第16話 救世主かもしれません
20191119 12時更新
俺と目を合わせた魔王が微笑を向ける。
「エリーナ、ここはボクに任せとけって伝えただろうがっ! なんで来てんだよ! こいつらはテメェを狙ってんだぞ!」
心配と怒りを半々に魔人リリスが魔王を叱る。
「ごめんなさい、リリス。
でも、とても賑やかだったのですもの。
わたくしだけ仲間外れは寂しいじゃないですか」
「なんつ~暢気なこと言ってやがんだっ!」
両手を合わせてペコっと謝罪する魔王様。
態度と発言は確かに悠長だが、彼女の真意は別にあるように思う。
これは俺の推測だが……リリスが俺たちと戦闘になったことが心配だったのだろう。
その証拠に先程から一切隙を見せていない。
「エリーナ……すまない」
「謝らないでください、ユウマ。
もしかして……ですが、彼らはあなたの友人なのですか?」
エリーナは首を小さく傾げ周防に確認を取った。
「……ああ。
この世界に転移する前からの……」
「そうですか」
周防の言葉から魔王は事情を察したようだ。
「まさか人間側の転移者――勇者があなたの友人だなんて……皮肉なものですね」
「……そう、だね。
でもこれだけははっきりさせておくけど、僕はキミを裏切ったわけじゃない」
「わかっています。
今のところ、彼らから敵意は感じませんから」
会話をしながら魔王は冷静に状況を把握していく。
今もガタガタと俺の肩の上で暴れる少女魔人とは大違いだ。
「んな悠長なこと言ってんじゃねえ! 今直ぐに他の魔人を招集しろ! 全員でこいつをぶっ殺すんだよ!」
「リリスちゃん、そんな物騒なこと言っちゃめっ!」
優しき魔王様はビシッ! と人差し指を立てて、リリスの鼻をちょんと叩いた。
雰囲気からも察することができたが、エリーナは魔王とは思えぬほど温厚な少女だった。
「まずは彼らに話を聞いてみましょう。
戦いを回避できるならそのほうがいいですから」
「ちっ……わ~ったよ。
それが魔王様の決定であるなら」
リリスがようやく大人しくなった。
魔人にとって魔王の意志は絶対……ということのようだ。
「もう暴れるなよ」
「うるせぇ! もしエリーナに指一本でも触れたらテメェのち〇こ狩るぞ!」
狩るって!? このロリ魔人、とんでもねぇことを言いやがるな!?
『ふははははっ! この小娘、笑わせてくれるではないか』
思い掛けない発言にアルは大爆笑していた。
(……他人事だと思いやがって)
それに、恋とエリーナの頬が微妙に赤くなってるのが気まずい。
周防などいつもの柔和な笑みを凍り付かせていた。
「お、女の子がそんなこと言っちゃめっ!」
「そうだよ! 乙女的にNGワードでしょ!」
「ふんっ! とにかくエリーナに何かあったら許さないからな!」
発言は過激ではあるが、それも主への忠誠心からと思えば可愛いものだ。
「ま、まぁ……リリスも納得してくれたことだし、これでゆっくり話せそうだね」
「だな。
それじゃ早速――俺たちはエリーナに頼みがあってきた」
「頼み……ですか?」
「彼女――恋は人間側に召喚されたされた勇者なんだが、彼女の使命は魔王を討伐することだ」
「それは理解しています。
使命を果たさなければ元の世界へ戻ることができないことも……」
周防をこの世界に召喚した魔王は当然、転移者たちのルールについても知っているようだ。
「ああ、だから単刀直入に言ってしまえば――お前には死んでもらう必要がある」
「――テメェ、やっぱり最初から――」
「リリス、待ってください」
今にも突撃してきそうな魔人の少女を美しき魔王が制する。
「狭間くんも、もう少し言い方を考えてほしい」
「あ~驚かせたなら悪い。
単刀直入に話を進めたかったんだが、少し順を追って話そう」
まずはこちらの要望を叶える為の手段についてだ。
「俺たちの願いは恋――勇者の使命を達成させて元の世界へ返してやることだ。
そして、できれば周防にも帰還してほしい」
視線を穏やかな友に向ける。
だが視線を逸らされた。
魔王に惚れている周防の気持ちを思えば、直ぐに答えを出せることではないか。
「使命を果たすってことは、やっぱエリーナを殺すってことじゃねえか」
「違うな。
その証拠というわけじゃないが、恋……お前はエリーナを討伐しろと言われたか?」
「ぁ……ううん。
あたしが言われたのは魔王を討伐しろってことだけ」
そうだ。
一言もエリーナを殺せという使命を与えられたわけじゃない。
「なに言ってんだ?
