90:タコパ
タコパならぬタコ料理三昧が始まった。
タコの柔らか煮は、しっかりと醤油の味が染み込んで、口の中でとろけるような柔らかさ。
大根もタレとタコのエキスを吸い込んで、旨味たっぷりだ。
「あの銛も通らねえクラーケンが、こんなに柔らかくなるのか!」
バーバラが驚きで目を見開いた。
漁師や町の人々も、それぞれに器を手にして満面の笑みを浮かべている。
「味がしみしみで美味しい!」
「この昆布ダシ、本当にクセになる」
タコのカルパッチョは反対に、さっぱりとした味わいだ。濃厚な醤油味の柔らか煮の後に口に入れると、爽やかな後味が気分をリセットしてくれる。
「いくらでも食べられちまうぜ」
漁師たちは先を争うようにカルパッチョを皿に取っていた。
「レモン味がすっきりしていていいわねえ。それに、盛り付けの見た目もきれい」
カルパッチョは女性たちに特に好評だ。やっぱりおしゃれ料理は、見た目も大事。
「この唐揚げ、すっごい美味しい!」
「おしょうゆ? の味がしみこんでいて、カリッとして、もう美味しい!」
唐揚げは子供たちが群がっている。大人も食べたさそうにしていたが、さすがに子供を押しのける人はいない。
「おい、父ちゃんにも一口くれよ」
「やだよ! 後でシスターからもらえばいいじゃん」
そんなやり取りがあちこちで聞こえる。
たくさん揚げた唐揚げは、みるみるうちになくなっていった。
そして最後にタコのお刺身。
港町の人といえど、クラーケンを生で食べるのは勇気のいる行為らしい。他の品に比べて人が寄ってこなかった。
「なあ、シスター。あんたの料理の腕前を疑うわけじゃねえけどよ。本当に生で食えるのか?」
バーバラが不安そうに言う。
「大丈夫ですよ。塩でしっかり洗って、皮は全部剥きましたから。まだちょっと動いているくらいの新鮮さですもの。平気です。ね、ミア?」
「うん。美味しそうな匂いがする」
ミアのお墨付きがあれば安心だ。
私は小皿に醤油を垂らし、ワサビ(いわゆる前世の和ワサビじゃなく、ホースラディッシュみたいなやつ)をすり下ろしたものを添えた。お箸で刺し身をつまんで、醤油をちょっとつけていただく。
「んー! 美味しい! 新鮮な身がぷりぷりしていて、噛むほどに甘い!」
「俺ももらおう」
他のタコ料理を堪能していたクラウスが、素早くやって来た。食べ物に関しては抜け目のない人である。
タコの刺し身を数切れ皿に乗せてやる。クラウスは箸を器用に使って口に入れた。
「……」
無言で頷いている。いつもの無愛想さはどこへやら、口角が上がって笑みを浮かべていた。
「よ、よし。あたしも食うぞ!」
それを見たバーバラが、皿を突き出してきた。刺し身と醤油をのっけてやる。
最初の一切れを口に入れると、彼女は大きく目を見開いた。
「なんだこりゃ……。煮タコも、揚げタコも美味かったが、これはまた別次元の味じゃねえか! 醤油をちょっとつけただけなのに、この甘みはなんだ。噛み応えがあって、噛むたびに旨味が出てきやがる。生のタコはこんなに美味かったのか!」
「素材の味ですよ。これだけ新鮮な海の幸は、港町ならではですね」
バーバラの様子を見ていた漁師たちが、次は刺し身に殺到した。
大人はワサビありで、子供はサビ抜きで次々と平らげていく。
「美味い! タコがこれほど美味い魚だとは知らなかったぜ」
「特に刺し身な。生とは恐れ入った」
「揚げ物と煮物も美味しいよ! こんな味、初めて」
「カルパッチョもね!」
大人も子供も男性も女性も、みんなが笑顔になっている。私の料理を食べて、元気になってくれた。
それがとても嬉しい。
賑やかなタコ三昧の埠頭を、私は充実した気持ちで眺めていた。
◇
あらかたの料理を食べ尽くして片付けをしていると、アルフォンスとギルが戻ってきた。
「ただいま、ルシル。また何か面白いことをやっていたのかい?」
「おかえりなさい、アルフォンス、ギル、護衛さん。海に出たらクラーケンに出くわしたので、タコ料理パーティーをしていたんですよ」
「うん、ちょっと何を言っているか分からないな」
私が詳しく説明すると、別行動組の三人は残念そうな顔をした。
「ルシルの新作料理を食べそこねるなんて! 僕、絶望のあまり海に落ちてしまいそうだよ」
ギルが大げさに嘆いてみせる。
「ちゃんとみなさんの分を取り分けていますよ。はい、どうぞ」
倉庫に格納していた余りの料理を振る舞うと、とても喜んでもらえた。
私もついでにもう一度、柔らか煮を口に入れる。うん、美味しい。とろけるようなタコの身が、口全体に広がっていく。
お腹はもういっぱいなのに、ついもう一口食べちゃうんだよね。
「大根でタコ足を殴りつけるルシルは、生半可な気迫ではなかった」
クラウスが余計なことを言った。
「……大根?」
アルフォンスが何とも言えない顔で、柔らか煮の大根をフォークで突いている。
「平民の料理とは、そこまでの気迫が必要なのかい?」
「王子様、そうなんだよ。庶民の料理はとにかく気合が要る。王子様も今度やってみるといい」
ギルがニヤニヤ笑って嘘を吹き込んでいる。やめなさい。
アルフォンスは「いやしかし、大根で殴るのか……」と真剣に悩んでいた。やめなさい。
『で、お前たちの調査はどうだった』
タコの唐揚げを食べて、やっと復活したラテが言う。アルフォンスは首を振った。
「特に収穫なしだった。代官バルダスの屋敷と衛兵の詰め所を探ってみたが、捕らわれているはずの漁師たちの姿がない。どうやら別の場所に移されたみたいだ」
「町の人もだいぶ警戒を解いてくれたが、まだしこりを感じるね。本音で話し合えるほどじゃない」
ギルも続けた。私は言う。
「船で沖から海を見たら、町の北にある川から汚染の元が流れてきているみたいだったの。明日はあちらを調べてみたい」
「川か……。上流に何かあるのかもしれないな。了解、明日はそちらへ向かおう」
『明日は船に乗らずに済むのか! やったぞ!』
ラテが本心から喜んでいる。船酔い、ひどかったものね。
それから私たちはかまどを片付けて、お風呂に入ることにした。タコ調理のおかげでべとべとになってしまっている。
宿でお風呂を頼み、洗濯板を借りて自前で洗濯をする。着替えの服は最低限しか持ってきていないので、こまめな洗濯が必須なのである。
「うわー、なまぐさい!」
洗濯の泡が真っ黒だ。フィンが楽しそうにケラケラと笑った。
泡まみれの小さなおでこをちょんと突いてやる。
「さっさと終わらせちゃおうね。また明日も調査だから」
「はーい」
今日はさすがに疲れた。慣れない船に乗って酔いまくって、あげくクラーケンと乱闘。
さらにはでっかいタコ足を調理した。
疲れたけど、楽しかった!
お風呂と洗濯を済ませてベッドに入ると、私はあっという間に眠りに落ちていった。




