料理長と侍女
「バ、ル、ド、さーん!!」
庭の大樹の影で休んでいた彼を見つけて、その大きな背中目掛けて飛び付く。もういい歳なんだから止めないと、と思って早数年結局止める事が出来ずズルズルと続けているこれはもう習慣(癖)みたいなものだ。
「おう!今日はまた一段と機嫌よさそうじゃないか。」
どうかしたか?と言外に訊ねられて思わずニヤニヤしてしまう。こんなにいい事があったのだ、是非この喜びを共有してもらわなければ!!
「あのですね、……えへへー、私ことキノはこの度フィアスさんに褒められまして!!あのフィアスさんにですよ!!?」
嬉しくて堪らない、というふうにはしゃげばそうかそうかと宥めるように頭を撫でられる。
「ついこの間まで怒られるばかりでしょんぼりしてたのに、よく頑張ったな!」
先程より力を込めてガシガシと頭を撫でられ思わず首をすくめる。髪がぐちゃぐちゃになっちゃったな、でも嬉しい……。
バルドさんことこの城の厨房を預かっている料理長はことある事に私を甘やかしてくれる。仕事ではみせないこの甘さは特に休憩中だったり休日なんかによく発揮された。
皆、とりわけ同僚達は私が上司に気に入られた事に嫉妬するでもなく常にベッタリな私に呆れ返っている。
いや、呆れられたから放置されているが正解かな?
まるで親離れできない子供みたいだと常々言われているが、私も全く持ってその通りだと思う。
居心地が良すぎるんだ、離れがたい程に……。
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あるお昼下がりの休憩時間、いつものようにバルドさんと二人でたわいもない話に華を咲かせていると突然「お前、うちに来ないか?」と言われた。突然のその言葉に混乱したから前後の会話も、その問に対する答えも何と言ったのか覚えていない。
「はぁぁぁ~……」
「キーノちゃーん?」
「……はぁぁ~」
「キノちゃん!」
「はひっ!?」
どうしたの、ため息なんてらしくないわねと同僚、先輩達から心配された。あれから数日経つがまともにバルドさんの顔を見ていない、というかどうすればいいのか分からなくて目線すら合わせられない日々が続いた。
そんな私を見かねて声を掛けてくれる人がちらほらと現れたが未だに誤魔化し続けて相談すら出来やしない
が、溜息ばかりつく私を放置できなかったのか、
(むしろ今まで黙って放っておいてくれたのが奇跡というほどあの時の私は鬱陶しかったと思う)
私の指導役、所謂先輩にあたるアニスさんが声を掛けてきた。
「ずーっと溜息ばっかりついて、なにか悩み事?話せることならお姉さんに話してみなさい!!」
「あ、えっと……その」
「やっぱり、話せない?」
「いえ、そうじゃなくて!私……」
「ゆっくりでいいから話してみなさい、ね?」
「そう、ですね。先輩は、私と料理長が仲良いのご存知ですよね?といっても私が構ってもらっているだけなのですが……」
それから数日前「うちに来ないか」と言われたこと、その日からバルドさんの顔を見る度に目を逸らしてしまうことなんかをたどたどしくではあるがなんとか伝えた。
要するにバルドさんの顔が見られない、助けてくれ!という事なのだが……。
「キノちゃん、それって……まさか!?」
「料理長、私に養子になれって事なんですかね?」
「……は?」
「養子になるってことは料理長の、バルドさんのお友達じゃなくなるってことですよね。それはちょっとやだなーって思いまして……」
「バルドさんの養娘になれば仕事が終わってからも、夜通しずっとお話もできますし、ずっとくっ付いてても怒られないし、いい事だとは思うんですけどね。養父さん(おとうさん)とは呼びたくなくて……バルドさんの顔を見る度にもやもやして見ていられなくなって、それで……」
「キノちゃん、それはね」
「はい?」
『恋に決まっているわ/よ!』
周りにいた同僚達にも突っ込まれた、こういう時に解せぬって使うんだっけ。
くだらない冗談はさておき、何と言われた?
