半日経過
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「オラっ、起きろよ。それとも、もう死んだか!?」
声と共にドンと衝撃が背中を打った。
(…蹴られた)
そんなわかりきったことを思いながら、俺はゆっくりと身体をおこした。
プファー
店の外の通りから、どっかの馬鹿が車に乗って騒いでいるのが聞こえ、太陽は随分と高い所に位置しているようだった。
昼間の探偵と言うのは、いっちゃなんだか様にならない。吐き気を催す香水と、雑誌にゼロがたくさん並んでいると言うだけでいいものだと思ってきている服、そしてそれと同じくらい札束を”消費した”アクセサリをジャラジャラさせた奴等が通りをふんぞり返って歩いているからだ。
そいつらは大抵、おミソが優秀であることが自慢らしく。なにかがあると、別のなにかに「なんとかしてくれ」と縋りつく。
それが法律、それが警察なら大変ですね、と声をかけてやってもいいが。自分に回った日には………。
「オラっ、起きてるかっ。しゃんとしろ、このロクデナシ」
「お前、エグザイルじゃなくてエグイちゃん、って名乗ったらどうだ?エグイ性格、エグイやり口、ついでに人気取りにエグイ食い込みの入った………あら?」
店の奥で転がって寝ていた男に蹴りを入れた女は、ちょっと珍しい姿で立っていた。
「なによ?」
「お前、ドレスやめたのか?」
「は?あのね、この店は基本24時間営業なのよ」
「知ってる、知ってた」
「そこの美人マダムが、一日中チャラチャラドレスきてたら、気持ち悪いでしょ?」
そういうものなのか?わからない。
だが、それにしたって今の姿は年齢を考えたら……いや、アリだろう。
小娘のように髪は2つにまとめられ、白のタンクトップが起きぬけの目にはまぶしい。だが、さらに問題にしたいのはパンツだ。軽口でいったことだが、それって後ろから見ると尋常ではないエグイ角度だと思われる。
「なんだ?起きたと思ったらさっそくエロか。これだから探偵ってクズだよね」
「おい、わいせつ物が目の前にあって素直に反応しちまっただけだ。昼間っから卑猥なものを店に並べる店主が悪いんだろうがっ」
なぜか正論を述べた俺はもう一度蹴られるが、先ほどに比べれば対した威力はなかった。
そこにウェイトレス姿のベティーおばさんがコーヒーを持ってきて置いてくれた。おばさんにだけ礼を言いながら、さっそく一口。うむ、安物のコーヒー豆だ。
「それで、朝まで飛び回ってたあんたは。どこまでわかったの?」
「おい、手に持ったモップは掃除用具だぞ。さっさと床を磨けよ」
なぜか向かいの席にどっかと座る店主に仕事の説教をくれてやるが聞きやしない。仕方なく、おばちゃんに合図して特大のパンケーキとコーヒーのおかわりのサインを出した後で。
「警察にいった。男女の間違った刑事と話した。光の騎士、銀行一味、あと大佐殿がこの事件を追っていることがわかった。どうだ、満足か?」
「……なかなかの面子ね。って、それだけ?」
「それだけだ」
「ちょっと、あんた本当に馬鹿なの?それともうちの安バーボン飲み過ぎて、脳味噌がアルコール漬けのまま仕事にいったの?血相変えて出ていったあんたが、たったそれだけですごすご帰ってくるなんて!」
「5時間じゃそれしか出来なかったさ」
「それだけ、しかできなかったマヌケよ。なんだい、役立たず」
酷い言われようだが、仕方がない。実際、俺がやったのは警察にいって、その後はただ街角を歩きまわっただけなのだから。
そこにベティーおばさんがやってくる。手にしたのは、あきらかに盛りを間違えたパンケーキとクリーム。さらに横にはアップルパイがひとかけら。
これだ、これこそが甘さのトルネード。限界を越えた子供の夢そのものだ。
コーヒーをたされ、皿を目の前に置くとおばさんはポケットから黄色の蜂蜜のはいったチューブを置いていく。ちなみに、この蜂蜜は俺の持ち込んだものでおばさんに管理して貰っている。
この店最高の甘いものを、この店最低のシロップをかけて食うのは冒涜というもんだ。本格には本格なものを合わせてこそ完璧というものだろう。
あまり表情の変わらないと言われる俺だが、どうやら目の前の卑猥な女にはお見通しだったらしい。
ウキウキした気持ちでさっそく手をつけようと、蜂蜜に手をのばしたところ、サッと横から取り上げられてしまった。
「おい!なにをする」
「ちょっと、相手してあげてるんだから。もうちょっと隠していること、話しなさいよ」
「なにをいってるんだ!?秘密厳守は当然だろ」
「依頼は受けてないわよね、まだ!これから金になりそうな所にいって売りつけるんでしょ、わかってるわよ」
「ならいいだろ!返せよ、俺は今から食うんだ」
