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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
10章 犬神─1月
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3.化け犬退治

 全ての聖獣の協力がなくとも、怪獣を捕獲する機械蝶々のパピ子と、結界自体を生み出すチョウ子さえいれば、一応、舞台は整うらしい。


 懸念があるとすれば、聖獣が欠ければそれだけのデメリットが生じる事。中央が欠ければ結界全体の強度が弱まり、端々の何処かが欠ければその方角に抜け穴が出来てしまう。

 今回の場合は、白虎が守るはずの西側だった。白虎はいない。いつもの絡繰り人形はそちらだけ見当たらない。しかし、真昼ちゃん自身はそこにいるらしい。たま先輩に付き添われながら、そこで泣きじゃくり続けているらしい。


 バタ子から聞いたその話を、わたしは何度も思い出しながら、南側にいた。一晩ずっとここにいる。一睡も出来ないまま、朱雀の人形の足元で、結界の中の生暖かい風を感じながら、茫然としながら中央に聳えたつ麒麟の人形を眺めていた。

 あの足元に小雨ちゃんたちがいて、そこに月夜先輩もいる。項垂れるように座り込んでいるらしい。夜明けをじっと待ちながら、同時に自身の終わりも待っている。白蓮様が力を取り戻して帰ってきたら、それが月夜先輩の命が断たれる時となる。


 本当に、このままで、いいのだろうか。


 そんな疑問が渦巻くまま、日の出の時は来た。

 流星のように空から現れたのは、白蓮様だ。夕暮れ時に見た時とは違い、力が漲っている。灼熱の太陽のような輝きを放つ彼女は、すでにあの大剣を握り締めていた。その姿を目にした瞬間、わたしは気づけば走り出していた。


「お、おい!」


 後ろからカザンの呼び止める声がしたけれど、わたしの足は止まらなかった。真っすぐ、ただ真っすぐ、麒麟の足元へ。そしてたどり着いた時には、すでに処刑は始まろうとしていた。大剣を構える白蓮様を止める者はいない。そして、月夜先輩も逃れる様子はない。

 その光景を見ているうちに、わたしは悪寒を感じた。


 ──姉ちゃん。


 脳裏をよぎるのは、真昼ちゃんの泣きじゃくる姿。彼女の悲痛な声が蘇ったちょうどその時、月夜先輩の様子に異変が生じた。猛獣のように低く唸り始めたかと思うと、その姿を異形のものへと変えてしまったのだ。それは、よく見る姿でもあった。人型の狼のような姿。あれが犬神。

 荒々しく遠吠えをする彼女を前に、白蓮様は眉を顰めた。


「やはり死ぬのは怖いか」


 そう言って、彼女は大剣を構えた。


「一瞬で終わらせるから安心しろよ」


 その怒声が結界の中に響いたその時、わたしは眩暈を感じていた。ひどく動悸がする。血が滾るように熱い。怒りなのか、絶望なのか、焦りなのか、とにかく心が落ち着かなかった。次第に荒々しくなっていく自分自身の息遣いの中で、わたしは徐々に理解していった。

 ああ、わたしは納得していないのだ。この状況に。この展開に。


(そなた次第だ、マナ)


 竜の声が聞こえてくる。いつもよりも遠く感じるのは、眩暈のせいだろうか。


(何を望み、何を拒みたい。そなたの心次第で、我らは何者にもなれる。天狗たちに飼いならされる守護竜にも、人々を陥れる悪魔にも、そして、己の道理を信じて突き進む竜神にだってなれるだろう)


 竜神。それも、いつだったか透に言われたことでもある。あの時は危ない誘いにしか思えなかった。けれど、その一方で、レッドドラゴン様は間違っているわけではないとも言っていた。

 わたしは何を望むだろう。天狗たちとは敵対したくない。この町を守りたい。人間のままでいたい。じゃあ、それらの願いを叶えるためには、この状況を諦めなくてはならないのだろうか。

 砂時計の砂が一粒ずつ落ちていくごとに、わたしの鼓動は早まっていく。


「違う」


 やがて、わたしは呟いた。

 その瞬間、突然、身体がさらに熱くなった。異様に手足に力がこもり、全身が軽く感じられる。そして背中に痛みが生じ、今までなかったはずの新しい感覚が生まれる。それが翼だと気づく前に、わたしは前へと飛び出していた。

 唸りながら炎の剣を握りしめ、向かった先は月夜先輩と白蓮様の間だった。その大剣が白蓮様を傷つけるより前に、わたしの剣が白蓮様の動きを止める。


「お前、その姿……!」


 驚いた様子で白蓮様は言った。そして、わたしの様子をまじまじと見つめると、今度は唸りながら力いっぱいわたしの身体を弾いた。互いに距離を取り、なおもわたしは月夜先輩を庇うように立っていた。状況が読み込めないんだろうか。異形と化した月夜先輩は大人しくその場に留まっている。その事に少しほっとしていると、白蓮様の恐ろしい怒声が響き渡った。


「藍!」


 東側に向かって彼女は叫ぶ。


「お前の槍の出番だ!」


 わたしを排除したいのだろう。けれど、そうはいかなかった。藍さんがそのつもりで動くかどうかに関わらず、この場を譲るつもりはさらさらなかった。


(さて、そなたはどうしたい?)


