BAR『カサンドラ』で
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『カサンドラ』のドアを抜けて俺は中に入る。
すぐに中でたゆたんでいた煙達が、いっせいに俺の身体に触れようとして……そこで一度立ち止まる。嫌な客ってのは今の俺のことに違いない。ドアの前に突っ立って、人どころか煙ですら近寄ろうとしない。ぽっかりあいた空気の穴の中で、店の住人達を順に眺めて見回していく。
毛むくじゃら、イキがって変態趣味もろだしのクソ野郎、あれは痴女か売春婦。そうやって心の中で勝手にあだ名や職業を決めつけていく。
「ちょっと、オマヌケさん。そんなところで突っ立ってないで。こっちに挨拶に来なさいな」
やれやれ、ありえないだろ。
黒い肌と髑髏の顔。この世界に5人しかいない不死能力を持つハードボイルドなタフガイ相手に。オマヌケさん挨拶にこい、か。そんな口を平然と叩く”女”なんて、この『カサンドラ』なら1人しかいない。
「マダム。この俺の顔を見てルーキー扱いはないんじゃないかね?」
厭味ったらしくわざわざ”マダム”などと呼んでやったが、向こうは顔色一つ変えやしない。
『カサンドラ』の店主にして生物学的に分類されるのは女。
名前をエグザイル。
どこぞの国だとこの名前のダンスチームが、もう何代目とかいって踊ってると言う話だが、それと同じくらいふざけた女だ。
「あら、ごめんなさい。この店にあわない陰気なガイコツだったから、どこの小僧かしらと思っちゃったのよ」
この通り、長年通ってやっている俺を相手にまったく。言葉もない。
「酷い奴だ。馴染みの客にその態度、その言葉。ベニーストリートの売春婦だってベットを前にすれば客に接する態度ってモンを知っているのに」
「そりゃ、ナニを弄って金と命をかっぱぐ相手だもの。優しくもするわよ。でもわたしは仕事をまわしてやってるのに薄情にも顔を出さなかったり、クソ仕事だのわたしの客をゴミ呼ばわりする奴にはふさわしいあだ名をつけてやることにしてるの。あら、あなた。本当に常連さんよネ?こんな話、まだしてなかったかしら?」
賢い女だ。それに身体だって悪くない。
今日の紫がかったドレスに隠された色気は十分合格点をあげてもいいだろう。そう、おもわずバカな男ならばその場で金額を口にしてもちっとも不思議はない。
だが、一つだけ。俺はそいつに忠告しておく。間違っても「千ドルで」などと言ってはいけない。ゼロが2つほど足りないからだ。もちろん、そんなこと俺は馬鹿じゃないから言わないがね。
「常連様だ。3日前も来ただろう。まさか、年齢不詳を売り文句にしすぎて、本当に老けちまったのか?」
「ふふ、前みたいに皺はどこだっけ?とは言わないのね。もっとも、そんなことを口走ったら。あの時と同じように数日間はこの店の空気にしてやるけど」
そうそう、もう一つ忘れていた。
彼女もまた超人であり、その能力は物質の解体・再構成を自在におこなうというおっかないものだ。
こいつのおっかなさが想像できないと言う奴は結構いる。その時、俺はいつもする話がある。
あれば数年前、ストリートのバカ餓鬼がなにをトチ狂ったのかこの店と彼女自身をよこせといった揚句、俺のような常連客に叩きだされたのを逆恨みした奴がいた。
そいつは素直に自分の感情に従い、この店と彼女を吹っ飛ばそうとしてたっぷりの火薬をこの店の中で爆発させた。店は吹っ飛んだが彼女はそのままだった。そしてその数日後には、改装された店が再開。彼女もそれ以来、24時間営業で店に出続けている。
で、バカ餓鬼のことだ。奴は今はストリートにいない。たぶん、この店の中で”今も漂っている”はずだ。俺や客の目には見えないがね。怖い話さ。
