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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
12章 獣の王─3月
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3.化け獅子退治

 さて、これまで私は小雨ちゃんの様子にどれだけ違和感を覚えていただろうか。

 気づいていたのは確かだ。それでも、ここまで深刻だったのだと分かっていただろうか。どちらにせよ、これまで全く触れてこなかったのだから、私は愚鈍だったと言わざるを得ない。

 この単純な脳みそで必死に思い返してみれば、昨年のクリスマス辺りから──いや、もっと前、乙女先輩がまだ健在だった頃から、小雨ちゃんの様子はおかしかった。思い返せば思い返すほど、わたしには出来たことがあったはずだった。


 けれど、もう遅い。


 わたしは今、結界の中にいた。時刻は夜。まだまだ先となる日の出を待っていた。麒麟の絡繰り人形の足元で、天狗や聖獣、先輩怪獣たちに見守られながら向かい合う相手は、小雨ちゃんだった。


「……いつから?」


 耳が痛くなるほどの沈黙を破り、わたしは訊ねた。


「いつからこんなことに……どうして教えてくれなかったの?」


 悲しみと怒りが押し寄せてくるのをどうにか堪え、わたしはただただ小雨ちゃんの返答を待った。

 誰もが何も言わず、わたし達を見つめている。

 割って入る者は誰もいなかった。

 そんな状況下で、小雨ちゃんは淡々と答えた。


「今思えば最初におかしいって自分で気づいたのは、去年の暮れだった。でも、それが決定的になったのは最近の事。わたしには月夜姉さんの代わりは無理。それに、あなたのように役に立つことも出来ない」

「そんな事ないよ……だって、小雨ちゃんは」


 言いかけるわたしを小雨ちゃんは睨みつけてきた。一瞬だったけれど、明らかな敵意をそこに感じてしまい、わたしは怯んでしまった。

 そんなわたしに対し、小雨ちゃんは一息吐いてから告げた。


「ごめんなさい、マナ。あなたが悪いわけじゃないの。ただ、わたしはあなたとは違う。あなたは希望を手放さずにいられるだけの強さがあった。けれど、わたしは違う」

「違わないよ!」


 溢れる感情を抑えきれず、わたしは思わず小雨ちゃんに歩み寄ろうとしてしまった。だが、その直後、衝撃がわたしの腹部を襲った。熱い。真っ先に感じたのはそれだった。そして、生温いものがどろりと流れ出していった。

 何が起こったのか一瞬分からず、わたしはそのままフリーズしてしまった。かなり遅れてやってきた痛みで、ようやく理解する。小雨ちゃんの武器が──剣が、わたしの腹部を貫通したのだ。


「あ……」


 膝から下の力が抜け落ちる。だが、気が遠くなったのは、痛みのせいだけではない。

 こんな事をされるなんて。小雨ちゃんに。

 痛みと共に現実を受け止め切れず、頭の中が真っ白になった。どうして、どうして、と、思考がぐるぐると巡り、何も分からなくなっていく。

 そんな中で小雨ちゃんの表情をただ見つめ、その目の色をただ見つめ、ゆっくりと理解されられていったのだ。


 わたしは、何も分かっていなかった。

 小雨ちゃんのことを、その悩みを、抱えていたものを、分かった気になっていただけ。寄り添えていたような気になっていただけだった。


 その冷たい現実が、あまりに沁みたせいだろうか。いつもならすぐに復活するはずの傷が、なかなか治らなかった。どくどくと脈打つ傷を抑え、地面に臥せっているわたしを、小雨ちゃんは静かに見下ろした。


「これで分かったでしょう。わたしはもう、あなたの知っているわたしじゃないの。あなたに対して嫉妬の炎を燃やす、醜い獣なの」


 閉じかける瞼を必死に開けて、わたしは小雨ちゃんを見上げた。周囲が騒々しい。視界の端々に飛び散った羽根が見える。恐らく、わたしが刺されたのを見て、天狗たちが駆けつけてきたのだろう。

 やがて銀様がわたしの前に立ちはだかった。小雨ちゃんに銃口を向け、何か言っているのだが聞き取れない。しかし、その言葉が何だったにせよ、小雨ちゃんは全く動かなかった。わたしだけを見つめ、あとは沈黙してしまった。

 そんな小雨ちゃんを見上げながら、わたしは心の中で訴えた。


 ──小雨ちゃん。どうして。


 わたしは、どうしたらよかったの。


(……マナ)


 傷を押さえ続けるわたしの耳に届いたのは、レッドドラゴン様の声だった。


(そなたはいま、何を望む?)