 竜の声がまたしても響いた。


(このまま天狗たちを虐殺するのか。それとも──)


 わたしが望むもの。それは、天狗たちの敵対ではない。乙女先輩の時のように、ただ黙って見送る事が出来なかったのだ。ならば、どうすればいいのか。他にどんな方法があるというのか。ただの高校生であるわたしが知るはずもない。しかし、わたしに寄生しているハートは知っていた。


 知っているはずだ。

 ねえ、レッドドラゴン様?


(別に隠していたわけではない。我も目覚めたばかりなのだ。それに、刷り込みもある。我は長らく恐れられてきた。世を恐怖に陥れ、絶望をまき散らした悪魔だと。しかし、その一方で、我は確かに神でもあった。ああ、そうだ。イロドリ様だ。イロドリ様が何故、我らを復活させようとしたのか、そこにはひとつの理想があったのだ。だが、その理想は狂気に取りつかれ、暴走し、その罰として彼女は翼を失った。今では見る影もない)


 けれど、それは怪獣に向けられた期待が偽りであったというわけではない。


(良いか、相棒。炎にはいくつか種類がある。全てを燃やし尽くし、無に帰す恐ろしい力もある。だが、それだけではない。悪しき者、病める者、荒ぶる者を浄化するとして尊ばれた事もある。浄化の炎、清めの炎、鎮めの炎。我の炎もまた、かつてはそんな力があった。十分に思い出せたとは言えぬが、その力さえ制御出来ればきっと──)


 きっと、月夜先輩を大人しくすることが出来る。怪獣の力は怪獣を殺せない。しかし、全く通用しないというわけではない。荒ぶるハートを鎮めてきたように、月夜先輩の中で暴れ出そうとしている犬神のハートを浄化出来れば、彼女を殺す必要なんてないのだと、そんな確信がわたしの中にもたらされた。

 きっと教えてくれたのだ。わたしの中の、怪獣のハートが。


「邪竜め……俺の邪魔をするならぶった切ってやる!」


 白蓮様が鷹のように叫ぶ。怒鳴り散らして呼ぼうとした藍さんの到着を待つつもりはないらしい。だが、あまり怖くはなかった。白蓮様の重たい一撃をひらりとかわす力が、今のわたしにはあったのだ。背中の翼のお陰だろうか。炎の剣を片手に、まるで自分も天狗になったかのように、わたしは宙を舞っていた。


「マナ!」


 遠くから小雨ちゃんの声が聞こえてきた。ぐるりと回る視界の中に、こちらを驚いた様子で見つめている彼女の姿が見えた。ああ、そうだ。真昼ちゃんだけじゃない。わたしは小雨ちゃんも傷つけたくないのだ。

 これまで宙返りなんてしようと思ったこともないけれど、ハートのお陰だろうか。着地で足を痛めるなんてこともなかった。すぐ傍にいる月夜先輩を振り返ると、わたしはその目を見つめながら言った。


「月夜先輩。分かりますか?」


 しかし、呼びかけが通じている様子はない。今の彼女は全ての人間を憎む野犬のようだった。


「無駄だって言っているだろう?」


 苛立った声をあげ、白蓮様が向かってくる。あまり時間の余裕はなかった。その大剣の餌食になる前に、わたしは再び跳躍し、勢い任せに炎の剣を振り払った。白蓮様がわたしを斬る前に、或いは、月夜先輩を斬る前に、炎のカーテンで行く手を阻む。白蓮様の足が止まる。その様子を視界の端で確認すると、わたしはそのまま月夜先輩に狙いを定めた。


 月夜先輩も──いや、彼女に寄生する犬神も、わたしの狙いに気づいたのだろう。敵意を剥き出しにして、襲い掛かってきた。多少の傷も、痛みも、覚悟の上だ。鋭い爪で引き裂かれることを恐れずに、わたしは炎の剣を月夜先輩の身体に突き立てた。

 激しい痛みと共に、確かな手ごたえが伝わってくる。苦痛に満ちた悲鳴があがり、月夜先輩がもがき始める。それと同時に、何かキラキラとしたものが月夜先輩の身体から抜けていくのが見えた。


(浄化の炎だ)


 竜の声のあとで、ふと月夜先輩の身体が軽くなったように感じ、わたしは慌てて剣を抜いた。出血はさほどしなかったが、月夜先輩の意識はなかった。その代わり、異変は生じていた。

 犬神ではない。先ほどまでの人外の姿ではない。彼女は元通りの、人間の姿に戻った状態で眠っていた。

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