392.戻ってきた日常
腰まであった長い髪は肩口までの長さになり、襟足付近の髪が外側に跳ねている。
いわゆるウルフカットという髪型は、これまでと比べて軽やかかつ躍動感があり、春希をボーイッシュに演出しており、隼人にかつてのはるきを強く想起させた。
春希はその場でくるりと回って新しい自分を見せつけ、感想を訪ねてくる。
「髪型変えてみたんだ、どう?」
「どうって……いきなりのことでびっくりしたというか、似合うっちゃ似合うけど、どうして……」
「ほら、もう良い子でいる要素もなくなっちゃったし、じゃ、いっそのことバサーッて」
「思い切りが良すぎるだろ、ていうか髪切っちゃってイメージがかなり変わってるけど、アイドルの方はいいのかよ」
「さぁ?」
「おいおい、さぁって」
隼人が憮然としつつ眉を顰めると、春希はてへりと笑いながらあっけらかんと言う。
「だってもうアイドルする理由もなくなったし、ダメならダメでそのまま引退すればいいしね」
「……え?」
「それより、学校行こっ」
「ちょっ、おい、春希!」
アイドルなんて辞めてもいい――そんな聞き逃せない意外な言葉に驚く暇もなく、春希は隼人の腕を取って駆け出した。
するとそれまで呆気に取られて固まっていた沙紀がようやく再起動し、慌てて2人を追いかけながら叫ぶ。
「お、置いてかないでくださーいっ!」
春希は沙紀へにやりと挑発的な笑みを返し、走る速度を上げた。
◇
新学期早々、髪を切ってイメチェンした春希は始業式で全校生徒へその姿を見せたこともあり、その噂は瞬く間に校内を駆け抜けていった。
どこもかしこも「え、二階堂さん髪切ったの!?」「今のも似合ってるけど!」「もしや失恋したとか!?」「気分変えるために切るとかあるでしょ」「あー、そういや身内が」などといった噂で持ち切りだ。
休み時間になれば髪を切った春希をよく見てみようと、教室近くまでやってくる野次馬も多く、アイドル研究会の部員たちも困惑しつつも忙しくしている。
隼人が慌ただしくしている廊下を眺めていると伊織がやってきて、しみじみといった様子で呟いた。
「まさか二階堂、ああもバッサリ髪を切るとかなぁ。待ち合わせ場所で見た時はマジでびっくりしたよ」
「見た目の印象、ガラッて変わったよな」
「あぁ、恵麻とか驚きすぎて、ずっと声が出なかったみたいだし」
今朝伊織たちとの待ち合わせ場所に行った時の、恵麻があんぐりと口を開けて固まった姿を思い返し、顔を見合わせおかしそうに笑う。
そして春希の話題をしていることに耳にしたみなもも、こちらにやってきて会話に加わる。
「私も始業式で見た時、びっくりしました。一瞬、誰かわからなかったくらいです。あれはあれでいいと思いますが、アイドルとして大丈夫なのでしょうか?」
「あぁ、それはオレも思った。二階堂さ、CMとかでイメージガールとかもやってるだろ? 急に雰囲気が変わったりして、問題にならないのか?」
みなもの疑問に、伊織もそこのところどうなのかと訊ねてくる。
隼人は今朝そのことで、春希から最悪アイドルなんて辞めてもいいということを聞いているが、迂闊にそんなことを口にできないだろう。困ったように眉根を寄せた。
「さぁな、実際そこのところどうなんだろ。一輝、わかるか?」
丁度すぐ近くを通りがかった一輝を捕まえ、春希の髪についての話を振る。
一輝は腕を組みつつ口元に手を当て「ふむ」と唸り、やがて肩をすくめて答えた。
「うーん、あまりよくないことかもしれないけど……」
「けど?」
「二階堂さんなら、以前のイメージとはまた別の魅力を引き出して、既存のファンや現場の人たちを納得させちゃうんじゃないかな」
「あぁ」
どこか確信を籠めて言う一輝に、隼人もその様子がありありと想像できて、感嘆の声を零す。
伊織とみなもも「それくらいやってのけるよな」「私たちが心配することじゃなかったですね」と口にして、皆で顔を見合わせ苦笑い。
するとそこへ、割って入る声があった。
「ね、皆で何の話してんの?」
声の方へ顔を向けると、にこにこした春希の姿。
意外な人物の登場という事態に、隼人たちだけでなくクラスメイトも、呆気に取られて目を丸めている。廊下の方だってざわざわと騒がしい。
いち早く我を取り戻した隼人は、なんてことない風を装いながら答えた。
「春希、何しに来たんだ?」
「そんなの皆と話をしに来たにきまってんでしょ。友達と話をしにくるのに、何か特別な理由なんてある?」
「それは……」
いつぞや春希がアイドルとして近寄りがたくなっていた時に、隼人が言った台詞と同じことを言われれば、それ以上何も言えなくなってしまう。
「あ、恵麻ちゃんもいるよ」
そして春希の少し離れたところでは、周囲から視線を集めて肩身を狭そうにしている恵麻がいた。
こちらに向き直った春希が、改めて訪ねてくる。
「で、何を楽しそうに話してたのさ」
「春希のことだよ。髪切ってイメージの方向性がかなり変わったよなって」
「うん、頭めっちゃ軽くなった!」
春希らしい物言いに隼人は思わず噴き出しながら、そこから派生した話題を口にした。
「あとアイドル的に、いきなりイメチェンとかしていいのかなって」
「いっやー、そのあたり何も考えず切っちゃったからねー」
「でも春希ならそれならそれで、新しく別の良さを引き出すだろうなってのも」
隼人は先ほど皆と話して達した結論を、軽い気持ちで言ったつもりだ。
だけどその言葉を聞いた春希が、目を光らせるのを見逃さなかった。
「そうだね、別のイメージに上書きして驚かせるのも面白そうかも。いっそ新しい属性というか、キャラを盛るのもありかな――」
春希は嬉々とした調子で、このイメチェンをどう活かすかを話し出す。
それを見た一輝は、感心したように言う。
「やっぱり二階堂さんはすごいね。よく次から次へ色んな案が思い浮かぶというか」
「これくらい普通じゃない? それを言うと海童だって最近、色んなニーズに応えてくれるって、良い感じの評判聞くしさ」
「僕のそれは姉さんや愛梨になりふり構わず聞くっていう、裏技使っているからね。正直、付いていくだけで精一杯」
「あー、そういやモデルに必死過ぎて、成績落としまくってたっけ。夏休みの課題、ちゃんとやってきた?」
すると一輝は図星だったのか「うぐっ」と怯んだ後、申し訳なさそうな顔をしつつ、皆へにこりと微笑んだ。
「その、僕たち友達だよね? 困った時は助け合うべきだと思うんだ」
隼人たちは一瞬ポカンとした後、春希の「マジで?」というツッコミを合図に、笑い声を重ねた。





