 望み?


(かつてそなたは友との未来を望んだ。このまま指を咥えていれば、それは叶わぬだろう。しかし、そなたが諦めぬのならば、我はそなたの願いを叶えてやれる。さあ、どうしたいのだ、相棒。答えるがいい)


 ──わたしは。


 わたしは、どうしたいのだろう。


 思考が止まったその瞬間、意識がすっと暗闇に吸い込まれていく気がした。眠りたくないのに、眠気で瞼が閉じていく。小雨ちゃんのことを見ていたいのに、これ以上、起きていることが出来なかった。

 そして全てが暗闇に閉ざされる前に、竜の声がわたしの頭の中でこだました。


(すべてはそなた次第だ)


 ──わたし次第。


 再び瞼を開けるまで、ほんの少しの時間しか経っていないように思えたけれど、実際にこの目に映りこんだ空は、すでに明けていた。

 日の光を感じる。

 そのことにはっと我に返ったその時、わたしのすぐ前に立ち、大剣を構える真っ白な天狗の姿が見えた。


 ──白蓮様……!


「目が覚めたようで、よかったじゃないか。友の死に目に会えないのは寂しいだろう。しっかりと見届けてやれよ。これが最期なんだから」


 待って。そんな単純な言葉すらまともに話せないわたしを置いて、白蓮様は翼を広げて飛び立ってしまった。

 対する小雨ちゃんは……すでにわたしの知っている小雨ちゃんじゃなかった。

 表情の読めぬ顔で白蓮様を見つめ、身構えるのは黒い獣だ。雌獅子のような、虎のような、ジャガーのような姿をしていた。

 だが、これまでの怪獣とは何かが違う。あまり動こうとしないのだ。抵抗していないのか、そういう戦い方をするのか分からない。ただ、見ていて怖かった。あまりにもあっけなく、白蓮様の大剣に命を切り捨てられてしまいそうだったから。


 ──そんなのはダメ……。


 小雨ちゃんに斬られた傷はもうない。すっかり治っている。それなのに体が震えた。現実を受け止め切れなくて、辛くて仕方がなかった。けれど、そんなことは言っていられない。このまま指を咥えてみているわけにはいかなかった。


「待って!」


 叫んだ途端、体の中がどっと熱くなった。

 覚えのある感覚だ。一瞬だけ背中が裂けるような痛みを感じたものの、すぐに楽になった。飛び上がるとそのまま体が宙に浮く。飛んでいる。あの時と一緒だ。月夜先輩を助けたあの時と。風を斬るように体を前進させ、二人の間に割って入る。


(あの大剣で斬られれば、我らもただじゃ済まない)


 勿論、それは分かっています。だけど、怖がることが出来なかった。燃え盛る剣を抜き、まず飛び掛かる先は白蓮様の方だった。

 わたしの剣もまた、天狗の命を奪いかねない。その刃の気配を感じたのか、白蓮様は急転回してわたしの攻撃を避けた。その動きこそ期待したものではあった。だが、危ない賭けだっただろう。もし白蓮様を斬ってしまっていたら、小雨ちゃんだけでなくわたしもまた他の天狗たちに睨まれていただろうから。


