ごじゅう
時は、少し前に遡る──。
「そういえば……ジェンナ様は最近の令嬢達の間で流行っている服飾品などに、詳しかったりしますか?」
身支度を整えてとる青年にそう問いかけられたジェンナは……ベッドに寝そべったまま、こてんっと首を傾げた。
「あら。何故?」
「今度、妹が第三王女主催のお茶会に参加するらしくて。流行りのボンネットが欲しいと騒がしいんですよ。生憎とわたしはそういうのに疎くて。ジェンナ様がご存知でしたら、教えてもらおうかと」
「ふぅん……そう」
ジェンナは唇に指を当てて考え込む。
それから艶やかに微笑んで、青年の問いかけに答えた。
「外にいるリーノに聞いてみて頂戴。彼ならこの王都の流行りに敏感だから。わたくしが聞くように言った、と言えば詳しく教えてくれるはずよ」
「そうですか。ありがとうございます。では……そろそろ失礼しますね。次は、いつお会いになれますか?」
「ふふっ。それはわたくしの気分次第」
「早めに呼んでくださいね、ジェンナ様」
身支度を整え終えた青年がジェンナの頬にキスを落としてから、部屋を後にする。
代わりに部屋に入ってきたミーノが、ベッドサイドテーブルの上に軽食と飲み物を置き、それに手をつけるよりも先に火をつけた煙管を差し出してくる。
ジェンナはそれを受け取り、だらしなくベッドに寝そべったまま……ゆっくりと煙を吸い込んだ。
「ふふっ……ねぇ、リーノ。貴方は知っていて? ミランダの娘が、お茶会を開くのですって」
「はい。確か……一週間後だとか」
「ねぇ? 娘のお茶会を滅茶苦茶にしてやったら……ミランダは、どう思うかしらね?」
「…………きっと、神子様のご想像通りかと」
「ふふっ、ふふふふっ! 決めたわ! リーノ、素敵なドレスを用意して頂戴! わたくしに似合う、最高のドレスを!」
「そう仰るかと思い、既に準備済みです。神子様」
「素敵。流石はリーノだわ!」
愉悦を滲ませた笑みを浮かべたジェンナは、優秀な部下に口づけで褒美を授ける。
それはどんどん深くなり……直ぐにドロドロに、溶け合い始める。
獣のような嬌声が響き始めるのは、それから直ぐのこと。
《天神の瞳》を宿す神子は淫蕩に溺れながらも……王女のお茶会が開催する日を心待ちにするのであった。
◇◇◇◇
今日は、セヴェール王国第三王女であるミラベルが主催するお茶会だ。
「ご招待いただき、誠にありがとうございます。ミラベル王女殿下」
「ようこそいらっしゃいました。今日は楽しんでいってくださいませ」
ミラベルは招待した令嬢達と挨拶を交わす。
今日は令嬢だけのお茶会であるため、大人の目はないが……令嬢ばかりだからと甘く見てはならない。
ミラベルは将来、アントルノ公爵家の公爵夫人として彼女達を牽引していくことになるのだ。幼いからといって情けない姿を晒すことはできない。
けれど……彼女を前にしたら。ほんの少し、ほんの少しだけ……動揺をせずには、いられなかった。
「……本日は……お招きくださり、ありがとうございます……。ミラベル王女殿下」
深海色の髪を結いあげ、美しい碧眼の瞳を怯えたように潤ませる彼女こそが……エレイン・カリット侯爵令嬢。ミラベルの婚約者であるソーンの幼馴染である女性。
本当は彼女のことは招待したくなかったけれど。曲がりなりにも相手は侯爵令嬢。高位貴族の令嬢だ。招待をしなければしないで、拗れたことになりかねない。王家と侯爵家の間に、軋轢を呼んでしまうかもしれない。
だからミラベルは王族らしく公平に、エレインにも招待状を出した。
「ようこそ。本日は楽しんでいってくださいませ」
「……はい」
彼女は、自身の瞳の色を意識したドレスだと言うだろうが。その色合いの深さは、ソーンの瞳の色に見合ったモノである。
(まるで……言外に喧嘩を売っているようね)
ミラベルはほんの少しだけ苛立ちを覚えたが、それを顔に出すことなく優雅に微笑む。
それを見たエレインはワザとらしくビクリッと身体を震わせると、そそくさと自身がよく仲良くしている令嬢達のところへ向かっていった。
(……冷静に、冷静に)
エレインの登場で乱れた心を落ち着かせるように、ミラベルは心の中で同じ言葉を繰り返す。
そうこうしている内に定刻となり、お茶会が始まった。
今日のお茶会は派閥や爵位によって席順を指定し、交流するようにした。初めてのお茶会であるため、無難なやり方である。
要するに、ミラベルの周りにはエレインとの確執に興味がない令嬢達が座るようにしたのだ。下手にエレインの取り巻きと一緒になると、チクチクと嫌味を言ってくるからである。
そしてそうしたのは案外、正解だったかもしれない。視界に入らない席にエレイン達が集まるようにしたおかげで、同じ空間にいてもいつもよりは落ち着いていられることであるし。
最近の流行りのお菓子や演劇、ドレスの話などに興じていたら……場の空気が俄かに騒がしくなる。どうしたのかと視線を動かし……ミラベルは驚きに目を見開いた。
王太子妃ミランダ。ミラベルの母親が、お茶会の席に現れたのである。
「お母様!?」