「そ、ならあんたが調べた5時間の成果を話しなさい」
「だまれ!だいたい、それは俺が持ち込んだもので、お前のものじゃない。返せっ」
「嫌よ」
「いいか?俺は今からこの皿に盛られた芸術品に、その蜂蜜をかけて素晴らしいハーモニーを奏でる必要がある」
「目の前にあるケツとパイ(胸)を見て楽しみながらね」
「俺が楽しむのはそのパイじゃない!こっちのおばさんのパイだ。冒涜するのはやめろ」
大人げないのかもしれないし、痴話げんかみたいで嫌だったが、それでも引き下がるわけにはいかなかった。もちろん、食欲的な問題が大きかったが、この耳と同じくらい口が拡声器な女に俺の捜査状況や情報をもらすわけにはいかない。
それはむこうもわかっている。
突然、女店主はいつもとちがった小娘の顔で頭の悪い事考えた、みたいな表情を浮かべる。
「そういえば、これ。高いんだってね?」
「高級だぞ、オランダ産だ。お前の所に並んでるまがい物と比べるものではないっ」
「へー、ホントに?混ざり物つかまされてない?」
「そんなことしたら、あの野郎。今度こそガトリング砲でウィリアム・テルごっこしてやると予告している。ないね」
「そっかー、そんないいものだって聞いちゃうとさぁ」
「なんだよ!?」
「ちょっとそこの机にあがって今からストリップショウしてみたくなっちゃった。知ってる?その手のジャンルには、女が身体に蜂蜜塗りたくってやるのがあるって」
「かっ、かっ」
これは馬鹿女のあられもない姿を想像して言葉がでなかったわけではない。
冒涜的な野心を聞かされて怒りで頭の理性という名の回線がショートしてしまっただけだ。一応、念のために説明しておく。
「うちの店を広げて―、ポールダンスやったらって声は昔からあるのよね。そうなったら、当然そこにはあたしのような女王様がいないと客も満足しないでしょ?」
「知らん!ここをパブにするか、売春宿にするのはお前の勝手だ。だが、その蜂蜜は俺のものだ!お前に勝手をされるべきものではない!」
すでに立ちあがり、蜂蜜片手に油断ない動きでカウンターに駆けあがろうとしているこのおかしな女を、俺はさせまいとじりじりと跡を追って詰め寄ろうとする。
「おい、探偵。おもしれーのが見れソーじゃん。ひっこんでろよ!」
「やかましい1!お前はそこにいろ。全てが終わったらお前の指をへし折りながら話を聞いてやる」
ちなみにこのことには少し後で後悔している。蜂蜜が大事で、相手の顔をちゃんと見ていなかったのだ。
もちろん、俺は宣言通り。奴の手の指を1本1本、きっちり10本。全部折っていきながらそいつの話をこんこんと聞いてやるつもりだったさ。
すくなくとも、オリジナルはこれも捜査方法の一つだといっていた。斬新過ぎるやり方だが、効果は俺も認めている。
「おい、馬鹿はやめろ。エグザイル」
「じゃ、話して」
「なぜそうなる。俺は俺の蜂蜜の話をしている」
「ちっちっ、それは違う。今はあたしに”絡みつくかもしれない”蜂蜜よ。さ、早く決めな。もうすぐショウの開演時間よ?始まったら大混乱、あんたは邪魔できなくなる。それとも、もったいないからって飛び入りで蜂蜜まみれのこの身体、皆の前で舐めてみる?」
「お前、狂ってるぞ!?正気はどうした?もともとTバックなんか履いてるから、擦り切れていたけどまだ残ってはいただろ?」
思わず、なんとかしてやろうという思いが強すぎてまずいワード(言葉)を混ぜてしまった。
エグザイルの小悪魔小娘顔が、少し凶悪な影が差すとぴょんとカウンター席にすばやく飛び乗ってしまった。
「あと一歩で開演だけど。なにかいうことはない?」
「……………待て!待て待て。わかった、言うから。教えるから勘弁してくれ」
世界はいつだって冷酷だ。
今日も悪党が勝利をおさめ、懐に苦労もなく他人の物を奪って、わざわざじっーっとながめたあとでしまいこむのだ。
俺のような善良な探偵はそんな悔しい光景をしょっちゅう見る羽目になるのだ。
野次馬共のブーイングをよそに、可愛い蜂蜜をしっかりと抱きしめて席に戻る俺は呪いの言葉を心の中で呟き続けた。もちろん、その後ろについてくるのは悪魔の心を持った女店主は上機嫌でブーブー言っている連中に投げキッスなどしていた。
「さっきどこまで話したっけ?」
「騎士、銀行屋、大佐が食いついた。そこまでよ」
うんうん、と俺はうなづくがぶっちゃけどうでもいい。やはりおばちゃんの作るパンケーキの味は盛りに負けていない、最高だ。
「そして、この話を聞けば俺の後に続く連中も出るだろう。ここまでわかるか?」
「はいはい、それでそれで」
こいつ、本当に格好だけじゃなく小娘みたいな反応をするな。服装で女ってこんなに気分が代わるものだろうか?
