第35話 助ける理由
「……アルティムを倒せと言われた」
「え……マジか?」
堕天使の言葉に、俺は思わず素の反応を返してしまう。
どうやらこの少女が狙っていたのは、俺ではなく最高神の方だったらしい。
「でも……私じゃあなたに勝てない……」
感情の起伏が薄い少女の瞳から……ポロっと涙が零れ落ちた。
彼女が初めて見せた感情は悲しみ。
「何か事情があるようだが、一つ訂正させてくれ」
「……?」
「俺はアルティムじゃない」
「ぇ……」
少女は涙を流しながら目を見開く。
「俺は狭間 巡。見ての通り人間だ」
「……メグル」
「ああ。……お前の名前は?」
「ラフィナ」
堕天使のラフィナか。
「……なぜアルティムを狙った?」
「家族を人質に取られた」
「倒せば解放すると言われたのか?」
「そう」
「相手は?」
「……言えない」
「言ったら家族が危険に晒されるのか?」
俺が尋ねるとラフィナは肯定の意思を示すように頷いた。
「なら――」
――パチン。
俺は親指と中指を重ねて弾く。
「ぇ……これは……」
「時を止めた。ここだけじゃなく異世界を含む全ての時をな」
つまり今世界を観測できる存在はいない。
仮に俺の力に干渉する者がいるなら、一瞬でわかる。
「この場で動けるのは俺が許可した者だけだ」
「だから、私は動ける?」
ラフィナは周囲を見回してから、再び俺に視線を戻した。
本当に時が止まっていることを確かめていたのだろう。
「そうだ。今なら誰の妨害も入らない。事情を説明してくれるか?」
「……どうして?」
「困ってるんだろ?」
「助けて、くれるの?」
「ああ」
するとラフィナは戸惑うように、目をパチパチとさせた。
「あなたが私を助ける理由がない」
「理由が必要なのか?」
「だって、おかしい……」
何か理由がなければ、信用できないということなのかもしれない。
「なら……そうだな」
俺は少し考えて、
「ラフィナが泣いていたから、助けたいと思った。それが理由だ」
「……っ……?」
当然だとばかりに俺が答えると、ラフィナは大粒の涙を流した。
「泣くなって」
「……メグルは、変な人」
「そうか?」
「でも……ありがとう」
言ってラフィナは涙を拭う。
「悪魔王ロロ」
「ロロ……?」
聞き覚えのある名前だ。
その名はハルケニア大陸で聞いた。
「そいつがお前の家族を人質に?」
「うん。……最高神アルティムを倒せば解放すると」
「なぜロロはアルティムを?」
「……それは、わからない」
ロロがアルを狙う理由は不明か。
『アル、心当たりは?』
『ないな』
『だよなぁ……』
聞く必要もないほど、アルにとっては眼中にないらしい。
「ここにお前を転移させたのも悪魔王か?」
「そう」
つまり悪魔王は地球の座標を理解している。
そして、ラフィナのように異世界人を送り込むことができると。
(……だとしたら、モンスターも送り込める可能性があるわけだ)
もしかしたら、それは地球に起こるエラーの一環になっているのか?
地球を危険に晒すつもりなら放ってはおけない。
「ラフィナ」
「うん?」
「家族が捕らえられてる場所、わかるか?」
「ん……」
「なら――今直ぐに助けに行こう」
ついでにアルを狙う理由を聞くとしよう。
「メグル……感謝」
「それはお前の家族を助けてからな」
俺が頭を撫でると、ラフィナは翼を震わせながら頬をうっすらと赤く染めた。