この世界の魔王はエリーナ以外にはいねえんだよ」
「だろうな」
俺の経験上、基本的に世界に存在する魔王は一人。
そして配下の魔人がいるというのが基本構成だ。
例外として魔王の影武者は無数にいたりもしたことがあるが……周防やリリスの様子を見ていれば、エリーナはこの世界の魔王と考えて間違いないだろう。
「だからこそ確認したい。
この世界の魔王はどうやって決まる? 恐らく世襲制ではないよな?」
「はい。
魔王となるには継承の儀式があります。
わたくしは前魔王から魔王の力を引き継ぎました」
魔王自ら継承権を与えるというわけか。
これは各異世界の中でも最も多い例だ。
「つまり継承権を第三者に与えることで、エリーナは魔王を辞められるわけだな?」
「……可能です」
エリーナは言い淀む。
俺の表情は暗い。
「くだらねぇ提案だな。
他の奴に魔王の力を与えて、そいつを犠牲にしろってことか?」
「そうだ」
苛立ちを隠そうともしないリリス。
「流石は人間だな。
そんな非道なやり方が直ぐに思い浮かぶんだから」
「エリーナを助けたいならこれは方法の一つだ」
「ハザマ様……申し訳ありませんが、そのやり方は容認しかねます」
これは想定内だ。
だから最初から俺の返答は決まっていた。
「なら犠牲者を出さずに済むとしたら、どうだ?」
「そんなことが可能なのですか?」
場の視線が一斉に集まり、俺は大きく頷いた。
「ああ……俺は死者蘇生の魔法を会得してる」
「――なっ!?」
「……嘘言ってんじゃねえぞ! 歴代の魔王すらも使用不可能と言われた奇跡の領域と言われる魔法だぞ!?」
魔族たちの反応からもわかる通り、死者蘇生は魔法や錬金術に携わる者たちが目指す奇跡の領域の一つだ。
多くの異世界で会得していたものはいない――俺一人を除いて……だが。
「勿論、リスクはある。
一度死んでしまうと、身体に魂が定着しなければ蘇ることはできない」
「100%じゃねえのかよ!」
「死んでから直ぐに使えば間違いなく生き返らせられる。
だが、魂から肉体が離れている時間が長いほど蘇生は困難になる」
魂となった命は自身の記憶が忘却される。
そしてリセットが完了するのと同時に、次の世界へと送還される。
所謂――生まれ変わるという奴だな。
それが神々の定めたルールなのだ。
つまり死者を蘇らせるのは神々への反抗とも言えるかもしれない。
「なら直ぐに死者蘇生の魔法を使えばいいんじゃないの?」
「いや……それじゃダメなんだ」
どうして? と疑問を投げ掛けるように眉を顰める恋。
「魔王を生き返らせてしまっては……使命を達成したことにはならない。
そういうことですね?」
流石は魔王だ。
直ぐにこのプランの問題を理解してくれた。
「そういうことだ。
だから世界に魔王の死を認めさせる為に――」
俺は今から世界を騙す。
その為の手段を俺はエリーナたちに伝えた。
※
「本当に……そんなことが可能なのですか?」
「試してみるしかない以上、信じてくれとしか言えないが……可能だ」
「……わかりました」
「おい――エリーナ、こいつを信用すんのかよ!?」
説明を聞いた上で尚、リリスは反対のようだ。
「わたくしが勇気を出すことで犠牲者を出さずに済むのなら……」
「っ……」
魔王の強い意志を感じながらも、リリスは悔しそうに歯を噛み締めた。
自分は何もできない――そのことに苛立ちを覚えているのだろう。
「ただ……ハザマ様にお願いがあります」
「なんだ?」
「……あなたの力を試させていただきたいのです」
「いいぞ? なにをしたらいい?」
「純粋に力比べを――」
その瞬間――エリーナの姿が視界から消えた。
俺も動きを全く追うことができなかった。
だが、仕掛けは直ぐに理解した。
だから――。
「――これで満足か?」
「っ!?」
俺がしたことはただ声を掛けるだけ。
にも関わらず背後にいるエリーナは激しく動揺して息を飲んだ。
「……ふふっ……あなたはとんでもないかたのようですね」
「お前も誇っていいぞ。
まさか時間停止の魔法を使えるなんてな」
それは名前のままに世界の時間を止める魔法。
死者蘇生と同様に奇跡の領域とされる魔法の一つだ。
「まさか時間が停止しているはずのこの世界で動くことができるなんて……」
「これで認めてくれたか?」
「はい……あなたならば奇跡の領域に辿り着いていても――いえ、奇跡の領域を超えていても、何らおかしくはなさそうです」
この世界で動くことができるのは、同じく時の魔法を使用できる者のみだ。
だからエリーナは俺の力を認める気になったのだろう。
「お前も誇っていいと思うぞ。
俺が知っている魔王の中でも時間停止の奇跡を使えた魔王は数人だけだからな」
「知っている魔王……? わたくし以外のということですか?」
彼女は戸惑いに首を捻った。
この世界に魔王は自分以外にはいないと思っているのだから当然か。
「ま、その辺りは気にするな。
あ――協力してくれるお礼ってわけじゃないが、この世界の戦争は俺が止めてやる。
約束するよ。
二人の転移者を――友達を助けるついでだ」
「ふふっ――あははっ、ついでに世界を救ってしまうなんて、ハザマ様は救世主様かもしれませんね」
ここまで真意を隠すような仮面を被っていたエリーナだが、初めて俺に本当の笑みを見せてくれた気がした。
「それじゃ――始めるぞ?」
「――はい。
お願いします」
魔王エリーナの許可を得た上で――俺は彼女を殺す為に、その細く脆い肉体を貫いた。