89:タコのタコ殴り
「タコの下ごしらえは、大根が大事です! ……でもまぁ、大根の出番はもうちょっと後なので置いておいて」
私が大根を埠頭の地面に置くと、漁師たちが呆れたような顔になった。
バーバラが言う。
「思わせぶりに大根を出しておいて、それかよ」
「後で本当に使うんですよ! まずは塩もみをします」
本当はボウルにタコを入れたいところだが、何せ巨大な足だ。こんなものを入れられるボウルはない。
仕方なく、埠頭の一角で塩もみをすることにした。
「フィン、ミア。手伝ってね」
「はぁい!」
タコの表面はヌメヌメとしている。まずはこのヌメリと汚れを落とさなければならない。
どさーっ!
私は倉庫から大量の塩を出した。
この世界の塩は前世のそれよりだいぶ高価だが、ここはケチっていられない。たっぷり出した。
「この塩をぶっかけて、揉み込むの。ヌメリと汚れを落とすのよ」
手本を見せる。両手に塩をたくさん持って、タコの表面にゴシゴシと擦り付けた。
塩とヌメリが混じり合うと、泡が立ってくる。塩のじゃりじゃり感がなくなれば、水をかけて洗い流す。
これをヌメリがなくなるまで繰り返すのである。
「うひゃー、べとべと」
「なまぐさい。……けど、食べられるにおい」
フィンとミアが塩まみれになりながら、頑張っている。後でお風呂に入れてあげないとね。
「……」
クラウスは無言で塩を揉み込んでいる。クラーケンと戦った時すら汚れなかったのに、さすがにヌメリと泡で服が汚れてきている。
なんかすまん。後でまとめて洗濯するので許してほしい。
なおラテはまだ船酔いが治らないらしく、港のなるべく海から離れた場所でぐったりとしていた。
「皮がキュッっとなったら終わりだから。大変だけど、ここを手抜きすると美味しくならないの。頑張ろう!」
私自身も生臭い泡まみれになりながら、塩もみを続けた。
バーバラと漁師たちが手伝ってくれたおかげで、進み方は早い。
「吸盤の周りは汚れが溜まりやすいから、念入りにね」
「おうよ」
そういえば前世では、タコのヌメリ取りと洗浄に洗濯機を使うケースもあった。普通の洗濯機に塩水とタコをぶち込んで、ぐるぐる洗っちゃうの。
とある漁港で見かけてびっくりしたのを覚えている。
この国に洗濯機はないし、たとえあってもこの超ビックサイズのタコ足が入るとは思えない。地道に、地道に。
やがてタコ足全体に塩が行き渡り、洗い流してすっきりとした。
「よし! 次はついに、大根の出番ですよ!」
私は大根を改めて掲げてみせた。きちんと皮を剥く。
「クラウスさん、あのタコ足を輪切りにしてください。全部じゃなくて半分くらいでいいです。厚さはそうですね、指二本分くらいで」
「承知した」
クラウスがタコ足の前に立つ。漁師たちが見守る中で、神速の抜刀!