「恋、ですか誰が?」
「キノちゃんが!」
「誰にですって?」
「料理長に!!」
「…………それはない、と思います。」
『えぇぇぇ!?』
また口を揃えてハモられた……解せぬ。
口々にあんなに懐いててそれは無いだろうとか今更否定されてもされてもなぁとか既に付き合ってるものだとばかり、とか散々言われたがそれはないと言い切れる。
だって、
「私、この城で働けてますけど後ろ盾と言われるものは無いじゃないですか!地位が不安定ですし……たぶんそれを気遣って下さってるんだと思います。料理長は私に甘くて本当にお優しいですから。」
「その、なんだ……キノ?」
「ギンさん?どうしたんですか??」
「俺は時たまお前達が話してるのを見かけたことしかないが、それは少々勘違いが過ぎやしないかと思うのだが。」
「ギンさん!?」
「俺も、バルドさんもキノも好き合ってるとばかり思ってた。」
「アオくんまで!!」
みんな急に賑やかにあーでもないこーでもないと意見を交わしているようだが結論はギンさんやアオくんと同じ、私たちの間に恋愛感情があるのではというものだった。
「ま、待ってください!私は……っ」
「こうしちゃいられない、私が真相を確かめてくるわ!ギン、アオくん、仕事任せた!!」
「あぁ、先輩殿よ行ってこい」
「……いってらっしゃい」
「せ、せんぱーい!!!」
アニス先輩は既に行ってしまったようだ。自業自得とはいえ、どうしてこうなったんだろう。
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暫くして、アニス先輩が戻ってきた。仕事を再開していたはずの皆がまた一斉に集まり出す、ちょっと怖い。
「さて、キノちゃんが覚えていないらしいその時の状況と真相を料理長に聞いてきたんだけど、なんて言ってたと思う?」
皆が静かに目でそんなの決まっているだろうと語ってる気がする、鈍感だと言われる私にも分かるくらい部屋の中は静まり返り、緊張感が漂っていた。
「なんとその後、……俺の家族になるか?とも聞いていたのよ」
『おぉぉ!!?』
だからハモらないでほしい。でも、それは初耳だった。正しくは覚えていないの間違いだが。
「で、真相はどうだった」
待ちきれないと言わんばかりにギンさんがせっつく。
「そんなの決まってる、……と言いたいところなんだけど、キノちゃんの発言が正しかったみたい」
『あの料理長、見事な笑顔で「あいつ立場が不安定だろ?俺が少しでも力になってやれないかな、と思ってさ」って言いやがりました!!』と悔しいと言わんばかりの絞り出した声を出して崩れ落ちるものだから驚いた。
そして同時に、
「ほら、私の言った通りでしたね!」って言ったら全員から睨まれた……げ、解せぬっ!!
その後も尚聞こえる、悔しがる声や嬉しがる声、ガヤガヤと騒がしくて、こちらを見に来ていたクレイさんに怒られてしまった。フィアスさんには黙っておくから早く仕事に戻ったほうがいいと言われ皆蜘蛛の子を散らすように皆が自分の持ち場に戻った。
これでこの件はお終い、だった筈なのに……。
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「おう、キノ!お前最近……。」
「ば、バルドさ……っ!!」
たまたま通りかかったであろうバルドさんが近づいてくる、どうしよう。今度会ったらちゃんといつも通りに話しかけようと思ってたのに、この心臓がうるさいんだ。
なんで??ねぇ、静まってよ頼むから!!
もうなんともないと思ってた、バルドさんが養父になってくれようともこの関係はずっと続いていくものだと思ってた、友達として部下として過ごせると思ってたのに、今更気付いてしまった。
バルドさんの顔を見て、徐々に顔に集まる熱に……バカだなぁ私。
だから私は────
「……あ、あの!」
一歩を、距離を縮めるために踏み出してみようと思った。