「こりゃ最悪。俺がやることないんじゃないかとまずは考えた」
「なにそれ、いきなりやる気がないとか。ふざけてんの?」
「だが事実だ。俺以外に動いているなら、俺は寝てた方がいい。だが、すぐにこの考えは捨てた」
エグザイルは「そりゃそうよね」などというが……なんか、ホントに可愛いな”今のこいつ”
「ストートラインに立ってはじめなきゃ、続けてもいいんじゃないかって考えた」
「ふーん、そんなことできるの?」
意地悪そうな顔でいつもの挑戦的な言葉をかける相手に、俺はひとつうなづいてから答えてやる。
「だから、ハイド・ユウに会う」
この返事に、こんどこそエグザイルの顔色が変わった。
しっかし、このパイも最高だな。
ハイド・ユウというおかしな奴がこの町にいる。
正体不明、目的不明のとびっきりの不審者が、彼だ。
黒のライダースーツにラバーマスク。そこになぜか黒の水中メガネをした変態的存在は、まったく理解できるものがないことで有名だ。
普段の彼は、闇に潜み。そこでおきていることをじーっと、ただ観察している。かと思えば、ある時はその情報を俺達のような超人に知らせて回ったり、これはめったにないが自分が暴れて解決してしまったり。
ただの覗き屋とはいいきれない部分のある、とにかくおかしな奴である。
「会えたの!?」
「ああ、ギリギリな。お日様が顔を出すまでの5分間の面会時間だった。そうだ、俺。気象庁に抗議の電話をしようとおもってたんだ。あいつら、雑な仕事をしやがって。日の出が3分も早かったんだぞ?」
「そんな無駄なことはやめなさい。それで、どうだったの。何を話した?」
やっぱり小娘みたいな外見だけど、こいつはエグザイルだと思った。
察しが実にいい。俺がなぜ奴に会いに行ったのか、すぐに見抜いてしまった。
そう、俺は今回の事件が起きた時。このおかしな不審者がその現場にいてみていたはず、という無茶な仮説を立てて彼に情報を提供するよう求めにいったのだ。そして、それに間違いはなかった。
ダークハートは口を開くと早口で用件を伝える。
「太陽がもうすぐ顔を出す、時間がない。だが、俺は知りたい。今夜おきた予知能力者を含めた連続殺人事件。こいつの犯人につながるなにかが欲しい。
この町にいる予知能力者達だって馬鹿じゃない。警察が規制を敷いたって、おかしなビジョンを見ればそれで騒ぎ出すし、マスコミだってそれを理由に報道を始める。
未来を勝手に覗き見る奴等は、それでさらに騒ぐだろう。その結果、騒音で犯人にたどり着く線をたどるのは困難になっていく。俺は、その馬鹿騒ぎで超人達が浮いちまうのを防ぎたいと思っている。
すでにラインナップもそろっている。ヌケ作の騎士、札束を数える銀行屋、正義と叫んで暴れ回るイカレタ大佐。
誰よりも俺は先に犯人にたどり着きたい。だから頼む、力を貸してくれ」
彼は普段、相手の正面に姿をあらわしたりしない。だからいると思ったら立ち去られるまでが勝負だった。
だが、どうも反応が芳しくないようであった。
思わずそれで振り向いてしまうったのだが、件の不審者がいつもの格好で地面に両手をついてしゃがんでそこにいた。ただし、その顔は空を見ている。
(やべぇ)
ダークハートも空を見る。まだはっきりとは分からないが、建物の間から見える雲はやけに白く見えた。
「助けがいるんだよ!なんだっていいんだ、手がかりになるようなものをくれっ」
調子のいい話だな、とは自分でも思うが必死だった。
『レンゾク殺人事件、ダガ、死人ノ数ガ違ゥ』
不思議なイントネーションでそれだけ言うと、彼は踵をかえしてあっという間に闇の向こう側へと去ってしまった。
「どういうことよ、死人の数が違うって。もっとたくさん死んでいるってこと?」
俺はそれにこたえることなく食い続ける。すでに相手の知りたい事は話したのだ、そこまで付き合うつもりはない。
