が交互にやって来て、いっぱいになった胸の奥が締め付けられるようにきゅっと痛む。
大丈夫、彼を信じよう。そう思う気持ちと、本当に間に合うのかという焦りが、波のように行ったり来たりする。
ただ信じて待つ。それだけのことが、こんなにも心細いなんて知らなかった。
もう何度目だろう。こうして彼のことを考えるのは。
たまに吹く強い風が、館の周りを通り抜ける。
そのたび揺れる笹の葉が互いに触れて、さらさらという音が思考を散らしていく。
そんな時だった。私の後ろから静かに声がかかる。
「何を……思ってらっしゃるんですか?」
振り返れば、そこにいたのは文姫だった。
「ちょっとね。考え事を」
そう言って耳に髪をかける。
文姫は窓際まで寄って来て横に並んだ。私たちは、二人で同じように月を見上げる。
今にも消え入りそうな、小さな光。
でも、真っ暗な闇の中で輝く確かな希望。私に残された、ただ一つの道標。
私はその月に、自然と劉辯を重ねていた。
「浮かない声をされてます。小紅さまったら、また一人で全部背負い込んでるんでしょう?」
「そんなことないわ。できることはやった。あとは、ただ彼を信じて待つだけだもの……」
その言葉は嘘じゃない。
私なりに、できることは全部試したつもりだ。でも、だからこそ、いまは劉辯に全部背負わせているみたいな形になっていることにも心が痛む。
だけど、ここで失敗しても自分のせいじゃない。そう思い込みたいような、そんな狡い気持ちが顔を覗かせる時だってある。
そんな自分が、不甲斐なくて心底嫌になる。
自然とまた、拳に力が入っていた。
──あの日みたいに、痛いほど。
そんな私の左手に、そっと触れる感触。文姫だった。
彼女は優しく私の拳を解くと、そのまま右手で柔らかく握る。
そして私の顔を覗き込んで、笑った。
「あれあれ? 皇子さまのことだけですか? 赤麗さまだって、一生懸命頑張ってらっしゃいますよ? 使えそうな構文は、すっかり身に着けて下さいました。まあ、情緒風情の方はまだ、その……壊滅的ですけど……」
文姫の言葉にはっとする。
そうだ。お母さまや……文姫。それに、蔡邕だっている。彼女たちは、それぞれにできることを精一杯やってくれている。
お母さまには、予言のことはちゃんと話していない。余計な重圧を背負えば、それは言葉に乗るかもしれないから。心とは本当に複雑だ。
「ごめん……。そうだったわね。文姫、ありがとう」
文姫はいつも、盲目的になった私に気づきを与えてくれる。時にドジを踏むけれど、いつだって側にいて、一緒に思いを共有してくれる。
「えへへ。小紅さまは、背負いすぎです。もっと私たちを頼っていいんです。何もかも一人でやる必要なんてないんですよ」
そう言って、もう片方の手を取った。
「一緒に乗り越えましょう。私も協力しますから、何も不安なんてない。運命は……変わります」
正面から私の顔を覗いて、もう一度文姫は笑う。
彼女の言葉は、ただ温かい。
「そうね……。“一緒に”……」
ふと、繋がれた手を見つめる。私の“左手”と、文姫の“右手”。
反対側に目をやれば、合わさっているのは私の“右手”と、文姫の“左手”。
静かに、でも確かに、身体の中で何かが繋がった。
「待って、これって……」
見つけたかもしれない。反転の手相の克服方法を。
私の左は“逆”でも、文姫の右が“正”なら──合わせれば循環は閉じる。
片手が使えないなら、二人で輪にすればいい。
「ど、どうされたんですか? 小紅さま!」
文姫は私の目をキョロキョロと追いかけながら尋ねる。
「わかったの文姫! 貴女の言うとおり、一人でやる必要なんて、最初からなかったのよ!!」
いつだって側にいる。もちろん、漢詩大会の時だって。
そんな頼もしいもう一人の“友達”が、私たちの“運命”を変えるかもしれない。
明日、行政宮に行く。文姫と“一緒”に。
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