「年寄り同士の寒々とした挨拶はこのくらいでいいだろ。今日も盛況だな、化物ばっかりだ」
「なーにぃ、フリーク・ショウとかいいたいの?化物ヅラのおじさんわ。鏡を見てみなさいよ」
「すまんね。うちに鏡を置かない主義でね。おかげで気持ちよく寝れるし、起きても気分が悪くなることはない」
エグザイルはフンと鼻で笑う。……意外なことだが、その仕草は少し色っぽく感じた。
俺はバーテンにいつもの一杯。カミュを頼んだ。
仕事のない私立探偵は店でカミュでも飲んでカッコつけてなさい。俺が生きてきた人生の中で、これほどふざけて、まぬけで、そして愉快に思ったことのない女からの忠告だ。
探偵はBARでカミュをたしなむ、ハードボイルドってやつか。本物のアホだね。
BAR『カサンドラ』の客は俺や彼女のように、超人が集まる店だ。ここの主人は毎日24時間、ずっと店を開け続け、自分もそこから離れることはない。
実際、この店の七不思議のひとつが店主はいつベットに入るかというものだ。もちろん、それが男と一緒にというと俺にも記憶がない。
「久しぶりの親子の感動話、聞かせてくれないの?」
「ああー、嘘だろ」
俺は思わず机に突っ伏す。頭の中では、眠気に負けそうになりながらも仕方なく臭い台詞を吐き続けたあの悪夢の夜がちらと思い出される。
「なに?」
「久しぶりの、この店からではない仕事だったんだぞ?なのに、なんでお前が知っているんだ」
「ああ、それ。ミスター・ブラックが昨日教えてくれたのよ。愉快な話をしいれたってね」
「ハッ、太陽銀行のクソ野郎か。そういえば、あの依頼人。どこで俺の話を聞いたか明かさなかった。そういうことか」
ミスター・ブラック。この街の善人にも悪人にもそう呼ばれる男がいる。
正しい名前はブラックサン。そうだ、黒い太陽だ。ひどい名前だよな?
こいつは必ず交渉を成功させる、と触れまわるネゴシエーターで警察も金持ちも、悪党まで手広くフォローする。紳士を気取り、輝く笑顔の下には変わりに支払われる札束の重さをどんどん増やしていくビジネスマンだ。
太陽銀行、というのもそれだ。
奴はヘンな奴で、自分の住むビルに黒い太陽のマークをつけていて、なぜかその中の一階フロアは銀行の受付を思わせるデザインがされていた。だがそこには普通、人っ子一人いない無人の場所だ。
一度、俺が”親切”で大人が喜ぶマネキンが大量に手に入ったのでそこに嬢としてならべてやったことがある。それは実に魔の抜けた光景で、そこに住む陰気な野郎共の内面を見事に浮かび上がらせる芸術品だったと今でも思っている。実際、タブロイド紙にその写真を売りつけたら結構いい値段になったし話題にもなった。
そんな最高傑作に、当時の奴はカンカンに怒ってわざわざこの店の前まで来て騒ぎたてたものだ。
「彼、楽しそうに話してたわ」
「フン、キザ野郎が」
「感動的だったとも聞いた。ハードボイルドを自称するクソ野郎が、涙ながらに浪花節。コブシをきかせたプロがその場で一曲歌ったら、映画にも出来るって」
「脚本でも書き始めたのか、あの詐欺師?次の交渉とかいってハリウッドに売り込んだと言う話しを聞いたら、ぜひ俺に教えてくれ、あの銀行を訴えてやらにゃならん」
「ふふふ。照れてもいいのよ?」
俺はフンと鼻を鳴らすことで精一杯で。結局それにはなにも言い返せなかった。
2杯目からバーボンで、エグザイルも他の客の相手をしにどこかへいってしまった。
ここには超人と呼ばれる奴等がいるが、彼らは皆ヒーローでもヴィランでもない。おかしな話だが『普通の一般人』なのだ。だからこそ、俺のような”役”が必要になることもある。
もちろん、そうならないのが一番ではあるがね。
7杯飲み干す間、何人かの顔見知りの挨拶を受け。近況をちょっとだけ聞きかじり、面白くもないテレビのスポーツ番組をちらちらと横目で見て確認する。