それに、うんうん頭を捻って悩んでいるこいつのアホな姿は、なんだかとても見ていて今は気分がいい。
皿の中を平らげると、コーヒーの残りを一気飲みする。
そして立ちあがりながらカウンターを吹いているおばちゃんに「おいしかったよ」と一言、ついでに大切な蜂蜜も渡すがジェスチャーで「あいつにはさわらせるな」とエグザイルを指すと苦笑いをしていた。
「ちょっと、どこいくのよ?」
「お仕事探しに」
「事件は?手がかりはどうなったのよ?」
「ああ、それか………事件が解決した後で、教えてやるよ。3日後ぐらいな」
ドアを抜けると同時に後ろから罵声の数々が飛んでくる、知ったことか。
通りを足早に歩きながら、俺は先ほど話して聞かせたハイド・ユウの言葉を思い出す。
殺人事件、死人の数が違う
当然だが、俺にはこの言葉の意味にピンときた。
頭の回転が悪い奴に探偵は務まらない。
エグザイルは死体の数が多いとか口にしていたが、俺はそうは思わない。
ハイド・ユウは覗き屋だ。現場を見ても、観察したとしても。犯人についてではなく死人について口にしたのには絶対に理由がある。
俺の目的は決まっていた。
不幸にも現場に居合わせて、殺されたとされている3人目。このホームレスの行方を捜すのだ。
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まず、向かったのは警察。再びだ。
だが、警部達には会えなかったし、署内はすこしピリピリしていて探偵の無理は通りそうになかった。かわりに、ありがたいことに若いのが応対してくれて、彼から昨夜の事件現場などの話とあわせてファイルも覗かせてもらった。
どうやら、警部達は俺のような連中の相手をするつもりはまるでないらしく。
この若いのに聞きに来た連中の相手をしろとめいじていたらしい。無理もない、規制はかけたろうがこのご時世。いつ軽くふさがれた唇を激しく動かそうか、全員がお互いの唇を見守っていることだろう。
3人目の被害者。
ホームレスで名前はスリム。思った通りだ、可変能力だったと書かれていた。
だが、それでも警察が彼の死を信じて疑わなかったのはどうやら壁のシミになっていた分量がなかなかのものであったことが理由らしい。
たしかに肉体を変じるということは、再生の際に元の形に戻るだけの”モノ”がなければ足りなくなる。
そういう場合、普通の超人ならばまず致命的なダメージを認識して動けなくなる。そのまま誰の手も借りることができないならば命を落としても不思議はない。
だが、そんな彼が生きているかもしれない。
これは俺だけが知っている情報だが、重要なことだ。
「探偵さんは、最初と2番目に全然興味ないンスね」
若いのがこちらの手に取るのを見てそう言う。もちろんだ、とは答えずあえてぼかして返す。
「他の連中はそっちで動いているんだろ?わかるよ、だったらこっちのおざなりになってる方からはじめるさ」
大ウソだが、これでいい。
もしこれでなにか俺の身にあっても、なにかおかしいとあの連中なら誰かが気づくだろう。
「こいつ、ホームレスだってことだけど、俺は顔を知らないんだよね。どの辺をうろついていた奴なのかな?」
「んー、話、したいンスか?」
「ああ、あの辺りを普段からうろついていたんだろうか、とか。他に知り合いはいないか、とかね」
「どこならわかルンかなぁ。あっ、オレちょっと聞いて気まスンで。ちょっと待っててくださイン」
うなずきながら、随分ふざけた話し方をする警官だなぁとちょっと呆れる。とはいえ、仕事に忠実だ。公務員としてはあれで十分だろう。
俺は再び、ファイルに目を向ける。そうだ、今のうちに2人の方もさっと目を通しておこうかねぇ。
15分後、知りたい事をすべて聞き出せた俺は今朝とは違い、人の波で混雑する警察署を飛び出していった。