2.感謝する者たち
さて、いかに志が高くとも、それが必ずしも良い結果を引き寄せるわけではない。がむしゃらに突っ走ったって、ひたすら努力したって、駄目なものは駄目なわけだ。だって、散々レッドドラゴン様に言われたじゃないか。そう簡単には引き出せないのだって。けれど、わたしは諦めが悪い質で、それもまたどうしようもない。
「まだまだ頑張らないと……」
ため息交じりに呟いたのは、町のゲーセンの中でのことだった。空いた椅子に座って、レッドドラゴン様のハートでも回復しきれない疲労感を少しずつ癒していく。そんな中で見守るのは、ポップなリズムゲームに夢中な猫耳パーカー娘──真昼ちゃんの勇姿だった。
「まあまあ、焦っちゃダメだって」
ゲームをしながら真昼ちゃんは器用に返事をしてくる。
「あんなすっげえ力だもん。そうそう再現は出来ないって」
そして、もう何度目かのクリア画面が映ると、真昼ちゃんは振り返った。爽やかかつ愛らしく笑うその顔は、先月の今ごろに見たあの表情と全く違う。出会ってからずっと思い描いてきた通りの真昼ちゃんだった。
「それにさ、あの力をモノにしようって心意気? それだけでもあたしは勇気を貰えるんだ。もしもそうなったら、姉ちゃんみたいに助かる人も増えていく。聖獣の皆も同じ気持ちだよ。だって、あたしたち、大事な人のために自ら聖獣になった奴らばかりだからさ」
小雨ちゃんと真逆の雰囲気ながら、どこか似た部分のある眼差しを浴びながら、わたしは静かに頷いた。
前にも聞いた話だ。真昼ちゃんが白虎になったのは月夜先輩を助けたいからだって。
でも、そんな彼女の気持ちと期待に応えられるのならば、わたしもまた前向きな気持ちになれた。どうにかして、この力を──。
「でもさ」
と、そこへ真昼ちゃんが少しだけ表情を変えて付け加えた。
「あんま無茶すんなよ。マナに何かあったら、あたしらはどうしたらいい。小雨のやつもそう言っていたんだ。もちろん、姉ちゃんもね。姉ちゃん、助かったのはいいけれど、かつてのような戦える力はない。ほぼ不死身なのは変わらないけど、それだけになっちゃったからさ」
「うん……元の強さに戻るには、もっと時間がかかるんだっけ」
今の月夜先輩のことで、天狗たちはいつも会議を重ねている。夜の時間の全てを任せていた相手がいなくなってしまったのだから当然なのかもしれない。その負担が幼馴染の小さな肩に乗っていると思うと心苦しい思いもある。けれど、わたしは信じていたし、疑うつもりもなかった。わたしがしたことは、間違っていないのだと。
「あ、姉ちゃん」
真昼ちゃんの声で、わたしは慌てて立ち上がった。振り返ればそこには月夜先輩がいた。真昼ちゃんによればバイト帰りだったはず。その内容もとあるお店の店員という普通の内容。少なくともこれまで身を削ってきたような危険な任務なんかではない。
「お帰り。もう終わったんだ?」
にこっと笑う真昼ちゃんの猫耳フードを、月夜先輩はぎゅっと撫でる。そして、その夜空の様な目を細めてわたしを見つめてきた。
「真昼と遊んでくれていたんだね。ありがとう。君には感謝してばかりだね、マナちゃん」
「い、いいんですよ。先輩たちが出払っちゃって、ちょっと暇になっちゃってたので。そこにちょうど真昼ちゃんが誘ってくれたから」
「そっか。それならよかった。にしても、真昼。こんなところで、遊んでいていいの? 今日は聖獣たちの会議があるって話じゃなかった?」
「いっけな! 忘れてたぁ!」
びくりと震える真昼ちゃんの姿に、月夜先輩は苦笑しながら言った。
「だろうと思ったよ。分かったら、今すぐ帰るよ。マナちゃんも良かったら乗っていって。狭いしボロい車だけどさ、そんなに乗り心地は悪くないはずだから」
「そうだ。この後なんも予定ないならマナも聖獣の会議においでよ」
真昼ちゃんが言った。
「他の皆も一度ちゃんとお話したいって言っていたよ。皆さ、興味があるんだよ。マナが見せてくれた奇跡の力にさ」
明るい表情で手をぎゅっと握られて、わたしはおずおずと頷いた。
それから程なくして、わたしたちは月夜先輩に会議のあるという場所まで送ってもらった。場所は、ちょうど先月も来たことがあるプレハブだった。真昼ちゃんが「たのもー!」と、勢いよく開けてみれば、そこにはすでに全員が揃っていた。
「遅いぞ、どこ行ってたんだよ」
カザンに続き、竜子も腕を組みながら真昼を軽く睨みつけた。
「どうせまた忘れていたのでしょう?」
呆れたようなその声に、真昼ちゃんは誤魔化すように笑うと、わたしの手をぎゅっと引っ張って中へと入っていった。
「あーあー、それよりさ、今日は姉ちゃんだけじゃなくてマナも一緒なんだよ。今日もあの特訓してたんだって。えらいよなぁ」
うまく出しに使われた感があるのだけれど、まあいいか。真昼ちゃんの話を聞くなり、聖獣たちはそれぞれわたしに関心を向けてきた。
「まあ、今日もあの特訓を!」
鈴が驚く横で、カザンは腕を組みながら感心したようにうなずいた。
「さすがだな。まじめだし努力家だよなっていつもオレたち話しているんだ」
「でも、少し気負いすぎじゃないかしら」
竜子が釘を刺すようにそう言ったものの、おりんが穏やかな表情で続けた。
「マナさんもきちんと考えてのことでしょう。それに、まったく悪いことではありません。殺さなくていい方法が一つでもあるならば、それは希望に他ならないのですから」
──聖獣の皆も同じ気持ちだよ。
ふと、さっきゲーセンで聞いた真昼ちゃんの言葉を思い出した。
──だって、あたしたち、大事な人のために自ら聖獣になった奴らばかりだからさ。
あたしたち。
その言葉をかみ砕きながら、わたしは聖獣たちの顔を見比べた。
真昼ちゃんがどうして白虎になったのか、それはもう知っている。では、ほかの皆は。彼女たちの大切な人はどうなったのだろうか。あまり深く考えたことはなかったし、わざわざ深く訊ねたこともない。だって、一度深く知ってしまったら、わたし自身が耐えられないような気がしたからだ。
それでも、だからこそ、わたしは強く願った。
やっぱりこの力はものにしないと。同じような悲劇を繰り返さないためにも。




