387.月野瀬②
するとその言葉を耳聡く拾った茉莉が、どこか同情混じりに答える。
「あなた――姫子って、アイツの妹なんだっけ。苦労するんじゃない?」
「わかります? 考えるより先に動いてとんでもないことをしでかす兄を持つ気持ちが」
「うんうん、私も知り合った切っ掛けが、イベント帰りに急に手を掴まれて飴舐める? からの『俺を助けてくれ!』って言われて、まったくもって意味がわかんなかったし」
「はぁ、すみません。うちのおにぃが変なことをして」
愉快気に芝居がかった調子で答える茉莉に、姫子は申し訳なさげに頭を下げる。
そして姫子がジト目をこちらに向けてくるので、隼人は憮然とした顔を茉莉に向けた。
「おい、要所を端折って俺が変な奴みたいな言い方をするな!」
「でも事実じゃない、でもそのおかげで沙紀とも知り合えたのはラッキーだったわ」
パチリと片目を瞑る茉莉は機嫌良さそうに鼻を鳴らし、しかし姫子はますます眉間の皺を深くして肩を落とした。
「あ、あはは……」
これには沙紀も思わず困った顔をして笑う。
アーリーサマーライブで春希の代わりにステージへ出た沙紀は、ダンスで圧倒的なパフォーマンスを見せた。
それ以降、表舞台には出ていないものの、ネットなどでも騒ぎになっている。
なおティンクルの公式からは、振り付けのアドバイザーとだけ説明されているがしかし、アドバイザーというには沙紀はあまりに若すぎるのも事実。
ファンの間では、新たなメンバーではと囁かれているらしい。
実際、事務所方面からも、沙紀を切望する声も多いのだとか。
またそれだけじゃなく、他社や別のグループからも、振り付けのアドバイザーになってくれという声も少なくない。
なおそういったオファーはどれも、沙紀は学業を優先したいという理由で断っている。
全て頑としてシャットアウトすればいいものの、毎回律儀に返事をしているのは、茉莉や春希の事務所を通じて話を持ってこられているいう理由があった。
春希が田倉真央の娘とバレた時にように、芸能関係者が直接沙紀のところへ押しかけてこないのは、事務所が防波堤になっているからだろう。
とはいえ、連日のようにそういった連絡がくるのに辟易してしまうわけで。
沙紀としてもこの月野瀬への帰省は、いい息抜きになるだろう。
ついでにほとぼりが冷めるのも期待したい。
山から風が駆け抜けていき、田畑の作物を揺らす。
茉莉やみなもと信号機がない、夜とか油断していると溝に落ちそう、今イタチが通り過ぎなかった!? といった他愛ない会話をしながら歩く。
やがて神社の入り口近くまでやってくると、やけに食欲を誘う匂いが漂ってくる。
目を凝らすと、鳥居のそばにある集会所で、人が集まり騒いでいることに気付く。
集会所の吐き出し窓を全開にして、その前でバーベキューをしているようだ。
どうせまた、いつものように宴会でもしているのだろう。
隼人と姫子、そして沙紀がやれやれといった様子で、しかしこれこそが月野瀬に帰省したことを実感し、顔を見合わせ頬を緩める。
一方、茉莉とみなもは一体何の集まりなのかと不思議そうな顔をしており、隼人は特に意味とかないのになと思うとおかしくなって、クスリと笑う。
その時、集会所にいる誰かが、「隼人ちゃんや沙紀ちゃんたちだ!」と声を上げた。
すぐさまそこにいた人たちがこちらに気付き、「おかえりー」「こっちおいでー」と手招きするので、隼人たちもそちらへ向かう。
そして既に呑んで出来上がってるのか、赤ら顔になった源じいさんが出迎えてくれた。
「おぅ、久しぶりだな。正月以来か?」
「そうだね。で、今日は一体何を肴にしての集まり?」
「沙紀ちゃんが戻って来るんで、神社の若が張り切っちゃってさ。なんでもえすえぬえす? だかで流行ったぶりすけっと? 本場アメリカ式のバーベキューのお肉を焼くんだって。なんかすっごい肉の塊買ってたな、ほらアレ」
源じいさんがとある場所を視線で促すと、そこには他とは違う開閉式の筒状のバーベキューコンロがあり、沙紀の父がやけに真剣な様子で備え付けの温度計と睨み合っている。
わざわざ買ったのだろうか? 本格的な設備だ。
そのすぐ足下には猫――大きく育ち、もう子猫と呼べないつくしが、前足をちょんと揃えて腰を下ろし、沙紀の父を見守っていた。
それを見た沙紀は「お父さんったらもう」と、嬉しいやら気恥ずかしいやら、複雑な表情で頬を染め背を縮こまらせる。
姫子はそんな親友の姿に気付かないふりをして、困った顔で「つくしちゃん、大きくなったねー」と話をそらす。
隼人はといえば、感心したように口を開いた。
「俺もそれ、SNSで見たなぁ。火を入れるのに、かなり時間がかかるとか」
「おぅ、若も同じこと言って、朝からずっとあそこに張り付いてら」
「すごい気合の入りようだ……」
「わはは、それだけ娘が帰って来るのが楽しみだったんだろ。ま、オレらは出来上がりを待ってらんないってんで、別で肉やら野菜やら焼いて先に始めてるってわけ。てわけで夕飯にはちょっと早いけど、霧島の坊たちも食ってけ」
「んじゃ、お言葉に甘えて」
「あ、若のメインの肉の分の腹は残してやれよ?」
「はは、りょーかい」
隼人がそう答えると、茉莉とみなもは「いいの!?」「いいんですか!?」と驚きと喜びの混じった声を重ねる。
皆は集会所の縁側の適当なところに荷物を降ろし、バーベキューコンロへ向かう。
するとその時、元気のいい声がこちらへ向かってきた。
「ねーちゃ――わっ!?」
「きゃっ!?」
小さな人影――沙紀の従弟である心太が勢いよくみなもにぶつかり、みなもは尻もちをついてしまう。
沙紀は息を呑み、心太へ叱責の声を上げた。
「こら心太、何やってんの!?」
「ご、ごめ……」
「もぅ、私じゃなくて、三岳さんに謝るの!」
「あぅぅ……」
眦を釣り上げる沙紀に、心太は涙目になってしまう。
当のみなもはそんな珍しい姿をみせる姉に呆気に取られていたが、やがてくすくすと笑いながら立ち上がり、心太と目線を合わせてあやすように頭を撫でる。
「私は大丈夫ですよ。そちらこそ怪我は……えっと、お名前何ていうのかな?」
「……心太」
「心太くんは慌ててたようだけど、何か用事があったのかな?」
「ねーちゃ、帰ってきたから、今年も、ミヤマ、獲りに行きたいって」
「みやま?」
みなもが聞きなれない単語に首を傾げると、隼人は苦笑しながら説明する。
「ミヤマクワガタのことだよ。クワガタ。春希が好きでさ、去年布教してた」
「なるほど、クワガタさんですか、ふふっ……。心太くん、私も一緒にミヤマ捕まえにいっていいいかな?」
「う、うん」
心太がはにかみながら頷くと、みなもも相好を崩す。
沙紀は調子がいいんだからと腰に手を当て、ぷくりと頬を膨らませる。
そして茉莉は目を好奇心で爛々と輝かせ、前のめりになって興奮した声で叫んだ。
「クワガタ採り!? なにそれザ・田舎の遊びって感じで、私もめっちゃやりたいんだけど!」
すると一瞬の沈黙の後、周囲から愉快気な笑い声が上がった。




