ジャイアンツが7点だと?大量リードはクソの証だ。俺はいつも賭けをする時は負けの席を奴等に用意してやっているのに、どうやらむこうはそれがお気に召さないらしい。今まで一度として奴等が俺のために負けてくれたことはない。
そろそろ向こうも俺の20年続くしつこさに諦めて受け入れてもらいたいものだがね。
そんな苦々しい気持ちと共に、そろそろ今夜も帰宅時間だと思った時であった。
放っておいた俺の元に戻ってきたエグザイルは、すこし顔に緊張の色をただよわせていた。
「帰るの?」
「ああ、飲み過ぎてお前のベットを貸してくれ。なんて言っても許してくれないだろ?大人しく帰って寝るさ」
「酔ってる?」
「バーボン6杯といつものだ。ま、悪くない感じだね」
実際、口と性格を抜きにすれば別れ際にすがるように呼びとめるこの女を眺めるのはいい気分にさせる力があった。
「ギヴ・ファインズって人、知ってる?」
「ギヴ?ハッ、馬鹿の天才か。知ってるさ、クソ野郎だ。それがどうした」
「その人が死んだって言うのよ、知ってた?」
「いいや、知らなかった。だがいいことを聞いたな、あしたは馬鹿の天才が死んだと皆で葬式ってことでカーニバルができる。大騒ぎなのはきっといいことさ」
「そうじゃない、ちょっとちゃんと聞いて!」
めずらしくこいつが女に見える、そんな感情的な部分を見た気がした。
「わかったよ。死んだんだろ?」
「そうよ、どんな人だったの?」
「疑問を疑問で…まぁ、いいか。
超人さ、予知能力を持ってたっていわれてる。本人はかたくなに否定していたがね。なんでも金融の天才だから金が向こうから数字に変わって自分の所に降ってくる。
知ってたか?こんなハリウッドでも今じゃ使われない3流悪役の台詞を、あいつはTIME紙のインタビューで真顔で言ったんだ。クソ野郎だよ、未来を見てから自分の人生を設計している癖に、他人にはそれがバレテないと必死でさけんでた。
いや、もしかしたら自分でそう思い込みたかっただけかもな。悲しい奴さ、なんならもう一杯頼んで。いま、ここであいつのために皆で乾杯してみせたらいいのかな」
酔いと眠気も手伝って、ふざけて相手をしていたが。エグザイルは激怒しないよう、耐えながら腰に手を置くとその場に仁王立ちする。
こう言ってはなんだが、ドレスを着てたとしても。今のこいつの迫力は、あの凛々しく立つアテナ像にだってひけをとらない、真剣にそう思う。
「良く聞きなさい、このガイコツ野郎」
「なんだよ」
「そのクソ野郎が死んだの。彼は自分の死を予知できなかったの」
「?………よくわからないな、どういうことだ?」
「だから……」
ここで一度言葉を切ると、本当に珍しく口の奥で短い唸り声を上げる。それでなにかに再び挑戦するように、再びまっすぐ俺の目を見て声を出す。
「いい?予知能力者の彼が、自分の未来を予知できなかったの。彼の予知では、彼は死ぬはずではなかった。わかる?ダークハート、彼は何者かの手によって殺されたのよ!!」
俺は彼女の最期の言葉を丁寧に3度、頭の中で繰り返した。その間、俺達2人の間だけ時間が止っていたと思う。
周囲の雑音が煩わしく、頭の中がはっきりしない。
だが、ようやくそんな俺にも彼女の言葉をきっちりと理解できる瞬間が来た。
そして、それはもう間違いなく特大の衝撃となって俺の身体を貫いていく。どれくらいの威力があったかときっちり説明するなら、バーボンは一気に水へと変わり。カミュは血液となって駆けまわった。そして俺の眠気は向こう8時間はどこか別の場所に向けて走り去って俺の元には戻ってこないだろう。
予知能力者の予知をかいくぐって殺人がおこった。
この町ではいってみれば、特大の問題が起きそうな。そんなネタであった。