「お前……」


 白蓮様が睨みつけてくる。それでも、怖くはなかった。


「小雨ちゃんはわたしが助けます」


 しかし、その宣言を白蓮様は素直に受け止めなかった。


「分かっているのか。その力に頼りすぎればどうなるか分からない。友が死ぬのがつらいなら、その後でお前も斬ってやろうか」

「斬りたいのなら構いません。ですが、その前に、わたしはやらないといけないことがある!」


 無駄な会話をそこで終わらせて、わたしは白蓮様に背を向けた。見つめる先にいるのは、見慣れぬ姿となってしまった小雨ちゃんである。

 真っ黒な獣──メガセリオンは大きな猫のようにこちらを見つめていた。不思議そうな顔をしている。その仕草は獣そのものだ。その中に小雨ちゃんの意思があるのかどうかさえも分からない。


「小雨ちゃん。じっとしていて」


 だが、次の瞬間、メガセリオンは急に毛を逆立てた。何故、どうして、それは分からない。もしかしたら、そこに小雨ちゃんの意思なんてないのかもしれない。あるいは、間違いなく小雨ちゃん自身の意思なのかもしれない。ともかく、彼女はわたしを拒むと、大きく跳躍した。わたしの頭上を飛び越えると、そのまま白蓮様に挑み始めた。


「小雨ちゃん!」


 呼びかけるも、遅かった。戦いは始まってしまった。どうやら、白蓮様とメガセリオンの力は互角らしい。お互いにそう簡単にやられることはないだろう。そこに安心したものの、すぐに怖くなった。

 このままでは、本当に討伐されてしまう。庇いきれなくなる。


「銀、俺に構わず撃て!」


 戦いながら白蓮様が怒声を放つ。その号令を受けて、遠巻きに身構えていた銀様が、どこか青ざめた表情で銃を構えた。


「パピ子、他で待機している天狗たちを呼べ。こいつは厄介だぞ」


 白蓮様の命令に従って、パピ子が白い翅を羽ばたかせてどこかへ飛んでいく。その間、メガセリオンは銀様の放った銃弾をひらりとかわしていた。牙を見せて威嚇するその姿はまさに獣。そこに小雨ちゃんの意思を感じることはやはりできなかった。


 それでも、無理じゃない。

 だって、月夜先輩だってそうだった。

 あの状態から元に戻せたのだから。


「今斬ってやるよ、小雨」


 白蓮様が低い声でそう言って飛び掛かる。その間に、わたしは飛び込んだ。炎の剣を振るい、その行く手を阻む。それを見て、白蓮様はすぐに動きを止め、血走った眼差しでわたしを威嚇した。


「まだ邪魔をするのか……仕方ない」


 吐き捨てるように言って、白蓮様は叫んだ。


「銀! こいつを撃て!」


 その号令に、銀様が従うかどうかなんてどうだってよかった。白蓮様がよそ見をした瞬間、わたしには最大のチャンスが生まれた。煙幕のように再び炎をまき散らし、向かう先はメガセリオンのもとだった。飛び込むように向かうと、月夜先輩にした時と同じように炎の剣を振るった。まるで竜そのものになって、噛みつくような形で。


 わたしの攻撃に腹が立ったのだろう。メガセリオンもまた飛び掛かってくる。耳を劈くような獣の怒声を全身で受け止めながら、傷つくことを覚悟して、わたしは剣を前へと突き出した。小雨ちゃんに刺された時と同じように。


 鈍い感触の直後、剣から生まれた熱い炎がわたし達の周囲に広まった。

 熱い、それに痛い、苦しい。あらゆる負の感情が爆発的に広がったものの、それも一瞬の事だった。体の損壊が思考を止めようとする。けれど、わたしはただメガセリオンの──小雨ちゃんの体を離さないように掴み、そのまま抱き着いた。


 心配はいらない。

 この炎は人間を殺せても、怪獣は殺せない。

 心配はいらない。

 この炎は天狗を殺せても、怪獣は殺せない。

 心配はいらない。

 わたし達は人間であることをやめられないだけの、怪獣なのだから。


 熱い炎が頭の上まで上がっていくと、それ以上、苦しみで考えることが出来なくなっていった。

 それでも、絶望は、わたしの胸の中に存在しなかった。

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