目にも留まらぬ早業で、タコ足の半分ほどがスライスされた。
「いい感じ。ありがとうございます!」
私は切られていないタコ足を倉庫に格納した。ヒュン、と小さな音と共に巨大タコ足が消える。
それからスライスされたタコ足を一枚広げて、まな板代わりの大きな木板の上に広げた。
「行きますよ――えいっ! ていっ! ちょえいぁっ!」
私は大根を大きく振りかぶって、タコ足を殴りつけた。
「ル、ルシル……?」
バーバラがドン引きしている。
「とうっ! ……何ですか? たあっ!」
タコ足をタコ殴りにする(タコだけに)私を、漁師たちは遠巻きに見ている。明らかに引いている様子だ。
失礼な。これは奇行じゃなくて、必要な措置なのだ。
タコは全身が筋肉の塊。そのままでは筋組織が固くて食べられない。そこで、こうやって叩いてほぐしていく。
棒ではなくて大根なのは、木の棒では固すぎて繊維を傷つけてしまうから。
それに大根に含まれる酵素が、筋肉繊維に含まれるタンパク質を分解する効果もあるという。しらんけど。
「その気迫は……まさか噂に聞く東方の剣術!?」
クラウスが混乱するあまり妙なことを言っている。
大根はただの生活の知恵だっての。
「さあみなさん、ご一緒に!」
「えぇ~……」
漁師たちはドン引きだったが、フィンとミアは面白がって大根を手に取った。皮を剥いて両手で持つ。
「えいえいっ!」
「やわらかく、なーれ!」
それを見ていた町の子供たちが、おっかなびっくり前に出てきた。
「ぼくもやってみていい?」
「あたしも」
「もちろん! 手伝ってくれるの大歓迎よ。待ってね、今、大根の皮剥きするから」
それぞれ大根を手渡すと、最初は遠慮がちに、次は思いっきりタコを叩き始める。
「えいっ! クラーケンなんか、やっつけちゃうぞ!」
「大根をくらえ!」
子供たちは実に楽しそうだ。昨日、怯えていた様子が嘘のよう。
その様子を見て、バーバラが目を細めた。
「ガキどもがあんなに生き生きしているのは、久しぶりだよ。シスターはさすがだな」
「子供たちは遊びの達人ですからね。大根とタコ足でクラーケン退治ごっこをやっているのでしょう」
大根を剣に見立てて必殺技(?)を放つ子や、大根の魔法の杖で魔法を使うつもりの子もいる。
大人はまだちょっと巨大タコ足を怖がっているのに、子供たちの心は自由だ。
そうしてみんなでタコ殴りにしまくったおかげで、タコ足スライスはずいぶんと柔らかくなった。
「よーしみんな、そこまで! あとは私に任せてね!」
ここからはいよいよ、タコ足クッキングだ。
◇
私は港の埠頭に、持ち運びできるかまどを出した。
火を入れて大鍋を乗せる。
一品目は「タコの柔らか煮」。
昆布でダシを取り、醤油と砂糖、みりん、日本酒を入れる。
煮立ったらタコを投入し、落し蓋をして弱めの中火で一時間ほど煮る。
殴る用の大根ももったいないので、改めて洗って一緒に煮ることにする。
煮る時間が長めなので、その間に他の料理を作る。
二品目は「タコのカルパッチョ」。
かまどにもう一つ鍋を乗せて、こちらはさっと煮る。
玉ねぎをいくつか取り出し、スライス。水にさらしておく。
ドレッシングとして、オリーブオイル、醤油、レモン汁、胡椒少々を混ぜる。
茹でダコを薄いそぎ切りにする。
お皿に玉ねぎを敷き、タコはその上に重ねる。ドレッシングをかければ出来上がり!
三品目は「タコの唐揚げ」。
カルパッチョの鍋を下ろした後、揚げ物用の鍋を乗せた。
レシピは鶏肉の唐揚げと一緒である。醤油とニンニク、ショウガのタレにタコを漬け込んでおく。
漬け込む時間は、カルパッチョの作業に当てれば無駄がない。
片栗粉代わりのデンプンをまぶし、油で揚げれば出来上がり。
唐揚げは王都では時々メニューに出していたが、この港町では初めて見る人が多い。
ジュウジュウと美味しそうな音と匂いが漂えば、みんな目を輝かせて鍋に見入っていた。
最後は「タコのお刺身」だ。
お刺身は軽く茹でる場合が多いけど、このタコ足はまだ動いているくらいの鮮度。
塩もみでしっかり洗ったし、皮を全部剥けば生でも食べられるだろう。
皮を剥いた後の身の部分を薄切りにする。
器に盛り付ければ、美しく身が輝いている!
そうしているうちに、タコの柔らか煮が完成した。
落し蓋を取れば、良く煮えたタコの香りがふんわりと広がっていった。
「完成です! さあみなさん、並んで。深海の魔物クラーケン、食べ尽くしちゃいましょう!」
わあっと大きな歓声が上がった。




