#9 第弐巻・毒
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「じゃあ、読みますね」
「うん。お願い」
文姫が竹簡の紐を解くと、私は一緒になってそれを覗き込む。
『──第二巻・毒。
未来の小紅へ。ここは最初の躓きだ。
光和四年 春 梅花の咲く頃──
お母さまの元に一通の手紙が届く。“霊帝さま”の誕生日を祝うための、春の茶会の誘いだ。
主催者は、霊帝さまの第一夫人である“何皇后”。招待客は、王に使える文官・武官の婦人たち。その場にはもちろん、霊帝さまもお越しになる──』
最初の躓き……茶会への参加がなんで董家の滅亡に繋がるのか、まだ私にはちゃんと想像できなかった。
『霊帝さま』っていうのは、いまの漢の皇帝陛下だったはずだ。私の知っている歴史では、彼の病死に始まる帝都の“内紛”をきっかけに、お爺ちゃんである『董卓』は一気にその力を伸ばすことになる。
その彼が存命なのだから、お爺ちゃんが『暗殺』されるのだってまだずっと先のことなんじゃないかって私には思えた。
『──この茶会で、お母さまは霊帝さまに見染められることになる。
後宮に興味はないかと問われるが、お母さまはこれまで祖父の右腕として支えてきた自負があったし、なによりお父さまを愛している。
女としての喜びよりも、漢の臣としてこの国を支えたい。そう言って、お母さまは毅然とその誘いを固辞した。
霊帝さまは笑ってお許しになったけれど、何皇后はそうではなかった。
お母さまが霊帝さまに言い寄られたことも、そしてその誘いを断ったことも、何皇后の自尊心を傷つけるには十分だったらしい。何皇后はこの一件を境に、お母さまを目の敵にする──』
お母さまが、見染められる……。
……って、お母さまは“既婚者”だよ? 未亡人ってわけでもない。
それに、霊帝さまだって“既婚者”だ。え……何で? 私は一瞬戸惑った。
でも、それがこの時代──『生と死』が、現代よりももっともっと私たちの近くにあった時代。
そんな時代では、“現代日本”の倫理観や結婚観が通用しないのも無理はない。
“萌え剣”でプレイしたような甘い“恋愛”なんか、選ばれたごく一部の“幸福な人間”にしか、許されていないのかもしれない。
『──光和四年 秋 木枯らしが吹く頃──
何皇后の誕生日に、秋の茶会が開かれる。
お母さまは参加を辞退しようとしたけれど、何皇后の強い願いもあって、結局は出席することになった。
茶会は何事もなく終わるが、その晩、お母さまは熱を出して倒れる。
何皇后に──『毒』を盛られたのだ──』
その瞬間。私の背筋を何か冷たいものが撫でた。
ひゅっと息を飲み込んだ私に気づいて、文姫が声をかける。
「小紅さま! ……大丈夫ですか? もうここで、やめておきましょう」
「いいえ……だめよ。せめてこの予言だけは、最後まで読んで」
「……」
一瞬の沈黙。私も文姫も、拳を固く握って口を閉じる。
しかしやがて決意したように、文姫は続きを読み始めた。
『──背の皮膚が腫れ、疹が広がり、熱は日に日に増した。
一月ほどで熱は下がったけれど、痣は全身に残った。美しかったお母さまの髪は抜け、その容姿は無惨にも失われてしまう。それ以降、お母さまが人前に立つことは二度と無かった。
お爺さまは何度も王宮に出向いて抗議しようとしたけれど、霊帝さまは会ってもくれない。
この一件でお爺さまは漢王朝に大きな恨みを抱くことになる。
最愛の娘を傷つけた皇后にも、それを庇い立てする霊帝さまにも。
そして恨みは刃になる。刃は、いつか──』
予言の第二巻は、思わせぶりな余白を残して終わっている。
「これで終わり……みたいです」
文姫が竹簡の端を擦ってそう言った。
「最後の文は、なんだか不自然に途切れていますね。少し、不気味です……」
文姫がゾッとした顔でこちらを見るが、いま恐れるべきなのはそんなことじゃない。
「そんなことよりも、このままだとお母さまが危ないわ! 文姫、光和四年っていつのこと!?」
私は竹簡を見つめて固まったままの文姫に声をかける。
「っは! それ、今年ですっ! それに……」
彼女は恐る恐るといった風に窓の外に目をやる。その視線を追えば──庭の梅の蕾は、もう色付き始めていた。
「じゃあ……」
「赤麗さまの手元には、もう誘いのお便りが届いているかもしれません!」
胸の奥がヒヤリとした。これが現実になれば、あの優しいお母さまが傷つけられ、お爺さまも漢王朝の滅亡に……悪党の道に一歩踏み出すことになってしまう。
「こうしちゃいられないわ。……文姫、まずは行政宮にいくわよ。お母さまたちが待ってる!」
「は、はいぃっ! あっ、待ってくださ〜〜い!」
気がついたら、私は駆け出していた。文姫も慌てて後を追いかけてくる。
「何とかして、お母さまを春の茶会から遠ざけないと!」
「ええっ!? で、でもどうやって!?」
「わかんない! でもとにかく、やるしかないでしょ!」
止めなきゃ。まずはここから──
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