1.奇跡の力をモノにしたくて
梅の蕾もほころび始めた二月の中頃。
月夜先輩のことがあってから一か月以上経っている。一月は行くなんて言うけれど、本当にあっという間だった。だからと言い訳するつもりはないけれど、あの時に発揮した炎。月夜先輩を勝機に戻したあの力。レッドドラゴン様が浄化の炎と呼んだそれを、わたしはどうにか再現できないかと特訓をしていた。
(再現と言ってもな)
竜の声が響く。
(あの力はいかなる状況でも引き出せるようなものではない。浄化するような相手がおらぬとね)
それでも、わたしは求めていた。確かな手ごたえと、確かな手掛かりを。そして、そんなわたしの願いを少しでも叶えようと力を貸してくれたのが、先輩怪獣たちだった。
「さて、多忙な我々の付きっきりの猛特訓の成果もあり、天才新人怪獣マナちゃんも気づけば吾輩の呼び出した宝玉を一瞬にして吾輩ごと消し炭できるようになったわけでありますが──」
「すみません、わざとじゃないんです!」
平謝りをするわたしを猫のような目で見つめ、たま先輩はにゃははと笑った。
「いいんだよ。どうせ、あんたの炎じゃアタシは死なないんだ。消し炭にされたとしても、すぐに復活できる。それよりさ、今のは凄かったじゃないか。アタシやイズナの攻撃だけじゃなく、雫ちゃんのお水の槍も防いじゃうなんてさ」
「ホントびっくりしちゃった」
雫先輩はお淑やかに笑いかけてくる。
「これでも自信あったんだよ。属性は有利とはいえ手加減なんてしていないし、これでも長く生きているから、怪獣になって一年のあなたに負けるわけにはいかないって」
「本当に」
食い気味にイズナ先輩も同意する。
「君っていったい何者? レッドドラゴンってそんなに強いのかな」
興味ありげに見つめられ、はにかんで俯いてしまった。しかし、調子づいている場合ではない。褒められたとしても、目的は達成できていないのだから。手掛かりは、分からない。戦いの中で成長する、みたいな展開を望んでいたわけだけども、実戦と練習はやはりただよう緊張感が違うのだろうか。
そもそも、根本的な条件も全く違うと言えば違うのだけど、あの時の炎の感触を少しでも思い出せたらという願いは捨てられなかった。
(心配せずとも良い。“その時”になれば力は発揮される。そなたが望むのであれば、我がその力を与えん。竜を信じよ)
信じたいのは山々なんです。
わたしは心の中でレッドドラゴン様にそう言った。
山々だけれど心というものは、なかなか制御できるものではないみたいだ。何もせずに信じてどっしり構えておくというのが一番難しいことなのかもしれない。だから、レッドドラゴン様に何を言われても、多忙なはずの先輩たちの善意を有り難く頂戴してまで戦い続けているわけだ。
勿論、この特訓が何の意味もないわけではない。先輩たちだって嫌々やっているわけではないと言ってくれる。練習になるのだと。それに、わたしだって何も得られていないわけではない。たま先輩が言ったように、戦えば戦うほど強くなる。小雨ちゃんと二人きりで二人だけの特訓をしていた頃とは違って、属性も戦い方も全く違う三人に手伝ってもらうことはいい刺激になった。
「でもさ、君、ちょっと気合が入りすぎかもだよ」
心配そうに言うのは、イズナ先輩だった。
「強くなったのは認めるし、今までよりもずっと頼りになるのは本当。でもね、強さってのは我武者羅に戦っていて維持できるものでもないと思うの。ちょっとは休んだ方がいいし、落ち着いた方がいいし……ってまあ、せっかちで焦りやすい私が言える事じゃないんだけどさ」
苦笑しながら声をかけてくるイズナ先輩の横で、雫先輩もまた同意を示した。
「でも、そうですね。わたしもそう思う。マナちゃん、何か焦っているように見えるの。勿論、あの奇跡の力を極めようとしてくれるだけで、わたしも安心しちゃうんだけどね」
優しくお淑やかに言われ、わたしは俯いたまま答えた。
「そうですね……。焦っているつもりはないのですが」
奇跡の力と雫先輩が言った通り、もしもあの浄化の炎を自由に使いこなせたら、もう二度と悲しい末路を辿る怪獣はいなくなるはずだ。そうなれば、わたしがかねがね望んできた小雨ちゃんとの末永い未来も守られるに違いない。
そう、これは同じ宿命を背負った全ての怪獣たちの為でもあるけれど、小雨ちゃんと、そして何よりもわたし自身のためでもあった。
──小雨ちゃん。
この場にいない彼女の事を思い出し、わたしはそっと思いを馳せた。
月夜先輩の事があってから一か月。浄化の炎で命は守られたけれど、いまだに彼女は戦えていない。わたしの炎が燃やし尽くしたあとのハートには、かつての力の半分も残されていなかったらしい。犬神の声すら聞こえず、姿を変えることすら出来ない。ただ何となく、胸の奥底で眠っているということしか分からないのだそうだ。
これに困ったのが天狗たちだった。夜は月夜先輩がいる。月夜先輩が怪獣になってしまう前も、他の怪獣が白蓮様の眠っている時間を引き受けてくれていたという。その前ならば黒百合隊長が自ら戦うことだって出来た。
しかし今は誰もいない。月夜先輩の代わりに動ける者はいるけれど、月夜先輩ほど圧倒的な力を持つ存在がいないのだ。その分の負担は、夜において月の次に安定した力を持つ地の力を持つ天狗の銀様と、そして小雨ちゃんにかかってしまう。
「何はともあれ、さ」
空気をかえるように、たま先輩が手をパチンと叩きながら言った。
「希望の光が見える事は、ぜんっぜん悪い事じゃねえよ。もともとハートはなるべく回収しているんだ。それでもすり抜けて生まれてしまった怪獣を殺さなくてよいのなら、新しく怪獣になるものは少しずつ減っていくんだ。それに、すでに怪獣になってしまったアタシたちだって未来への希望くらいは持っていたって罰は当たらんでしょ?」
にゃははと笑い、たま先輩はわたしの肩をぽんと叩いた。
「希望をありがとうね、新人ちゃん。この町で目覚め、あんたのような子を選んでくれたレッドドラゴン様に感謝しないとね」
上機嫌に笑いかけられ、わたしはたじたじしながらも小声で肯いた。そんなわたし達を見つめながら、イズナ先輩は呆れたように呟く。
「たまの奴、なーんか打算的なんだよなぁ」
打算的。確かにそうかもしれない。けれど、そのくらいの気持ちで接してくれる方が、気が楽なのも確かな事だ。
だって打算的といえば、わたしだってそうなのだから。
──小雨ちゃん。
白蓮様の動けない夜に備えている彼女。今までとは少し立場が変わってしまった友人のことを思いながら、わたしは心の中で密かに誓った。
──わたしも頑張るから。