「ご機嫌よう。今日は可愛らしい令嬢達が集まっていると聞き、少しだけ挨拶をさせてもらおうと思って顔を出したの」
ミランダは柔らかく微笑み、ミラベルの側に行く。
それで分かった。母は初めてのお茶会に王太子妃たる自分が顔を出すことで、箔をつけようとしてくれたのだと。
そんなことをしたら、親の贔屓になってしまうけれど。それでも、母の気遣いがミラベルは嬉しかった。
「ふふっ……本当に可愛らしい子達ばかり。きっと将来は素敵な淑女へと成長するでしょうね。でも、そのためには沢山お勉強をして、教養を身につけなくてはならないわ。大変なこともあるでしょうけれど……どうか諦めずに、頑張って頂戴ね」
『は、はいっ……!』
王太子妃から直々に言葉を賜り、令嬢達は嬉しそうな表情になる。
ミランダが娘の方を見て、にこりと微笑んだ。ミラベルもそれに笑顔を返す。
しかし……穏やかな時間は長くは続かなかった。
その場に、招かれざる客人が、現れてしまったからだ。
「あら……随分と過保護なのね。娘のお茶会にしゃしゃり出るだなんて」
「!!」
ふわりと、庭園に咲く花に負けないほどに甘ったるい匂いが立ち込めた。
上品に結いあげられた白金色の髪。幾何学模様が浮かんだ空色の瞳。白い肌を包み込むのは……昼のお茶会にはそぐわない、夜の帷を思わせる夜色のキラキラとしたドレス。
「……! ジェンナ……!」
「ふふっ、ご機嫌よう? 随分と久しぶりね? ミランダ王太子妃で・ん・か」
「……今日はわたくしの娘が開いた、令嬢達のためのお茶会よ。何故、貴女がここにいるのっ……!」
「何故? 何故って……王宮の図書館に行こうとしたらつい迷ってしまっただけよ?」
「白々しい嘘をっ……」
きっと、ここまで来たのはワザとだろう。普通ならば騎士に咎められて止められるはずなのだから……もしかしたら、ロッシェータ公爵家の家紋などを使って、乗り越えてきてしまったのかもしれない。公爵は問題ばかり起こす娘に頭を悩ませているが、夫人は神子である我が子を崇拝していると聞く。ここまで来れるように手配をしたのは、夫人である可能性が高い。
だが、今はジェンナがここまで来れてしまった理由を考えてる場合ではないだろう。
(落ち着きなさい、わたくし……)
天敵の登場に思わず荒げてしまいそうになるミランダだったが、今日は娘のための舞台である。
冷静さを失ってはならないと自分に言い聞かせた王太子妃はふっと息を吐き、背筋を伸ばしてジェンナに命じる。
「ジェンナ。王太子妃として命じます。直ぐにここを立ち去りなさい」
「まぁ……! 迷い込んでしまっただけだというのに、なんて言い方なのでしょう……!? ……そんなに、貴女の娘のお茶会を邪魔されたくないの?」
にっこりと微笑んだジェンナを見て、ミランダは反射的に、庇うように、娘の前に立っていた。
当然だ。自分との確執に、幼い娘を巻き込む訳にはいかないのだから。
だが──……。
──トスッ……!!
「…………え?」
ミランダの胸に、何かが、刺さった。
じわりと胸に浮き上がる黒い痣。それは激痛を持ってミランダの身体を蝕み……。
こぽりっ……と。その口から真っ赤な血を、溢れさせる。
「…………ぁ」
ミランダの身体が、崩れていく。
「!? 妃殿下っ!」
「お……お母様っっ!?!?」
背後にいた騎士が慌ててその身体を支えた。
だが、そうしている間にもミランダの口からはこぽこぼと血が溢れていく。
「きゃ……きゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」
令嬢の悲鳴を皮切りに、会場は混乱に包まれた。
「な、な、何がっ……」
ジェンナは急に倒れたミランダに驚いている様子だったが……この状況で疑われるのは、間違いなく、彼女だ。
「何をしている! 直ぐにこの女を確保しろ!」
「は、はっ!」
令嬢達を緊張させないようにと、少し離れたところに配置されていた騎士達が慌てて走り寄り、ジェンナを拘束した。
「な、何をっ……何をするの! わたくしは、何もしてないわ!」
「詳しい話は、違う場所でお聞きします。ひとまずはこちらへ」
「離しなさいっ! 離して!」
ジェンナは騎士に連行され、王宮内へと姿を消す。
ミランダを支えた騎士は、顔面蒼白になりながらも王太子妃を抱き上げて……ガクガクと恐怖に震える王女に声をかける。
「ミラベル王女殿下。わたしは直ぐに王太子妃殿下をお送りし、御典医と治癒師をお呼びしなければ……。殿下にはこの場の鎮圧を、お任せしても?」
「お、お母様は……お母様は無事で……」
「分かりません。けれど、一刻を争いますゆえ。失礼いたします」
騎士がミランダを抱えて、走り去って行く……。
残されたミラベルは呆然と、母が死ぬかもしれないという恐怖に包まれながら、ただそれを見送ってしかできなくて……。
けれど彼女と同じように……けれど、違う恐怖に染まった顔で、それを見送る少女が一人。
「…………嘘……」
その小さな呟きは、混乱に包まれる会場で掻き消されるのであった……。




